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日本でも始まる「ワクチンパスポート」の議論 出入国の手続きを簡略化、行動制限の解除や特典も

ワクチン接種が進む中、経団連と専門家は「ワクチンパスポート」についての提言をまとめました。接種証明を見せれば、出入国の手続きが簡便になり、様々な特典や行動制限の緩和が受けられます。提言作成に関わった公衆衛生の専門家にポイントを聞きました。

新型コロナウイルスのワクチン接種が進む中、ワクチンを接種した証明を見せると、出入国手続きが簡便になり、様々な特典や行動制限の解除が受けられる「ワクチンパスポート(ワクチン接種記録)」の議論が始まる。

日本経済団体連合会と専門家らで作る「ワクチン接種記録の活用に関するタスクフォース」は6月24日、ワクチンパスポートの早期活用を求める提言を発表し、政府に提出した。

ワクチンパスポートで何が可能となり、どんな懸念があるのか。提言作りに加わった国際医療福祉大学医学部公衆衛生学教授の和田耕治さんに聞いた。

ワクチン接種が進んだ後の社会のあり方を示す

ーーどういう経緯で、この議論が始まったのですか?

このテーマは、政府からは積極的に推し進めにくい点があるので、民間から提案するのが良いと考えました。また、医療の観点も考慮していただきたいと思っていたところ、経団連が先頭に立って取り組んでくれることになりました。

ワクチンパスポートは、ワクチン接種が進んだ後の日本や世界のあり方に関する議論です。あくまで一つのステップです。今までできなかったことをできるようにする前向きな活動なのです。

行政は、法律に基づいて海外からの入国を減らすとか、感染対策を強めることはできますが、こういう新しい概念を作って、対策を緩める取りまとめはなかなかしづらいのではないかと思います。

何より、分野が広いので、どの省庁、どの部局が担当するのか決まりづらい。また、個人情報をどうするかなど議論を進める上でも様々な課題があります。

ーー内閣官房の「接種証明推進室」が担当すると書かれています。

接種証明の話はできても、それを社会でどう実装するのかについては、民間の知恵を活かした方がいいだろうという議論でした。どうやってルール化し、社会に根付かせ、かつ使ってもらえるようにするにはどうしたらいいか。

議論には、経団連の産業界に、仕組みの開発に関わるIT系の企業、そして医療者を入れてもらいました。ワクチンパスポートを作るに当たって注意した方がいいことも盛り込んでもらいました。

あくまでもこれはたたき台で、具体化に向けて、これからの議論が重要になります。

「パスポート」という用語は本当にいいのかという問いはありました。それぞれイメージが違うようです。呼び名も含めて検討があっても良いと思います。

ワクチンパスポートで何ができる? 出入国時の活用

ーーワクチンの接種証明を示す「ワクチンパスポート」で何ができるようになるのですか?

活用の場面としては出入国時に使う話と、国内で活用する話と2つがあります。いずれもデジタル技術を使って、スマホアプリに入れて使うことを想定しています。

一つは出入国の時に、スマホアプリに入れたワクチン接種証明を示すことによって、どこまで検査を省略するか、検疫手続きを簡単にするか、入国後の一定期間の隔離を免除するかなど、様々な活用が考えられます。

こちらは国際的な議論に遅れないようにして、なるべく日本でも早い時期から活用の検討を始めるよう提言しています。

例えば、観光で成り立っている国ではかなり前のめりな動きがすでに始まっています。接種証明を活用して、安全に観光客を招き入れていこうという戦略が急ピッチで進んでいるのです。

この出入国時での活用については、国内での議論ももちろん必要ですが、海外での議論にどう乗っかっていくのかを検討することも必要です。

つまり人を他国に送り出す時もそうですし、逆に、日本に受け入れる時も使われる可能性があります。国際的な動きだけでなく、2国間での協議で、個別に「こういう方法でやりましょう」という合意も、今後さらに加速化する可能性があります。


そのルールをどこの省庁が決めるか、法務局なのか、国土交通省なのか、検疫を持っている厚労省なのかが決まっていません。ですから、それを決めてちゃんと議論してくださいというのが、この提言の一つの目的です。


課題としてあるのは、どのワクチンの接種証明なら認めるのかという議論です。ワクチンもいろいろな種類がありますので、どれを認め、どれを認めないのか、いつまで認めるのかなどは難しそうでです。

国内での活用も 面会制限の緩和、イベント入場要件...

