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311 Japan

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原発事故めぐるTBS「報道特集」に波紋。「福島の若者が甲状腺がんで苦しんでいる」因果関係は国連組織が否定、批判も

原発事故と甲状腺がんについて、TBS「報道特集」が報じた内容を疑問視する声が相次いでいます。

食品検査がかえって不安を助長? 福島県産の食べ物を今も買い控えする気持ちはどこから来るのか

東日本大震災に伴う原発事故で広がった福島県産の食品の買い控えは、6.5%程度まで減っています。忌避感に何が影響しているのか調べたところ、安心を得るための食品検査がかえって不安を助長している可能性もわかってきました。

リスクを引き受けて生きる コロナで奪われた3密、他者との出会いを取り戻すために

東日本大震災で傷ついた福島で人が集う場を作り、外部をゆるやかに巻き込みながら復興の形を模索してきた地域活動家、小松理虔さん。コロナ禍で人が集まることや旅行が難しくなった今、どうすれば人が出会う場を回復できるでしょうか?

「大号泣」「ホームで立ち尽くした」サカナクション・山口一郎、突然のサプライズでファンを泣かせる

サカナクションの山口一郎が3月11日、『目が明く藍色』の生演奏を披露した。この日は、東日本大震災から11年という節目の日だ。

「答えがないから...」土屋太鳳、影響を受けたファンの言葉

俳優の土屋太鳳が3月11日、東日本大震災への思いをつづった。土屋は「今年も11年前に感じたことを忘れてはならない日が来ました」と記すと、「おだやかな今と未来になることを心から祈っています」と願った。

「必要なのはデータの民主化」 原発事故とコロナ禍で共通して見えた科学コミュニケーションの問題

新型コロナの流行で、福島の原発事故と共通した科学コミュニケーションの問題が見えています。この分断を乗り越えるために、私たちは何ができるのでしょうか?

震災から11年。でも私は忘れない。その想いを福島に届ける方法がある

震災で亡くなられた皆様のご冥福をお祈りします。あの日を忘れません。

「1メートルで死亡率100%」津波から命を守るため、すべきこと・してはいけないこと。

津波による浸水の深さが1mになると、想定死亡率は100%となります。津波が予想される事態となれば、一刻も早く避難し、巻き込まれることを防ぐのが最も重要です。

【動画】3ヶ月で1200万回再生… 当時15歳が撮影した津波の一部始終。東日本大震災から11年

宮城県気仙沼市の鶴ヶ浦漁港で2011年3月11日に撮られた動画は、一瞬にして町を飲み込んだ津波の一部始終を捉えている。東日本大震災から11年。撮影した男性が伝えようとした教訓とは。

15歳が撮影した「津波動画」YouTubeで1200万回再生。いま公開した思いとは【東日本大震災から11年】

宮城県気仙沼市の鶴ヶ浦漁港で2011年3月11日に撮られた動画は、一瞬にして町を飲み込んだ津波の一部始終を捉えている。東日本大震災から11年。撮影した男性が伝えようとした教訓とは。

ふるさとに風を送り込めたのか? それとも奪ったのか? 被災地とメディアの間をつなぐ人が見た震災報道

東日本大震災以降、多くのメディアが3.11前に被災地を訪れ、その悲劇や復興の動きを取材してきました。しかし、その震災報道は被災地に新しい風を送り込む力となり得たのでしょうか? メディアと被災地の間に立ってきた小松理虔さんに聞きました。

東電、放射性物質含む「水」を2年後めどに海洋放出へ 全体像を知る11のポイント

なぜ政府はこの結論を出したのか。汚染水と処理水を考える上での一助となるべく、政府が固めた基本方針でどんな説明がなされたのかを紹介する。

処理水の海洋放出はいつから?安全なの?漁業への影響は?知っておくべき3つのポイントと専門家の願い

2年後をめどに、海に流し始めることが決まった福島第一原発の処理水。漁業関係者らは風評被害への懸念から反発を示す。問題を理解するため知るべき3つのポイントとは。

なぜ、39年も入院しなければいけなかったのか?彼は原発事故で「自由」になった

地震と津波は多くの人の命を奪い、福島第一原子力発電所の事故は様々な人に避難を強いた。しかし、思わぬ形で「自由」を手にした男性がいる。

新型コロナも重なり震災後10年で迎えた限界 それでも果たしたいあの時の誓い

地元のお医者さんとして、患者だけでなく家族まで診る丁寧な診療を心がけてきた岩渕正之さん。しかし、患者が増え、新型コロナ流行での負担も重なり、ついに気力が限界を迎えました。それでも続けるのはなぜなのでしょうか?

