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「大麻を使うことの一番の害は、逮捕されること」 松本俊彦さんが戒める「支援者の傲慢」とは?

大麻の「使用罪」創設が議論される中、罰則に賛同する医師のインタビュー記事にさまざまな批判の声を頂きました。支援者が大麻使用者の罰を願うのは、何が問題なのか? 依存症診療の第一人者、松本俊彦さんに聞きました。

大麻を使う人を支援するために、罰則は必要なのだろうか?

大麻の「使用罪」を新たに設ける方向で検討が進められている厚生労働省の審議会「大麻規制検討小委員会」。

「なんらかの罰則が必要」と発言している委員、神奈川県立精神医療センター依存症診療科・依存症研究室・副院長小林桜児さんのインタビュー(前編後編)を掲載したところ、当事者を中心にさまざまな批判が巻き起こった。

小委員会の前段の「大麻等の薬物対策のあり方検討会」で委員を務め、「使用罪の創設には反対」と発言していた国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長の松本俊彦さんは、小林さんの主張をどう読んだのだろう。

BuzzFeed Japan Medicalは、松本さんに話を聞いた。

委員交代、「使用罪」創設ありき?

——まず、小林先生のインタビューを読んで何を感じましたか?

色々気になる点や反論があるのですが、一番気になったのは「使用罪を作りたい」という厚労省の思惑の下、委員が恣意的に選ばれたかのような発言をしていることです。

僕が参加した昨年の「大麻等の薬物対策のあり方検討会」の報告書では、大麻の「使用罪」創設については意見が一致しなかったと書かれています。どちらにすべしという結論は書かれていない。それを受けての規制検討小委員会のはずです。

——ところが最初から「使用罪」創設ありきで議論が進んでいるのに、取材者としても非常に驚きました。

使用罪ありきで委員が選ばれていると、小林委員自身が明らかにしているので、この小委員会自体が妥当なものなのかという疑いが芽生えます。

1本釣りで委員を選ぶことについては、厚労省に限らず各省庁の委員会で問題になっていますが、そこの疑義が生じました。

「大麻完全無罪」論者ではない 新たに刑罰を設けるのに反対しているだけ

僕は依存症の回復支援プログラムを一緒に作るなど、小林先生と仕事をしてきて、スタート地点では同じような考え方だったと感じています。もしかしたら今でも同じ考え方のところはあるのかもしれません。

でも、大麻の使用罪については、どうしてこんなに変わったのかと驚きました。彼が考えている精神科医療のあり方とは齟齬があります。主張全体が支離滅裂な感じだと受け止めざるを得ませんでした。

まず自分自身については「患者さんを直接診ることが減っている」と指摘されましたが、なんだかいろいろと勝手な憶測で語りすぎていますね。記事が出た日も僕は外来で80人あまりの患者さんを診ていて、終了が時間外となってスタッフに迷惑をかけてしまいました。うちの病院の医師の中でも患者を診ている数はかなり多い方ではないかと思います。

また、僕が「完全無罪」を唱えて「大麻は合法化していいじゃないか」と言っているかのような論調だったのですが、決してそうではありません。「使用罪」の創設に反対しているだけです。

もちろん薬物を法律で規制することや、自己使用について規制することについては色々な思いがあります。しかし、現時点の日本において完全無罪論が正しいと言っているわけではありません。

ただ、国際的な潮流の中で、薬物政策の厳罰化に対する反省はかなり高まっていますし、新たに刑罰を設ける医学的および社会的根拠も不十分です。

大麻取締法で検挙される人は増えていますし、我々が行なった地域住民調査でも、一般住民における大麻の生涯経験率は微増ではありますが増えています。

脱法ハーブが下火になって以降、大麻を使う人が増えているのは事実なんだろうと思います。

ただそれに伴って交通事故が増えているとか、大麻による精神面の問題で受診する患者さんが増えているかというと、そんなデータはありません。交通事故はむしろ減っているし、大麻の関連障害の患者さんの数は、我々の調査では横ばいです。

確かにアメリカのコロラド州で、嗜好用の大麻が合法化してから交通事故が増えたという報告はありますが、その後、さまざまな州が合法化する中で、交通事故は増えていないという報告もたくさん出ています。

