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【検証】アベノミクスで「格差拡大」は本当か?

主な調査では格差縮小傾向が見られるが、ことは単純ではない。

衆院議員選挙で争点の一つが、デフレ経済からの脱却を掲げた経済戦略「アベノミクス」の評価だ。2012年12月発足の第二次安倍内閣が打ち出した。

以下に掲げる「3本の矢」で、国民総所得を増やすという目標を掲げる。

  • 大胆な金融緩和で市場に出回る金を増やす
  • 大規模な財政出動で公共事業拡大
  • 規制緩和などによる成長戦略


この間、株価は上がった。安倍政権はアベノミクスの成果を強調する。しかし、野党は「格差は拡大した」と批判している。

BuzzFeedが実施している衆院選に関する検証企画で、アベノミクスで本当に格差は拡大したのか調べた。

結論から言うと、格差が拡大したかどうかは「検証不能」だ。切り取る角度によって「格差」の評価は異なり、全てを検証するのに十分なデータがないからだ。

野党による批判

野党はどのようにアベノミクスを批判しているのだろうか。

公示日の第一声で、日本共産党の志位和夫委員長は、こう演説した。

「アベノミクスがもたらしたものは、強いものをどんどん強くするけれども、庶民の暮らしは一向によくならない、格差の拡大だけだったのではないでしょうか」

立憲民主党の枝野幸男代表は、こう述べた。

「格差を拡大させ、強いものをより強くしたけれども、どんどん分厚い中間層と言われるものが崩れていった」

厚生労働省、総務省の格差指標では「格差は改善」

国の所得格差について測る代表的な指標は、「ジニ係数」「相対的貧困率」だ。

「ジニ係数」とは、世帯所得の分布から格差の大きさを測る指標で、0〜1の数値で値が大きいほど格差は大きい。社会保障制度や税制などで格差が是正された後の「再分配所得」のジニ係数で評価するのが一般的だ。

「相対的貧困率」は、世帯1人当たりの可処分所得を上から順番に並べ、真ん中の人の額の半分(貧困線)に満たない人の割合を出した数字となる。

厚生労働省が出した最新の「2014年所得再分配調査報告書」によると、2014年の「再分配所得」のジニ係数は0.3759と、2011年の前回調査(0.3791)よりわずかに下がった。つまり、このデータ上、全体の格差は微減したと言える。

母子世帯だけで見ても再分配後所得のジニ係数は0.2275と前回調査(0.2754)よりも下がった。ただし、高齢者世帯では0.3813と前回調査(0.3728)よりも上がっている。

同じく厚労省の「2016年国民生活基礎調査」によると、15年の相対的貧困率は15.6%と、12年の前回調査(16.1%)より0.5ポイント減少。「子どもの貧困率」(17歳以下)も13.9%と前回調査より2.4ポイントも減少し、2003年調査以来、12年ぶりに減少した。

総務省も「2014年全国消費実態調査(所得分布等に関する結果)」で、ジニ係数と相対的貧困率を算出しているが、同様に格差は微減の傾向を示している。

では、「格差拡大」という評価について、「間違っている」と結論づけていいのだろうか?

個人の労働所得で見たら? 若い世代の所得格差は拡大

前述の統計は、世帯所得をもとに算出されているため、世帯内の個々人の年齢構成や就労状況はわからない。高齢化で労働所得のない高齢者の割合が増えた影響が強く出て、格差の現状が正確に把握できないという問題が従来、指摘されてきた。

これについて、大和総研が個人の労働所得の格差に注目し、若年層の格差拡大を検証したレポート「所得格差の拡大は高齢化が原因か〜若年層における格差拡大・固定化が本質的な課題〜」が興味深い。

それによると、大和総研が、総務省の就業構造基本調査から個人の労働所得のジニ係数を算出したところ、2002年から12年の間に、15〜54歳の現役世代男性と15〜29歳の女性で所得格差が拡大していることがわかった。

さらに、厚労省の2016年賃金構造基本統計調査を分析したところ、2001年から16年の間に、男性では20〜59歳の現役層で、女性では20〜34歳以下の若年層で所得格差が広がっていた。