もう一つが、国内での活用です。

国内では既に高齢者の1回目接種がかなり終わり、2回目を接種する人も増えてきています。日本では2回接種して2週間経てば、期待される効果が現れるということで、接種が完了したと考えてよいでしょう。

その完了したという証明をもとに、感染対策上も安全に制限を緩めたり、活動を促進したりできることがあるか議論を始めるということです。

これも、健康に関する情報という側面では厚労省ですが、使うのは主に経済活動の部分で経済産業省という議論もある。国交省も絡むかもしれません。

飲食店での割引やポイントなどの特典、国内移動の自粛緩和やツアーの参加条件にする、イベントや建物の入場の条件にする、介護施設や医療機関の面会制限の緩和など様々なことに使えます。

こちらは、ワクチン接種がある程度進んだタイミングから活用を進められるよう提言しています。

議論してわかったのは、民間企業もですが、むしろ自治体がこうしたニーズが高いということです。離島のようなところは首長が前のめりになっています。ある程度早く、皆で議論してあり方を示す必要があるのです。

ーー産業が観光に依存し、コロナで打撃を受けている自治体ですね。

そうです。沖縄の離島などが、「予防接種が済んだ人はもう来てもらってもいいのではないか」と願っています。

例えば、石垣市の高齢者接種率は 85%を超えており、今後、観光シーズンにワクチン接種済み高齢者に来てもらおうと、8月から高齢者、10 月から一般観光客に対するワクチンパスポートの活用を検討しているそうです。

空港や港で「ワクチン接種記録」を示してもらい、観光客が特典を受けられるような内容を考えているようです。

予防接種のインセンティブにする一方、うてない人への「合理的配慮」も

ーー予防接種のインセンティブ(動機付け)にもなるという考えもあるのでしょうか?

今後の一つの目的として、ワクチン接種のインセンティブとして使うこともあると思います。ある程度すれば、ワクチン接種の希望者も特に若い年代では頭打ちになることが見えてきます。最初の2〜3割は積極的に接種しても、様子を見たい一定層がいます。

「ワクチンを接種するとこういうことができますよ」と示しながら、接種を推進していくことが近く必要になると思います。

最終的には、対象年齢の方の8〜9割が接種して、地域の流行もかなり抑えられるようになり、そもそもワクチンパスポートなどいらなくなる世界が目標です。もしかしたら意外に早く必要がなくなるかもしれませんし、一方で長く必要になるのかもしれません。

データをどう活用するかは難しくて、1回目、2回目をいつ接種したのか、うったのはどの会社のワクチンか、3回目のワクチンをうったとしたらそれはどう考えるかなど、様々な要素を検討しなければいけません。

なんの情報を入れて、どんなアルゴリズムで、どこまでできると判断するのか。難しいですが、日本のICTのプラットフォームを作っておいた方がいいということは、我々も合意しています。

ーーただ、ワクチンをうちたくても、医学的な理由でうてない人が不利になってはいけないですね。

アレルギーなどでワクチン接種ができない人はいます。また1回目を接種したら強い副反応が出て、2回目が怖くてできない人もいるでしょう。そういう人たちを合理的配慮の視点から差別しないようにすることを、医療界からも強くお願いし、経済界も合意しています。

合理的配慮を行うためのガイドラインの作成を行うことも提言しています。

ーーやむなく接種できない人にも、その理由がワクチンパスポートで提示されたら同等の対応になるわけですか?

具体的な配慮の中身はこれからの議論になります。感染予防の観点から検査をして得た「陰性証明」と、ワクチン接種をどう重み付けするかも議論があります。

医療側からすると、ワクチン接種が完了した人と、72時間以内にPCR検査で陰性が出た人、または当日に検査をして陰性が出たという人のリスクを同等には扱えません。

ただ、活動の内容によってはほぼ同等として判断することもあるかもしれません。具体的な例を今後も検討して行く必要があります。

そもそも行う活動内容にもよってリスクは変わります。例えばクルーズ船に乗って、感染対策の下、静かに食事をするのか、ロックフェスに参加するのか、行動内容によって大きく異なります。

検査も色々あり、 PCR検査、迅速抗原検査、抗体検査の何を利用するかもこれからの議論になります。

抗体検査や治癒証明はちょっと使うのが難しいとは思います。または、イベントなどで、ワクチンをうっていない人は、15分程度で結果が出る迅速抗原検査を行ってもらうことも考えられますが、これもまだ無症状者にどう使うかは議論があります。検体を唾液とするのか、鼻のぬぐい液とするのかも議論しなければいけません。

ーー陰性証明もワクチンパスポートに入れるのですか?

既に開発中の技術があって、海外を往来するためにワクチン接種記録をデジタル化する動きもあるそうです。それに陰性証明も入れるのか、IT会社などが今後考えていくことになるのでしょう。

偽造防止は大丈夫?

ーー偽造は避けることができますか?

