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死亡者数を最少に抑えるタイミングで緩和を 西浦博さんが提案する日本の出口戦略

いよいよ始まった新型コロナの第7波ですが、理論疫学者の西浦博さんは、その先にある対策緩和のタイミングを計っています。「8割おじさん」が「0割おじさん」になる日は来るのでしょうか?

いよいよ始まった新型コロナの第7波ですが、理論疫学者の西浦博さんは、その先にある対策緩和のタイミングを計っています。

死亡者数という被害を最小限に抑えたベストなタイミングとは?

それには現在の国民の協力が欠かせないとも語ります。

日本でもコロナ対策から解放される日は来るのでしょうか?

ワクチン頼みから、自然感染戦略への切り替えがどこかで必要

——今回の流行を乗り越えた上でのことですが、その先の出口戦略も考えていらっしゃるのですね。

このグラフはそれぞれの年齢群の人たちが予防接種をして、一定の接種率に達していることを示したものです。

80歳代の人たちの接種率がとても高いのが誇らしいところです。予防接種の政策とは、常に「もっと早い方が良かった」と言われるものですが、もちろんそういう側面はあるものの、自治体が頑張った成果が3回目接種の進み方にも表れていると思います。4回目接種も進んでいます。

他の国が流行対策を緩和する中、日本も何らかの形でいつか緩和するしかない状態になっています。

というのも、単に経済活動や政治的な側面で他の先進国に追随したほうが良いというだけでなく、進化生物学的にも日本は英国を中心とする欧米の緩和政策の判断に影響を受けていることを認識しておくことが必要です。

欧州や米国で緩和が起こると、それらの国では自然に感染する人の数が桁違いに多くなりました。感染者数が多くなるということは、実はウイルスの進化が起こる(変異が起こる)チャンスが多くなる、ということに繋がります。

ウイルスが多くの人の体に侵入して増殖し、その都度、変異の機会があるためです。結果として、オミクロンの派生型が現れてきたように、既存の免疫を回避するウイルスが現れ、それが他を置き換えて流行を起こしてしまうリスクが日に日に高くなりました。

日本で2回目接種までに利用されたワクチンは武漢株から派生したものを利用していますが、オミクロンに対する免疫は低くなってしまいました。

今回ご紹介したポルトガルの話を考えてみて下さい。予防接種率が高くても、得られる免疫が新しい流行株に対応しておらず、新しい流行株は免疫を回避する性質があるので効きが悪くなる一方です。

他方、南アフリカでBA.1やBA.2の自然感染は、3回目接種直後よりも少しだけ強い免疫効果をもたらしました。

今後、BA.5の流行だけでなく、「BA.2.75」という新たな派生型を含めて、さらなる免疫を回避する力を獲得した変異株がやってくる見込みです。派生型が出れば出るほど既存の(過去の予防接種や自然感染による)免疫反応では対処しにくいものがやってくることになります。

ワクチン開発の速度が、緩和によるウイルスの進化速度に追い付いていない以上、どこかで自然感染による免疫を人口レベルで獲得する方針に一気に舵を切らざるを得ない可能性が高いわけです。

そういうことを考えれば、英国は2022年1月に大規模な緩和を決断したわけですが、本来、そういう選択は国際的に協調しつつ実施するべきものです。日本を含む国際社会は、独断で突き進んだ英国に対して苦言を呈さねばならなかったものと考えています。

いずれにしても、みんなの免疫の状況を見ながら、予防接種に頼る方法から自然免疫獲得をも見越して、死亡者数を最少にする方針へ切り替えるタイミングを科学的に測れないか、研究者として考えています。

死亡者を抑えられるタイミングはどこか?

