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新型コロナウイルスは「飛沫感染するエイズウイルス」は誤り。専門家「多くの生物から同じような配列は見つかる」

拡散しているのは「新型コロナウイルスに『HIV(エイズウイルス)』のタンパク質が挿入されていることをインド工科大学の科学者たちが発見」という情報だ。

「新型コロナウイルスに『HIV(エイズウイルス)』のタンパク質が挿入されていることをインド工科大学の科学者たちが発見」という情報がネット上で拡散。新型コロナウイルスは「飛沫感染するエイズウイルス」などという情報も飛び交っている。

この情報は誤りだ。BuzzFeed Newsは米国国立研究機関博士研究員として免疫学やウイルス学を専門とする峰宗太郎医師の協力を得て、ファクトチェックを実施した。

峰医師は新型コロナウイルスとHIVのタンパク質の一部の類似性があるとしつつ、あくまでこれは偶然であり、「多くの生物から同じような配列は見つかる」としている。

「空気感染する免疫不全を起こすウィルス」といった情報が拡散

拡散しているのは「新型コロナウイルスに『HIV(エイズウイルス)』のタンパク質が挿入されていることをインド工科大学の科学者たちが発見」という情報だ。

発端となったのは、まとめサイト「In Deep」に2月1日に掲載された「新型コロナウイルスに『HIV(エイズウイルス)』のタンパク質が挿入されていることをインド工科大学の科学者たちが発見。さらに『感染しても免疫を獲得できない示唆』を中国当局が示し、事態は新たな局面に」(ママ)という記事だ。

計測ツールBuzzSumoで調べたところ、この記事はFacebookやTwitterを中心に1万5000回以上シェアされていた。

また、まとめサイト「アノニマスポスト」は2月2日、「タイ政府、新型コロナウイルスによる肺炎の治療には"エイズ治療薬"が有効と発表 インドのデリー大学教授『コロナウイルスからHIVと同じ組成が見つかった』の発表を裏付ける結果に〜ネットの反応『中国の人口ウィルス説がますます濃厚になってて笑うw』」(ママ)という記事を掲載。

この記事もTwitterを中心に2000回以上シェアされている。

こうした記事をうけて、ネット上では「ヒト免疫不全ウイルス これが本当なら、まじに東京オリンピック中止かもな」「詳しくはわからないけど空気感染する免疫不全を起こすウィルスかもってこと?」といった声が上がっている。

情報拡散の背景に中国当局の再感染リスクへの警戒を呼びかける声明

記事が拡散した背景にあると見られているのが、中国国家衛生健康委員会が1月31日に記者会見で公表した新型コロナウイルスによる肺炎の再感染リスクに関するコメントだ。

時事通信は記者会見で中日友好医院の医師が「感染後にできる抗体には長期間持続しないものもある。一度感染し治癒した患者にも再感染のリスクがある」と語り、警戒を呼びかけたと報じている。

先出のまとめサイト「In Deep」に掲載された記事では「一般的にどんな感染症でも『1度感染した後は、変異していないのなら、そのウイルスにはその後は感染しない』です」とした上で、ヒトの免疫を不全にする作用を持つHIVなどであればあり得るとしている。

こうした説明を行った上で、紹介されているのがBioRxivに掲載されていたインド工科大学の科学者たちによる論文だ。

その論文では「新型コロナウイルスには4つの他のウイルスのタンパク質が挿入している」ことがわかり、挿入している4種類のタンパク質すべてが「エイズウイルスのタンパク質と同じ」であると示されたと記事中では説明している。

その後、筆者はこの類似が偶然によるものであるのか?と問題を提起。

「『自然進化的に偶然そうなったものでない場合』、これは、人為的に操作されたことによるものということになってしまう」とし、この新型コロナウイルスが人為的に生み出された生物兵器なのではないかという自説をほのめかしている。

