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東電、放射性物質含む「水」を2年後めどに海洋放出へ 全体像を知る11のポイント

なぜ政府はこの結論を出したのか。汚染水と処理水を考える上での一助となるべく、政府が固めた基本方針でどんな説明がなされたのかを紹介する。

政府が4月13日、東京電力福島第一原発で発生し続け、タンクにたまり続ける、いわゆる「処理水」を、2年後をめどに海に放出する方針を正式に決めた。

発表を受け、全国漁業共同組合連合会(全漁連)は、漁業などへの「風評被害」の懸念から「極めて遺憾であり、到底容認できるものではない」と抗議声明をあげた。放出が始まった後の水産物の安全性に懸念を示す消費者もいる。

一方、政府は廃炉に向けた取り組みを着実に進めていく必要があり、「これ以上の先送りはできない」としている。

なぜ、そういう結論を出したのか。

この問題を考える上での一助となるべく、政府が固めた基本方針でどんな説明がなされたのかを紹介する。

1. 敷地一杯に並ぶタンク

政府によると、廃炉作業は今後、1号機・2号機の使用済燃料プール内の燃料や、燃料デブリの取り出しなど、さらに困難な作業の段階に入っていく。

これらを安全かつ着実に進めるには、福島第一原発の敷地を有効に活用する必要があるという。

原子炉内の燃料を冷却するためには、常に水をかけ続ける必要がある。さらに、地下水や雨水なども建屋に流入し、高濃度の放射性物質を含んだ「汚染水」となる。

この汚染水を浄化装置などに通し、ほとんどの放射性物質を取り除いたものが「処理水」だ。

原発の敷地内には、処理水を貯めるためのタンクが林立し、大幅に用地を圧迫している。政府は「敷地の問題を見直さなければ、今後の廃炉作業の大きな支障となる可能性がある」と説明する。

2. タンクを置き続けるリスク

放射性物質を処理した水を保管するタンクは、その存在自体が風評影響の一因となっているとの指摘がある、と政府は基本方針に記している。

また、長期保管に伴い、老朽化や災害による漏えいなどのリスクが高まるとの指摘もあるとする。

3. 議論は6年以上

技術的に実施可能とされた5つの処分方法(地層注入、海洋放出、水蒸気放出、水素放出、地下埋設)と、長期保管について専門家らが検討を重ねてきた。

原発の敷地内で、タンク増設の余地は乏しい。タンクの大型化などによる保管も検討したが、その設置や漏えい検査などに長い時間が掛かるうえ、もしタンクの破損事故が起きた場合、タンクを大型化すれば流出してしまう量も膨大になるという問題があり、「実施するメリットはない」と判断されたという。

敷地外にタンクを据え付けて保管することについても、地元自治体や住民の理解や許認可を得るまでに相当な調整と時間が必要になる。そのため、 保管は福島第一原発の敷地内で続けていくほかない、との評価がなされたという。

4. トリチウム以外は、規制基準値を下回るまで浄化

タンクに保管する水を処分するのであれば、まだ残る放射性物質を、安全に関する規制基準値を確実に下回るまで浄化する必要がある。

一方、水素の仲間である「トリチウム」という物質は、技術的に取り除くのが困難だ。

トリチウムは、原子力施設からだけでなく自然界でも常に生成され、酸素と結びつくことで、水とほぼ同じ性質の「トリチウム水」となる。それが、海や川、雨水、水道水、大気中の水蒸気に含まれ、人間は普段の暮らしの中で常に摂取しているとされる。

5. トリチウムを含む水は韓国も中国も排出

そんなトリチウムを含む水の放出は、欧米や韓国など世界中の原発で、これまでも一定の安全基準を設定したうえで行われてきた。

日本では40年以上にわたり、全国各地の原子力施設から排出を続けている。事故前の福島第一原発でも放出されてきた。

世界には、福島第一原発に貯蔵されている全量以上のトリチウムが1年間で放出された例もあるが、「トリチウムが原因と考えられる影響は確認されていない」と政府側は説明している。

