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オミクロン感染者の個人情報公表はどこまで必要か? 西村康稔議員ら政治家が国籍に関する情報を拡散する実態も

国籍や職業などは感染者への偏見や差別にもつながりかねないため、取り扱いには注意が必要だ。専門家は基準の見直しを進めるべきと問題提起する。感染者の情報公表はどのように行うべきか。

オミクロンの感染者が日本国内でも確認される中、感染者の個人情報をどこまで公表するのか。

一部で公表の基準を超えた範囲の個人情報が発表されている。

国籍や職業などは感染者への偏見や差別にもつながりかねないため、取り扱いには注意が必要だ。専門家は「コロナの実態に即した公表基準へと見直しを進めるべき」と問題提起する。

感染者の情報公表はどのように行うべきか。そして、メディアはどう報じるべきなのだろうか。

コロナ感染者の情報、何を基準に公表?

新型コロナの感染者の情報は現在、厚労省の「一類感染症が国内で発生した場合における情報の公表に係る基本方針」に基づき発表されている。

一類感染症には現在、エボラ出血熱などが指定されている。厳密には新型コロナウイルス感染症は一類感染症ではない。しかし、感染初期からこの基本方針を適用する形で公表がなされている。

公表する情報に分類されているのは、居住する国と都道府県、年代、性別、発症日時といった感染者情報や感染源に関する情報、医療機関の受診・入院状況などだ。

感染症法ではこうした感染者の公表に関して、第十六条で次のように定めている。

第十六条 厚生労働大臣及び都道府県知事は、第十二条から前条までの規定により収集した感染症に関する情報について分析を行い、感染症の発生の状況、動向及び原因に関する情報並びに当該感染症の予防及び治療に必要な情報を新聞、放送、インターネットその他適切な方法により積極的に公表しなければならない。


 前項の情報を公表するに当たっては、個人情報の保護に留意しなければならない。

これまでも新型コロナ感染者の情報公表のあり方については、専門家から問題が指摘されてきた。

新型コロナの国内最初の死亡者が入院していた相模原中央病院では誹謗中傷だけでなく、実際にオムツが配送業者によって置き去りにされたり、クリーニング業者にも立ち入りを拒否されて病院職員が搬入から搬出まで代行せざるを得なかった等の風評被害が発生していたことが報告されている。

また、108名の感染を確認した島根県の立正大医学淞南高校には電話で「日本から出て行け、お前たちは日本人じゃない。殺人者を100人も作って」といった誹謗中傷が寄せられていたことも明らかとなっている。

こうした事例を踏まえ、2020年8月には分科会の下に「偏見・差別とプライバシーに関するワーキンググループ」が設置され、議論が行われた。

ワーキンググループは「新型コロナウイルス感染症の特性を踏まえた情報公表に関する統一的な考え方の整理」が必要であるとまとめている。

なお、その後、厚労省などでこのワーキンググループの「議論のとりまとめ」をもとにした議論は進んでいない。今も一類感染症と同じ基本方針で情報公表が続いている状態だ。

厚労省が国籍や職業を公表、その理由は?

そうした中、厚労省は11月30日、日本国内でも初めてオミクロンの感染者が確認されたと発表。囲み取材で後藤茂之厚労相は国籍がナミビア人であること、職業が外交官であることも公表した。

これらの情報は中継を通じてリアルタイムに発信されたほか、報道各社も一斉にオミクロン感染者がナミビア人の外交官であることを伝えた。

12月1日には2人目のオミクロン感染者を確認。しかし、この感染者については「感染対策上、必要な情報ではない」として厚労省が国籍や職業を公表することはなかった。12月6日に確認された3人目のオミクロン感染者についても国籍や職業は公表されていない。

こうした対応の違いはなぜ起きたのだろうか。厚労省のコロナ対策本部の担当者はBuzzFeed Newsの取材に「1例目については公的な立場の人であり、本人の同意の上で公表した」と回答した。

なお、公的な立場にある人物であったとしても本人の同意がない場合には公表を行うことはないとしている。

一方で、一部の政治家が厚労省が非公表としたにもかかわらず、オミクロン感染者が外国籍であると発信している実態も確認されている。

前経済再生担当相・コロナ担当相で現在は自民党のコロナ対策本部長を務める西村康稔氏は12月1日、「オミクロン株の最悪の事態を想定して備える」と題したブログで国内2人目のオミクロン感染者が「ペルーから入国した外国人の男性」であることを明記した。