「俺、継ぐわ」父に伝えた覚悟。あの日の中学生が浪江に戻ることを決めた理由

「地元でいい仕事を作りたい。そのためにも腹くくって飛び込んだってだけです。ここで子どもを育てたいと思うしね」

浜辺で、防波堤で、祈りとともに。東日本大震災から10年目の「3月11日」を過ごした人々

東日本大震災から10年。各地ではこの3月11日は、どのように迎えられたのか。

「ナナ、生きてるのかな」震災で離れ離れに…愛犬と家族が歩んだ10年

「生きてるのかな」「死んじゃったかもしれねーな」。原発事故の影響で、家族と離れ離れになった犬のナナ。数年後、奇跡の再会を果たし…。飼い主さんとナナの10年を聞きました。

非日常が日常になっていく葛藤を支えて 震災で家族や家を失った薬剤師の10年

東日本大震災で父や自宅を失った岩手県の薬剤師、金野良則さん。被災者でありながら、専門職として地域の患者を支える活動を続けてきました。被災という非日常が日常になっていったこの10年について聞きました。

「ここには自分を必要としてくれている人たちがいる」 3.11で痛感した地元の医師の役割

故郷を離れたくて医者になったつもりが、いつの間にか故郷の医者になっていたーー。自分を動かすのは、「ここには自分を必要としてくれている人たちがいる」という思い。それを痛感したのは、東日本大震災の体験でした。

「あってよかった」「あればよかった」…。震災時に助けられたアイテム45選。被災者が語る、救われたワケ。

河北新報とサントリー天然水が東日本大震災を経験した人たちから寄せられた「あの日助けてくれたものの記憶」を公開しています。

「カップ麺は水でつくれる」警視庁の防災ツイートはなぜバズる? “中の人”が明かした熱い思い

災害時に役立つさまざまな「防災ライフハック」を親しみやすい語り口で発信し、たびたび話題を呼んでいる警視庁警備部災害対策課のTwitter。開設のきっかけは、東日本大震災で広がったデマにあった。その狙いと、日々の苦労を「中の人」に聞いた。

「これで子どもの命が守れるか?」あの日、12歳の娘を失った教員はキーボードを叩きながら涙を流した

「逃げたけど津波は来なかったねで良いんです。学校はそうあるべきでしょう」

震災後10年間、過去にすることができなかった傷 悲しみを受け止めてくれる誰かを

東日本大震災から10年。つらい体験のフラッシュバックに一人で苦しんでいた女性は、かかりつけ医と共に歩みながら回復しつつあります。時が経つにつれて強くなる痛みもある。悲しみを分かち合える誰かが必要だと医師は言います。

「震災のあと、小説が読めなくなった」芥川賞作家・柳美里さんが枕元に置く「3冊」

柳美里さんが東日本大震災以降、枕元に置いて、ボロボロになるまで読み返しているという3冊を紹介します。

亡き息子へ、あの日から買い続けるジャンプ。「死んだら終わりですか?」母親は問いかける

「私はあの日の出来事をこれからも引きずって、後ろを向きながら歩いていくつもりです。どうしても、あの日のことが割り切れないし、生き残ってしまった後ろめたさもありますから」

「福島で生まれ育ったことを後悔する必要はない」震災から10年、科学者がこれだけは伝えたいと願うこと

「固定化した不安は、一人ひとりが抱える不安に対するアプローチを福島県内で続けるだけでは解消できません」

「ステイホーム」「自助」への違和感。コロナ禍と原発事故、芥川賞作家が見つめる社会の“歪み”

東日本大震災後、福島に暮らす小説家の柳美里さん。コロナ禍において、この社会に存在した差別や格差などの「歪み」が浮かび上がっていると指摘する。広がる「自己責任」「自助」という言葉に覚える違和感とは、何なのか。

あの日から10年。東日本大震災で被災したごく普通の家庭が、家を再建するまで。

実家が宮城県にある漫画家が、10ページにわたり描いた当時のこと。

「釜石の奇跡」は奇跡じゃない。あの日、報じられた“美談”から私は逃れられなかった

震災後、「奇跡」のストーリーを追うメディアの取材が相次いだ。釜石で起きたことに、「奇跡」という言葉は本当にふさわしいのか。

震災後に大変だったのは……。宮城県で被災した彼女が語る、10年前のこと。

東日本大震災から10年。被災した人にも、そうでなかった人にも、読んでほしい16ページにわたる漫画があるのです。

「嘘をつくなんて人としてできなかった」あの日から悩み続けた俳優が、覚悟を決めた理由

「僕はあの日、あの場所にいなかった。たまたま、いなかった。それだけのことですけど、そこから積み重ねてきた10年はあまりに違いますよね」

瓦礫の山で見つかった娘。「行方不明」の子を捜し続ける父親たちの思い

東日本大震災から10年が経とうとするなか、いまだに行方不明者となっている人たちは、2528人。写真家・岩波友紀さんは、あの日から家族を捜し続ける父親たちの姿を追ってきた。その展覧会「One last hug」から見える、現実とは。

