首都圏での新型コロナウイルスの感染拡大が止まらず、間もなく1都3県(埼玉、千葉、神奈川)を対象として緊急事態宣言が発令される。
飲食店や受験はどうなるのか、どの範囲に制限をかけるべきか、解除すべき時はいつかなど、様々な心配がある。
12月から緊急事態宣言発令の必要性について訴えてきた国際医療福祉大学医学部公衆衛生学教授の和田耕治さんにお話を伺った。
※インタビューは1月4日昼、Zoomで行い、その時点での情報に基づいている。
緊急事態宣言、遅かった?
ーー緊急事態宣言が発令されそうです。遅かったですか?
何をゴールにするかによりますが、早めに介入して早めに新規感染者数を下げ、医療崩壊を少しでも遅らせ、医療者を休ませ、市民に対して医療崩壊の不安を与えないという意味ならば、もっと早い段階で未然に防げるチャンスはありました。
一方で、発令するからにはある程度、市民の合意が必要です。みんなが「出さなくちゃまずいだろ」と思うまで出せないという政治の都合もあるのでしょう。
しかし、医療に負担の大きい重症者数のピークは、感染者数のピークの2週間後に来るわけです。まだ、首都圏では感染者数のピークに達していません。年末年始の対策の度合いにもよりますが、まだ、重症者は増えるという想定があります。
今さら言っても仕方ないですが、もっと早く打たなかったこと、打てなかったことは、今後の教訓にしなければいけません。
ーー報道各社は今週中に発令されると報じています。菅首相の年頭会見では、緊急事態宣言の範囲は「限定的に集中的に」と言っています。「飲食の場面など急所を抑えることが必要」と分科会もずっと言ってきましたが、制限を限定するのは感染対策として適切ですか?
必要なことは接触機会を減らすことです。つまり、人と人とが会う機会を減らすということです。そして、「急所」は対面でしゃべる機会を減らすことで、会食の場面が日常生活の中でリスクがとても高いことがわかっています。
飲食店などの閉店時間を午後8時までに引き上げ、おそらく夜間の外出自粛を要請することになるのでしょうけれども、昼間も飲食やおしゃべりの場面はあります。それをきちんと減らすことをお願いしなければならないと思います。
補償、罰則はどうする?
ーー再び営業時間が短縮されると、「今度こそ潰れてしまう」という飲食店も多いと思います。経済的な行き詰まりや精神的な落ち込みで自殺者も増えることが心配されていますが、補償は手厚く行うべきですね?
補償や困窮されている方への支援は必要です。
ただ、どういう補償や支援の形が公平で、自殺をするような経済的困窮にいたっている方をどうしたら救うことができるのかは、ぜひ専門の方にも発信いただきたい。
飲食店の経営者が補償されて、働く人にまで届かない、飲食店以外のイベント系も影響を受けているが補償はないという声も聞こえてきます。「補償が必要」と言うのは簡単ですが、実効性まで考えなければなりません。
そして、これまでを振り返ると、半年程度ごとに感染が拡大すると飲食店に自粛をお願いするようなことは将来もあり得ます。対策が不十分な飲食店もいまだに多数あります。
この期間、休んで終わりではなく、店の改修や感染対策の徹底を考えていただきたいと思います。改善されないのに何度も補償ということは難しくなるのではとも思います。
対策としては、客席同士の距離を開け、衝立をたてるなど様々な工夫があります。消毒薬をまくとか、抗ウイルスシートの壁など効果がよくわからないものは必要ありません。飲食業界の中で基準を決めたり、良好事例を共有する。そして、現場で徹底されるよう、商店街など地域レベルで取り組んでいただきたい。
ーー菅首相は飲食店の時短営業に実効性を持たせるために、補償の給付と罰則をセットにした措置が取れるよう、特別措置法の改正を打ち出しています。
事業者に対しての「罰則」については、私はどちらかというと反対です。
罰則規定があったとしても、誰が罰するのか。警察が入るのか、違反事実はどのように証明するのか。
また、罰則をつけたら、全て解決というわけにはいかないでしょう。
例えば今回の首都圏での流行において、罰則があったとしたらなにか違ったでしょうか?