記事で引用されている論文はすでに撤回済み

BioRxivは査読を経ていない論文の下書き(プレプリント)を投稿し、コメントし合うことのできるウェブサイトだ。

この論文の下書きは、すでに著者たちによって撤回されている。

著者はコメント欄で、「深刻な状況を考慮して、SARSのようなコロナウイルスの急速な進化について議論を行うために、できるだけ早くBioRxivで共有しました」と論文を公開した意図を説明。

「陰謀説に食い込むつもりはなかったので、ここではそのような主張はしていません」とコメントした。

また、「世界中のさらなる誤解と混乱を避けるために、我々はプレプリントの現在のバージョンを撤回することを決定し、再分析の後、コメントと懸念に対処して改訂版を掲載する予定です」と論文の下書きを撤回する意思も表明している。

「ウイルスの進化によるものであると考えてよいと思われます」

こうした情報は誤りだ。

峰医師はBuzzFeed Newsの取材に対し、新型コロナウイルスとHIVの類似性について、こう答える。

「確かにHIVのあるタンパク質のごく一部の配列に似てはいますが、似ている部分は非常に短く、偶然に生じた配列である可能性があります」

「新型コロナウイルスの配列について似ている配列をGenBankと言うデータベースで探すと、4つの配列のうち最初の3つは HIV-1 の gp120 というタンパク質のごく一部と似ている配列であることが確認できます。また、最後の1つはHIV-1 の gag というタンパク質の一部と似ています」

HIVはHIV-1とHIV-2に大きく分けられる。東京都感染症情報センターによると、HIV-1はHIV-2に比べて感染力が強く、日本におけるHIV感染の報告例は1992年と2002年に確認された2例を除いてHIV-1の型だ。

HIV-1と新型コロナウイルスのタンパク質にはたしかに類似性が見られる。だが、それはHIVに限ったことではないという。

「これら4箇所の挿入配列に似た配列をデータベースで調べてみますと、HIV-1以外にもたくさん似た配列が見つかってきます。つまり、類似が指摘されている配列は、とても短いアミノ酸配列であり、多くの生物から同じような配列は見つかるということです」

その上で、2020年1月27日に公開された武漢で採取されたというコウモリから見つかったコロナウイルスにも新型コロナウイルスと同じ部位に、非常に良く似た配列が見られると峰医師は言及する。

「コウモリのコロナウイルスでほぼ同じ配列が見られることから、この似ている配列はコロナウイルスの自然変異によるもの、つまりウイルスの進化によるものであると考えてよいでしょう」

コロナウイルスは免疫記憶ができにくいと考えられる

今回こうした誤った情報が拡散した背景には、「何度も感染する=ヒトの免疫を不全にする=HIV」という推測も存在した。

そもそもウイルスは一度感染したら再び感染することはないと言えるのだろうか?

「免疫は、感染やワクチンなどによって免疫記憶をつくるために一度罹ったものにはかなりかかりにくくなるのが原則ではありますが、何度も感染するということは特別なことではありません。ヒトの免疫不全でなくても起こり得ることなのです」

「よって、何度も感染する=免疫不全にするウイルス、は間違いです。また免疫不全を引き起こすHIVについては、免疫細胞をターゲットにして感染するものですが、コロナウイルスは基本的に免疫細胞をターゲットとしているとは考えられません」

峰医師は「免疫記憶」が形作られるプロセスをまず説明する。

「ウイルスなどに感染すると、免疫細胞の反応によって『抗体』というものが作られる液性免疫と、細胞を特異的に殺す細胞性免疫というところを中心に『免疫記憶』というものが形作られます」

この「免疫記憶」は、「一度身体に侵入した病原体の一部を記憶し、二度目の感染をした際には免疫細胞が病原体を退治する機能」だ。

麻疹や風疹、水ぼうそうなどが、こうした免疫記憶が形成される感染症の一例だ。こうしたウイルスは非常に強い反応を起こすため、「原則的には一生に一回感染するだけで、二度目は免疫によって撃退され感染しないことが多い」。

