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「二人を守るために戦える武器を」 生涯のパートナーを見つけたゲイカップルが公正証書を作ってつかんだ権利

生涯のパートナーにまで関係性を育んだJOEさんとけんさんのカップルをある日、病が襲います。二人の関係を守るために、公正証書を作ることを決意しました。

10年以上の時間を共に過ごし、順調に関係を育んでいったJOEさん(54)とけんさん(40)のカップル。

けんさんの家族からも温かく迎え入れられていたJOEさんを、出会いから11年目のある日、病気が襲う。

同性婚がない日本で、法制度に二人の関係が守られていないカップルは、公正証書でパートナーシップ契約や任意後見契約を作って、互いを守ることを決意しました。

JOEさんががんに 「自分の全ては生活を共に築くパートナーに託したい」

パートナーシップ契約を公正証書という法的に信頼性の高い形で取り交わそうと踏み切ったのは、JOEさんが2019年8月、がんを発症したからだ。

左の首のリンパ節が腫れているのに気づいたが、休んでも、抗生物質を飲んでも治らない。検査をしたら、即日、喉にできる中咽頭がんと診断され、国立がん研究センター中央病院で治療を受けることになった。

「数年来、公正証書を作っておこうかという話をしていたのですが、実行に踏み切ったのは私ががんを発症したことがきっかけです」

「公正証書を第三者に示したとしても、周りの人に二人の関係性が理解されていなければ、スムーズには進まないでしょう。それまで我々は親戚とも関係ができていたので、今、結んでも納得してもらえるだろうという土壌はありました」

診断後、治療の説明を受けるところからけんさんも同席した。

「『パートナーです。一緒に治療方針や病状の説明を受けます』と伝えたら、病院側もスムーズに受け入れてくれました。でもそれは当たり前のことではなく、たまたま病院に理解があり、幸運だからなのだということもわかっていました」

「手術、入院となり、この先、万が一私が死亡する、あるいは意識が戻らなくなったらどうなるかわからない。私の財産も、共同で行っている仕事の権利関係もけんに引き継ぎたい。自分の代わりに治療方針を決めてもらいたいのもけんです。入院前に公正証書で権利関係を書いておこうと決めました」

JOEさんの両親は、両親の思い描いた人生を歩ませようとする「毒親」で、父親は既に死去し、母親とは連絡を取らなくなって十数年になっていた。既婚の妹とは関係は悪くないが遠方に住んでいて、年1回、年賀状をやり取りする程度だ。

JOEさんにとっての「家族」は、パートナーのけんさんだという気持ちは固まっていた。

「私はけんやけんの家族と出会って、『普通の家族』ってこんなものなんだとわかったのです。けんの両親も私にすごく良くしてくれて、けんが興味がない食べ物でも『これJOEさんが好きだから持って帰って』と言ってくれる」

「私が優秀であろうとなかろうと、ただ私として迎え入れてくれる。けんやけんの家族と出会って、私は無償の愛を初めて知ったのです」

「でも、書類を作成していなければ私の財産も権利も、疎遠になっている私の親族に渡ることになります。それよりも共に生活を築いているパートナーのけんに、私の全てを委ねたいと思いました」

公正証書作成 「何かあった時に戦える武器ができた」

書類の作成は、自身もゲイで行政書士としてLGBTカップルの法的な権利を守る活動を続けている東中野さくら行政書士事務所の永易至文さんに頼んだ。

LGBTのパートナーシップを学ぶ勉強会に参加して顔見知りだったし、「書類を作るなら、そういう気概のある人に頼みたい」という気持ちからだ。

二人の現状や望みを聞いてもらって、どんな書類や条項が必要かを洗い出し、約1ヶ月やり取りを重ねた。二人の申し出に応じて「デジタルアクセス権」についての条項も盛り込んでもらった。

最終的に、パートナーシップ合意契約(死因贈与契約、死後事務委任契約、尊厳死に関する取り決めを含む)と、片方が意思疎通を図れなくなった時にさまざまな手続きを任せる任意後見契約についての書類を作った。