分析した政策調査部研究員の菅原佑香さんは、若年層の格差拡大の要因について、「不安定雇用の増加があるのではないか」と分析する。

正規と非正規の賃金格差は徐々に縮まっているものの、昨年の賃金構造基本統計調査によれば、非正規の平均賃金は正規雇用の65.8%。最初の就職で非正規雇用となる割合は今や女性で約半分、男性で3割と増え続けている。

「また、『労働条件が悪かった』ことを理由に離職する若者の割合が2〜3割程度と高く、週60時間以上の長時間労働者の割合も男性では30代から40代の現役層、女性は20代で多い。過重労働は早期離職の原因になることや、心身の健康への悪影響が指摘されていますし、一般的に就職後3年以内の離職は社会的スキルがあるとは認められず、再就職に不利に響く傾向があります」

現代社会には、いったん非正規雇用となると、正規雇用に採用されるのが難しい「再チャレンジの難しさ」がある。「25歳から34歳の非正規雇用の男性の4割は、非正規雇用になった理由について『正規の職がないから』と回答しています」と菅原さんは指摘する。

そして、非正規雇用の男性は未婚率も高い。

「若年層の不安定雇用の増加は、結婚や子供を持つことを困難にし、少子化を加速させ、一人暮らしや低所得世帯を増やす可能性があります。もし子供を持てたとしても、家庭の経済事情が子供の教育への投資の格差などにつながり、格差が次世代に引き継がれる可能性もあります」

「適度な格差による健全な競争は許容されるべきですが、若年層の格差拡大が不合理に固定化し、貧困状態から抜け出せないようなものであるならば、是正されるべきでしょう」

格差拡大がもたらす様々な影響 検証データは不十分 

若年層での所得格差は拡大しており、その人の未来、次世代の格差固定化にもつながりかねない深刻な問題であることが伺えた。若年層の経済格差が、その人の生涯や社会にどのように影響をもたらすのか、もう少し見てみたい。

経済格差が健康に与える影響について、大規模なデータを元に分析している東大医学部准教授(社会疫学)の近藤尚己さんは、こう指摘する。

「貧しさは、進学、就職などに不利な影響を与えるだけでなく、野菜摂取不足や運動不足、喫煙率の上昇など生活習慣の悪化に結びつき、認知症やうつ、短命にまでなる傾向がわかっています」

近藤さんが副代表を務める国内最大級の高齢者研究「JAGES (日本老年学的評価研究)」では、子供の頃の貧しさが高齢期の不健康につながると明らかにしてきた

「国民生活基礎調査などの政府統計でも、貧困は不健康と強く関連することが示されています。アベノミクスとの関連はわかりませんが、若い世代で貧困層が拡大しているとすればそれは生涯の問題となり得るし、社会を支える世代がそういう状況になるのは社会全体にとっても不利益となるかもしれません」

さらに、所得格差の拡大が影響を与えるのは低所得者層だけではない。

「米国のように富裕層とそれ以外の所得格差が極端に広がるようなことに日本がなれば、階層間の利害が衝突して様々なトラブルや制度の不効率が生まれます。私たちの研究では、所得格差が広がれば富裕層の健康状態も悪化する可能性が示されています」

こうした格差拡大や次世代への連鎖への解決策の一つとして期待されているのが、教育だ。今回の選挙では、就学前の幼児教育の無償化や、高等教育の無償化・負担軽減を各党、公約として打ち出している。

それも一つとしながら、近藤さんはまず、「何が問題なのか、現状をしっかり『見える化』することが必要」と訴える。

「データや詳細な分析結果がない中で、格差が広がったとか縮んだとか、国民が健康や幸せになったとかならないとか、と主張を戦わせること自体がおかしなことです。政党もシンクタンクなどをもっと積極的に活用して、科学的根拠に基づく政策立案の土壌と文化を育ててほしい」

「今の日本では、政策に生かすための科学的根拠が圧倒的に不足しています。それを増やして、政策をもっと客観的に、継続的に評価し、役立つ根拠を最大限、政策に生かす国であってほしい」

格差がどのぐらい、どこにあるのか。そして、拡大しているのか。少し調べただけでも一概には評価できず、分析も十分とは言えなそうだ。

ただ、手をつけなければいけない格差が存在しているのは確かだ。どの党が何に手をつけようとしているのか、じっくり吟味して10月22日の投票に臨みたい。