私の研究室で水面下で実施してきた自主的な研究をご紹介しましょう。

このグラフは3回目接種が終わった時に、どれぐらい発病阻止の免疫を持っているか、年齢群ごとに示したものです。特にBA.1やBA.2に対する発病阻止効果を想定して作成したものです。

左端が発病阻止効果です。予防接種の効果と免疫が失われるスピードを加味して計算しています。3回目接種の免疫は現在、かなり落ちている状態にあります。類似のグラフは厚労省のアドバイザリーボードで定期的に報告してきました。

真ん中のグラフは死亡を免れる予防効果です。発病阻止効果ほどすぐには下がりません。かなりゆっくり下がっていくだろうと考えられています。

そして、右端は左と真ん中の二つを合成したものです。「人が感染から逃れるか、あるいは死亡から逃れるかによって、結果として死亡から逃れる人の全割合」ということになります。かなりの人が守られた状態が日本でも一時的に作られたことが見て取れると思います。

ただそれは、今年の後半に行けば行くほど落ちていきます。この図で加味しているのは3回目接種までですが、その後、発病阻止効果は時間とともに失われていくことが影響しています。

死亡から防がれている人が人口中で100%に近ければ、流行が起こっても死亡する人は少なくなりますし、医療も逼迫しません。そのタイミングで緩和することができるのではないかと考え、水面下で計算してきたのです。

4回目接種がなぜ有効かにも関わってくるのですが、右の図の死亡を免れる全免疫はその後何もしなければだんだん落ちてきます。一時期には人口の9割を超えていたのが、4回目接種が一切ないと、今年末には7割5分になります。それは人口レベルでは相当なインパクトがある話となります。

これらの図はBA.2の免疫を計算したものであり、残念ながらBA.5に関しては、計算される免疫保持者の数値は少し落ちると考えられます。まだ研究室で作成中ですが、BA.5流行開始後に全年齢群で発病阻止効果が下がる、ということになります。

BA.5の死亡についてはエビデンスが乏しすぎて計算困難な状況で、今後のデータ蓄積が待たれます。

人口全体で免疫はできてきていますが、オミクロンが現れた時にも注目しておくことが必要です。これまでのデルタから一変して、一気に予防効果がストンと下がっています。

今後、オミクロンのような進化系統が遠い変異株が新たに現れてくると人口内の免疫度がかなり振り戻されることになります。

4回目接種が3回目並みだったら

4回目接種をすると、70代〜90代が保持する免疫が、発病に対しても、死亡に対してもポコッと上がるのです。

繰り返してうてばうつほど、中和抗体価は高くなります。もちろん、既存の株とくらべてBA.5に対する中和抗体価は少し落ちるでしょう。

それでも、4回目接種をすると、しない時と比べて免疫状態を高く保てて、死亡しやすい人たちをしばらくは守ることに役立つと予期されます。その重要度がわかってもらえると思います。

ワクチンで防いだ死亡者

いま、死亡から防がれている全割合はわかっているので、感染した時に死亡するリスクを追加で考えてみます。全感染者中の死亡者の割合を意味する「感染時致命割合(IFR)」は年齢群別でわかっています。

ここで理論的な話を考えます。現実にはあり得ないのですが、仮にある日に感染し得る人が1日で一気に全員感染した場合のシナリオを考えます。その時、日本全体で何人ぐらい死亡し得るのかは、死亡し得る人の数に年齢群別のIFRを掛けることで計算できます。

このグラフはその潜在死亡数をみたものですが、横軸の左端が2021年です。アルファが流行し、その後、夏にかけてデルタが置き換わる頃です。

紫の80歳代が目立ちますが、これが劇的に2度下がっていますね。それぞれのタイミングは、2回接種が終わった時と、3回接種が終わった時です。

3回接種を早く進めるのがいかに重要だったかは、2回目接種の後に潜在的な死亡者数が上がっている様子を見てもわかると思います。

昨年、BuzzFeedでリスク評価を紹介するインタビューでも、第3波で大阪・兵庫はすぐ緊急事態宣言を出してほしいと言ったりオリンピックの議論をしたりしていましたね。

なぜ必死にそういうことを言っていたのか、これを見ていただければわかるのではないでしょうか? 潜在的な死亡者数が桁違いに大きかったわけです。

やはり全員が感染しかねない流行リスクが一定の度合いであると、大規模な死亡者が出ると考えてきました。

国は、その状況をこれまでに一変させてきてくれました。予防接種を続け、繰り返すことによって、どんどんリスクを小さくすることができてきたのです。

そしてIFRもインフルエンザと比較できるぐらいまでになってきました。ただ、潜在的な死亡者数は、免疫の状況にもよりますが、現時点でまだインフルエンザより大きいです。