生き残った私は幸せになっていいのか? ある小説家が罪悪感を抱く人にこそ届けたい言葉がある

「どうしておれが残った?」震災を経験し、作家は生き残った人々の罪悪感に向き合うことを決めた。

それでも元原発作業員の漁師は前を向く 「俺らがやらないでだれができる」

福島第一原発の「処理水」を、海か大気に放出する方向性が、次第に見えつつある。彼は、福島の海で、漁師としてどう生きようとしているのか。

事故から9年。写真で伝わる、福島第一原発がどれほど変わったか。

東日本大震災から9年。原発事故があったあの日から、福島第一原発も大きく変わっています。その様子を写真で伝えます。

僕たちは単なる「素材」ですか? もう悲しい物語に足を引っ張られたくはない

東日本大震災から9年、「震災を忘れない」という言葉で発信される情報に疑問を呈す人がいる。

決して一部だけの話ではない。今、国全体で考えるべき問題が、目の前にある。

BuzzFeed Newsが、Yahoo! JAPANとの共同企画取材を続けてきた「汚染水」と「処理水」を巡る問題。最終回までの9本の記事を紹介します。

入職1年目で自ら命を絶つ若者も。故郷や家を失いながら働き続ける自治体職員の葛藤

東日本大震災で避難を余儀されなくなった人々がいる。自らも被災しながら、支援者として働き続け、復興期の今を支える自治体職員に話を聞いた。

聖火を手に双葉を。故郷を走るあの日の中学3年生の思い

双葉町で育った桜庭梨那さんにとって、原発はあって当たり前の存在だった。東日本大震災から9年、彼女は東京五輪の聖火ランナーに選ばれた。

海洋放出で「漁師に責任を負わせるな」処理水巡る議論、社会学者の懸念

「処理水」の処分方法について、経産省の有識者会議は2月10日、海洋か大気への放出が現実的だとする報告書を提出。その議論のあり方、国の動きに社会学者は何を思うのか。

伸ばされた手、掴めなかった。だから語り続ける「16歳の語り部」

2016年、『16歳の語り部』という本を3人の高校生が出版した。あれから4年、大学生となった1人の語り部は震災と向き合い続ける道を選んだ。

あの事故がなかったことになるよりは… 渡辺謙は「賛否を巻き起こしたい」

映画『Fukushima50』にただ一人、実名で登場する人物がいる。2011年3月11日から今まで、東北に通い続けた渡辺謙がこの映画で伝えようとしたこととは。

<福島第一原発ルポ>目の前で見た無色透明な「処理水」。突きつけられた問い

福島第一原発の構内はタンクの森が拡がり、注がれた「処理水」は無色透明だった。事故の収束作業が続く現場を取材した。

意見わかれる福島の処理水放出の「安全性」 その議論の構図

風評被害への懸念とは異なる立場での強い反対論がある。どこに問題を感じるのか。それに対し、国や専門家はどう反論しているのか。

背負ってきた「風評被害」の重み 処理水問題に福島の漁業関係者が抱く不信感

福島第一原子力発電所で生まれ続ける汚染水と、汚染水から放射性物質の除去処理を施した処理水。BuzzFeed Newsは福島に住む人々がどのような思いを持っているのか、取材を行った。

複雑化する福島第一原発の処理水をめぐる国の議論。“最有力案“に反対するメンバーに聞く

処理水の処分方法と、それに伴う風評被害への対策について検討する、有識者会議「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」で2016年から続く議論の流れを振り返りながら、処理水の処分のあり方について考える。

