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「ワクチン・検査パッケージ」って何なの? まずはそれぞれが考えることから

ワクチン接種が進むに従って、これまで我慢してきたことができるようにしようと提言された「ワクチン・検査パッケージ」。国民的な議論を、と言われてもピンとこない人も多いかもしれません。まずは頭の体操をしましょう。

ワクチン接種が進むに従って、これまで我慢してきたことをできるようにしようと専門家から提言された「ワクチン・検査パッケージ」。

国民的な議論を、と言われていますが、いまいちピンときていない人も多いかもしれません。

「ワクチン・検査パッケージ」とは何なのか。どんな論点があるのか。

BuzzFeed Japan Medicalは、国際医療福祉大学医学部公衆衛生学教授の和田耕治さんに聞きました。

※インタビューは9月15日午後に行い、その時点の情報に基づいている。

「ワクチン・検査パッケージ」で何ができるのか?

ワクチン接種が広まった後の日常生活の話をしたいと誰もが思っています。そのうちの一つの手段として、「ワクチン・検査パッケージ」が出てきて、「国民的な議論を」と政府の分科会の尾身茂会長も呼びかけています。

「国民的な議論を」と求めるのは、それだけ難しい課題がたくさんあるからです。国会で議論するのも大事ですが、それ以上に一人ひとりがこれをどうするか、事業者も市民もそれぞれの場で考えてほしいのです。

ーーそもそも「ワクチン・検査パッケージ」とはどういうものなのですか? 以前話していた「ワクチンパスポート」のようなものですよね。

「ワクチン・検査パッケージ」という言葉がいいかどうかはわかりません。しかし今、ワクチンと検査の結果を活用して、今までできなかったことをできるようにしたいというのがその趣旨です。

こうしたものを使って社会を開いていくことに関しては多くの人が同意してくれると思います。しかし、一つひとつの場面での対応を考えはじめると、頭を抱えることが多いです。

ーー「ワクチンを2回接種したよ」という証明や、「検査で陰性だよ」という証明を見せて、例えば何をできるようにするイメージでしょうか?

ワクチンの接種証明と検査の結果を使って行動を緩める方法が日本に本当に根付くかは、正直私はわかりません。

だから今やるべきことは、「こういう風に使うといいね」という良好事例をまずは作ることからはじめることです。

これまで比較的みんなが「いいね」と言っているのが、入国時に使うパターンです。海外ではワクチン接種の記録を提出すると、入国後の隔離の期間を短くしています。でも到着時や事前の検査はもうしばらくは必要になるかもしれません。

もう一つは既に石垣島でも行われているような、島に観光に来る際には提示してもらうことで感染を抑えるということです。

では仮に今後、新幹線に乗る時に東京駅の改札でワクチンや検査の証明を見せるのか、となると、正直、ちょっとわかりません。コストも手間もかかります。

だからこれをどう使っていくのかは、事業者も市民も知恵を絞っていかなければいけません。

一つずつ考えると出てくる課題

ーー今、休業を余儀なくされている飲食店に入る時に見せて営業できるようにするとか、コンサートに入る前に見せるとかも想定されていますか?

仮に飲食店で使うことを考えると、どのレベルまでやるのかが問題となるでしょう。

アメリカ・ニューヨークでやっているように入り口で確認するとします。しかし、実際にあるお店で運用しようとすると、Aさんは忘れてきた、Bさんは名前が書かれていないものを写真で持ってきたといったケースが出てきます。

その時にお店の人は色々と判断しなければなりません。入国時のように完璧を求めることはなかなかできないでしょう。

次に運用できたとして、何ができるようになるのかがあまり見えていないのがこの問題の難しさです。

例えば最近、ある省庁と議論したのは、イベントに入る時に使う場合です。

入り口でワクチンの記録や検査結果を見せ、入れても、マスクをして、叫ばずに座っていることをお願いされると思います。

仮に安全ゾーンを作るとして「ワクチン2回接種を済ませている人はこちら」「検査で陰性になった人はこちら」と分けると、差別感がにじみ出てきませんか?

ーー嫌な感じですね。

そうですよね。しかもワクチン接種済みの席に座れたとしても、叫ぶのはダメなのは変わりません。食事も限られた場所でしかできません。入り口で確認する手間を考えると、意外にあまりいいことがないのです。

そもそも「ワクチン・検査パッケージ」がなくても、緩められる行動はある

ーーワクチンなら接種証明を出したらいいと思いますが、検査はデンマークのコロナパスのように、美術館や動物園の脇に検査場があって、ワクチンを受けていない人はそこで簡易検査をして陰性確認するイメージですか?