諸外国の事例では、外出自粛に応じない個人に対する罰則を課している国があります。欧州の一部の国では取り入れられていると聞いています。
しかし、そうした法律があっても今の流行が避けられていないというのも教訓です。
私権の制限は最低限にというのはこれまでの経験から学んできたことです。
時間をかけ過ぎるのはよくないですが、これらの点は拙速に判断すべきではないと考えます。
ーー罰則ではなく、どういう形なら飲食店の感染対策として効果的だと思いますか?
ある程度、感染対策の基準を標準化できないかと考えています。席の距離をどれぐらい確保するのか。そもそも、一緒に来た人の間での感染を抑えることは難しいですし、それは店の責任かと言われると難しいでしょう。
しかし、店内で出会った人からの感染対策は店がしっかり行ってほしい。
また、客席あたりの就業人数はどうするか決めておいた方がいい。そして、あまり話題になっていませんが、飲食店で働いている方も今のような感染状況では感染リスクが高くなっています。
そして、お客さんの考えも変えてもらわないと、状況は改善しません。具合が悪いのにお店に行くのは避けるべきですし、客数や回転数が減っても経営が成り立つように、客単価を上げることも将来的には考えなくてはならない。飲食店でご飯を食べるというサービスのあり方の再定義にもなるでしょう。
もう少し丁寧にやるならば、感染対策ができているお店の外部評価制度なども考えられるかもしれません。
飲食店が感染拡大の場であることがわかっていながら、Go Toイート事業などもあり、対策はもう一歩進めていただきたかった。ぜひ、今回こそは議論や対策が進めばと願っています。
宣言を出して協力してもらえる信頼関係ができたか?
ーー前回のインタビューで、緊急事態宣言を発令するにしても、強制力がない中で協力してもらうには、国民と政府、行政との信頼関係が必要だと話していました。信頼は醸成されてきましたか?
(長い沈黙の後)どうでしょうね......。
政府との間に信頼関係が深まったかどうかはわかりません。ただ、みんなに「これは何か手を打たないと収まらないな」という危機感は共有されてきていると思います。
すでに信頼してくれている人は協力してくれているのです。お正月の新幹線の空き具合を見たら、感染対策の呼びかけにしっかり協力してくれているのがわかります。
ただ一方で、「コロナはただの風邪だ」と言って、政府や専門家を信頼していない人は行動が変わっていないですし、飲食店の人も「これ以上自粛に協力すれば店が潰れてしまう」という危機感があるでしょう。
そういう人に対してどうメッセージを届けるのかが、今後1〜2週間の重要な課題となります。
解除のタイミングは? 東京五輪をにらんで新規感染者を2桁に
ーー緊急事態宣言という強力な切り札を切るには、止め時も考えておかなければいけないと、4月の宣言が出る前におっしゃっていました。今回、宣言の解除はいつごろと考えたらいいのでしょう。
それは中長期のシナリオをどう考えるかにかかっていると思います。今は早く発令しろという声が強く、今回の発令の検討は世論が動かしたところも大きい。
ただ、始めると、「いつ止めるのだ」という話は必ず出てきます。
現在までも、コロナによる経済への影響はボディーブローのように効いてきています。失業したとか、家を失ったとか、自殺が増えたという話が増えてきています。そうした話題がまた出てくると、緊急事態宣言を出しても、早く制限を止めろという声は必ず強まってきます。
また間近に迫った東京オリンピック・パラリンピックをどうするかということは中長期的な対応に影響するでしょう。7月23日に開会式が予定されていますが、開催するか否かの最終的な判断は3月にされると聞いています。