また、東京都の都議会議員・尾島紘平氏も同日、Twitterにて国内2人目のオミクロン感染者が外国籍であると発信している。

なお、メディアが「政府関係者」を情報源とした上で、2人目・3人目のオミクロン感染者が日本人か外国人かを報じる事例も複数確認された。

一時は自治体の7割が職業を公表

東京大学医科学研究所公共政策研究分野で特任助教を務める永井亜貴子さんは、各自治体のウェブサイトで公表されている新型コロナ感染者の情報を収集し、調査を行った。

感染者に関する情報は、全国の都道府県、保健所設置市、23区がそれぞれの考えに基づいて公表されており、全体を把握することが難しいという。そこで、国から情報の公表に関する通知が出た2020年2月27日以前、感染が拡大した3月、初めての緊急事態宣言が出された4月8日〜30日、感染が再拡大した8月という4つの期間で、それぞれ1例目となる感染者の情報がどのような内容で公表されたのかを調べた。永井さんはチームで手分けをして、各自治体が公表した情報を一つ一つ集めて整理した。今は既に自治体のウェブサイトから消失している情報もあるという。

調査によると国籍に関する情報を公表する自治体は4月までは3割弱であったが、その後は減少し約1割となっている。

一方、職業は当初は約5割の自治体が公表していたが、その後、公表する自治体が増え、4月以降では7割以上の自治体が公表している。公表されている情報の一部には感染者の企業名や学校名まで明記している事例もあったという。

永井さんはこうした調査データをもとに、「感染者について公表されている情報には自治体や公表時期によってもばらつきがある」「厚生労働省の公表基準で公表しないとされている国籍や職業も一部で公表されており、現在の状況と公表基準が合致していない」と指摘する。

「医療従事者や外国籍の方など、一部の方々への差別的な言動も報告されています。公表基準の趣旨を再度周知するとともに、現在用いられているエボラ出血熱などを想定した一類感染症の基準を、コロナの実態に即した公表基準へと見直しを進めるべきでしょう」

「ワクチン接種歴の有無」にも配慮を

「コロナ感染者の国籍や職業、性別といった情報を公表していない国もあります。むしろ、どういった環境で感染した可能性があるのかといったことを中心に報告がまとめられています。感染症法は、感染拡大の防止に資する情報の公表を求めています。どういう国のどういう職業の人が感染したかという情報は、かえって誤解を招く情報になりかねません」

こう語るのは東京大学医科学研究所公共政策研究分野の教授で政府の新型コロナ対策分科会メンバーの武藤香織さんだ。

武藤さんは「偏見・差別とプライバシーに関するワーキンググループ」の副座長も務めていた。

オミクロン感染者を報告する厚労省の記者会見では、メディアからワクチン接種の有無を尋ねる質問が必ず寄せられる。人々の注目も集まりやすいポイントだ。

ただし、ワクチン接種歴の有無は個人の健康状態に関する情報であり、本来は注意深く扱う必要がある。

武藤さん、永井さんは共に「他の個人情報が公表されていないのであれば、ワクチン接種歴の有無を公表することは問題ない」と話す。しかし、個人を特定し得る様々な情報が公表されている場合には注意が必要だと強調した。

「感染した可能性が疑われる状況や、ワクチンを接種したかどうか、接種を終えてからどのくらいが経過しているのかといった情報は、変異ウイルスの影響を検討する上でも重要な情報です。ただし、感染者の国籍や職業、性別や居住地などが公表されると、人々の関心は『誰がウイルスを持ち込んだのか』に向いてしまいます。場合によっては個人の特定へつながるおそれがあります」(武藤さん)

感染者の情報公表に関しては報道が抱える問題も繰り返し指摘されている。武藤さんは次のように苦言を呈した。

「オミクロン株に関する報道では、国や自治体が公表を控えても、国会議員や地方議員から国籍や日本人かどうかといった情報が漏らされ、報道されました。感染者に関する情報の公表とプライバシー保護の基本的な考え方がもっと定着すべきですし、報道関係者にも考えていただきたいです」

弁護士「2020年の最初の頃のデジャブのよう」

弁護士で「偏見・差別とプライバシーに関するワーキンググループ」の座長を務めた中山ひとみさんは1人目のオミクロン感染者の国籍や職業が公表されたことに「驚いた」「2020年の最初の頃のデジャブのように見える」と振り返る。

「そもそも感染者の情報は感染をまん延させないために公表されます。その考えに基けば、基本的に職業や国籍はまん延防止に関係がない情報です。私たちはこの2年近くの日々で様々なことを学んできたはずです。外国人なのか日本人なのかということは、コロナ感染とまったく関係ありません」