ただし、「免疫記憶の形成は、ある程度の強い刺激がないとうまく定着しない」と峰医師は言う。

また、「病原体が頻繁に変異するものに対しては、免疫記憶は形成されにくい」。その例が、インフルエンザウイルスやHIVだ。

「インフルエンザウイルスやHIVなどでは、ウイルス側が素早く変異していくこともあり、免疫記憶したウイルスの形が変わってしまい、うまく作用出来ないこともあります」

このため、毎シーズンインフルエンザに感染するといったことが起こり得るのだ。

「さらに、風邪のウイルス、つまりコロナウイルスやライノウイルスなどやインフルエンザなどではその表面パターンが非常に多く、免疫記憶ができにくいということも考えられます」

なぜ再感染の懸念が?

こうした中で、中国当局はなぜ再感染への懸念を示したのだろうか。

「中国当局の記者会見では再感染する可能性も述べられており、実際にそういったことが起こったから発表されたのかもしれませんが、免疫記憶ができにくければ再感染する可能性はあり得ることです」と峰さんは説明する。

「免疫記憶を形作る1つの仕組みは抗体が産生されていることですが、これができにくいウイルスであれば再感染することは十分に考えられます」とした上で、まだ不明点が多いウイルスであることに言及する。

「新型コロナウイルスの感染によってできた抗体がどの程度の間、維持されるかについてはまだ情報が少なくわかっていません」

治療にHIVの治療薬。その理由

現在すでにHIVの治療薬が新型コロナウイルスに効果があるか検証する臨床研究が始まっている

その理由は「分解酵素などはウイルスの中で似たものを持つことはよくあり、HIVに使える薬がコロナウイルスにも使えそうだということ」だ。

「新型コロナウイルスのウイルスの増殖や維持に重要ないくつかの分解酵素などの構造を解析したところ、これらの酵素を阻害、つまり機能しないようにする形を持った分子として、HIV治療薬などが候補にあがっています」

「大事なことは、HIVに『似た』(偶然と思われますが)配列を持つ糖タンパクは、ウイルスの表面にあるタンパク質であり、HIV治療薬のターゲットとなっているタンパク質とは全くの別物であるということです」


厚生労働省のQ&Aサイトはこちらから。峰医師もブログで新型コロナウイルスに関する情報を発信している。

また、世界中で広がる「あやしい情報」のファクトチェック一覧はNPO法人「ファクト・チェック・イニシアチブ」(FIJ)の特設サイトで見ることができる。

BuzzFeed Newsでも「新型コロナウイルス どれぐらい警戒したらいいの? 感染症のスペシャリストに聞きました」などのコンテンツを配信しています。一覧はこちらから。


BuzzFeed JapanはNPO法人「ファクトチェック・イニシアティブ」(FIJ)のメディアパートナーとして、2019年7月からそのガイドラインに基づき、対象言説のレーティング(以下の通り)を実施しています。

ファクトチェック記事には、以下のレーティングを必ず記載します。ガイドラインはこちらからご覧ください。なお、今回の対象言説は、FIJの共有システム「Claim Monitor」で覚知しました。

また、これまでBuzzFeed Japanが実施したファクトチェックや、関連記事はこちらからご覧ください。

  • 正確 事実の誤りはなく、重要な要素が欠けていない。
  • ほぼ正確 一部は不正確だが、主要な部分・根幹に誤りはない。
  • ミスリード 一見事実と異なることは言っていないが、釣り見出しや重要な事実の欠落などにより、誤解の余地が大きい。
  • 不正確 正確な部分と不正確な部分が混じっていて、全体として正確性が欠如している。
  • 根拠不明 誤りと証明できないが、証拠・根拠がないか非常に乏しい。
  • 誤り 全て、もしくは根幹部分に事実の誤りがある。
  • 虚偽 全て、もしくは根幹部分に事実の誤りがあり、事実でないと知りながら伝えた疑いが濃厚である。
  • 判定留保 真偽を証明することが困難。誤りの可能性が強くはないが、否定もできない。
  • 検証対象外 意見や主観的な認識・評価に関することであり、真偽を証明・解明できる事柄ではない。