対立するトルコとサウジアラビア。行方不明のジャーナリストに関する証言の真偽に、アメリカは苦慮

    互いに牽制し合うトルコとサウジアラビア。真実を求めるアメリカの捜査を混乱させている。

    サウジアラビア人記者ジャマル・カショギ氏の死亡を懸念するトランプ政権の慎重な対応には、サウジアラビアとトルコが提供するカショギ氏の情報を信用することへの躊躇がうかがえる。

    サウジ、トルコのいずれも権威主義国家で、長い間にわたり、ジャーナリストや批評家を攻撃してきた歴史がある。10月2日、トルコ・イスタンブールのサウジ総領事館でカショギ氏が行方不明となり、サウジとトルコ間における長年の亀裂を新たに際立たせている。

    相手を密かに貶めようとする二国間の力関係は、カショギ氏の失踪、原因を究明しようとするワシントンへの余波を複雑にしている。

    「何が起こったのか真相を解明する必要があるという点では、全員一致すると思う。そこに疑問の余地はない」と、この問題を担当する米当局者は匿名で話す。

    だが、カショギ氏についてこれまで公表されている情報の評価には、注意を喚呼している。というのも、情報の中には「明らかに意図を持った人々が推していて、証拠がほとんどないもの」があるからだ。

    「だから、みんな一度深呼吸をして、実際に何が起きたのかを考えてみるべきだ」

    カショギ氏がイスタンブールのサウジ総領事館で殺害され、バラバラに切断されたというトルコの主張は、現時点で米政府高官は公に受け入れることは控えている。

    だが一方で、カショギ氏は無事に総領事館から退去したというサウジの主張にも疑問を投げかけている。11日、トランプ米大統領は、米捜査当局がトルコで事態を調べており、カショギ氏が殺害されたのであれば、「誠に遺憾で、由々しきこと」と述べている

    サウジアラビアとトルコが不仲であることから、カショギ氏に関する情報源としては、いずれの国も信頼できないことが浮き彫りになっている。

    核心にあるのは、地域権力間の紛争だ。

    サウジアラビアはアラブ首長国連邦とエジプトの支持を得る一方、トルコはサウジと対立するカタールを支援している。サウジアラビアは自国の影響力を強めるため、カタールに戦いを挑んでいる。昨年、天然ガス収入で豊かな小国カタールとの国境や空域を、サウジアラビアは封鎖した。

    「アラブの春」と呼ばれた一連の民主化運動や、カタールとトルコが支援するイスラム主義者の運動であるムスリム同胞団の問題が議論となるたびに、この両勢力の争いは激しさを増している。サウジアラビアはこれを同地域における自国の影響力にとって障害となると見ている。

    サウジアラビアの若いムハンマド・ビン・サルマン皇太子の下、サウジアラビアは改革を推し進めていると説明するが、同時に積極的に異論を取り締まっている。ジャーナリスト保護委員会(CPJ)の中東・北アフリカプログラムのコーディネイターを務めるシェリフ・マンスール氏は、少なくとも16名のサウジ人ジャーナリストが拘束されていることを確認している、と話している。

    ジャーナリスト保護委員会(CPJ)の最新の国際調査では、拘束された7名のジャーナリストを取り上げている。ムハンマド皇太子による広範囲の取り締まりで、少なくともさらに9名のジャーナリストの状況を、現在CPJでは調査している、とマンスール氏は話す。摘発には、政治活動家、女性活動家、ビジネスパーソン、宗教指導者も対象となっている。

    一方で、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領の政権下において、トルコはジャーナリストの拘束数でサウジを上回る。

    「昨年と比べて、今年はさらに多いかもしれない」とマンスール氏はみる。

    カショギ氏が行方不明になってから、トルコ当局は米メディアに対して異例なほどオープンに情報を提供している。エルドアン大統領の政府は権威主義に向かっているため、米メディアは敵と見なされ悪者扱いされることが多い。

