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「福島で生まれ育ったことを後悔する必要はない」震災から10年、科学者がこれだけは伝えたいと願うこと

「固定化した不安は、一人ひとりが抱える不安に対するアプローチを福島県内で続けるだけでは解消できません」

物理学者・早野龍五さんは、東日本大震災以降、放射能汚染による生活への影響を不安視する声が今よりも多かった頃からデータに基づく発信を貫いてきた。

新型コロナの感染拡大で混沌とする中、彼は再び淡々と日々のデータから分かることをグラフにまとめ、発信している。

著書『「科学的」は武器になる 世界を生き抜くための思考法』を出した早野さんが、震災10年の節目に伝えたいと願うことは。

撤回された論文、「研究不正はなかった」

ーーもうすぐ、3月11日。東日本大震災から10年を迎えます。早野さんにとって、どんな10年でしたか?

一括りに振り返ることは難しいですね。時と共に、僕の力点も変わり、誰と何をやるかも変化していきましたから。

僕は福島で暮らす中で健康上の問題が起きるのかどうかということについて、10年前から色々なデータをお示しして、発信を続けてきました。

時間が経過し、段々と人々の意識も変化してきましたが、こうした取り組みは、やはり必要であったと考えています。

同時に科学者として、活動の成果を最後は英語の論文として残すということを常に意識してきました。

ーー福島県伊達市と行った外部被ばく調査では、市から提供を受けた個人情報に本人の同意を得ていないものが含まれていたことが分かり、論文のデータに誤りがあることも指摘されました。その後、論文は撤回されています。改めて一連の経緯を教えてください。

結論から申し上げると、3つ書いたうちの2番目の論文、ここに掲載していた最後の図の縦軸に誤りがありました。

東大では論文のデータに誤りがあるという訴えを受けて調査委員会が発足し、私も解析に使ったプログラムなどを提供して、どういう間違え方をしたのかを説明しました。

その結果として東大の調査では、データを使用できれば、論文の本質的な部分には訂正の必要がないということが明らかになっています。

なお、伊達市のデータについては再提供いただけない旨が共同で研究にあたっていた福島県立医大宛に通告されています。

データを再びご提供していただけない以上は、論文を撤回せざるを得ません。

論文を掲載していただいたジャーナルとも、この件についてはずいぶんやり取りをし、どのような間違いをしたのかということについても改めて掲載させていただきました。

一連の出来事の中で3本の論文のうち、2本は撤回することとなりました。ですが、3番目の論文については撤回した論文を引用した部分は削った上で、結論自体はそのままとしても良いということで納得していただいています。

意図的なデータ改ざんといった研究不正はなかったということは、東大の調査委員会でも認定されています。

ーー伊達市側の調査については、どのような見解をお持ちですか?

僕は現段階まで伊達市の調査委員会の調査対象とはなっておらず、データの受け渡しについてヒアリングなども受けてはいません。

事実として申し上げておきたいのは、論文を公開する前に、まずは地域住民の方に研究結果を説明する必要があるのではないかと伊達市の側に何度か問い合わせていたということです。

問い合わせた際には、我々が伊達市から提供された住民約6万人のデータを使用して論文を書いているということを、論文の全文およびグラフとともにお見せしました。

その時、「同意を得ている人はこれほど多くはいません」といった指摘を市の側からいただくチャンスもあったのではないかと感じています。

なぜ、データの取り扱いにこのような問題が生じてしまったのか、私も問題の全容は把握できていません。

論文を撤回せざるを得なかったことについては、非常に残念です。データの入手に関する問題については、関係する皆さんにお詫びしたいと思います。

「ベビースキャン」をつくった理由

ーー「内部被ばく」への懸念が示される中、早野さんは大人だけでなく小さな子どもへの影響を計測する「ベビースキャン」の開発にも携わりました。しかし、大人への影響を計測できれば子どもへの影響も推測することが可能であり、本来は必要のない機械でもあります。

そうですね。僕は開発者と一緒に福島で体をスキャンし、体内の放射線物質の量を測る「ホールボディーカウンター」の子ども向けの機械を開発しました。

何度も発信し続けていますが、「ベビースキャン」は科学的には本来必要のないものです。

両親はじめ一緒に生活している大人への影響を測定すれば、それで十分です。家族が被ばくしていないのに、赤ちゃんだけが被ばくしているといった状況はあり得ないためです。

でも、社会の中では「科学的正しさ」はひとつの物差しに過ぎません。科学的には無意味であっても、社会的には意味があるものもある。

福島の人々と接し、僕はこの「ベビースキャン」を医師やデザイナー、メーカーなどに動いてもらって作ることを決めました。

当時は、あの機械があることで初めて、不安を口にし、子どもの健康について医師に相談できた人々がいた。

「うちの子どもを外で遊ばせても大丈夫でしょうか?」「水道水を使ってもいいですか?」といった質問を、子どもの「内部被ばく」の影響を調べることをきっかけに投げかけてくれる。

「ベビースキャン」はコミュニケーションのツールでした。

あのような機械を開発し、検査を実施する中で様々な疑問に答えることができたのは、とても良かったと考えています。

そこに不安を持っている人がいる時、その不安にどのように応えていくのかということはとても重要です。

振り返って見ると、2011年から数年は、個人に対し、どのような情報をフィードバックしていくかということに重きを置いてきた。

でも、点でのアプローチだけではダメだということも分かってきています。

「福島で生まれ育ったことを後悔する必要はない」

ーーそれはなぜですか?