このように立法の根拠が明らかになっていない中で、何もこのタイミングで新たに薬物関連の法律を増やさなくてもいいのではないかと考えているわけです。

脱法ハーブの時はさまざまな社会的な問題が起きました。しかし大麻については暴力や交通事故の報道はあまり耳にしていないと思います。

使用罪を作らなくても、既にある所持罪だけでも、多くの人に「日本は大麻を許容していない」というメッセージは十分伝わっています。実際に多くの人が逮捕されているのに、さらに多くの人を逮捕するための刑罰を緊急に作る必要はないのではないかと僕は言っているのです。

そこは誤解してほしくないです。

大麻を使うことの一番の害は「大麻取締法で逮捕されること」

——小林先生も「大麻だけの使用では困ることは少ない」とおっしゃっていて共通しているなと思いました。

大麻だけを使っていてもあまり病院には来ないのは確かです。ただ僕の病院は都内にありますし、自分自身が社会に向けて啓発的なメッセージを普段から出していることもあって、ちょっとしたことでも受診する人は増えています。

この5年ぐらいで激増したのは、大麻取締法で逮捕された人が保釈直後から回復プログラムに参加し、裁判まで通院を続けるケースです。

そういう方との出会いは、これまで自分が思い込んでいたことが間違いだったかもしれないと気づくきっかけになりました。つまり、大麻を使うことの一番の害は健康被害ではなく、大麻取締法によって逮捕されることだということです。

——小林先生の分析だと、パーティーとか何かあった時にだけ使う「機会使用者」と、元々トラウマなどを抱えている人が自己治療的に大麻を使って、どんどん依存していく人がいるという話でした。それはどうですか?

確かにヘビーユーザーの人は元々精神疾患やトラウマを抱えている人が多い。でもそういう人たちは以前から病院に来ています。困っているからです。ある時期は大麻でどうにかなったけど、そのうち大麻だけでは心理的苦痛をどうにも解決できなくなって来るのです。

「おせっかい」ではなく「人権侵害」

——小林先生は、大麻使用だけでは困らないから、罰則で困りごとを作って早期に介入した方がいいという考え方でした。確かに問題が深刻になってから精神科医が介入するより、早期に介入した方が回復しやすいという説明は納得できそうですが、どう思いますか?

大麻を従来の薬物と同様に考えているならば、なんとなく納得してしまうと思います。

でも、患者さんから教わって学んだ大麻の印象と、正高佑志先生と一緒に行なったネット調査で確認したことによると、これまで病院に受診してきた大麻使用者は、全大麻使用者の氷山の一角にすぎないということを改めて思い知らされました。その意味では、もしかするとタバコの方が大麻より害があるような気もします。喫煙者の私が言うのもなんなのですが。

タバコを吸い続けて困ったことはないです。もちろん人から嫌われたり、喫煙所が少なくて困ったりはしています。「喫煙者はけしからんから、サンクション(罰則)を与えるぞ」と刑罰ができたら、確かに困り感は増すと思います。

その結果、吸う機会は減り、肺がんになるリスクも下がるのかもしれません。でもそれは正直言って、「余計なお世話」だと思います。

——酒飲みとしてもアルコールにそんな刑罰が設けられたら、「健康を守ってくれてありがとう」ではなく、「余計なお世話だ」と思うでしょうね。

アルコールにしてもそうですね。健康にとってはやめたほうがいいのかもしれませんが、家族も文句を言っていないし、仕事もうまくいっているのだから、いいじゃないかよ!という気がします。「愚行権」という言葉もありますよね。

刑法は、他人に迷惑をかける行為に対して、コミュニティを守るために刑事罰によってコントロールするためのものだと思います。

自分の健康を損なったり、自傷行為をしたりすることによって刑事罰を与えれば、「おせっかい」というよりは「人権侵害」になるのではないかと思います。

——タバコであれば、喫煙場所が少なくなったり、受動喫煙防止で飲食店で吸えなくなったりすることが、喫煙者に吸うのをやめさせるきっかけになっていますね。

まさに「困り感」ですね。そうなっています。

—喫煙は健康に悪いという社会の合意があって、喫煙者からすれば「余計なお世話」でしょうけれど、結果的に禁煙と病気予防に役立っていますね。

タバコに対して国民が持っている嫌悪感や憎しみの感情のようなものが後押しして、そうなっていますよね。政策はそのように社会の偏見も影響して決まるものなのだろうとは思います。

でも、それは刑事罰ではないですよね?

