世界中で感染拡大が進みながら、一歩一歩開催に近づいていく東京五輪。
直前に開かれた国際的なサッカーの試合でも、多くの感染者が出て、ますます不安は高まっている。
私たちは、日本にいる人の、そして日本に迎える人たちの命を守ることができるのだろうか?

BuzzFeed Japan Medicalは、京都大学大学院医学研究科教授の理論疫学者、西浦博さんに、命を守るために今からでも何ができるのか聞いた。
※インタビューは7月6日午後にZoomで行い、その後もやり取りして書いている。
国際的なサッカー選手権で感染者が続発
ーー6月から開かれているUEFA 欧州サッカー選手権で感染者がたくさん出たのはショッキングな出来事でした。先生はこの国際スポーツイベントに注目したそうですが、なぜですか?
2つ理由があります。
マスギャザリングと呼ばれる大勢の人々が一堂に会する国際的なイベントにおいて、これだけの規模の感染者数が記録されているのは、世界でも初の例ではないかと思います。
つまり「こういうイベントは危ないよ」と警告してきたけれど、本当に危なかったことが実証されました。特にサッカーの試合では、観客はベロベロに酔います。
僕もヨーロッパでの滞在が長かったので、サッカーの試合後のスタジアムの周りは、ゴミや酒、それから吐物の匂いが残り、直接伝播する感染症の制御が一番できなさそうなイベントだと実感してきました。
そういう中では、「やっぱりね」と言いたくなるぐらい伝播が起こりました。マスギャザリングのイベントを通じた伝播を観察するには貴重なデータです。
もう一つは、それが複数の場所で開催され、デルタ株の影響で伝播が容易になっている可能性さえ感じさせるのは極めて重要な観察情報でした。
フィンランドからロシアに応援に行った4500人から6000人の観客中、少なくともフィンランド人300人が感染したのもそうです。
また、スコットランドからロンドンのウェンブリースタジアムに行った観客も大勢が感染しました。スコットランドの1991人の症例のうち、3分の2が6月18日にロンドンを訪問し、397人がウェンブリーで観戦したのです。おそらくその中で感染拡大が起きました。
実はこのスコットランド人の感染データは、「Public Health Scotland(スコットランド公衆衛生局)の公式見解であることが重要です。これは政府の下部組織です。この報告書に僕はほれぼれしました。
このデータが素晴らしいのは、科学に誠実に、期間中にロンドンに試合を見に行ったかを一例一例聞き取り調査をしているところです。濃厚接触者についても聞いています。
日本ではオリンピックでの感染を報告したら、政府の人に睨まれるかもしれません。そしてこうした調査は日本のオリンピックでは計画されていません。
日本では、五輪でいくら感染が起きても、政府が「五輪とは因果関係がない」と言い張る可能性があります。五輪期間中に調べておいて、各自治体に調査の号令もかけられますが、組織委員会はそういう予定はたてていない。
国立感染症研究所の皆さんとも似たような内容について調査を実施できないか相談しました。既に、オリパラに関連する強化サーベイランスは行われることになっています。感染者の登録をするHER-SYS(新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム)に、アスリートや大会関係者は別に登録することになっています。
しかし、今のところ観客や街ゆく人の行動歴は必ずしも登録されず、地方自治体頼みの状態になっています。しかも、もし感染拡大の火が五輪で起きた時に、火消し隊のような活動は自治体と、(要請があれば)感染研のキャパシティ内での活動に委ねられているのが実態です。
さらに日本では国際的な接触者調査は必ずしも綿密に計画されていません。厚生労働省の組織が感染研と連絡しながら、相手国と情報交換することになっていますが、果たしてそのキャパシティ内で対応できる感染者数に留まるでしょうか。
1.強制的な外出禁止の法制化を
ーーこの夏は様々なところで感染対策上の問題があることがわかりました。このリスクに対し、私たちは何ができるでしょうか?
タブーに触れる勇気をもって、早急に様々な対策を検討する必要があります。
まずは、緊急事態宣言で感染者数を減らせなかったらどうするのか。
外出禁止を要請ベースではなく、強制的に守ってもらうための法整備が至急、必要だと思います。
このままだと対策は要請ベースで行わなければならないわけですが、皆さんがそれで聞いてくれなかったら大きな流行になります。
その時に諦められるのかと考えると、おそらくそんなことはないでしょう。医療崩壊の足音が大きくなる中で、国民はきっと「なんとかしてほしい」と思うでしょうね。
外出を禁止するのは有事法制になると思います。やはりこれを準備しておいて頂かないと困る。「この後に何も打つ手がないけれどどうしようか」という不安を抱えながらここまできてしまったのは、不健康なことです。
もう後がない選択肢を今打つべきか判断が迫られていて、それも効果が怪しい。持続期間も心許ない。
少なくとも可能なことを急ぎ整備する努力が必要なのではないでしょうか。すぐ使うということではなく、刀が切れなくなった時に、なんとか別の選択肢も用意しておきたいということです。
2,学校閉鎖、自主休校を至急検討
ーー2つ目として、学校閉鎖や自主休校を至急検討するよう訴えていますね。これはデルタ株が子どもにもうつりやすいということですか?