開催する場合と各国から選手などが日本を訪れるわけですが、「日本はこれだけ感染を制御していますよ」ということを示せないことには、「東京に行きたくない」「東京に選手を行かせられない」という判断も起こり得ます。
東京都は1日の新規感染者数が先日1000人を超え、もっと多い数字になるのではないかとも言われています。これをせめて2桁台まで落とす。100人を切るぐらいまで持っていかなければならないでしょう。ここまで増えると、そこまで落とすには時間がかかります。
そこまで抑えられた姿を世界に見せて、経済的にも安心が広がり、Go Toも対策を強化しながら再開まで持ち込む。
そうした姿を目標とすれば、3月ぐらいまで時間が必要という考えもあるかもしれません。冬場ですし、中には協力してくれない人も以前よりは多いことからすると、前回の宣言の時のように順調に下がるかはわからないです。
ーー短期集中がいいとも言われていますが、とにかく数値目標を達成するまでは時間がかかってもじっくり取り組んだ方がいいということですね。
今想定している1ヶ月という短期で十分に下がればいいですが、下がり切っていないのに早めに経済活動を再開すれば、また数ヶ月のうちに増えるでしょう。それこそ、オリンピックの前にまた増えることも想定されます。
4月の緊急事態宣言においては、徐々に感染対策をしながら再開しましたがそうした慎重さも必要ですが、複数のシナリオを見せながらどう進めていくのかを市民に説明し、納得していくプロセスが再び重要になります。
そういう意味では政治のリーダーには高いコミュニケーション能力を期待したいです。
ーー年頭会見で菅首相は、2月下旬までにワクチン接種を開始するという目標を語り、自身も率先して接種すると表明しました。ワクチンの効果も政策に影響しそうですか?
ワクチンの個人への効果は、ある程度エビデンスが出てきています。安全性も海外で接種が進んでいる状況からも、当初、個人的にも予想した以上です。
ただし、日本でうったらどうかという懸念はあります。今回はHPVワクチンと同じ筋肉注射で痛みが強い接種方法ですし、新しい種類のワクチンということが市民にどう響くかはわからないです。
学校や保育園、幼稚園は?
ーー学校や保育園、幼稚園にまで休校・休園制限がかかることが心配されています。子どもはかかりにくいし、重症化しにくいこともわかっていますが、どうなりそうですか?
2月の段階ではまだどのように感染するのかがはっきりしていませんでしたし、子どもを感染から守るという観点から、前の安倍首相は一斉休校を決めたのでしょう。
しかし、この1年で、子どもたち、特に小中学校の児童・生徒では感染が抑えられています。今回は学校は閉めません。感染者が出れば、学校の判断で一時的に閉めることはあるかもしれませんが、地域の一斉休校のようなことはよほどの感染拡大がない限りないでしょう。
私も監修に関わった文部科学省のガイドラインにも書いてあります。
ーー大学はどうでしょう?
大学をどうすべきかは議論があります。
大学生や高等教育を受けている年代の人たちは接触機会が多いし、サークル活動やアルバイトもあります。
対面授業を再開するという文科省の方針もある。しかし、現在は首都圏の半分の大学では対面と遠隔とを組み合わせて授業を進めているようです。
大学は、そろそろ休みに入るところが多いです。ただ、飲み会などのリスクについては、大学として学生にもきちんと理解してもらえるように伝えてほしい。感染対策や社会への影響などについても授業でとりあげていただきたいです。
受験はどうなる? 共通テストは必ず実施
ーー今、受験生はとても不安だと思います。文部科学相は緊急事態宣言下でも共通テストを実施する方針を示していますが、先生はどう考えますか?
