日々、過去最高の新規感染者数を更新している新型コロナ第6波。
感染者の増加は頭打ちしそうなデータも出ているが、今後、心配なのは感染者数の高止まりが続くことや、再上昇だ。流行の後半、高齢感染者が増えることによって重症者や死亡者が増える恐れもある。
まん延防止等重点措置が全国で出される中、緊急事態宣言を求める声も聞かれるが、それは本当に必要なのだろうか?
そして我々が今できる対策は何か。
BuzzFeed Japan Medicalは、京都大学大学院医学研究科教授の理論疫学者、西浦博さんに聞いた。
※インタビューは2月3日午後に行い、その時点の情報に基づいている。
緊急事態宣言を効果的に打つ時期は逸した
——全国各地でまん延防止等重点措置が出されていますが、この効果についてはどう評価していますか?
スローダウンさせる効果はあるでしょうね。第4波の流行が続いている時のインタビューで、僕は大阪の流行に対して「緊急事態宣言をすぐ打つべきだ」と話したと思います。その時に「重点措置は効かないのか」と聞かれたはずですが、スローダウンはすると思うという話をしました。
実際、流行曲線を後から見ても、実効再生産数が1に近いところまで近づきました。みなさんも「流行している」と認識して接触を避けた効果が当時はありました。
だから全く対策を打たない状況と比べると、重点措置は相当良いのだと思います。
イギリスは少し対策をしていますが、米国では対策をせずにいたら酷いことになりました。例えば、ニューヨークの流行規模はすさまじいものでした。
オミクロンの流行で人口あたりの感染規模を比べると日本はかなり小さいです。人口あたりの数で言うと、日本は新規感染者数で南アフリカは追い越しましたが、それを少し越えたぐらいでピークが来そうです。
その要因は全て紐解くことはできませんが、重点措置がある程度効いているのだろうと思います。
——岸田首相は、緊急事態宣言について「現時点では検討していない」と言っています。緊急事態宣言の必要性についてはどう考えますか?
これまでの流行では、緊急事態宣言を出すことによって抑制策を行ってきました。感染者が増えすぎそうだったらドンッとハンマーで叩いて、流行そのものを抑制することによって病床逼迫を防いできたのです。
でもオミクロンに関しては、厳しい言い方をすると、抑制政策を取って十分な利益が得られる時期を逸してしまったと思います。抑制策が効率的なのは実効再生産数が1より上の時期です。
これまでずっと述べてきましたが、オミクロンはピークが早いので、流行を抑制するならばピークが見えるだいぶん前に即座に強い対策を打つのが最も効果的でした。ただ実際に実行できたかと言えばなかなか厳しかったでしょう。
問われる政策決定のあり方
専門家が公に話すトーンを思い出してみてもその一端が見えるのです。
12月後半の段階で僕が言えたことは、一般のみなさんと専門家の間で見えている景色が全く違うということでした。尾身茂先生も、「できれば帰省も考え直すことも一つ」というトーンで年末ギリギリに警鐘を鳴らすのが精一杯でした。
あくまで個人的見解ですが、当時は「これから流行が始まるので、即座に強い対策を」と働きかけることが科学に基づく政策判断として準備・実効できたかというと、日本ではとても無理ではなかったかと思います。
日本の政策は科学的な判断をもとに素早く決断するというよりは、次第に雰囲気が醸成されて、国民のお気持ちを聴いた上で、世論が「それで良い」となれば実施するという動き方をしがちです。
つまり、世間の考え方がかなり大事で、それに加えて社会経済的なインパクトも考えることが必要なわけですから、決して科学だけでは判断できないのですよね。
この政策決定の方法がより高いレベルで前に進むためには、市民参加が必要なのだと思います。積極的に市民に新型コロナについて関心を持ってもらい、対話に参加してもらうことがリスクコミュニケーションの上で大事です。
「お気持ち」を大切にする割に、そういう習慣が必ずしも醸成されてこなかったのは日本の反省点だと思います。
——国民性の問題ですかね。政治の形ですかね。
両方あると思います。政治は責任を取らない形での政策の打ち方をする癖があると思います。第1波から感じていることです。一方、国民は国民で任せきりなのですね。
——効果的なタイミングで宣言を打つ時期を逸したとすると、今後、「重点措置では歯止めが掛からないから宣言を」という声が高まったとしても、「打ち損」になるのですかね?