    当初、カショギ氏は、婚約者を外に待たせて、書類をもらうためにサウジ総領事館を訪れて殺害された、とトルコ当局は話していた。その後、サウジ政府が殺害のために殺し屋のチームを派遣。殺害後にカショギ氏の遺体を解体し、ばらばらにして総領事館から運び出した、とトルコ当局は説明した。

    エルドアン大統領自身が、カショギさんの消息に関する答えを要求した。「黙っていることは不可能だ」と大統領は述べている。

    トルコとその同盟国は、カショギ氏の行方不明事件は、相手を叩く好機だと飛びついた。だが、極めて重要なことは、カショギ氏の消息を巡る争いは、関与の説明には役立つが、それ自体が本件の重要性を軽減させはしないことだ、とマンスール氏は話す。

    「(双方の言い分を鵜呑みにできないにしても)カショギ氏の失踪は事実で、警戒する理由になります」

    マンスール氏自身はエジプト人の反体制派で、米国に亡命を認められており、カショギ氏の件は気に触ったと話している。サウジアラビアで摘発が続く中、昨年、カショギ氏は自身が標的にされることを懸念してワシントンD.C.へ移り住んだ。

    米国で落ち着き、〈ワシントン・ポスト紙〉のコラムで世界中の読者を得てもなお、サウジアラビア当局のことを警戒していたと報じられている。危害を加えないというサウジアラビア政府の言葉を信用していないと知人には話しており、サウジアラビア総領事館に入る際、戻らなければ、エルドアン大統領の側近に連絡をする指示を婚約者にしていた。

    「まったく同じ会話を私も妻としたことがあります」とマンスール氏は話している。

    経験豊富なジャーナリストであるカショギ氏は、サウジアラビアの指導部に強い人脈を持っていたが、皇太子がサウジアラビアとイエメンで人権を侵害していること、またムハンマド皇太子本人を批判するようになっていった。

    イエメンでは、サウジアラビアの軍事作戦が民間人に打撃を与えている。消息を絶つ前にカショギ氏が最後に〈ワシントン・ポスト紙〉に書いたコラムでは、終戦を呼びかけ、戦争によってもたらされた苦しみに焦点を当てていた。

    「皇太子は暴力を終わらせ、イスラム教の発祥地の尊厳を回復しなければならない」とカショギ氏は書いていた。

    カショギ氏のコラムは、サウジアラビアとカタールの紛争にも踏み込んでいた。前回のコラムでは、トランプ政権がムスリム同胞団に対して強硬な姿勢を取っていることを激しく批判し、同地域における政治的孤立を警告していた。

    「ムスリム同胞団を一掃することは、民主主義の廃止に他ならず、アラビア人が独裁的で腐敗した政権下で生き続けるという保証にしかならない」と8月28日にカショギ氏は書いている

    「そして、これはまた、革命、過激主義、難民の原因が継続されることも意味する」

    トランプ政権は、サウジアラビアと密な関係を築く努力をしてきた。中東におけるアメリカの戦略において、同国との同盟は不可欠だと考えているからだ。この動きは、オバマ政権下でアメリカがとってきた針路を反転させた。サウジアラビアの首都リヤドが、アメリカと対等な立場に置かれることが多くなった。中東に関する他の課題と同じように、アメリカとサウジアラビアの関係もまた、激しい党派分裂の種である。

    シンクタンクであるハドソン研究所の上級研究員マイケル・ドラン氏は、カショギ氏の失踪を自身の政治的目的のために使っている人もいることを指摘している。

    「感情に訴える問題で、間違いなくそうだと思いますが、様々なグループに目的遂行の手段を与えています」とドラン氏は話す。

    「鏡の間です。自分自身も含めて、自分が得ている情報は、すべての面から見て実のところ本物なのか知ることができないのです」

    ジャーナリスト保護委員会(CPJ)のマンスール氏は、カショギ氏の件に世界中の注目がさらに集まっていったら、最終的には、サウジアラビア政府が真実を明かさざるを得なくなるかもしれない、という。

    「期待しているのは、まさにそうなることです」とマンスール氏は結んだ。

    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:五十川勇気 / 編集:BuzzFeed Japan