摂食障害やリストカット、アルコールや薬物の依存症など、自分を傷つけ、自分を大切にできない様々な行為。
精神科医、松本俊彦さんの講演詳報の1回目では辛い今を生き延びるためにそのような行為をしていることを伝えました。
ただ、そのような行為はその場しのぎにはなっても、長期的に見ればやはり死のリスクを高めます。2回目は、具体的にどのような対策をとればいいのか、松本さんが診察室で行なっているアドバイスを元に語ります。
一番の自傷行為は、誰にも助けを求めないこと
パーソナリティー障害と俗に言われる人たちは、確かに生き方が自傷的で、様々な点で自分を大事にできません。
時には病院に来た時にも、わざと医者を怒らせたり、挑戦的、挑発的な態度をとったりします。
私も「もうお前来るな!」ともう少しで言ってしまいそうになりますが、そうやって自分を救ってくれる人との関係をわざと壊すことも一種の自傷行為かもしれません。医者がそんな自傷行為のお手伝いをするわけにもいきませんから、なんとか抑えて私も診療しているわけです。
とにかく、様々に自分を大事にできない行動をしている人たちですが、一番の自傷的な行動は何かと言えば、一番根っこの問題に帰ると、やはり辛い時に誰かに相談したり助けを求めたりしないことだと思います。
これが一番の自傷行為であって、どうやったらその人が助けを求めたり、SOSを出したりすることができるようになるのか。これを我々は支援する必要があるのだろうなと思います。
こういった自分を傷つけずにいられない人たちに、私がどのようなアドバイスをしているのかお話しします。
まずは傷の手当を
まず、例えば「自傷しちゃった」と言われた時に何を伝えるか。まず傷の手当をしようということなんです。
実は自傷した後に自分で傷の手当をする人としない人、病院に行って傷の手当をする人しない人を比較してみると、手当をする人の方がまだマシだということがわかっています。
実は自傷行為というのは自傷行為そのものだけを指すのではなくて、自傷したあとに傷の手当をしないことも含めて自傷行為なのです。
だから例えば、「切っちゃったので手当をしてください」という子が受診したとするならば、「よく来たね」と我々は言わなくてはいけません。
確かに自分を傷つけたのですが、まだ自分を大事にしたい気持ちがあるから手当に来たわけです。だから、自傷したと告白してくれた人には、「病院にいかなくてもいいから、切った後は手当をしてください」と伝えます。
その後には、「傷は一応隠してね」とお願いしています。それは、「そんなみっともないもの見せるな」とか、「バカなことやったと思われるから隠せよ」ということではありません。
一般の若者でも1割は自傷行為の経験者がいます。止めようと思っている子たちが、だれかがやった生々しい傷をみるとやりたくなってしまいます。だから、一応隠して、自分がやっちゃったのはしょうがないけれど、ほかの人まで巻き込むのは止めようということをお願いしています。
信頼できる人の見分け方
みんなに言いふらすのはやめてほしいのですが、この人なら言っても大丈夫、という信頼できる人、安全な人には切ったことを報告したらいいと思います。
どのような人が信頼できる人かというと、「切っちゃった」とか「切りたい」と言っても、悲しげな顔をしたり、不機嫌になったりしない人です。
「ああそうなんだ。正直に言ってくれてありがとう」と言ってくれる人です。
だからといって、こうした方がいいというアドバイスをもらえるわけではないのですが、ただきちんと報告を受け止めて、そのことを責めないという人は安全だと思います。そういう人には伝えてほしいなと思います。
責めるのではなくおさらいを
大事なことは、自傷したことを「私またやっちゃった」と責めるのではなくて、今回やったのをおさらいすることによって、少しでも将来の自傷を減らすのに何かヒントを見つけることです。
だから「おさらいしよう」と提案しています。
例えば、自傷をしょっちゅうしている人は、自傷日記や自傷日誌のようなものをつけるといいと思います。
だいたい何時頃に、どんなことをした後に起きやすいのか、誰と一緒に時間を過ごしている時に起きやすいのか、あるいは誰と一緒に時間を過ごした後に起きやすいのか。こういったことを一緒にヒントを探して分析する。
