食べるのが怖い、逆に食べ過ぎが抑えられず太らないために吐くーー。
そんな拒食症や過食嘔吐という摂食障害のかげには、感情がコントロールできず人間関係がこじれやすくなる精神疾患「境界性パーソナリティー障害」が隠れていることが多い。
なぜこのような病気に苦しむようになったのか、患者や周囲の人は何に困り、どんな支援が必要なのか。
BuzzFeed Japan Medicalは、摂食障害と境界性パーソナリティー障害に長年辛い思いをし、少しずつ回復しつつある二人の女性にこれまでの道のりを伺った。2回連載でお届けする。
ひろこさんの場合 半年で40キロ減量
現在、30代半ばのひろこさん(仮称)は、中学2年生の時に83キロの体重を半年で40キロ減らした。
きっかけは、学校で行った2泊3日のキャンプ合宿。山登りやハイキングなど、ハードなスケジュールで、帰宅すると3キロ減っていたのに驚いたのだ。
「人生で初めて体重が減って、すごく嬉しかったんです。それで極端な食事制限やハードな運動を始めて、減っていく体重計の数字の手応えに、初めて現実の辛さを忘れることができました」
ひろこさんは両親、弟、妹、父方の祖父母、曽祖父母9人の大家族で育った。今思うと、常に大人数の世話をしている母にも摂食障害があり、感情がコロコロ変わる不安定な人だった。
「4歳ぐらいから私は常に母の顔色を伺う子供でした。母もストレスがあったのでしょうけれども、愛情表現が乏しく、不機嫌だと無視するのです。どうしたら母が機嫌よくいてくれるだろうかとビクビクし、苦しくて仕方ないのに、これが普通なのだと諦めていました」
母親の作る脂っこい食事を拒否し、自分で野菜中心の食事を作り、ハードな運動を続けるとするすると痩せていった。169センチの身長で43キロに。しかし、3か月ほどで生理は止まり、皮膚はパサパサになり、髪は抜けた。
「両親は慌てふためき、ダイエットを止めるように叱ってきたのですが、私は、逆に両親が私のことに関心を持っている姿が新鮮でした。身体なんてどうでもいい、このまま数字を下げたいと気分が舞い上がっていました」
3か月入院 過食、親への怒りが爆発
しかし、中学2年の秋、保健の先生が急激な減量に気づき、精神科の医師につないでくれた。「あなたこのままじゃ死ぬよ」と告げる医師に、「生きたいです」と答えるしかなかった。
「私は『ただダイエットしているだけなのに』と不満を持っていましたが、摂食障害と診断されて、3か月間、夜間には鍵がかけられる半閉鎖病棟に入院となりました。1800キロカロリーのご飯が食べられるようになったら退院と言われたので、次の日の朝からしっかり食べて、摂食障害について勉強する毎日でした」
順調に体重は戻っていたが、退院間際に今度は過食が襲う。朝、病院の売店が開くのを待ち構えて、マシュマロを一袋一気に食べるのが日課になった。
退院後も食欲は止まらない。あっという間に体重は元に戻り、「これまでの努力はなんだったんだ」と、激しい怒りが湧き上がった。
「両親に『お前らのせいでこうなったんだ!』『生まれて来なきゃよかった』『なんであんなところ(病院)に入れたんだ!』と毎日罵声を浴びせていました。母親が泣くと、余計怒りが増して怒鳴り、母親を突き飛ばすなど暴力もふるっていました」
リストカットをするようになり、病院から処方されていた精神安定剤や睡眠薬を大量に飲むようになった。太った体を見せたくなくて、学校にも行けなくなった。
反動で拒食になり、痩せてくると今度はうつが襲った。
「希望がなくなって、毎日死ぬことを考えるようになりました。中学卒業後に通い始めた通信制高校も行けなくなり、アルバイトも体調が悪かったり、人間関係が悪化したりして、1ヶ月と続きません。引きこもり状態でしたね」
その間も自傷行為や、周囲へ罵声を浴びせることが止まらない。
その時、ずっと通院していた病院の心理療法士に紹介されたのが、NPO法人「のびの会」が運営する地域活動支援センター「ミモザ」だった。
仲間との出会い 「居場所を見つけた」
「のびの会」は、依存症治療で実績のあるこの病院で作られた摂食障害の当事者会を前身とするNPO法人だ。運営する「ミモザ」では女性の当事者が、仲間同士で交流し、自立に向けての訓練を行う。
半信半疑で通い始めたひろこさんは、同世代の仲間と出会い、心がほぐれていくのを感じた。自身の体験を吐き出し合うミーティングや、摂食障害についての勉強会に参加し、仲間と一緒にパウンドケーキなどを作って販売する作業をした。