そういう話になってくると、そもそも論でぜひこの図を紹介したいです。

日常の中の感染拡大リスクは様々です。しかし、日本では低くリスクの行動のはずなのに、我慢していることも多いのではないでしょうか。

例えば、家族だけで他の人と密を避けた旅行をすることは、食事も部屋でとるならばかなりリスクは下げられます。もちろん、家族内感染のリスクはありますが、それは温泉地だろうと、自宅であろうと同じです。そして、他の人に感染させる可能性も低い。

東京の人が家族だけで箱根に行って温泉に入って、部屋でご飯を食べて、ちょっと買い物して帰ってくるだけというのは、ある意味で緊急事態宣言中であってもそれほど感染を広げることにはならないと思います。

問題となるとすれば現地で発症した場合です。すぐに車で自宅まで帰れるようにする必要はあるかもしれません。

また、ワクチン接種をした者同士で体調確認をした上で短時間の面会をすることはどうでしょう。医療機関や高齢者施設での面会を想定していますが、これもリスクは低く抑えられるのにいまだにできていません。

美術館もいまだに人数制限をしているところがありますが、静かに過ごす場所ですから入場を制限するより、食事をするカフェなどの対策をすればよいでしょう。映画館は逆に100%観客を入れ始めていますね。

こうしたリスクの低い行動は「ワクチン・検査パッケージ」がなくても可能なことがあります。私はまず、「ワクチン・検査パッケージ」があろうがなかろうが、こうしたリスクの低い行為を先にできるようにしていくことが大事だと思います。

しかし、これは少し間違えると、「ダブルメッセージだ」「ミックスメッセージだ」と言われるので、政府はメッセージが出しづらくなっています。

「4人までの短時間の会食」となると、「じゃあ4人まではいいんだ」と自分に都合よく受け止める人もいます。受け手の解釈が様々なことを考えると、メッセージの出し方は難しいです。

参考:新型コロナ感染を少しでも減らすために─リスクの『引き算』から、最低限できることの『足し算』へ

ーー日本社会ではマニュアルが好きで、グラデーションのあるリスクの高低を自分で判断して行動することが苦手な人が多いですね。

でもそこは乗り越えなくてはいけません。

今後、「ワクチン・検査パッケージ」を始めるとすれば、7〜8割が接種を終えていないと始められないと私は考えています。そしてワクチンをうちたい人が待たずにうてるようにならないと、不公平感が生じて始められないでしょう。

政府は11月ぐらいに始めると言っていますが、なぜ今から提案しているかというと、みんなで1〜2ヶ月考えなければいけないほど難しいからです。今はそれぞれの場で何ができるか考える期間です。

その時に、そもそも感染リスクとはどういうものなのかということを、一人ひとりが考えられるようになっておかないと難しいです。

接種しない人を自己責任論で切り捨ててはいけない

一方、次の波は海外の様子をみていても、ワクチンをうっていない人の間で起こる流行になると予想しています。我々の調査だと、20代で接種したくない人は3割程度はいます。

ワクチン接種していない人が地域に3割いれば、一定の流行は起きます。「ワクチン・検査パッケージ」を導入した後も、必ずだれか感染して、味覚障害などの後遺症がある人が出てきます。「その人はそれで仕方ない」と諦めていいのでしょうか?

参考文献:新型コロナワクチン接種を希望しない人へのアプローチの必要性

接種しないと言っている2〜3割の人を自己責任だと切り捨てるべきではないと私は今の段階では思っています。

ワクチンが1億3000万以上国内で接種され、世界で何十億回もうたれている中で、接種したくないと言っている人たちは、我々公衆衛生の専門家や行政がその効果や重要性を伝えられていない人たちと捉えることもできます。

なんらかの信条がある人もいますが、ワクチンの情報を得て、判断が難しいと思っている人も一定数いて、そうした人に本当に十分な支援ができているのか。これは、我々の責任の範疇でもあるという自覚はあります。

ですから、今までは集団接種が中心でしたが、今後は個別接種で、かかりつけ医などが何が不安かを紐解いていって、丁寧に話を聞いて、接種を促していく努力をする必要があります。日本では、接種していない人が感染することを自己責任論で切り捨てるべきではないと思います。

どうやって接種者の割合を高めるか?

