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「心に何かが引っかかったまま、僕の20代は終わりました」あの日から悩み続けた俳優が、覚悟を決めた理由

2020年、ドラマのため初めて石巻を訪れた。

街を歩けば、いたるところに、そこまで津波が来たことを告げる痕跡が残っている。

これまでも震災に真正面から向き合い続けてきたと言えば嘘になる。あの日は、東京で揺れを感じた。

東日本大震災から10年のタイミングで放送される特集ドラマ『あなたのそばで明日が笑う』(NHK)。

主演・綾瀬はるかの相手役を務める池松壮亮は、あの日からの出来事に挑む覚悟をようやく決めた。30代のはじまりに、俳優は何を思い、何に悩んだのか。

「心に何かが引っかかったまま、僕の20代は終わりました」

Photo by 黒羽政士

「やっぱり、この国に生きる人間として3.11は特別な出来事ですから。向き合うにはパワーがいりました」

池松は一つひとつ確かめるように慎重に言葉を選びながら、ドラマへの出演を振り返る。

「僕は震災当時、20歳だったんです。震災はあまりにも衝撃的で、あの時に社会を包んだ気分や雰囲気はずっと忘れられずに10年が経ちました。ただし、その後に、すぐに立ち上がってボランティアに行くとか、震災に関するドラマに出るといったタイミングを逃してしまったんですね」

「東京に出てきたばっかりで、さあこれからという時にそこに目を向ける余裕がなかったと言えばいいのか…そのことに対してずっと引っかかりがありました」

これまで2度、池松は震災に関する作品への出演をオファーされている。しかし、出演には至らなかった。

「なんと言えば伝わりますかね…どうにも出来なかった。この感覚は“しこり”のように残って。心に何かが引っかかったまま、僕の20代は終わりました」

「嘘をつく」のが仕事でも…

Photo by 黒羽政士

何が、そこまで彼の中に引っかかっていたのだろうか。

「もしも、あの時、自分ができる範囲のことをやっていて、誰かに直接的に手を差し伸べられていたのなら、きっと全然違ったんでしょうね。でも、僕は引っかかりを覚えながらも、すぐに始まった目の前の仕事に邁進することしかできませんでした」

「僕は震災をリアルタイムで経験はしていないけれども、体感した。だから、あの時の自分の行動や自分が考えていたことは何となく覚えているわけです。その中でいくら『嘘をつく』のが俳優の仕事だからといって、そこにある事実を完全に無視して嘘をつくなんて…人としてできなかった。いや、やろうとすればできるとは思います。でも、やりたくなかったんです」

Photo by 黒羽政士

そんな気持ちが変化した。突き動かしたのは自身も被災の非当事者でありながら、あの日からの出来事に向き合い続けるNHKのプロデューサーの存在だった。

池松より少し年上の彼は、足かけ3年取材を続け、今回の特集ドラマの企画を練った。

「自分と同じような立場でありながら、10年経った被災地の物語をなんとかドラマとしてすくい取ろうとしていることに、グッときてしまったんです」

Photo by 黒羽政士

同時にコロナ禍で目の当たりにした、ある出来事にも背中を押されたという。

「コロナで、人と人との距離が離れていく中で、あらゆる分断が、あまりにもくっきりと浮かび上がってしまった。世界中で起きていることを前にして、人と人とのつながりとは何かと考えた時、誰かに寄り添おうとする意志だけが自分たちに与えられた希望なのではないかと感じていたタイミングでもあったんです」

「30歳になった今、この国で俳優として生きる以上は、どうしても避けて通れないことがあると日々思います。この国の戦争のことや歴史のことにはどうしたって巡り合う。色々なタイミングが重なり、日本に生まれ俳優をやっているならば、震災を避けちゃダメだと、ちゃんとやらなければいけないと覚悟を決めることができました」

あの日、あの場所にいなかった自分

Photo by 黒羽政士

「僕はあの日、あの場所にいなかった。たまたま、いなかった。それだけのことですけど、そこから積み重ねてきた10年はあまりに違いますよね」

「震災から10年と一言で言っても、東京で暮らしながら感じる10年と、あの街で暮らしながら感じる10年にはあまりにも大きな違いがあるはずです」

2011年3月11日14時46分。地面が揺れたあの瞬間、東北3県の沿岸部を中心としたエリアは「被災地」になった。同時にそこには、被災当事者と非当事者という線引きも生まれた。

ドラマで演じるのは、東京から移住してきた建築士・葉山瑛希。境遇は池松自身と重なる。瑛希が石巻で出会うのは、行方不明の夫を待ち続ける1人の女性・真城蒼(綾瀬はるか)だ。

2020年3月の段階で行方不明となっているのは2529人。これは単なる数字ではない。一人ひとりに帰りを待つ人、思いを寄せる人がいる。

震災の非当事者として、蒼にどんな言葉をかけるべきか。台本を見つめ、自分に問いかけた。

Photo by 黒羽政士

「震災に限らず、僕は他人の悲しみを完全に背負うことって無理だと思うんですよ。他者の悲しみを当事者でない人間が全て背負うことって、たぶん無理。それでも僕は普段、自分ではない誰かの役を身にまとい、その人の人生をある意味追体験をしている。そこにはこの人の苦しみに寄り添いたいとか、何とかこの人の思いを形にしたいとかっていう気持ちが常につきまといます」

「例えばBlack Lives Matter(BLM)にしても、どれだけあの人たちのことを思っても、誰も黒人にはなれません。社会には、常に『当事者であるかどうか』という問いが存在し続ける。じゃあ当事者でない時、自分に何ができるのか?これは永遠の問いかもしれませんね」

「やっぱり苦難の中にある人を前にして、やるべきことは寄り添うこと、寄り添おうとする意志を持ち続けることしかないんじゃないかなと思います。その意志を曲げず、最後までいられたら、誰かの寄り添う力が心を救えることがきっとあると思っています」

「区切り」は必要か?

