従業員とその同居家族が全員犠牲に…「コロナ禍に出社させた」雇用主に苦い思い

    遺族の1人は、新型コロナウイルスの世界的大流行のさなかに従業員を出社させる決断を下した雇用主に苦い思いを抱いている。

    米ワシントン州に暮らしていたレジーナ・リム・リーさん(59)は、まさに退職しようというところだった。

    姉のウィラさん(60)、母親のスージーさん(82)と3人で暮らしていた自宅を売却し、残りの人生は、3人で旅をして過ごす計画を立てていた。

    The Lee family poses in front of a train
    Courtesy Raymond Lee

    2004年撮影。リーさん一家。左からレジーナさん、ウィラさん、スージーさん。

    レジーナさんはそれまで20年近く、大手スーパーマーケット系列の旅行代理店で働いた。何時間もかけ電話でクルーズ船旅行を予約したり、お得な旅行を見つけては、旅の手配をしていた。

    同僚によると、彼女は協調性が高く、シフトを変わって欲しい人がいれば変わってくれたという。人手が足りないときは手伝ってくれるというのが常だった。

    3月14日の土曜日、普段ならレジーナさんは働く必要のない日だった。

    通常は忙しい日ではないはずだったが、当時はあまり知られていなかった新型コロナを心配した人たちから、旅行代理店に電話が殺到したのだ。

    中には、クルーズ船で乗客が何週間も隔離されているニュースを見て震え上がり、旅行をすべてキャンセルしたいという人もいた。

    他にも、パニックを利用し、次の旅行先を予約しようというバーゲン狙いの電話もあった。

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    その頃、新型コロナの感染者が多くいたとして知られるワシントン州キング郡内に、レジーナさんが働くスーパーマーケットはあった。それにもかかわらず、本部と系列の旅行代理店は営業を続けた

    会社が営業停止を拒否したため、レジーナさんは出社せざるを得なかった。同社の最高経営責任者が、店舗の従業員が働かなくてはならないのなら、本社の社員もまた事務所で仕事を続けるべきだと考えたからだ。

    4月、レジーナさんの同僚はBuzzFeed Newsの取材に応じた。

    レジーナさんが会社にいた最後の日に、引っ切りなしに咳き込んでいたのを覚えている、と話す。糖尿病を抱えるレジーナさんを皆、心配した。明らかにコロナの症状に当てはまっていたという。

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    レジーナさんは3月16日月曜日、新型コロナウイルスで亡くなった。

    彼女は、同スーパーマーケットの社員の中で最初にコロナでの死亡が確認された人物であり、また国内でも最初の数人の1人だった。

    同僚の中には、自分たちが会社にとっていかに「切り捨てできる存在」であるか、そしてパンデミックの初期段階に従業員を守るために雇用主が何もしなかったかを、彼女の死で悟った、という人もいた。

    レジーナさんの遺族となった兄弟の1人、レイモンドさんにとって、彼女の死は悲劇の始まりだった。

    3月末までに、姉のウィラさんと母親のスージーさんもコロナウイルスに伴う合併症で亡くなったのだ。レジーナさんから感染した可能性が高い。

    4月、レイモンドさんは「新型コロナウイルスに家族を奪われた」とBuzzFeed Newsに語った。

    「2週間で家族の6割を失った。コロナがやってきて、すべてを奪っていった」

    Picture Alliance / dpa/picture alliance via Getty I

    「レジーナのいつもの柔らかな声や静かな笑い声は咳に代わった」

    レジーナさんは1961年8月21日に生まれた。父親のアルバート・チン・リーさんは中国広東省からの移民で、アメリカ陸軍に従事した後、退役後に妻のスージーさんを呼び寄せた。4人の子供をもうけ、レジーナさんは末っ子だった。

    彼女の兄弟、レイモンドさんの記憶によると、肉体労働で収入を得ていたという。家族はシアトルに家を構え、子どもたちはフランクリン・ハイスクールに通い、レジーナさんは同校を1979年に卒業した。

