厚生労働省の審議会で接種を勧奨するが、「努力義務」はかけないとされた5〜11歳のコロナワクチン。
わかりにくい位置づけですが、この年齢のお子さんがいる家庭ではどう考えたらいいのでしょうか?
BuzzFeed Japan Medicalは小児科医でワクチンの専門家でもある、新型コロナウイルス感染症対策分科会構成員、川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦さんに聞きました。
※インタビューは2月11日夕方に行い、その時点の情報に基づいている。
考えるべきは感染した時の重症度、広がりやすさ、社会の中の優先順位
——2月10日、厚労省の予防接種・ワクチン分科会で、5〜11歳のコロナワクチンについて、公費でうてる臨時接種とし、「接種勧奨はするが、努力義務」は課さないという結論に落ち着きました。この結論をどう評価しますか?
もともと予防接種の「勧奨」や「努力義務」の意味するところはわかりにくいです。本来必要な予防接種は多くの人々に受けてもらいたいし、受けるメリットがあり、受けてもらえるようにするべきです、というのが「定期接種」や「臨時接種」です。
接種にかかる費用は国・自治体の負担であり、国・自治体の責任により万が一の副反応に対する救済制度(医療費・年金・死亡時見舞金など)が設けられています。
今回のように臨時接種と決めた場合は、国や自治体は「できるだけ接種してください」という姿勢なので、接種券や予診票などを送って接種を促さなければいけません。これが「接種勧奨」です。
「努力義務」は義務という言葉がついていますが、自分のポリシーや病気のために受けられない場合を含め、接種を受ける側が「私は受けません」と言える自由を確保しています。
ただ、努力義務を課した場合は、「どうぞご自由に決めてください」というわけではなく、接種を受けることが基本で、対象者はできるだけ受けるよう努めなければなりません。
それが定期接種のA類であり、臨時接種になった場合の位置づけです。
コロナワクチンは、これまでは妊婦を除いて、自治体は対象者の全てに接種を受けることを強く勧め、国はその分のワクチンを確保し、お金も国で負担することになっていました。そして、もし事故があった場合は、最大級の救済をすることにしています。
その位置づけの中に5〜11歳も入れるかが焦点になっていました。
このワクチンは、新型コロナにかかった場合の危険性(リスク)を予防するのが最大のメリットです。リスクの高い人と低い人がいて、1人分しかワクチンがない場合、当然リスクの高い人に先に回し、低い人は次のワクチンが来るのを待つでしょう。
多くの人が安全に接種できることが明らかになり、接種できるワクチンの量や対象の人数も増えてきた時、リスクの低い人も希望者にはワクチンが受けられるようにしないといけません。
承認のために申請された治験の成績を見ると、このワクチンは5~11歳の子どもに対する発症予防効果があり、成人よりもむしろ副反応の痛みや発熱も少ないので、安全性も担保できています。だからこそ承認されたのです。
ただ、この年代のデータは大人と比べ、子どもに対する治験の難しさでもありますが、それほどたくさんの人数を対象としたものではありません。
こうした要素を考え合わせた時に、この年代が感染した時にリスクが高いかどうかを考えることが重要になります。今のところ、この年代は感染者数は大人ほど多くなく、また大人、特に高齢者に比べると重症化リスクは極めて低いです。
広がりやすさを抑える必要性、感染によって学校を休んだり行事などに参加できなかったりするマイナス面も考えると、これから先はこの年代の多くが接種しなければならなくなる可能性は十分あります。
しかし、現時点での接種の優先順位と、この年代の重症度と広がり具合、子どもたちが社会の中での病気の広がりの感染源にはなっていないことを考えると、努力義務を課すことまではしないと決めたのが分科会の結論です。
僕もこの方針に賛成します。自分の考えと一致する形になって良かったです。
接種勧奨は自治体への義務、努力義務は本人や保護者への義務
——それでも「接種勧奨はするけれど、努力義務は課さない」というのは、一般の人にとって、とてもわかりにくいです。
きわめて行政的な言葉がちりばめられた難解な法律上の決めごとですからね。海外のワクチン専門家に説明する時もなかなか難しいのです。日本的な感覚が反映されています。
「接種勧奨」は国と自治体に対して課される義務で、努力義務は本人や保護者に対して課される義務と考えると、わかりやすいでしょうか。
「臨時接種」は、基本的に接種を勧めるべきものです。国は接種を対象者に勧め、自治体はそれに従って接種の準備をしなければいけません。
自治体は接種する場所(個別の医療機関、集団接種会場など)などを決め、予算を確保し、接種券を対象者に送るなどして広く接種について案内して、接種を勧めなくてはいけません。希望する人が接種できる環境を整え、費用負担ができるだけ生じないよう(基本的には無料)にする義務が出てきます。
一方、「努力義務」が課されると、対象となった人はできるだけ接種を受けるようにし、「NO」 という意思を明確に示さない限りは、できるだけ接種を受けていただくことになります。
今回、5〜11歳にはそこまでの義務は課されないことになりました。先日までの妊婦に対する接種と同様の位置づけです。
つまり自治体としては「できるだけ接種できるように環境を整えます。費用はかかりません。万一の事故には国の救済制度があります。接種は〇〇でできます」と接種対象者に伝えることを自治体の義務として行います。
一方、接種を受ける側(5~11歳の子供さんの保護者など)は、体調やもともとの病気の有無だけではなく、「少し様子を見ようか」「まだ時期ではない」「漠然とした不安があるので気が進まない」といった理由で見合わせることが問題なくできることになります。
「努力義務」が課されれば原則として接種しなければいけないけれど、本人・保護者の意向は尊重される。「努力義務」が課されない場合は、「やる・やらない」の判断を、より本人・保護者たちに委ねることになります。
妊婦も当初の時点では安全性や有効性に関する十分なデータがなかったので、勧奨接種だけれども、義務というほどではないという形にされていました。でも今回、努力義務を課す形に改正されました。
妊婦へのワクチンの安全性や、妊婦が感染した時に重症化するリスク、妊娠経過そのものに影響を与えるリスクがだんだんわかってきたからです。
そこで、「原則としては接種してください」と努力義務を課し、一段、推奨度を強めることになったのです。
迷う保護者はどう判断したら?