元から、この時期に緊急事態宣言が出るかもしれないことは織り込み済みなので、そういう議論は11月中に終わっており、萩生田大臣も11月27日の会見でこの方針を表明しています。
つまり、緊急事態宣言が出ても共通テストはやります。特に共通テストは都道府県を越えて移動しないわけですし、受験生は指示にしたがって協力してくれます。
基本的に試験では喋りません。感染対策が徹底できる集団です。また、共通テストは日程も複数回設けられています。体調が悪くても受験のチャンスがあります。
二次試験や面接は大学次第です。中には、共通テストの成績を重視するという形にするかもしれません。できるだけ公平性を確保するためにも、共通試験はある意味でも「セーフティーネット」として機能できます。
共通試験では、試験監督の先生や事務の方の不安もあります。感染対策に慣れていない先生も、受験生自身が体調が悪い時や濃厚接触者である場合の対応、家族が熱を出していると申し出られた場合の対応などをしないといけない。
特に高齢の試験監督の方は心配かもしれません。きちんとこの機会に感染対策を伝えながら実施しなければいけません。
共通試験において一番リスクが高いのは、自席で昼食を食べる時でしょう。基本的にはしゃべらないようにし、休憩時間中もしゃべらないことを徹底することになっています。換気も休憩時間にする。
ですので、できるだけ暖かい格好をして受験会場に行ってください。咳をする学生さんは別室で、マスクをしていてもお互いに2mの距離を開ける環境を整えるように準備されています。
不安を抱えている受験生、家族は試験までどうしたらいい?
ーー共通テストまで約2週間で、落ち着かない状況だと思いますが、受験生で気をつけたほうがいいことはありますか?
まずは自分を感染から守ることです。人と一緒に食事をすることを避ける。食事は一人で食べることを徹底した方がいいかもしれません。「このお友達は大丈夫」と思っていても、これだけ増えていると、誰がどこで感染しているかわかりません。感染拡大地域では、家族とも距離を開けてもよいかもしれません。
マスクを外す機会は極力減らすことが必要です。塾でもお話をする時、食べる場面では徹底的に注意をしてもらう。その上で、手洗いなど基本を徹底することが大切です。
ーー周りの家族も何に気をつけたらいいか、改めて教えてください。
同居する家族は家にウイルスを持ち込まないことです。会食やカラオケなどは極力減らした方がいいでしょう。
体調が悪い時は受験生と十分距離を取ることが必要です。一つの部屋にこもってもらうか、寝室や食事の場を分けてください。
宣言の目標をどこに定めるか?
ーー緊急事態宣言、今週中には発令されそうですが、この「劇薬」をどう生かすべきだと思いますか?
結局、この宣言で市民に何を求めるかが重要です。
接触機会を減らすわけですが、前のような「全体で8割減」を求めることにはなっていません。今回は学校には行けるし、仕事もする。ただ、お話をする場所や飲食をする場所は徹底的に避けてもらって、一気に流行のカーブを曲げて下げに行く。そして、重症者をこれ以上増やさない。
政府と自治体と市民の関与によって医療機関の負荷を下げて、通常の診療を確保するというのが目の前のゴールになるでしょう。
それほど切れるカードではないのは間違いないので、とても重要な期間です。
ーー緊急事態宣言の発令はどちらにしても間に合いますか?
どうでしょうか。重症者のピークはまだこれから来るので、どれぐらい積み上がってくるかを見なければわかりません。
受験や学校は止めることはないでしょう。
第1波、第2波と比べて今回は感染も広がり、長期化することで、より問題も複雑になっています。経済の影響も様々に出てきて政治の判断が難しくなっているところがある。
我々は、第4波も来ることを想定しておかなければなりません。今回、前回も含めて教訓をまとめて、効果の検証をデータで示すことも必要になります。
飲食店の営業を午後8時までとした場合、本当にそれが感染拡大を抑える効果があったのか示さないと、事業者は何度も協力はできません。補償や罰則だけ作っても納得できないでしょう。
科学的根拠に基づいた政策を打つならば、その効果も科学的に示して、市民の協力に応えていくことが必要です。
【和田耕治(わだ・こうじ)】国際医療福祉大学国際医療協力部長、医学部公衆衛生学教授
2000年、産業医科大学卒業。2012年、北里大学医学部公衆衛生学准教授、2013年、国立国際医療研究センター国際医療協力局医師、2017年、JICAチョーライ病院向け管理運営能力強化プロジェクトチーフアドバイザーを経て、2018年より現職。専門は、公衆衛生、産業保健、健康危機管理、感染症、疫学。
『企業のための新型コロナウイルス対策マニュアル』(東洋経済新報社)を6月11日に出版。