そうです。今、東京のデータで注目されるべきは、先週の時点の東京都の発症日別、年齢群別の感染者数の増減です。

点線より右側は、報告の遅れがあるので今後も積もってきます。65歳以上は予防接種も行き渡っているし、横ばいから少し増えているかなという程度ですが、他の年齢群は増えています。
その中でも顕著に増えているのは未成年です。特に未成年でも小中高の人たちの増加のスピードが、他の年齢群と比べると高いです。
他の都道府県でも学校で増えているという話が聞こえ始めています。デルタ株の特徴として、子どもを発病させやすいという特徴があるのです。ここまでの東京のデータでは、それが裏付けられているような数値が出ています。
ーー子どもは重症化しないのでしょうか? 他の人へウイルスを媒介してしまう伝播の可能性が問題なのですか?
はい。乳幼児は重症化し得ることが知られています。もっと広い意味での子供が重症化するかどうかはアルファ株のデータも含めて見直していますが、もちろん全く重症化しないことはないです。重症化、死亡に至りそうな人のデータは表に出てきづらいので、今後整理しようと思っています。
一方、小中学生は軽症がほとんどです。この年齢層の感染者数を抑えておかなければいけないのは、まさに伝播の核になり、他の年齢群にも感染が波及するのを防ぐためです。デルタ株の拡大を抑えるために、学校閉鎖は相当有効な可能性があります。
これまでは学校閉鎖について触れると、文部科学省が会議に出席して抵抗し、専門家の中にも慎重な人たちがいました。
もちろん子どもの学習機会を尊重することは重要ですが、今の東京のデータをみる限りは、小中高生の中で感染が広がり、維持される可能性が高い。このリスクに正面から向かい合う必要があると思います。
分析した上で、その実効性に関して急ぎ検討した方がいい。感染対策上、良い要素としては、オリンピックが開幕する前に夏休みになることはあります。
3.東京五輪は今からでも中止を
ーー最後は「東京五輪の中止」ですね。
政治的に見ると、皆さん「もう中止はない」という言い方をするのですが、やはりリスクを見る立場からすると、中止することが最もリスクの低い選択肢であることを主張しないわけにはいきません。
この状況でスポーツの祭典が行われると、皆さんの安全が保障できない。流行状況が悪い中で、東京五輪が実効性の高い対策の足かせになりまくっているのも経過からご覧になる通りです。
緊急事態宣言を発する時に、もしその効果がなかった場合のプランB(代替策)がありません。
国際的にもすごく制御が難しい状態にある中で、開催してしまって、仮に感染者が一定数出た時に、どう責任を取るのかと思います。
今でさえ、政治から「今のこの状況でどうして五輪を開催するのか」という説明がないわけです。それがない限りは、「どうして遅らせることができないのか。あと少し待つだけで予防接種も行き渡るのに」という疑問は、絶対に払拭されないと思います。
僕の理解している限りでは、中止をしないのは違約金の問題などお金がからむ問題があるし、たくさんのアスリートが絡んでいる問題もある。またこのまま進んで「冬の北京五輪が成功したのに日本はできなかった」という話になると、政権の人気に陰りが出るという懸念もある。おそらくそれは事実なのでしょう。
しかし、僕から言わせると、北京五輪の開催も相当厳しいと思っています。
このウイルスは冬季に伝播しやすい。冬季に人口密度の高いところで開催し、予防接種も中国の場合はシノバックやシノファームなどの不活化ワクチンです。不活化ワクチンでそもそも有効性が限られている中、さらに変異ウイルスに対する有効性も保証されていません。
そうしたことから、北京五輪も開催は結構厳しいと思います。
現状を見て、僕が想定する最悪のシナリオはこうです。
日本は科学を半ば無視してオリンピックを強行しようとしているので、流行状況が悪くなって止められないまま、感染拡大してしまう。それを見て、中国は科学的に判断して2年延期して大成功を収めるーー。
このシナリオは日本の科学の終焉さえ暗示しています。さすがにこのシナリオは避けたい。政治家に腹を切ってもらうだけでは済まない悪いシナリオです。
先日、この春、医療崩壊した大阪の流行について話しましたが、もっと詳細な死亡リスクに関する分析も今後、報告されていくと思います。
他の研究者の中には新型コロナウイルス感染症に起因する直接死亡だけでなく間接死亡を検討しているグループもあります。第4波の流行で間接死亡が出ないはずがない。他の疾患で医療を受けたかった方が十分な医療を受けられずに死亡する傾向があったはずです。
その大阪の状況に近いことに、東京がなり得ます。その方向に流行が進んでいます。リスクを分析する者として、率直に今の状況は危ないと思います。五輪をその状況下で開催し、それが影響して対策も十分に判断できない。それは本当に危ない。
その懸念に対して、今、政府が小出しにしている観客の対策も玉虫色すぎます。きっちり無観客ではなく、会場が一定程度大きいところのみで無観客とか、関係者は入れますとか、いろんなところで骨を抜かれた内容になっています。
リスクを分析する者としては、今のリスク認識のまま五輪に突っ込むことに対しては率直に危ないと主張せざるを得ない。また、少なくともなぜ突っ込むのか政府から説明がないと、要請ベースの政策は破綻します。
説明しないなら説明しないで、政策が破綻した時の準備ぐらいはしておいてもらいたいと思います。
【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授
2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。
専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。
趣味はジョギング。主な関心事はダイエット。