ただ、あとは公証役場に行って手続きするだけという時に、高田馬場公証役場が「うちはこういう契約に慣れていない」と断ってくるというトラブルもあった。性的マイノリティに対するあからさまな差別だ。

入院の日が迫っていたため、別の公証役場で手続きを済ませたが、後日、日本公証人連合会に申し入れをした。連合会は、「そういうことがあってはならず、きちんと対応するように周知する」と改善を約束した。

公正証書として認証を受けた時は、手術にぎりぎり間に合ってほっとしたという気持ちが大きかった。「作るべくして作ったものがやっとできたという思いはありました」とJOEさんは振り返る。

「書類を作って喜ぶというより、僕は彼の病状の方が心配でした。でもパートナーとして、何かあった時に彼を守るために戦える武器ができたという思いはありました」とけんさんは言う。

公正証書2通ずつの作成代や手続き費用も含めてかかった費用は23万3400円だった。男女なら、これ以上の権利や義務が自動的についてくる婚姻届を二人が住む自治体の役所に出す場合、費用はかからない。

病める時も支え合う関係に

最初の手術を2019年10月に受け、その時に取り切れていなかったがんを切除するための2回目の手術を2ヶ月後に受けた。

ところが、2021年1月に再発し、放射線と抗がん剤治療を受けた。

コロナ禍での入院中はパートナーの面会も望めない。入院前にティファニーでコミットメントリングを作った。日本では同性婚が認められていないから、結婚指輪ではないという抗議の思いを込めてあえて右手につけている。

つらい治療中は指輪を見つめてけんさんを想った。

食べることが大好きなJOEさんが放射線治療で味覚がなくなって食べられなくなり、体重は9キロほど落ちた。気力も萎え、何もする気が起きなくなった時にけんさんの存在は支えになった。

「がん治療を受けるのにパートナーが居てくれたことはとても心強かった。もちろん心の支えでしたし、入院中に犬たちの世話をしてくれる安心感もあります。しんどい時はしんどいと言える人がいるのはとてもありがたいことです」とJOEさんは振り返る。

片方だけが支えられているのではない。

けんさんも昨年、新規事業立ち上げの重圧でひどく落ち込んだことがあった。どん底からすくい上げてくれたのはJOEさんの存在だ。

「彼が出張先まで車で片道1時間半ぐらいかけて迎えに来てくれて、『いいから寝てな』と連れて帰ってくれたんです。ご飯を作ってくれて、何も聞かずにずっとそばに居てくれて。あの時ほどこの人といて良かったと思ったことはないです」

「私たちは家族」人生を一緒に歩んでいく覚悟があれば

JOEさんのがんは縮小し、今は落ち着いている。

公正証書はそんな二人の関係性を、いざという時に法的に下支えする心強い味方だ。しかし、これは二人が同性でも認められるべきだと考える婚姻制度の代替手段だ。

二人は2015年7月、日本弁護士連合会に対する同性婚の人権救済の申し立てに名前を連ねている。日弁連はこれを受けて2019年7月、「同性婚を認め、これに関連する法令の改正を速やかに行うべきである」とする「同性の当事者による婚姻に関する意見書」を国に提出した。

それでもいまだに同性婚はこの国で実現していない。

「婚姻の制度があれば私たちも使っていたはずです。いくら公正証書を作っても、認められる権利は限られています。男女の夫婦なら当然認められるさまざまな権利が適用されず、事実婚にも劣るのは非常に不平等です」

二人の生活も14年目に突入し、他人に「どういう関係ですか?」と聞かれると、「家族です」とまず答える。

感じているのは、法制度に認められて初めて家族になるわけではなく、家族として生きていく関係性を下支えするのが法制度だということだ。

「人生を一緒に歩んでいく覚悟があれば、それは家族だと思います。法制度がなくても、私たちはすでに家族です」

同性婚が制度として認められておらず、性的マイノリティに対する差別や偏見がまだ根強い日本。さまざまな葛藤や障害を乗り越えて、それぞれの「家族」と生きる人々の暮らしを取材しました。

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