——接種券が来た時、保護者は「うちの子の年代は努力義務がかけられていないし......」と迷うかもしれません。
例えば、病気がちだったり、近く受験があったり、何か特別な行事にできるだけ参加したい、というような場合なら接種した方がいいと思います。
でも本人が「痛いのは嫌だ。どうしよう」と迷っていたり、親御さんが「なんか心配だし......」と不安に思うのであれば、「もう少し様子を見とこう」と気楽に考えて良いと思います。
ただしワクチンのメリットは得られないままなので、ワクチンを接種した人より感染予防を一段強く気を付けていただいたほうが良いと思います。
確かに接種すべきかどうかは、なかなか自分で決められないですよね。
しかし、今回決まった位置づけなら、やりたいと思う人は安心してきちんと接種でき、なんとなく心配で嫌だと思う人は少し様子を見られるようになっています。
つまり、とにかく焦って、何が何でも歯を食いしばって受ける、というものではないと考えてよいと思います。
——この年代の子どもがうつメリットとして、発症予防効果と重症化を防ぐ効果はあるわけですよね。
このワクチンは、子どもも含めて重症化を防ぐ効果はあります。
一方、子どもは、そもそも感染してもそれほど重症化しません。しかしそれは「絶対に重症化しない」というこということではなく、軽症でも学校を休んだり、何か特別なことに参加ができなくなったりする可能性もあるため、ワクチンを受けるメリットはあると思います。
――インフルエンザのワクチンを子どもにうつかどうかと似た位置付けですかね?
インフルエンザの場合、子どもの場合は任意接種ですから、もっと推奨度は緩いです。受ける受けないは自由ですし、お金も自分で負担します。
一方、コロナワクチンは努力義務が課されず「受けるのはどうぞ自分で決めてください」となっていますが、「大事なワクチンですからお金は国が出します」としている違いがあります。
インフルエンザはほとんど自然に治りますが、多くの人がかかる結果、熱性けいれん、肺炎、急性脳症、異常行動なども出てきます。それを予防する効果が子どもたちのインフルエンザワクチンのメリットになります。
コロナは今のところは大人が中心の病気です、しかし、米国のように多数の子どもの感染者が出ている国では、子どもの重症例の報告も多くなっています。
——「ワクチンをぜひ受けたい」と積極的に思う子どもはあまりいないと思いますが、「絶対いや!」と拒否する子どもは、なおさらうたなくてもいいわけですか?