子どもの「内部被ばく」の検査を続ける中で見えてきたのは、何年経っても、親から医師へ寄せられる質問の内容は大きくは変わらないということ、そして依然として原発事故に伴う放射能による遺伝的影響を心配する人がいるということでした。

福島県の県民健康調査では、2011年以降、3年連続で遺伝的影響を懸念する人の割合は低下しましたが、2014年以降は下げ止まりの状況です。

3割程度の人々は、やはり今も自分の子どもたちに遺伝的な影響が起こりうると答えておられる。

また、東京都内の人を対象に三菱総研が行った調査でも、福島県内に住む人々には将来的に放射能による遺伝的な影響が出ることが起こりうると4割程度の人が答えています。

こうした固定化した不安は、一人ひとりが抱える不安に対するアプローチを福島県内で続けるだけでは解消できません。

戦争で原爆の被害にあった被ばく国である日本では、戦後にアメリカが立ち上げた「原爆傷害調査委員会(ABCC)」による追跡調査がなされています。

原爆によって被害を受けた人々には、福島の原発事故よりもはるかに高い放射線量を受けた人も含まれています。でも、生まれてくる子どもたちに、出生時の異常はなかった。また、健康への遺伝的影響も確認されていません。

これらは70年以上前から続けられている調査によって積み上げられてきたデータであり、こうした事実を踏まえれば福島で生まれ育ったことを後悔する必要はまったくない。

「福島で生まれ育った人が子どもを産めるかどうか」と尋ねられれば、僕は躊躇なく「イエス」と答えます。

僕はずっと、福島の若い人たちへの差別が起きないようにしなければいけないと考え続けてきました。

認識を変えていくためにも、過去の知見やデータから言えることをお示ししていますが、そういった不安を今後完全に解消することができるかどうか…

重大な問題が残ってしまった、と感じています。

ーーいたずらに風評被害を煽るような言説も広まるなかで、早野さんが一貫して福島の人たちの不安に寄り添い続けることができたのはなぜですか?

それは、現地で暮らしている方やそこで働いている方にお会いして、学ばせていただいたからだと思います。

やっぱり、ソーシャルメディアの画面だけを見ていたところで、そこに生きる人が何を思っているのか、どんな生活をしているのかはわかりませんから。

お付き合いさせていただいた人々から、学ばせていただく中で、科学的正しさ以外の物差しを持つことも重要であると、僕は気付きました。

コロナ禍に思うこと

【2/24 7時更新】アニメーションで表示した全国の新規感染者数 10/26-2/23 一週間累積:円の面積が人数に比例 (最近は「縮む」傾向だがまだ10月末のレベルには戻っていない)

Twitter / Via Twitter: @hayano

ーー早野さんは、コロナ禍で毎日のように実効再生産数や感染者数のグラフを投稿しています。震災後とも重なりますが、なぜこうした発信を続けているのでしょうか?

やっぱり自分が知りたいからというのが一番です。

それに毎日決まった時間にデータを確認し発信をするというのは、実は規則正しい生活をするためにも望ましい(笑)

ツイートをすると、グラフが見にくいとか、様々なフィードバックが届く。それを踏まえて、こうするともっと良いかなと改善をしていく形です。

僕は感染症の専門家ではありませんから、何かについて論評をするつもりはありませんし、今後の動向を予測するつもりはありません。

物理学を専門とする自分が、新型コロナ対策について、何か世の中の役に立つ知見を提供できるとも思いませんので。

あくまで、データを整理し、そこから見えることをグラフで示すことに徹しています。

今回、専門外のデータに日々触れる中で気付いたのは、世の中の出来事をエビデンスに基づいて見ることの難しさでした。

常に言われることですが、相関関係と因果関係を自分の専門ではないことにおいて見分けることは容易ではない。僕は、感染症の分野で、これが相関関係であるか因果関係であるかを瞬時に的確に判断できる自信はありません。

データをもとに判断することが重要ですし、そのためのノウハウは世間の中では知ってるほうだとも思います。ですが、頭で理解している以上に、改めてファクトフルな振る舞いは簡単ではないということを実感した体験でした。

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