Photo by 黒羽政士

ドラマには何度も登場する言葉がある。それが、「区切り」だ。

このドラマも震災から10年というひとつの「区切り」の中で封を切られる。

「そろそろ区切りをつけないと」、震災から10年というタイミングを前に、他の誰かや自分自身にそう言い聞かせる人もいる。

劇中、池松演じる建築士・瑛希は「区切りなんてつけなくていい」と言葉にした。

「僕は当事者ではないですけど、やっぱり区切られたくないというその気持ちはよくわかります。号令のように前を向きましょうと言われることへの違和感もわかります。今回のドラマも勝手に区切りをつけられたくない、と感じる人の物語です。でも、本当は主人公だって区切りをつけたいんじゃないかとも思うんです…区切りをつけたいけど、つけられない人だっています」

「一人ひとりに思いがあり、物語がある。区切るべきか区切らないべきかは一概には言えません。人間が生きる中で区切りがあることで過去を慈しみ、今を見つめ大切に生きて行くことができるのかもしれません。区切りがあるから前に進むことができることもあります。区切りというものとどう向き合うべきか、僕も考えながら演じていた気がします」

「震災から『まだ10年』ですよ」

Photo by 黒羽政士

ハード面での復興は進み、景色も変わった。

震災を忘れてはいけない、風化させてはいけない。毎年3月が近づくと、そんな言葉がささやかれる。

「風化させない、忘れないということについて、この10年ずっと議論されてきましたよね」。池松はつぶやく。

あの日から10年、池松は震災の記憶を語り継ぐことに、何を思うのか。

「震災から『まだ10年』ですよ。戦争体験に置き換えて考えるとよくわかりますが、10年じゃ、まだまだ到底語れないことだってある」

「体験を語るかどうかは個人の自由であるべきですが、戦後75年を超えた今でさえ、戦争の中で目にしたことを語れない人もいる。震災から『まだ10年』しか経っていない今、特に震災を直接経験していない僕のような人間は、あの日のことを忘れてはいけないのだと思います」

「がんばろう日本」と言われても

Photo by 黒羽政士

「僕は当時どこかで震災を避けていた。あの時、自分はテレビから流れてくる映像を直視し続けることができなかった。できれば、辛い現実を見たくなかったし、『がんばろう日本』というテレビから流れる号令が真っすぐ心に届いてこなかった。あの日からも時間は止まらず、日々やるべき事だけが目の前をどんどん通りすぎてゆく中で、何も経験していない人間が、どういう態度をとればよいのか分からなかったんだと思います」

「あの時は、答えのない抜き打ちテストを受けているようで。心の中で復興を祈り、日々作品に取り組んでいたんですが、10年経って、今回改めて幸運なことに震災に直接向き合うチャンスをいただきました。向き合い方というのは人それぞれです。行ったから向き合ったことになるわけでもなく、向き合ったから終わるわけでも決して無いんですが、実際に足を運ぶことで感じられる事がたくさんあり、これからの自分自身の課題も見つかりました」

Photo by 黒羽政士

自分は前に進んでいいのか、幸せになってもいいのか。心のどこかであの日の体験が引っかかり、思い悩む人もいる。

悲しみを抱き続ける人に、池松ならば何と声をかけるのか。

「いなくなってしまった人を思う深い悲しみを、一発ですくいとれる魔法があれば本当はいいんですけど、そんなものはない。誰かを亡くした悲しみは、どんなに言葉を尽くしたとしても、何を言ったとしても、言葉ひとつですくいとれるはずのないものですから」

「だから、正直、演じる中で何を言っても言葉が上滑りしていくような感覚もありました。ああ、響かないな、響かないよなって。でもね、僕が演じる建築士・瑛希の役割は、他者の悲しみを一緒に引き受けようとする意志を持ち、それを伝えていくということでしかないと考えました」

Photo by 黒羽政士

答えは出ない。だが、あまりに難しい問いに向き合い続けた先に、これだけははっきり言える。

「誰かに寄り添おうとする意志を持っているということが、当事者と非当事者という超えられない隔たりを前にして、僕らに与えられた『魔法』なのかもしれません」

あの日、あの場所にいなかった自分に何ができるのか。悩み続けた俳優の言葉がそこにはあった。

Photo by 黒羽政士

《池松壮亮》1990年7月9日生まれ。福岡県出身。2001年、ミュージカル『ライオン・キング』で俳優デビュー。2003年、『ラスト・サムライ』で映画初出演。以降、『紙の月』『愛の渦』『万引き家族』など話題作に数多く出演。日本アカデミー賞・新人俳優賞、エランドール賞・新人賞、高崎映画祭・最優秀主演男優賞、ヨコハマ映画祭・最優秀助演男優賞など受賞歴多数。


東日本大震災10年 特集ドラマ「あなたのそばで明日が笑う」

2021年3月6日(土)総合・BS4K 夜7時30分放送(73分・1本)

【作】三浦直之(宮城県出身)
【音楽】菅野よう子(宮城県出身)
【主題歌】RADWIMPS「かくれんぼ」
【出演】綾瀬はるか 池松壮亮 土村芳 二宮慶多 / 阿川佐和子 高良健吾 ほかの皆さん
【制作統括】磯智明
【プロデューサー】北野拓
【演出】田中正


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Contact Yuto Chiba at yuto.chiba@buzzfeed.com.

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