そういう場合は現段階では接種を受けなくてもよいのではないかと思います。ワクチンに対する不安が強い中で受けると、思いもよらない反応が出ることもあります。注射を受けただけで一時意識を失う、痛みやだるさ、つらさがいつまでも続く、などです。
だからこそ「ワクチンで防いだほうが得なんだ」という気持ちが本人や保護者の中で強くなるまで待っても良いと思います。
今は重症化リスクの高い高齢者がなかなか接種できないことが最大の問題です。本人のためらいもあるかもしれないし、自治体の準備が遅れている問題もあるかもしれませんが、高齢者を優先しなければならない時に、子どもも同時に早く!となると、現場は混乱します。
子どもも焦らずに落ち着いてできる形で接種をする、という意味では、今回の「準備は整えるけれど努力義務を課さない」形は、僕はよかったと思います。
——これが子どもも重症化する新たな変異ウイルスが出てきたら、話は別でしょうか。
ウイルスの変異にかかわらず、子どもの重症例が多くなったり、感染者がどこでも多くなって学校や幼稚園保育園の休校・休園が相次ぐ、となると、「ワクチンで防ぐことのメリット」が高くなってきます。
その時は、努力義務のあるなしにかかわらず、僕も相談されたときには「できるだけ接種を」と強く勧めるでしょう。
だからこそ、いつでも接種ができるように今から形を整えておけば、状況に変化があった時に素早く対応できます。
持病のある子ども「ぜひ接種した方がいい」
——もちろん持病があるなどして重症化リスクの高いお子さんは積極的に接種した方がいいのですよね。
それはぜひ接種した方がいいと思います。感染したらコロナも、もとの病気も重症化するリスクがあるからです。
それを裏付ける明確なデータがあるかといえば、子どもの感染例は少ないので今ははっきりとは言えません。でもこれまでのデータと経験から推測はできます。
仮に自分の子どもが心臓の病気なら必ず接種させますし、自分の診ている患者さんが糖尿病を持っている子どもだったら、「受けた方がいいです。インスリンをうつように我慢してね」と積極的に勧めると思います。
——今回、推奨の強さが小児科の医師の間でも分かれています。アメリカで子どもの患者を診ている先生は積極的に勧めていますね。
アメリカはもともと日本よりも予防接種をものすごく重視している国ですし、実際に子どもの感染例も多く、入院数も多い現実を目の前にしているからだと思います。
日本の状況はアメリカとは違います。もちろん参考にはしますが、「海外でこうやっているから、日本も同じようにやりましょう」と言う必要はないと思います。
落ち着いてうてるよう接種環境も整えて
また、大人と同じようなイメージでワクチン接種をとらえ、「ワクチンを子どもにも早く」と言っている人も多いですが、大人と子どもでは接種のやり方が全然違います。
まず小学生以下の子どもは一人で接種に来ることはありませんし、そうしてはいけないことになっています。接種しないきょうだいが一緒に来ることも珍しくありません。
また、大人は本人に対する説明だけですみませんが、子どもの場合は保護者への説明はもちろん、本人にも「いいよね」と声をかける必要があります。場合によってはお母さんに説明し、お父さんがさらに質問をしてくるのでそれにも答え、その後で後ろにいたおばあさんが「あのー」と質問してくることもあります。
さらに子どもは注射をする時になると、その場から逃げてしまったり、騒いだりして、「大丈夫だよ」となだめても10分や20分くらいは優にかかる子も珍しくありません。もちろん注射の時は、ベテランの看護師さんにきっちりと、かつ優しく抑えてもらうことも必要です。
つまり子どもが大人と同じように「注射ができる」と考えてはいけません。
子どもに対して、穏やかに、落ち着いてできる環境を整えるためにも、今回の推奨度合いはちょうどいいと思います。
——大人のワクチンとは種類や接種量も違いますし、希釈方法なども違うので、取り違えをしない環境作りも必要ですね。
全員接種とならなければ、1バイアル(瓶)を開けると、余ってしまう問題も出てくるかもしれません。確かに予防接種は効率的にやらなければいけませんが、落ち着いてやるためには、その点は目をつぶることも仕方ないかもしれません。
もちろん貴重品ですし、日本だけで贅沢にじゃぶじゃぶ使うわけにはいきません。ワクチンが欲しくても手の届かない国は世界にはたくさんあります。
相手の受け止め方によって答え方は変わる
——先生が5〜11歳のお子さんがいる保護者から相談を持ちかけられたら、どんな言葉をかけますか?
僕がもし自分の患者さんの保護者に、「うちの子接種したいのですが、大丈夫ですかね?」と言われたら、「やってあげますよ。大丈夫です」と答えると思います。
でも、「うちは心配でやりたくないのですが、みんながやれやれと言うのです」と困って相談されたら、「いいですよ。様子を見て」と言うと思います。
つまり、相手の受け止め方によって言い方を変えると思います。
(続く)
【岡部信彦(おかべ・のぶひこ)】川崎市健康安全研究所所長
1971年、東京慈恵会医科大学卒業。同大小児科助手などを経て、1978〜80年、米国テネシー州バンダービルト大学小児科感染症研究室研究員。帰国後、国立小児病院感染科、神奈川県衛生看護専門学校付属病院小児科部長として勤務後、1991〜95年にWHO(世界保健機関)西太平洋地域事務局伝染性疾患予防対策課長を務める。1995年、慈恵医大小児科助教授、97年に国立感染症研究所感染症情報センター室長、2000年、同研究所感染症情報センター長を経て、2012年、現職(当時は川崎市衛生研究所長)。
WHOでは、予防接種の安全性に関する国際諮問委員会(GACVS)委員、西太平洋地域事務局ポリオ根絶認定委員会議長などを務める。日本ワクチン学会名誉会員、日本ウイルス学会理事、アジア小児感染症学会会長など。