がれきの中演奏を続けたシリアの「戦場のピアニスト」を日本に。一人の若者が立ち上がった

    戦闘で荒廃したシリアの街頭で、人々に希望を与えるためピアノを弾き続けた男性がいる。演奏に感動した日本の若者が、この男性を日本に招いて演奏会を開くためクラウドファンディングを始めた。

    戦闘で破壊されたダマスカスの街頭でピアノを弾き続けた男性がいる。

    AFP=時事

    エイハム・アハマドさんは1988年、シリアの首都ダマスカスで生まれた。
    2011年から内戦が続くシリアからは現在、500万人以上が難民となって各地に逃れているが、エイハムさんは生まれた時から、すでに難民だった。

    なぜなら、彼は1948年のイスラエル建国で故郷パレスチナを追われ、隣国シリアに逃れたパレスチナ難民だからだ。

    生まれた時からすでに「難民」

    エイハムさんの一家は、おじいさんの代で家を失い、シリアに逃れた。だから、エイハムさんが生まれ育ったのは、ダマスカス南部にあるヤルムーク難民キャンプだ。イスラエル政府は周辺国に逃れたパレスチナ難民の「帰還」を認めておらず祖国を失ったままの状態のため、国際法上は「無国籍」となる。

    パレスチナ難民問題は全く解決に向かわないまま約70年経つ。ヤルムークは「キャンプ」の名が付いているが、テントが並んでいるわけではない。年月がたつなかで、難民たちが建設したレンガやブロック作りの建物が並び、立て込んだ下町といった風情の地域だ。平和な頃は18万人のパレスチナ人に加え、多くのシリア人も暮らしていた。

    保ち続けた音楽への愛

    バイオリンなどを弾く音楽家の父を持つエイハムさんは5歳の頃からピアノを始め、大学でも音楽を専攻した。腕をけがしたことでプロのピアニストになる夢は断念したが、音楽への愛は保ち続けた。

    シリアでは2011年3月から反アサド政権デモが始まった。アサド政権がデモを武力弾圧したことから、シリアは内戦に転落していった。ヤルムークでも、アサド政権を支持する勢力と反政権勢力の争いが激しくなり、2012年には戦闘も激しくなった。

    やがてアサド政権軍が周辺を封鎖。砲撃や狙撃などを加えた。残っていた住民1万8千人が激しい飢えに苦しみ、餓死者すら出る惨状となった。

    人々は戦闘に傷ついて倒れただけでなく、政権軍の封鎖で激しい飢えに苦しんだ。

    UNRWA / Getty Images

    2014年1月31日にヤルムーク難民キャンプで国連機関が食料の配給を行った時に集まった人々

    惨状の中、エイハムさんは自宅のピアノを荷台に載せ、破壊された街頭で弾き始めた。自分の得意な音楽で、沈みがちな人々を励まそうと。

    AFP=時事

    友人とともにピアノを荷台に載せて運ぶエイハム・アハマドさん(2014年6月)


    街頭で演奏するエイハムさん

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    がれきの中でピアノを弾き、子どもたちや若者を励ましながらともに歌うエイハムさんの姿がSNSを通じて多くの人々の感動を呼び、「シリアの戦場のピアニスト」と呼ばれるようになった。この映像を見た、日本人の若者がいた。

    エイハムさんとともに歌う人々

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    Via YouTube

    だが、音楽を通じて地域の人々の希望を保とうとする日々も、2015年4月に終わった。

    イスラム過激派「イスラム国(IS)」がヤルムーク一帯を占領したのだ。すべての音楽を禁じるという過激派独特のイスラム解釈で、エイハムさんに演奏を禁じたうえ、みんなに愛されたピアノを焼いた。

    (音楽を禁じるというISの主張はイスラム教社会でも特異で過激なもので、イスラム圏では一般的に広く音楽が愛されている)

    「二重難民」としてドイツに

    音楽さえも封じられたエイハムさんは、ついに脱出を決断した。

    まず妻と二人の子をダマスカス近郊の安全な地域に逃したのち、自分もシリア難民の流れとともに粗末なボートで地中海を渡り、徒歩などでドイツに向かった。生まれながらの難民が、再び難民となったのだ。ドイツで難民認定を受け、妻子を呼び寄せて演奏活動を続けているが、高齢な両親はいまもヤルムークに残っているという。

    「この音色を日本に」立ち上がる若者

    東京大の大学院で「人間の安全保障」を研究している山田一竹さん(24)は2015年、ネットでエイハムさんの演奏を見て、衝撃を受けた。山田さんは一時、英国に留学し、そこでシリアなどから逃れてくる難民の支援活動を行い、シリアへの関心を深めていた。

    自分も日本から、シリアのために何かをしたいと考えた。

    サッカーのシリアユース代表GKだった若者が反アサド政権デモに身を投じ、政権側の激しい弾圧に耐えかねてついに銃を取り、傷ついていく姿を描いたドキュメンタリー映画「それでも僕は帰る」の上映会などを開いた。そして、いつかエイハムさんを日本に招こうと考え、本人とも連絡を取ってきた。

    Yoshihiro Kando/BuzzFeed

    山田一竹さん。「彼は一人の人間として、パレスチナ人、シリア難民である前にエイハム・アハマドとして、今日も苦しむ仲間たちのために場所を問わず休む暇なく歌い続けています。その演奏は犠牲者の数などに埋もれているシリアの人びとの顔や生身の感情、『生』を生起させてくれると感じます。痛みを本来共有できるはずの日本で、彼が演奏する意味は大きいと思います」と語る

    4月に東京と広島で演奏会

    山田さんは2017年に仲間たちと団体「スタンド・ウィズ・シリア・ジャパン」を立ち上げた。

    エイハムさんは難民のため、来日ビザ取得は通常の外国人とは比べものにならないほど難しい。当局との折衝や書類のとりまとめなど、来日に向けた下準備を整えた。学生の身で情熱はあっても資金はないため、クラウドファンディングでお金を集めることにした。

    エイハムさんは4月に来日する。4月14日に東京大学駒場キャンパスでシンポジウムを、15日に同じく東大駒場で演奏会を開く。

    さらに、原爆投下という破壊と悲劇から再生した街、広島でも19日に演奏会を開く予定だ。「痛みを共有したいというエイハムさんの思い」(山田さん)からだ。いずれも国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)などの後援を得た。

    山田さんは「シリアの人たちは『自分たちのことが忘れられて、誰にも知られないまま死んでしまうことが怖い』と言う。日本で人々が集い、シリアのことを思うことで、希望を届けたい」と語る。

    エイハムさん来日に関するクラウドファンディングのページはこちら

    シンポジウムと演奏会に関する情報はこちら

    BuzzFeed Newsではこれまでもシリア情勢に関する記事を伝えています。

    などもご覧ください。

    BuzzFeed JapanNews






    Contact Yoshihiro Kando at yoshihiro.kando@buzzfeed.com.

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