「困り感」を作り出し、治療・支援のニーズを掘り起こすためのサンクションというのは本末転倒ですし、倫理的に問題があります。「マッチポンプ」です。

大麻だけで行政罰、作ることができる?

——大麻について、今議論している「使用罪」のような刑罰ではなく、小林先生が主張されているタバコ関連の行政罰のような「困り感」を作るのであれば、どう思いますか?

それは一見すると妙案のように思われるかもしれませんが、例えば行政罰で「過料」が付くので有名なのは、千代田区の歩きタバコ禁止条例ですね。また、転入届や転出届を期間内に終わらせないと、罰金の対象になります。

それを同じようなことを、大麻の使用に科して、国民や今の委員会が納得するのでしょうか?

そもそも大麻規制検討小委員会にそこまで決める権限があるのかは分かりません。

中には交通事故と同じように、反則金という考え方を取り入れようと語る人もいます。支払いをしないと刑事手続きに移行する。そういうやり方で前科を作らない形にしていくのかもしれません。

ただ、使用罪に対しては行政罰で、所持に関しては刑事罰とすれば、法的な整合性が成り立つのかどうか。

さらに言えば、国民がそれで納得するかです。使用した場合は千代田区の歩きタバコ条例と同じ、でも所持していた場合は普通の刑事手続きになるとなれば、かえって、「大麻は使うだけなら大丈夫です」というメッセージになるのではないか。

そう考えると、何も今から拙速に作らなくていいじゃないかと思うのですね。

——小林先生が小委員会で「行政罰のようなものを」と発言した時の厚労省の回答は、「他の薬物との整合性が取れない」ということでした。行政罰というアイディアは一蹴され、「使用罪」では前科も付くし、刑務所にも入れるのだろうと思います。

それは厚労省としては当然だと思います。大麻の「使用」だけ形を変えれば、方針がぶれてしまうでしょう。

それにしても、行政罰でいいじゃないか、と主張したことで、使用罪を容認してしまったことの責任はきわめて重大です。僕らの時の検討会では他にも医師がいましたが、今回は彼しかいない中でこの発言ですからね。

10年、20年先の話になるかもしれませんが、国際的な外交圧力でわが国も大麻の取り扱いが変わらざるをえない時期が来るだろうと予想しています。そのときに、今回の一連の議論において、誰が何といっていたのかが議論される日も来るでしょう。

一方で、今回の小林先生の記事に対する支援者や当事者の反響を読んでいて、うれしかったこともあります。この数年で、随分世の中の人の声が大きく変わったということです。だんだん薬物問題に対する意識は変わってきています。

その状況の中で、依存症患者を診ている医師が「使用罪」創設を後押ししたのは、責任重大だと思います。

薬物による被害より、それまでのトラウマより、逮捕によるトラウマが一番重い

——小林先生の記事の反響で、薬物依存症の当事者や支援者からは、「やめさせるために刑罰を与えるのは人権侵害」「逮捕は余計、トラウマを与える」という声が目立ちました。こうした声についてはどう考えますか?

本当にその通りだと思います。確かにトラウマが依存症の背景にあるのは認めます。

しかし、彼らが体験してきたさまざまなトラウマの中でも最も深刻なトラウマは、逮捕されたり、逮捕をきっかけに社会からバッシングされたり、排除されたり、刑務所から出てきた後に昔の恋人や友達から着信拒否されていたり、というようなことです。

一生懸命、回復プログラムを受けて立ち直って、もう一度仕事を探そうとしたのに、デジタルタトゥー(ネットに残っている逮捕情報)のせいで、雇ってくれるところが見つかりません。

逮捕によって新たに加わるそのような問題についてどうするのか。僕らが患者さんの支援をしていて本当にかわいそうに思うところですし、僕らの力ではどうにもできないのです。