そして、切るのを止めようと考えるのではなくて、切りたくなった時に、別の行動で気を紛らわせることができるかどうかを実験してみればいいと思います。
筋トレしたり、誰かに電話をかけたり、好きな音楽を聞いてみたり、靴磨きに没頭してみたり。ほかで紛らわせるものがあるか試してほしいのです。
最終的に切ったとしても、それは最悪ではありません。もしかすると、そうやって試行錯誤しているうちに、うまい方法が見つかるかもしれません。
紛らわせるスキルは複数用意しよう
一般に、例えば、深呼吸したり、瞑想したりすることは、自傷したい気持ちを抑えるのに有効と言われています。でもこれは、練習が必要なんです。
いきなり切りたくなった時に、「ああ、切りたくなっちゃった。深呼吸」といって深呼吸しても、だいたい過呼吸になって頭がボーッとなってくるんです。
こうした方法を身に付けたいなら、自分の調子がいい時にいっぱい練習しましょう。こういう新しいスキルを勉強する時には、一番いいコンディションでやらないとダメです。
自転車に乗れない人が台風の暴風雨の中で練習するってありえないじゃないですか。晴れた日にまずは自転車が乗れるようになって、その上で場数を踏んでから台風の日にもかろうじて乗れるようになるわけです。
一番穏やかな日にスキルの練習をしましょう。それからいいスキルを一つ見つけたからといって、そのほかのスキルを探すのを諦めないでください。
1個だけだと、すぐに効かなくなります。
例えば、人によってはリストカットしたくなった時に、腕にはめた輪ゴムをパチンと弾いた刺激で気持ちを切り替えてうまくいく人もいます。
ただ、それだけに頼っていると、だんだん輪ゴムをすごく伸ばして遠ざけた位置からパチンとやるようになって刺激がエスカレートします。これ自体が自傷行為のようになってしまうことがあるのです。
あるいは切りたくなった時に冷たい氷をぎゅーっと握る。でも最初のうちはそれがよくても、すぐに効かなくなってしまいます。複数の方法をチャレンジして、自分の中でいろんな武器を揃えた方がいいと思います。
自分をつなぎとめてくれる「セーフティボックス」「安全な人」を
それから人によっては、例えば大事な人からもらった励ましの手紙、あるいは自分の子供のために切るのを止めようと思ったら子供の写真とか、自分の気持ちを健康な方につなぎ止めてくれるものがあります。
それを一つの箱にまとめておく。それを僕は「セーフティボックス」と呼んでいます。
「やばい。追い詰められて自分を傷つけたくなりそう」となった時には、そのセーフティボックスを探して、「今日はどれで止めようかな」と選ぶ。そんな風に1か所に自分の武器をまとめておくのもいいと思います。
それから、切りたくなった時に安心できる人とか信頼できる人に「切りたくなっちゃった」と言うことも、切るのを止めるのに有効な場合があります。
ただ、先ほども言いましたが、「切りたい」とか「切っちゃった」と明かした時に、不機嫌な顔や悲しげな顔をしたりする人にうっかり当たってしまったらまずいです。
あるいは半泣きになって、「なんであなたはまたそんな風に切りたくなっちゃうの〜!」と責める人は最悪です。
だからあらかじめ、そうじゃない人はどこにいるかなと探しておいたほうがいいです。そして、わざと「切りたい」と言ってみて、相手がどういう出方をするか試しながら、自分がやばくなった時に助けてくれる目星を複数につけておくといいと思います。
一人だと厳しいんですよ。その人が夜中に寝ている時も叩き起こさなくちゃいけなくなる。でもそんな人がたくさんいると、中には夜更かししている人がいるかもしれない。
日替わりでローテーションすれば、サポーターも疲れないです。だからセーフティーな人のリストを作っておくといいと思います。
「解離症状」に対してできること 「グラウンディングテクニック」
自傷する人の中には、嫌なことがあった時に、例えば彼氏から「バカ」とか「ボケ」とか言われた時に、本当は怒らなくちゃいけないのに、意識がフワーッと遠のく人がいます。
「解離」という症状です。酷くなると、多重人格のように意識がないうちに、自分とは全く別の性格の人格が変なことをしていたなんてことが起きます。そこまでいかなくても、意識が遠のいて幽体離脱のようなことが起きることがあるのです。
もちろん解離は、自分が怒りで爆発するのを防ぐ、意識の中でサーモスタットが働いて、スイッチが切れて、感情に押し流されないという意味ではプラスの意味もあります。