それはどこまで性善説に立つかだと思います。そもそも今、政府の「ワクチン接種記録システム(VRS)」にも登録できない人が出てきています。職域接種などが一気に進んでいるからです。職域接種もVRSに記録することになっていますが、追いついていません。

元々、VRSを使って「ワクチン接種台帳」を作ろうという話がありました。こういう接種証明が必要となった時に、市区町村に記録がないのは問題ではないかということで、クーポン券を配って進めているところがあります。でもそれはすごく手間がかかることです。

もう一つの接種台帳の意味合いとしては、新しいワクチンなので、仮に3年後、5年後、副反応ではないかという訴えのもとで記録を求められた時に、ワクチンのロットは何で、いつうったかという記録が必要だからです。カルテには記録は残りません。

結局のところ、今は「本人が接種したという記録の紙を自己責任でしっかり持っておいてください」ということになっています。

それをもとに、ワクチンパスポートが本物だという確認をどこまで社会がやる必要があるか。海外に行く時には、接種の記録を医療機関に持っていき、医師に英語の証明書を書いてもらうことができます。必要であればそうやって英語の証明書を個人で作る手が一つあります。

もちろん自治体でITの導入が進めば、マイナンバーとつないで一瞬で証明書が出てくるようになるかもしれませんが、そんな兆しは全く見えません。

もう一つ、このワクチンパスポートの導入で、ゼロリスクを求めるのか、なるべくリスクを容認できるところまで下げるのかで議論がありました。

ゼロリスクを求めたらなかなかワクチンパスポートは進められません。ある程度のリスクは容認した上で運用を考えていくのが今回の提案です。接種記録をスマホで写真に撮って、登録する。それぐらい簡便にすると、もちろん偽造する可能性もあるかもしれません。

当面は性善説でやり、問題があったら追加の対策を打っていく。完璧なものを作り上げるために数年悩むよりも、産業界を中心に早く活用を始めましょうという提案です。ワクチンパスポートの議論をしてください、という提案なんです。

ーーただ出入国の時に使うワクチンパスポートは公的な裏付けが必要ですよね。

そうですね。出入国は公的な証明が必要ですね。でも国内の特典付与とか、制限の解除などは、民間の力を使う。だけど民間で進めるにしても、こういうところは最低限、気をつけて下さいと示したのが今回の提言です。

コロナワクチン接種後の社会をみんなで議論しよう

ーーそうは言ってもワクチンを接種するかどうかは努力義務になっています。一応、受けない自由も保証しています。その人たちが「不公平だ」「なぜ不利な扱いを受けるのだ」と訴えたら、どう対処できますか?

そこも含めてみんなで考えようということです。

今、息絶え絶えの旅行業界など、新型コロナの流行で事業に大きなダメージを受けた産業が再び元気を取り戻せるようにする。そして一般の人にもワクチンを受けたメリットを感じてもらう。

科学とICTを使って、社会を再び活性化するための一つの道具としてワクチンパスポートがあります。

もちろん色々な意見があると思います。反対意見もあるでしょう。それをみんなで出し合って、いいものに作り上げたらいいと思うのです。あくまでも議論のたたき台です。

ーーワクチン接種の普及に応じて、3段階で議論のロードマップを考えているのですね。

出口戦略を描くために、いつまでにどういう議論をするべきか示しています。

私も11月末までには対象年齢の方の7〜8割には接種をしていただけないかと願っています。

ーー今、接種したいのに接種券がなくてなかなか接種できないという不満を抱いている人にとっては、先に接種を進めろという不公平感を抱きませんか?

不公平感を感じる方はいるかもしれませんが、今から議論しないと実施にも時間がかかります。

ーーいつ頃から導入されそうですか?

実際には少しそれに近いことが始まっていますが、議論が本格化されると思います。最初はすでに接種が進んでいる高齢者からパスポートの活用が始まるかもしれません。旅行業界は、「ワクチンをうった人だけの旅行ツアー」などを始めることを検討しているようです。

ワクチン接種後の社会をどう描くか、みんな聞きたいはずです。しかし、政府がまだ示せていません。ワクチン接種もまだ全年代に行き届いていないからです。ただワクチンパスポートをどう日本に導入するかは、今から議論しないとみんなが接種をある程度終えた頃にも間に合いません。

今からどういう活用方法があるのか、経済界と医療界でまとめて、注意点も示しました。これをもとにどうやってコロナワクチン後の日本のありようを描けるか。みんなで前向きに考えてほしいと思います。

【和田耕治(わだ・こうじ)】国際医療福祉大学国際医療協力部長、医学部公衆衛生学教授

2000年、産業医科大学卒業。2012年、北里大学医学部公衆衛生学准教授、2013年、国立国際医療研究センター国際医療協力局医師、2017年、JICAチョーライ病院向け管理運営能力強化プロジェクトチーフアドバイザーを経て、2018年より現職。専門は、公衆衛生、産業保健、健康危機管理、感染症、疫学。
『企業のための新型コロナウイルス対策マニュアル』(東洋経済新報社)を昨年6月11日に出版。