免疫がピークになった時が緩和のベストなタイミング

そして、これは「感染から逃れるか、死亡から逃れるかした人の全割合」の図ですが、これからどうするかを考える材料になります。

緑の矢印が今ぐらいで、青の矢印が4回目接種が終了した9月過ぎぐらいです。

これは4回目接種が3回目相当の接種率だった場合の、BA.2の感染か死亡から逃れられる免疫を持つ人の割合です。

何らかの緩和を決断しなければならないのだったら、この図の青矢印が指し示すピークを迎えた段階で一気にやれば、被害規模が最小に留められると考えられます。

集団の免疫を見ながら決断できますよ、とここでは示しているわけです。

これまでに日本でそういうチャンスがあったのが、3月末ぐらいなのがわかるでしょうか。ほとんどの人、特に高齢者が免疫を得たのがそのタイミングでした。

いま、BA.5が迫りくる中で、その人たちの免疫が少し落ちてきました。4回目をうてばまた一時的ですが免疫が上がって、BA.5の流行を凌ぐことにつながります。

科学的な出口戦略を

科学的に政策を考えるなら、「4回目接種を終えて人口内の死亡を逃れる免疫度がピークになったら必ず緩和をするから、今だけ行動制限に協力してください」というやり方がベストだと考えられます。ゴール地点について、科学と政治が手を取り合ってこれを決定する、ということはできなくないのです。

雰囲気だけに押されてものごとを決めていると、余分な死亡を不作為で生み出すことにつながります。それはかなりもったいない。

今のところ、このような集団レベルの免疫の推移を踏まえた上での科学的な政策決定が実現される見込みはないわけですが....。

専門家のリーダー格の先生方が、価値判断の一部を実施せざるを得ないのが流行の最初の頃からの問題点でした。こういった緩和の流れも、データを詳細に見た上で決断するのではなく、政治日程などに左右されて泥縄式に決まるのであれば、やはりもったいないと思います。

社会全体で合意できるなら、しっかりと計画した上で、死亡を最少にしながらどこかで出口を作る。

どこかで出口を作るしかないのです。BA.5の流行では、自然感染で免疫がついた方が死亡が少ない事例が出てきたこともあります。どこかで緩和と自然感染による免疫を求めざるを得ないわけですが、その時の出口は計画的に4回目接種を進めることで実現しそうです。少なくとも私の目にはそう見えます。

科学的な議論の可能性を皆さんにお伝えしてきましたが、皆さんには現状の免疫状況が昨年の同時期よりも相当に良いことを率直に喜んでいただきたいと思います。

皆さんの協力が得られたので、大量死を起こすことなく日本は2回目接種までを終えたことがわかりますよね。科学者の1人として、そのことを皆さんに感謝したいと思っています。

そして、パンデミックが続くことはともかく、社会活動を緩和することはいずれにしても遠くない日の話なのだと実感いただけると思います。未来は明るいのです。

他方、オミクロンが現れてきた時のような進化系統の遠い変異株がまた出てくれば、一気に様相が変わり得るというのも、この計算が指し示す特徴です。

ですから、これまでの株に対しては対策を緩和できるけれど、法制度上では「いつでも基本的対処方針が使える」ような対応に戻すこともできる、という柔軟なものを徹底しなければならないと思います。

——具体的には今、一時的に行動制限に耐えて4回目接種を進めたら、9月には全面緩和ができるかもしれないということですね。でもその意思決定がなされるかはわからない。

未来におけるこの国の意思決定の問題はここではもう言わないことにします。

既に起こったことで1点だけ。いま、とても大きな問題意識を持っているのは、政治的な決断がはっきりとなされずに、行政の人が黙って徐々に対策を事実上緩めていったことです。

死亡者増に繋がりかねない価値判断は決して感染症専門家や行政担当者ができるものではないことを考えると、忖度的に対策が決められていったことは決して健康的ではないし、この流行を通じてこの国が変われなかった部分の現れなのかもしれません。

僕らの学びや人生を豊かに作り、この国をずっと支え続けてきた親や祖父母世代が後期高齢者です。そうやって育ててくれた高齢者に繋がった命綱を黙って外すことなんて私たちには絶対にできない。議論は全然尽くされていないと思うのです。

どこかでこういうデータを見ながら政治と科学が手を取り合い、世界から称賛されている「死亡が少ない国」の状態を維持しながらゴールを目指すことが本当はできるんだけどな...と思っています。

(終わり)

【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授

2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。

専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。