しかし、人によっては解離する時に、もっとひどい自傷行為をすることがあるのです。それを防ぐために、解離しそうな時にはどうしたらいいのでしょうか。
完全に解離した後では無理なのですが、解離しそうという時、初期の段階だったらできるのは、「グラウンディングテクニック」というものです。
例えば椅子に座っていたら、椅子の座面をギューっと一生懸命押す。全力で押しまくって力をみなぎらせる。壁をグーッと押すのもいいでしょう。
それから筋トレです。腹筋とか背筋とか、腕立て伏せとか、とにかく筋トレをやる。筋トレってとにかく苦しいものです。だけど、苦しい中でやり続けると、だんだん意識が筋肉に集中して、それによって解離が防げることがあるのです。
それと同時にモヤモヤした気持ちも少し紛れたり、そこから距離が取れたりするようになります。
自分の年齢と今日の日付を言ってみる
さらに、自分の年齢と今日の日付を正確に思い起こして自分で言ってみることも有効です。
解離している人の多くが、子供時代にとても辛い記憶を持っています。解離すると、とても辛い体験をしたその時の自分の年齢に戻ってしまうことがあるのです。だから日付もわからなくなる。
「いま何年?」と聞くと、「1998年」と言ったりして「は?」と思ったこともつい最近ありました。だから、今、年齢がいくつなのか、何年の何月何日かを正確に思い出す。わからない場合はちゃんとカレンダーを探して日付を確認してください。これだけでも少し現実に踏みとどまれる人もいます。
また、これは誰にでも共通することではないですが、動物を飼っていてペットが好きな人はペットを撫でるという方法もあるでしょう。それから同性で信頼できる人がいたら、思いっきりハグするのもいいかもしれません。
でも異性にハグをしてもらうと、その異性の存在が心の傷に逆に触れてしまう場合もある。どんなに安心できる人でも危険な場合があります。異性でも、比較的安全な人なら握手をする。できるだけ力を込めてギューッとにぎり合う。
そのことによって、少し現実に踏みとどまれる場合もあります。
「交代人格」と衝突したらどうするか
こういう風に解離してしまう人の中には、「交代人格」と言いますが「もう一人の自分」がいて、多重人格みたいな状態になっている人もいます。
別に多重人格自体が病気とは思いません。そういう人はよくよく聞いてみるとたくさんいます。
ただ、中の人格同士が喧嘩したり、お互いに憎み合ってしまったり、お互いの意思疎通ができなかったりすると、自分が知らないうちに自殺行動をしたり、だれかに暴力をふるったりすることもあって危険です。
中にはメインの自分はとてもおしとやかで真面目なのに、もう一人の自分は夜の街に行って男に声をかけながら覚醒剤が大好き、みたいな人もいるんです。
もう一人の自分がいる場合、我々はどう関わったらいいのでしょうか。
多重人格になっている人は、メインの人がいい子であればあるほど、もう一人の自分はその正反対の悪い奴、乱暴だったり口が悪くなったりする場合が多いです。
診察室でも、急にガラリと変わって僕に暴言を吐く人もいます。それは悪そうに見えますが、本当は悪くないことの方が多いのです。
というのは、例えば夜の街をフラフラ一人歩いて男の人に危険な目に遭わされそうになった時に、悪い人格が出てくれて、「なんだてめえ」と追い払ってくれることもあるんです。そうやって自分を守るために出てくることもあるんですよ。
ですから、いろんな人格が自分の中にいる場合、誰一人悪い人格はいなくて、すべての人格は全部必要があって生まれてきたと、みんなを認めてあげることが必要だと思います。
中で喧嘩があったり、意見の食い違いがあったりすると頭が痛くなるのが特徴です。その頭痛がトラウマや解離性障害に関する頭痛だということがわからないと、頭痛外来に行ったり、鎮痛薬をガバガバ飲んだりしますが、全然良くなりませんね。
そうではなく、様々な考えをもつ自分たちが喧嘩している場合、もう一人の人格が一体自分の何に腹を立てているのか考えてほしいのです。
だいたいはメインの人格がいい子ぶっちゃって、本当は腹をたてるべき場面で、「はいわかりました」とものわかりよく言っているのです。