ーーしかしどうやって接種者の割合を高めるかが、難しいですね。

自治体は情報提供のあり方を現状にあったものに変えるなど、もうひと頑張り必要でしょう。

みんなに「ワクチン接種しようね」と自治体や市民のリーダーや有名人が呼びかけることを本当にしてはいけないのか。これも議論すべきだと思います。

ワクチン接種のスピードはある程度確保できていますので、ここからは、どこまでワクチンを接種したかを伸ばす段階になっています。それは目標を持ってもいいと思います。

都道府県ごとでは和歌山県、山口県の接種者の割合が高いです。自治体が地域を守るために高い目標を持つことは、この第6波や冬における医療の逼迫や感染者の数を考えると重要です。

接種を促すメッセージをどう伝えていくのか。どういう伝え方だったらすんなり聞けて、どういう伝え方ならハラスメントになるのか。これもみんなで議論してほしいのです。

ーー医療者や介護者など、ハイリスクな人に接する機会のある職種にワクチン接種を義務付けるという議論もありましたね。

それは「利用者であるうちの祖母にうつされたら嫌だから従事者には接種を義務化してほしい」なのか、「みなさんは職業上、感染リスクが高いので、あなたたちを安全に働かせるために安全配慮義務があるから接種を義務化する」なのか、目的やその背景からも、受け取め方は違ってきます。

ワクチン接種するにしても、検査の結果を求めるにしても、そこには常に人間を大事にする温かいものが流れていないと、うまくいかないし、定着も難しい。

議論も常にそこに温かい気持ちが流れているか注意しながら進めないと、「接種した人」「接種していない人」の間に壁を作るし、炎上する。やらなければよかったということになりかねません。

針の穴に糸を複数の人の手で通すような議論になるかもしれません。通すのは大変です。私にも答えはありません。。

参考文献:新型コロナ感染拡大の中で企業の安全配慮義務と事業継続計画の見直しを

ワクチンや検査について議論することが大事

ーー改めて、なぜ今、「ワクチン・検査パッケージ」は必要だと考えられているのでしょう? 

ワクチンを接種したことは一つの大きな成果です。さらに接種者の割合を伸ばすために、ワクチン接種の一つの動機付けになる可能性もあります。

一人ひとりがいままでできなかったことをできるように増やしていくことを誰もが願っていることでしょう。議論のベースになるものを提案したと思います。

しかし答えまでは我々が準備することはできません。一つひとつの場面の対応を詰め始めると、本当にできるのか、いろんな課題が出てきます。

ーーそもそもですが、ワクチンを2回接種したことや、検査で陰性を確認したことが、どこまで行動を緩めるパスポートになり得るのでしょうか? 接種から時間が経つと抗体値も下がることが確認されていますし、3回目のブースター接種の必要性も議論され始めています。これまで無症状の人に検査をしてこなかったし、「PCR検査は陰性証明にはならない」と説明してきたはずです。

そうなんです。今後は3回目を接種することになったらどうするかなど、運用のアルゴリズムはかなり複雑になることが考えられます。

例えばPCR検査は良くて、迅速抗原検査は精度が落ちるからダメとなるかもしれない。ワクチンを2回接種した人の中でもいつ接種したかで、時期の差が出てきます。回数の差も出てくるでしょう。

その違いを判断するのは難しい。判断の向こうでできることに差をつけるのが本当にいいのかはみんなで考えないといけません。

イギリスはどうやら活用を止めることになりました。分断を招くという政治的な理由からか、運用面での難しさからなのかはわかりません。

私はオーストラリアのやり方はすごくいいと思っています。接種者個人にもできる範囲を広げるし、地域の中で接種率が7〜8割になるともっとできることが増えるとしているのです。個人だけでなく、集団にもインセンティブを与えています。

日本でも都道府県別にそういうことをやるのはいいと思います。

色々な場面での活用があり得ます。国や専門家だけでは答えが出ません。みんなで考えて「日本ではこうした方策はなじまない」と断念したとしても、議論したことは無駄ではないと思います。

みんなで改めてワクチンのこと、検査のことを考えてもらうきっかけにしてもらえたらいい。それぞれの場で話し合って考えてみることが何よりも大事です。

【和田耕治(わだ・こうじ)】国際医療福祉大学医学部公衆衛生学教授

2000年、産業医科大学卒業。2012年、北里大学医学部公衆衛生学准教授、2013年、国立国際医療研究センター国際医療協力局医師、2017年、JICAチョーライ病院向け管理運営能力強化プロジェクトチーフアドバイザーを経て、2018年より現職。専門は、公衆衛生、産業保健、健康危機管理、感染症、疫学。
『企業のための新型コロナウイルス対策マニュアル』(東洋経済新報社)を昨年6月11日に出版。Youtubeでも情報発信中。