国と東電の説明は。数字で見る福島第一原発の「汚染水」と「処理水」の行方

福島第一原発から生まれている「処理水」の行方が注目されている。

凄惨な現場に生けられた“一輪の花“に涙を流す人々がいた

華道家は南相馬に移り住んで花を生けた。彼の覚悟は地元の学芸員に受け継がれている。

そこで経験した「二度目の喪失」。8年間、ただ耳を傾け続けて

このままでは、震災と復興の間に存在した時間を生きた人々の思いが抜け落ちてしまう。そんな危機感から、彼女は8年の間に見聞きした出来事を1冊の本にまとめた。

もし災害が起きたら、あなたはどう対応するか。このテストを受けてほしい

震災発生時の対応などを学ぶことを目的に、Yahooがスマホで受けられる「防災模試」を実施。ドラマ仕立ての映像には乃木坂46の齋藤飛鳥さんも登場している。

「村が嫌いだった、だけど戻った」 被災したふるさとで青年が見つけたもの

福島第一原子力発電所から約25キロ、DASH村から南に4キロに位置する葛尾(かつらお)村。そこで地域おこしに取り組む青年がいます。

「復興」は元に戻ることではない 血の通った温かい時間を積み重ねて

支援とは、マラソンランナーの伴走をしているようなもの。ただ寄り添うのではなく、一緒に動いていく。

あの日世界の終わりを見た〜震災から8年。震災直後の南相馬市で闘った消防団員

普段は会社員として働き、非常時に活躍する消防団員。3.11直後の福島県南相馬市では、全く想像していなかった作業を行うことになった。

「全力で生きます」と白血病で闘病の池江選手 震災の犠牲者を追悼

白血病で闘病中の女子競泳エース池江璃花子選手、東日本大震災から8年でTwitterでメッセージを発信

「今までで一番!」釜石ラーメンのうまさに悶絶した話

岩手県釜石市の中華料理店「新華園本店」と明星がコラボしたカップ麺「釜石ラーメン」が神がかった美味しさです。

「屋根の上で津波が引くまで4時間待った」被災経験を描いたマンガが話題

東日本大震災から8年を迎えるにあたり、仙台で津波を経験した女性がTwitter上で自身の経験を漫画で発信しました。作者は「一人でも多くの人が防災について意識を向けてくれたら」と語ります。

8年前の3月11日、クイーンが日本に宛てたメッセージ。「すぐに涙が溢れてきました」

「この凄まじい悲劇によって、生活、家や家族が引きちぎられてしまった、すべての友人に愛とお悔やみのメッセージを届けたいと思います」

被災した村の「食堂チャーハン」がさらに大盛りになった理由

福島第一原子力発電所から約25キロに位置し、避難指示が解除された葛尾(かつらお)村。人口が激減した村に戻り、食堂を再開させた三代目は、大盛りチャーハンで今日もお客さんをもてなす。

「被災者から奪わない」 三陸沿岸で音楽療法を始める時に誓ったこと

精神科病院院長の長男として生まれ、重度の障害を持つ妹がいる。精神科の患者に育てられた子ども時代。被災地で音楽療法を行う時に決めたのは、「相手から奪わないこと」

2533人と家族は今ーあの日から8年、帰ってこない父への想い

震災で今も2533人の行方がわかっていない。その一人は、ある女性の父親だ。あの日から、父の話題は家族の間でタブーになった。大学で選んだのは被災地のフィールドワークを行うゼミ。なぜ、彼女は自分の中の傷と向き合うことを選んだのか。

「安心して揺らいでいられる場所を」 三陸に通い続ける音楽療法士の願うこと

医師や看護師ではなく、被災者でもないけれど、医療や震災に無関係でもない。そんなあいまいな存在だからこそ、作れる場所。

「傷口に塩を塗り込んででも」伝える。すべては、これからも生きるために

被災地・気仙沼の美術館に、自らも被災をしながら記録を続けた学芸員がいる。震災から2年1ヶ月、どこよりも早く被災地にある仕掛けを交えた震災の常設展を設置した。なぜか。

活気なき7年間 原発事故をうけ「漁師のまち」と知らないで育った子どもたち

福島県いわき市の久之浜地区。漁業が盛んだったまちは、危機感を募らせている。

ご近所づきあい 被災後の健康を守る武器に

震災前から宮城県岩沼市の全高齢者を調査している「岩沼プロジェクト」で、地域のつながりが被災後の心身の健康に影響していることがわかってきた。

「子どもを守れなかった父の死を悲しみきれない」 あの年、中学生だった21歳が口にしないこと

石巻市立大川小学校の教師として逝った父の死をどう受け止めたらいいのか?あの震災が問いかけること。

誰かに渡したい防災ブック。スピリッツが震災6年で特集、吉田戦車さんのイラストも

いつ来るかわからない大災害。改めて自分のこととして考えるきっかけになれば、という思いが込められている。

東日本大震災の記事は6年目で急減した でも、語られるべき課題は残る

3.11から5年目という「区切り」を過ぎて6年目、新聞やテレビのニュースは明らかに減っていた。

そのイメージ、2011年で止まっていませんか? アップデートしたい福島のこと

2011年から積み上げたデータが広がらず、被害を受けるのは誰か?情報のアップデートが必要な理由。

【保存版】今すぐ試したい! 防災グッズにもなるジップロックの使い方

食材の保存によく使うジップロック。密閉ができる透明の袋という利点を活かした用例をまとめてみました。

あの日逝った大切なペット、ひとへ「今どこにいますか?」 揺れる思いを綴る

東日本大震災の遺族が綴る、あまりにも繊細で優しい言葉。その思いの深さに触れ、思う。「被災者の声を聞いたつもりになっていた……」

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