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HPVワクチン、積極的勧奨の再開 当事者や専門家はこう期待し、こう注文する

HPVワクチンの積極的勧奨再開が厚労省の審議会で了承されました。この問題に関わってきた専門家や、子宮頸がんの遺族、接種後の体調不良に苦しんできた人は何を期待し、同じ失敗を繰り返さないために何が課題だと考えているのでしょうか。

子宮頸がんを予防する効果があるHPVワクチン(※)。厚生労働省が積極的に勧めるのを差し控えてから8年以上、接種率が激減していたが、11月12日、厚労省の副反応検討部会で再開が了承された。

この再開で何が変わるのか。そして2度と同じ失敗を繰り返さないように何をしたらいいのか。

BuzzFeed Japan Medicalは、HPVワクチンに関係してきた有識者や当事者たちに取材した。

※日本では2013年4月から小学校6年から高校1年の女子が無料でうてる定期接種となっている。接種後に訴えられた様々な症状をメディアがセンセーショナルに報じたことから、同年6月に国は積極的勧奨を差し控える通知を発出。対象者にお知らせが届かなくなり、接種率は一時、70%から1%未満に激減した。

再開への期待、課題 小児科医と産婦人科医は?

再開のニュースに、子宮頸がんに苦しむ患者を診てきた産婦人科医は期待の声と、今後の課題を寄せた。

横浜市立大学産婦人科主任教授の宮城悦子さんは、効果と安全性のデータを伝えていく必要性をコメントした。

「積極的接種勧奨の再開で、8年以上続いたHPVワクチンが定期接種であるのに接種勧奨なされないという異常事態は解消されます。しかし、この8年間で蓄積されたHPVワクチンの効果と安全性のデータが、しっかりと国民に周知されることが重要と考えます」

「そして、これから定期予防接種を管轄する自治体と厚生労働省、文部科学省、関連団体などの連携が、接種率の改善には一層重要となります。また、メディアからも、新型コロナウイルスワクチンと同様に、海外での接種状況、効果やレジストリー(登録)制度、有害事象報告とその評価と対策などもお伝えいただき、日本がHPV関連がんの予防についての国際社会からの遅れを取り戻す必要があります」

HPVワクチンを専門家が啓発する「みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト」代表で産婦人科医の稲葉可奈子さんは再開を歓迎し、安心して接種できる環境づくりについてコメントを寄せた。

「子宮頸がんは、若くして子宮や命までも奪いかねない、女性にとってもその大切な人たちにとっても非常におそろしい病気です。ですが、子宮頸がんは予防接種とがん検診とで予防できます」

「『知らなかった』がために予防の機会を逃してしまうことのないように、これまでも多くの医師が啓発をしてきましたが、『エビデンスに基づいた正確な情報』と『国の方針』とに乖離があるこれまでの状況は、接種を検討する人も説明する医師も非常に困らせる状況でした。このHPVワクチンの問題を機に、今後は、エビデンスに基づいた医療政策がとられる日本になってもらいたいです」

「積極的勧奨が差し控えられていた8年以上もの間もずっと、対象者はだれでも無料で接種することができたにもかかわらず、HPVワクチンの正確な情報が届いている人だけがその恩恵を受けるという『情報格差』がありました。接種の機会を逃してしまい自費だからと諦めていた人もたくさんいます」

「そのキャッチアップ接種も今後、検討されるようですが、キャッチアップ接種の人こそ早めの接種がより有効です」

「積極的勧奨が再開することで、自治体や学校などからの情報提供もしやすくなると期待します。情報が届くようになっても、まだまだ不安を感じている人も多いと思います。接種者が増えるであろう積極的勧奨が再開後こそこれまで以上に、接種前の相談や接種後の対応など、不安に寄り添う丁寧な説明や対応が重要です」

「専門家有志による『みんパピ!』は、病院や学校で活用して頂けるコンテンツを制作し、無償提供しています。ぜひ様々な機関でご活用頂き、社会全体で女性を子宮頸がんから守っていきたいです。そしていずれは男子も定期予防接種の対象となり、全ての日本人がHPV関連疾患を予防できる日がくることを期待します。

副反応への不安にはどう対処?

一方、副反応への不安についても丁寧に対応するよう求める声が相次いだ。

HPVワクチン接種後に訴えられている症状の治療方法を探る厚生労働研究班長も務めていた愛知医科大学学際的痛みセンター教授の牛田享宏さんは、「接種後に何らかの体調不良を訴える人が今のところどのくらい出てくるかについては、大きな数にならないのではないかもしれませんがゼロにはできないと思います」と注意を促す。

名古屋市の3万人の女子を解析した名古屋スタディでは、接種後に訴えられている症状は、接種者と非接種者で頻度に差はなかったことがわかっている。

一方、WHO(世界保健機関)はImmunization stress related responses(予防接種によるストレスに関する反応を最近提唱し、注射の痛みやその人を取り巻く身体的・心理的・社会的問題が症状を引き起こすこともあるとしている。

接種後の体調不良に関しては、対応した医師が仮病扱いしたり、「ワクチンとは関係ない」と頭ごなしに突き放したりしたことが症状をより悪化させ、定着させたこともわかっている。