    その頃、両親はレストランを開業。ハンバーガーやステーキを提供し、地元ミュージシャンがライブをする店で、アジア系アメリカ人のティーンの溜まり場となった。リーさん一家の子どもたちは、大学に通いながらそこで働いたという。

    兄姉のうち2人はワシントン大学に通ったが、レジーナさん自身は美容学校に進学。卒業することなく旅行代理店で働き始め、後に、同スーパーマーケットの旅行会社で働くようになった。

    家族には、安定した良い仕事だと話していた。父が亡くなり、エベレットで姉のウィラさんと3人で一緒に暮らす母を経済的に支えられるからだ。

    「レジーナは、冗談を言うのが好きで楽しいことが大好きな子だった。ウィラは兄弟の真ん中で真面目だった」とレイモンドさんは振り返る。

    「2人とも母の面倒をみてくれたので、母は何も心配事をしないですんだ」

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    レジーナさんは会社で知られた存在だった。勤続20年の彼女は、社内のほぼ全員となんらかのやりとりをしていた。通勤のバスで一緒になる人や、会社を休んだ人にサプライズでチョコを配っていた。

    プライベートな話はほとんどしなかったものの、オフィスでの持ち寄りの食事会や誕生日のお祝いなど、人を誘い出すようなイベントを企画するのが好きだった。

    とはいえ同僚らによると、レジーナさんにとって職場最後となった日、いつもの柔らかな声や静かな笑い声は咳に代わった。

    その咳は、時間を追うごとに酷さを増していったという。不安になったお客さんからの電話がなり始めると、スタッフはデスクで対応に追われ、作業スペースの対人距離は1.82メートル以下だった。

    中にはコロナの初期症状を示す人もいたが、それでも有給を消費したくないために出社していた。

    レジーナさんの死を会社が社員に向け発表するまでに、まるまる24時間かかった。同社はレジーナさんの死を受けてその後、事務所を閉鎖して消毒作業を行ったが、その週末までに営業は再開された。

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    「友達が亡くなったときに、会社を閉めなかったことがものすごく腹立たしかった」と話すのは、同社の旅行代理店で勤続10年以上になる従業員だ。

    「あの後にみんな出社を続けていて、そんなのとにかくあり得ない」

    レイモンドさんは、ウィラさんからレジーナさんの突然の死を聞かされるまで、彼女の感染を知らなかった。

    レジーナさんは自宅で倒れた。救急隊員が心肺蘇生を試みたが、かなわなかったという。妹たちが自宅で何かを修理する必要がある時などに頼られていたレイモンドさんは、隔離のため家に入れないと言われて途方に暮れた。

    「いつも自分は家族のスーパーヒーローみたいに感じていた。でもこの時ばかりはまったく家族の力になれないんだ」

    バイオ化学メーカーで研修責任者だったウィラさんは、レジーナさんが亡くなった朝に38度の熱を出し、その7日後に集中治療室に入った。

    ウィラさんの入院から2日後、健康チェックの家庭訪問に母親のスージーさんが応じなかったため不審に思った救急隊員が強制的に自宅に入り、床に倒れているスージーさんを発見した。

    スージーさんは3月27日に亡くなった。正式な死因はブドウ球菌感染症だが、レイモンドさんは医師から、コロナウイルス検査の精度は低いことと、スージーさんもおそらく感染していたであろうことを告げられた。

    そして、姉のウィラさんは3月29日、人工呼吸器につながれたまま亡くなった。

    リーさん一家は毎年、旧正月にはレジーナさんの自宅に集まっていたが、今年の旧正月に祝うことはない。

    「今年は孤独な1年になる」

    遺族であるレイモンドさんはBuzzfeed Newsに対し、そう呟いた。

    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:松丸さとみ / 編集:BuzzFeed Japan