6. 「水蒸気放出」か「海洋放出」が選択肢に

トリチウム以外の放射性物質については基準値以下まで浄化することを前提に、専門家グループがタンク内の水の処分方法を議論し、報告書がまとめられた。

報告書は、制度面や技術面からみて、蒸発させて大気に放出する「水蒸気放出」か、海に放出する「海洋放出」が処分方法の現実的な選択肢で、その中でも「海洋放出がより確実に実施可能である」と結んだ。

7. 2年後をめどに「海洋放出」

専門家の出した結論や関係者らとの意見交換、国内で放出実績がある点などを踏まえ、政府は「海洋放出」を選択した。

東京電力は今後、原子力規制委員会の認可を得たうえで、国際慣行に沿った形で海洋放出を「2年後をめどに実施する」としている。

国際原子力機関(IAEA)は、海洋放出について「日本及び世界中の稼働中の原子力発電所や核燃料サイクル施設で日常的に実施」 されているため「技術的に実行可能であり、時間軸の目標を達成できる」と評価しているという。

8. トリチウムは分離できないのか

トリチウムの分離技術は、量や濃度の関係で、これまでのところ「福島第一原発に直ちに実用化できる段階にある技術は確認されていない」というのが政府の見方だ。IAEAも同様の見解を示しているという。

ただ、引き続き、新たな技術動向を注視し、現実的に実用可能な技術があれば、積極的に取り入れていくとの方針を示している。

9. 安全性は

安全に関する規制基準値を確実に下回るまで浄化したうえで、適切な方法で海洋放出を行うことで、政府は周辺地域の環境や農林水産品の「安全が確保される」と説明している。

トリチウムに関しては国の基準の40分の1、世界保健機関(WHO)による飲料水の基準の7分の1程度の濃度まで薄めるという。

また、地下水や雨水対策など、汚染水の発生量をできる限り減らすようにし、福島第一原発の港湾内の放射能濃度の減少に向け、排水路の清掃や港湾内の魚類駆除の対策などの取り組みも、引き続き行うという。

10. 風評被害対策は

福島県漁連など地元の関係者が反対姿勢を崩さなかった理由は、安全性の懸念よりもむしろ、「危ないのではないか」という風評被害で福島県産品の買い控えなどが起こることを恐れているからだ。

政府は客観性や透明性の担保された、放出前後におけるモニタリングを強化・拡充を図る考えだという。

放出前の水のトリチウム濃度の検査や、トリチウム以外の放射性物質が安全に関する規制基準を確実に下回るまで浄化されているかのチェックには、放射性物質の分析が専門である第三者が関わり、結果はその都度、公表するとしている。

水産物の放射性物質モニタリングも行う予定だという。

11. 風評被害が生じれば、賠償は東電が

政府は加えて、風評被害対策として以下の方針も示した。

科学的な根拠に基づく情報を分かりやすく発信し、消費者や風評影響を受け得る様々な事業者とのコミュニケーションを行うなど理解を深める取り組みを徹底する。

福島県と近隣県の水産業を始めとした産業に対しては、地元や海外を含めた主要消費地において販路拡大、開拓、観光客の誘致の支援を講じる。

その具体策はこれからだが、それでも風評被害が生じた場合には、東京電力が賠償するという。

風評被害への懸念について菅義偉首相は4月13日、「風評被害により、地元の皆様方の復興への希望が失われることがあってはならない」と報道陣に述べた。

今後、風評被害の防止を目的に「トリチウム以外の核種について、環境放出の際の規制基準を満たす水」を「ALPS処理水」と呼ぶという。

一方、政府の小委員会でこの問題を議論してきた有識者らは、処理水を処分するにしろ、長期保管するにしろ、風評被害のような社会的影響は「避けられない」との見方を示している。

処理水やトリチウムについて消費者にどう分かりやすく情報を伝えていくかが課題となるが、理解の土壌ができたとは言いがたい状況だ。

国民にどう「丁寧な説明」をするのかの具体策も、基本方針では、はっきりと示されてはいない。

処理水の放出まで、あと2年。

復興に向かう地元の人々の努力を妨げず、そして、安全な廃炉作業を行うための課題は多い。