そんな失敗を繰り返さないために、牛田さんは診療体制を整えることが急務だとする。

「今後の副反応患者に対する対応体制の整備(教育研修などを含む)は、みなさんにすこしでも安心してワクチン接種してもらえるために必須と思います」

「接種を焦らせないで」

接種後の体調不良を経験し、回復した経験がある教員のさくらさん(仮名)は、積極的勧奨の再開で、対象者がこのワクチンを接種することに納得しないうちに、接種の圧力がかかることを懸念する。

「HPVワクチンの積極的推奨の再開に伴い、必要な正しい情報が対象者のもとに確実に届くようになることを期待します。HPVワクチンの効果やリスクなどを正しく理解し、自分で納得して接種を決めることができるような環境を作ってもらえることを願っています」

「私が接種をした当時は、早くうたなければ金銭的に損をしてしまうという風潮があったのでとても焦っていました。どうか対象者にじっくり考えることのできる時間を与えてほしいです」

「 新型コロナワクチン関連で、従来よりもワクチンに対する関心が高まっている一方、ワクチンそのものに対する抵抗感を持ち始めた人もいるであろうことが今後の課題になってくると思います」

また、学生の時に自費でHPVワクチンをうち、今は接種を逃した女性への救済策(キャッチアップ接種)を求める活動をしている大学生、江連千佳さん(21)は、これで救われる命があるのではないかと語る。

「HPVワクチンの積極的勧奨の再開によってより多くの方の命が助かったらいいなという気持ちが一番大きい。同年代の友達がこの政策によってもしかしたら救われる未来があるかもしれないと思っているので、なるべく早く積極的勧奨が再開されるといいなと思っています」

その上で、キャッチアップ接種の導入や、きめ細やかな情報提供の必要性を訴える。

「受けられなかった世代の人たちも受けられるような状態にしていただきたい。対象者にきちんと正確な情報が届くような環境整備なども今後必要になると思います。そういった面も含めて議論していただきたいです」

子宮頸がんで妻を失った遺族「娘たちは当たり前にうてるように」

子宮頸がんで昨年9月、妻、ルミ子さんを亡くし、双子の娘(7歳)と遺され、HPVワクチンや子宮頸がんの啓発活動を続けている渕上直樹さんは、「積極的勧奨の再開の決定はとても喜ばしいことです」とまず喜びを伝えた。

再開によって、「厚労省の通達後に地方自治体が地域のかかりつけ医と共に、HPVワクチン接種に該当する子やその親へ周知するための積極的な活動を求めたい」と期待する。

「再開後の課題は、子を持つ親にHPVワクチン接種の効果がどれほどのものかを知ってもらうことと正しい情報にアクセスできる間口を広げることだと思います」と情報提供の課題を指摘し、こう訴えた。

「自分の娘たちが接種年齢になった時にはHPVワクチン接種が当たり前になり、日本に住む子供たちの未来のためにも病気に勝てなかった妻へ報告するためにも子宮頸がんが撲滅できることを期待します」

がんの疫学者「接種率、上げることが重要」

がんの疫学者で北海道大学環境健康科学研究教育センター特任講師のシャロン・ハンリーさんは、「積極的勧奨の再開は素晴らしいニュースであり、正しい方向への第一歩だと思います。しかし、積極的勧奨を再開するだけでは十分ではありません」と、今後の接種の進め方次第で女性がどれほど救われるかが左右されると警告する。

「ワクチン接種プログラムを成功させるための最も重要な要因は、対象となる年齢層で高い接種率を達成することです。最近のイギリスの研究では、学校でワクチンが提供されず、16〜18歳で後から接種したキャッチアップグループの接種率は約45%で、子宮頸がんの発症は34%減少したのに対し、接種率が約85%だった12〜13歳の定期接種グループでは87%減少しました」

「厚生労働省は、2013年にHPVワクチンの安全性に関する科学的な根拠のない訴えを受けて積極的勧奨を差し控え、その結果、接種率は1%未満にまで低下しました。去年、オーストラリアの共同研究グループと共に、2013年から2019年までの積極的勧奨の差し控えによる影響を数値として評価する論文を発表しました」

「その結果、1994年から2007年に生まれた集団では、推奨率が約70%にとどまっていた場合と比べて、生涯にわたって2万4600~2万7300 人が子宮頸がんに上乗せで罹患し、5000~5700 人が上乗せで死亡すると推定されました」

「積極的勧奨が再開された場合、この『被害』をどの程度軽減できるかは、1.接種率の回復の早さ、2.キャッチアップ接種の有無、3.使用するワクチンの種類、の3点に左右されると考えられます」

「1年以内に接種率が12歳で70%、13~20歳で50%に回復すれば、接種率の低下による超過罹患数・死亡数の約60%を防ぐことができます。さらに、9価ワクチンが使用された場合には、70~80%の予防まで効果が増します」

「今回の推定値は控えめに評価しているので、もちろんさらに高い接種率を達成すれば、さらに多くの死亡者や罹患者を防ぐことができます」

「幸いなことにキャッチアップ接種も検討されるようですが、キャッチアップ接種でも高い接種率を早期に達成することが急務です」

「高い接種率を達成するためには、日本政府(厚生労働省)がHPVワクチンを積極的に普及させ、その安全性と有効性を広く国民に伝えていく必要があります。また、ワクチン関連の有害事象に関する新たな懸念が生じた場合には、迅速かつ効率的に対応しなければなりません」

「現在の日本の状況に見られるように、根拠のない噂や科学的根拠の弱い疑念は、予防接種プログラムの効果に大きな影響を与え、予防できるはずの命を予防できなくなります。このようなことが二度と起こらないことを心から願っています」