怒りの感情を切り離して、別のもう一人の自分にぶちまけているから、交代人格は怒りの感情ばかりになってしまう。「いい加減甘えるのはやめろ」「俺に頼るのはよせよ」と中で喧嘩を起こしていることもあるかもしれません。
大事なのはもう一人の自分も認めてあげること
交代人格が一番腹をたてるのは何かというと無視です。なぜ無視が嫌かというと、おそらく、交代人格が生まれた時は何かとても嫌なこと、トラウマになるような出来事があったからです。
その時に、本人が一番辛かったのは、誰も助けてくれなかったことなんです。見て見ぬ振りしてたり、気づいてくれなかったり。一番辛いのは無視なんですね。
だから、あなたは無視しないことです。
「力になれなくて、いつもあなたに頼ってばかりでごめんなさいね。でも本当にあなたのおかげで今の自分があるってわかるよ」
そんな気持ちをメインの人格が持つことが、他の人格をなだめることになります。
私自身は多重人格の人を治療する時に、バラバラになった人格を1個にまとめようとは思っていません。それぞれ意識や記憶の中につい立てを立てて、お互いの記憶が見えないような壁を作っているのはそれが必要だからなんです。
自分に確かにその出来事が起こったのだと思い出すと、今すぐ死にたくなっちゃう人もいるんです。だから他の人格を作ってそうならないようにしているので、急に統合するのは良くないと思います。
それよりは、他の人格と連携や意見交換ができるようにすることが大事です。「意見交換ってどうするの?」と思うかもしれませんが、夜寝る前に、心の中でちょっと呟いてみてください。
「いつも助けてくれてありがとう」
そうつぶやくと、少し他の人格の気持ちが静まってくれて、いつもよりも頭痛が軽くなるし、いつもよりも突発的に記憶がなくなることが減ると思います。
自分のことを多重人格だと思っていない人は、自分以外にもう一人の自分がいると認めるのがすごく嫌です。だから、否定するし、寝る前にだれかに声をかけるなんてとても嫌だという人もいます。
そこは無理しないで、できたらやってみてとやんわり言った方がいいかもしれません。強くいうと、ギクシャクすることもあります。
突然、死にたくなった時は
さらにこういう風に解離したり、もう一つの人格がある人に多く見られるのは、突然死にたくなるということです。
だれかにフラれたとか、お金がなくてとか、将来を悲観してとか何か理由があるなら理解できますが、突発的に死にたくなる。これは結構戸惑いますし、我々医療者もなぜこの人が突然死にたいというのかわからないと思うことがあります。
おそらく過去に何か辛い出来事があった時に感じた死にたいという気持ちだけがフラッシュバックしているのでしょう。昔受けた本当に辛い出来事の記憶から死にたいという気持ちだけが切り離されて浮かび上がってくることもあります。
その時の対応も、解離しそうな時と同じようにしましょう。日付と年齢を確認して、グラウンディングをしましょう。一生懸命筋トレをして汗をかきましょう。そうすることによって少し現在に踏みとどまることができます。
次は、もう少し日常生活の過ごし方に触れていこうと思います。
(続く)
【講演詳報1回目】自分を傷つけずにはいられない人へ 「決して良いことではないけれど、悪いことでもない」
【講演詳報3回目】食事、睡眠、仕事や勉強、人付き合い 生き延びるために日常生活をどう乗り切るか
【松本俊彦(まつもと・としひこ)】
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部長、薬物依存症センター センター長
1993年、佐賀医科大学卒業。2004年に国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、自殺予防総合対策センター副センター長などを経て、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神救急学会理事。
『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『よくわかるSMARPP——あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)など著書多数。
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