そこはすごく難しいところです。遅ければ遅いほど効果は低くなります。ただし、効果がないわけではありません。高齢者の感染を減らすために役立つとか、新規感染者の減少が加速されるとか、一定の見える効果はあるかもしれませんが、流行の始まりにうつ宣言と比べると効果は相当落ちます。
そうすると社会経済的な悪影響を正当化するような効果がどんどん得られにくくなる、というわけです。
政府が「宣言は慎重に考えます」という姿勢を明確にしたのならば、この後、医療提供体制が逼迫する事態が起きた場合、そこから打つことは科学的に支持されません。医療現場の惨状が見ていられないからパニックになって打つということになれば間違いが起きます。「もう見てられない」という状況は流行前半には変え得るのですが、後半部では対応困難なのです。
流行が高止まりし過ぎてどうしても感染者数が減らないとか、再上昇することがない限り、宣言をしないほうが良いのかもしれません。
「自分の身は自分で守ろう」今、求められるのは個人レベルの防御
——となると、現時点で我々は何ができるのでしょうか?
日本は、今の状態のまま、この流行を駆け抜けそうなので、ここで専門家としてアドバイスできることがあるとすれば、個人レベルの行動で防御することが重要になると思います。
「自分は感染したくない」とか、感染すると重症化し得るとわかっている人は、いまこの時に限って、感染する機会をとにかく避けるのが良いと思います。
特に、高齢者の人たちです。
保健所の友人たちに聞くと、今のような流行状況であっても、「老人会で感染してクラスターになった」とか、高齢の方が街歩きをして喫茶店に入って、咳をしている人の隣で本を読んでいて感染したなどという話がたくさんあるようです。
あるいは、生産年齢の方でも「熱が出て怪しかったけど解熱して出社しました」という話がごまんとありそうです。
「オミクロンは軽症である」と言い過ぎている今の状況には問題意識を持っています。ピークに近い時期は最もリスクが高い時なので、重症化リスクの高い高齢者や肥満の人、持病のある人はかなり気をつけた方が良い時期です。京都大学の古瀬祐気先生の予測ツールを使ってみてほしいです。
イベントを開催する時に、何人のイベントを開催すれば、その中に何人の感染性を持っている人がいるかを計算できるようになっています。
簡単に言うと、例えば今、新規に感染する人が人口の0.1%いるとします。皆さん10日間は感染性を持つので10倍すると、イベントをした時に感染性を持つ人が参加者のうち何%いるかの答えになります。
極端に流行レベルが高いフランスで言えば、1日あたりの新規感染者が人口の0.5%になっている時期がありました。ということは、その10倍で、街の中で5%、つまり20分の1の人が感染性を持っている状態にあった、ということになります。
この状態になり得るのが流行のピークです。若者の多い繁華街で食事を取るリスクは、その人たちの感染リスクが人口全体よりも高いことを考えるとさらに感染リスクは高くなります。今はそれぐらいの感染リスクが都市にあることを意識する必要があります。
今までは高齢者が巣ごもりをするとフレイル(心身が弱った状態)になると言われ、皆さん気にしていました。
しかしここまでの流行規模になるとそんなことは言っていられません。
高齢者クラスターの対応をした保健所の担当者の意見を代弁すると、「今はフレイルを気にしている段階ではないです。今はとにかく感染しないことを最優先に考える段階です」ということです。
2月中は出かけないと決めても構わないぐらい、感染リスクの高い時期だと認識していただくと良いと思います。
——街中で飲食をするようなお出かけをしないでという意味で、近所を一人で散歩する分には大丈夫なわけですよね。
そうです。近所の散歩や買い物はどうしてもしなければいけません。ただ、ちょっと出かけるつもりでも、途中で1時間ほど屋内で座ってお茶を飲む機会があったり、屋内のレストラン等でお友達としばらく話をしたりすれば、リスクが高くなると知ってほしい。
- 屋内で
- 長い時間
- おしゃべりなど飛沫が飛びやすい状態
これがリスクが高いことは、これまで皆さんも学んできたことです。オミクロンでも基本は変わっていません。感染したくない、感染したら困るという人は、それを避ける努力をしていただきたいです。
ワクチン、3回目接種は大事
——ワクチン3回接種はやはりやった方がいいですかね?
死亡を防ぐという意味では3回目の接種は相当効いている、というデータが複数の国で出てきています。
僕の個人的な本音を話すと、75歳以上の人にとって、健康で生きがいのある余命は若い人と比べると短いかもしれませんが、この感染症で死ぬ必要はないと思います。
皆さん、それぞれ意味のある人生を送ってきた中で、いろんな生きる理由や意味を回りの人たちも見つけながら、いつか消えていく。それを急にコロナで終わらされるのはあまりにももったいない。ぜひその気持ちを伝えたいです。
とにかく今気をつけるべきは、高齢者、基礎疾患のある人、肥満のある人です。オミクロンに関しては明けない夜はありません。2月はとにかく気をつけて過ごして、終わりが見えてくるまでは注意を続けていただきたいと思います。
(終わり)
【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授
2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。
専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。