「コロナに関しては一部の人が非常に差別的な扱いを受けるということが様々な形で問題となってきました。こうした問題からワーキンググループが立ち上げられ、議論を行ったという経緯があります」

「日本においてはハンセン病の歴史もありますし、感染症は常に差別の問題とリンクしてきました。人間は誰しもが未知のものに対する恐怖感や不安感を持っています。そうした中では、感染者の情報を過度に公表することについては慎重になる必要があります」

中山さんも武藤さんと同様に情報公表の方針は現状にはそぐわないと考えている。今後はコロナをどういった病気に位置付けるのかという議論とともに公表の基準についても見直すべきとした。

政治家がSNSやブログで感染者の国籍を発信していることについてはどうか。

「政治家の方々は自分たちが新しい変異ウイルスを国内へ入れないために頑張っていることをアピールしたいのかもしれません。ですが、影響力が大きいからこそ、その影響力をどのように使うのか冷静に判断していただきたいです。その発信の先にどのようなことが起きるのか、意識をしていただく必要があると思います」

知る権利と個人情報保護、ジレンマに向き合った報道を

「偏見・差別とプライバシーに関するワーキンググループ」の取りまとめにはメディアに対し、「ウイルスの特性に適した問題設定を持った報道、知る権利への奉仕と感染者の個人情報保護のジレンマに正面から向き合った報道、誤った風説に対するファクトチェックなどの役割に期待する」という一文も記されている。

特に「知る権利への奉仕と感染者の個人情報保護のジレンマに正面から向き合った報道」という項目は感染者の情報公表に関する報道と密接に関わるものだ。

「知る権利も個人情報保護も、どちらかだけが重要なのではなく、どちらも重要です。これは非常にセンシティブで難しいポイントであることは理解しています。しかし、メディアはこの難しさに向き合い、自分たちはなぜこの情報を報じるのかという問いに向き合ってほしいと思います」

「今回のオミクロン感染者についても、厚労省が発表したとしても自分たちは国籍や職業を報じないと決めて、そのような方針を貫くことも不可能ではないはずです。他社が報じている中で自分たちはなぜ報じないのかを説明すれば、何をどこまで報じるべきかという報道全体での議論も深まるのではないでしょうか」

西村氏「ご指摘のような内容の発信は致しておりません」

今後、新型コロナ感染者の情報公表の基準などをめぐって「偏見・差別とプライバシーに関するワーキンググループ」が再度開催されることはあるのだろうか?

内閣官房の新型コロナ対策推進室の担当者はBuzzFeed Newsの取材に次のように回答した。

「今後、偏見・差別とプライバシーに関するワーキンググループを開催する可能性は否定できません。すべては未定です」

担当者は「ワーキンググループは専門家にご議論いただく場」であるため、専門家からの要請があれば今後再び開催される可能性もあると説明した。

2人目のオミクロン感染者について厚労省が非公表としながら、ブログで外国籍であることを発信した西村康稔氏、Twitterで同様の発信していた尾島紘平氏にも取材を申し込んだ。

西村氏は「ご指摘のような内容の発信は致しておりません」と回答。実際のブログの文面を提示した上で、厚労省が非公表とした日本人か外国人かという感染者の国籍に関する情報を発信していることについての認識を質したが、回答は得られなかった。

また、尾島氏からの回答は期日までに得られなかった。


メディアは公益に資すると同時に、政治や行政が必要な情報を適切に公表しているのか、監視する役割も持っている。

公表基準の見直しは不当な差別にさらされる人々を減らすために有効である一方で、行政が市民に公表する情報を抑制することを結果的に後押ししてしまいかねない。

BuzzFeed Japanでは情報公表に関する公衆衛生の専門家メディア関係者の見解、「偏見・差別とプライバシーに関するワーキンググループ」のとりまとめについて詳しく報じるなど、この問題について継続的に取材を行ってきた。

本来は行政が公表する情報を抑制するのではなく、報道機関が公表された情報をもとに何を伝えるべきか検討を重ね、その情報を報じる理由をしっかりと市民に説明していくことが望ましい。

新聞社やテレビ局などでは他社が基本情報を報じている中で、その情報を報じないという判断を下すことが難しい側面があるのも事実だ。

しかし、情報抑制ではない形でこうした問題を解決していくためには、報道機関が自律的にこれまでの報道を振り返り、改善すべき点を改善していく努力が必要だ。