「同じような経験をした子がたくさんいて、一人じゃないんだと思えました。変な顔をしないでなんでも聞いてくれるし、病気に向き合うこともでき、回復した先輩を間近でみて目標ができました。回復するのだと思うと心強かったのです」
何より楽しかったのが、みんなでご飯を作って食べる会だ。
「食べることはこれまで苦痛でしかなかったのですが、みんなと作って食べると楽しいし、美味しい。家ではそんな安らぎを感じることはありませんでした。初めて私は自分がいてもいいと思える居場所を見つけたんです」
主治医や心理療法士の勧めで、実家から離れて一人暮らしも始めた。気持ちが沸騰しそうになると、ミモザに行く。週5回通うこともあった。その後、「境界性パーソナリティー障害」との診断も受けた。
境界性パーソナリティー障害と診断されて
パーソナリティー障害とは、ものの捉え方が偏り、感情や衝動性がうまくコントロールできずに対人関係などに障害が生じる精神疾患だ。米国精神医学会の分類(DSM-5)では、10種類に分類される。
そのうちの一つである「境界性パーソナリティー障害」は、以下の9項目のうち5項目以上が当てはまると診断される。
- 見捨てられるのを避けようとするなりふりかまわない努力
- 理想化と過小評価との両極端を揺れ動く不安定な対人関係
- 同一性障害(自己像や自己感覚の不安定さ)
- 衝動性によって自己を傷つける可能性のある、浪費や薬物乱用、性行為などの行動
- 自殺の脅かし、自傷行為の繰り返し
- 顕著な感情的な不安定さ
- 慢性的な空虚感、退屈
- 不適切で激しい怒り
- 一過性の妄想的念慮、または重症の解離症状
若い女性に多く見られ、家庭環境など子供時代の苦しい体験や、元々の体質などが関連すると言われるが、原因ははっきりしていない。
のびの会を運営する心理療法士は、「ベースにこの疾患があって、自分を痛めつけることで辛さを紛らわす自傷行為として摂食障害や男性依存などが現れることが多いのです。同じ病を持つ仲間とつながり、過去のやり方とは違う対人関係のスキルを学んでいくことで立ち直ることができます」と当事者会の意義を話す。
ひろこさんは、出会う男性を理想化して精神的にもたれかかっては、欠点が見つかると逆上し、試し、拒絶してはすがることを繰り返した。男性依存の症状だ。それでも、今の夫と出会い妊娠したのを機に結婚。3人の子供にも恵まれた。
結婚して何年も経った今でも、大好きで結婚したはずの夫に今も辛く当たってしまうことがある。子供にも怒りが抑えきれずに、しつけではなく、感情を発散するために怒鳴り散らしてしまうこともある。
二人目の妊娠中、夫が浮気をしたことも怒りのスイッチを押してしまった。
「100%の信頼が180度転換して敵として認定してしまう。普通の女性でも浮気は許すことが難しいのに、私がこういう病気だとわかってやったのかと余計怒りが増すのです」
「今もわざと夫が嫌がるような冷たいものの頼み方をするなど、夫が私から離れていかないか試してしまう。子供も私の顔色を伺ってビクビクしているのが辛いですし、自己嫌悪に陥ることもあります」
それでも、辛い時はのびの会に駆け込み、仲間に吐き出すことで、そんな自分の心の動きを俯瞰して見ることができるようになった。
「まだ回復したとは言い難いですけれども、摂食障害は落ち着きましたし、嵐がおさまるとまた感情をコントロールできなかったと反省することができる。居場所を見つけたことで、少しずつ、回復に向かっているのだと希望を感じるのです」
5日に横浜市でイベント「自分を傷つけずにいられない」開催
8月5日午後1時から、ひろこさんも当事者として体験談を話すイベント「パーソナリティー障害とともに生きる 自分を傷つけずにはいられない」を開催する。精神科医の松本俊彦さんを迎え、基調講演や当事者とのトークもある。
松本さんは、「こうするといいよという話をして、『自立とは依存先を増やすこと』『人生において最も悲惨なことは、ひどい目に遭うことではなく、1人で苦しむこと』というメッセージが伝わればと考えています」と語る。
事前申し込みが必要で、締め切りは4日午後5時。メール(kouenkai@nobinokai.or.jp)か電話(045-787-0889)で、氏名、電話番号、所属先を伝える。参加費(一般1500円、会員1200円、専門家・支援者2000円)は当日会場で支払う。問い合わせはのびの会事務局へ。