著名な人や社会的な立場の高い人で薬物を使った人を診ることが結構ありますが、彼らが一番トラウマを感じているのは、メディアからのバッシングの体験だったと言っています。みんなが言っていることです。

それまではむしろトラウマを感じていなかったユーザーが、逮捕によってずっと残る傷やトラウマを抱えることになったという声も聞きます。

——「困りごとを作って支援につなげる」と言いながら、逮捕のせいでトラウマが新たに与えられる。それが長引く傷になるとすると、本末転倒な感じがしますね。誰のための罰則なのか。

しかもデジタルタトゥーとして、10年経っても20年経ってもその傷は癒えず、刑を終えた後も、本人の人生を縛り続けるのです。

僕が小委員会の第一回の会議に参考人として出席して、最後に付け加えたのは、大麻を悪いものとして犯罪化することでさまざまな支障が生じているということです。

捜査当局が逮捕前にメディアにリークすることも許容されていて、逮捕直後の画像がテレビで映ったりします。「推定無罪」の原則がありながら、刑が確定していない段階から、色々な社会的制裁を受けなければいけません。

例え不起訴になったとしても、もうアウトです。デジタルタトゥーの問題も残る。

薬物の犯罪は定められている刑罰を超えて、あり得ないような重さになっている。それを関係者は真剣に考えた方がいいと思います。

支援者ができることはわずか 必ず夢や希望を与えられるわけではない

——小林先生は、自分のトラウマの痛みを大麻で紛らわせている人が、大麻に頼らずに痛みと付き合っていけるようにするために、逮捕をきっかけに支援者が別の選択肢を示すのだと言っています。

それは支援者として傲慢な考え方だと思います。

もしかすると、大麻ではなく他のもので本人の人生がハッピーになるのは良いことかもしれません。

でもそれは支援を受ければ必ず見つかるものではありません。支援を受けること自体がオプションの一つだと僕は思っています。そして、支援者、とりわけ精神科医療関係者にできることは限られています。

支援者は、夢や希望を必ずしも与えることはできません。そこのところは謙虚であるべきだと思います。

——薬物は何度もスリップ(再使用)してしまうのは、支援者なら誰でも知っていることだと思います。小林先生が言うように「ここで使うのをやめなかったら、次はもっと酷い目に遭うよ」と脅す方法について、先生はどう思いますか?

たぶん、そんなことを言われたら、その支援者の支援を受けるのが嫌になってくると思います。


それに、すごく一生懸命、回復プログラムに取り組んでいる人にだって色々なトラブルが起きます。突然の不幸とか、家族や仕事でのトラブル、突発性の事故、身体の病気、災害などもある。そこまで支援者は予想できません。

一生懸命回復のために取り組んできた向こう側に希望が見えなかったら、どうしたらいいのでしょうか?

それは僕が治療を開始し、アセスメント(評価)を細かくやっても、僕らは占い師ではありません。未来のことはわからないのですよ。

——どれだけ回復に向けて頑張ったとしても、ネガティブな出来事で心が折れてまた使ってしまう人もいる。それ含みで支援を続けないといけないわけですね。

そうだと思います。

薬物を使う層はますます広がってきています。

かつて薬物依存症患者さんの典型はこうでした。虐待を受けて、学校をドロップアウトして、世の中に居場所が見つからないような人が、薬によって居場所を見つける。でも、薬物で逮捕されて再び排除され、今度は、自助グループや「ダルク」につながり、居場所を見つける……こんな感じです。

言い換えれば、薬物を使うことで居場所を見つけ、逮捕を契機として回復プグラムにつながり、今度はクスリをやめることで居場所を見つける、というタイプの方たちです。

でも最近は、新しいタイプの患者さんも増えています。社会的に成功を収めている人や問題のなかった人が逮捕によって、それまで培ってきたものを失うケースをよく見ます。

その後、一生懸命回復を目指し、どれだけ頑張っても、元いた場所には戻れない。それは決して薬物の依存症や後遺症のせいではなく、逮捕されたせいです。そんな人がたくさんいるのです。

——大麻使用は、そこまでの罰を与える問題か?ということですね。

そんなに悪いことをしたのかなと思います。

刑務所の求人広告があります。その求人広告でよく見られるのが、「ただし、薬物事犯お断り」と書いてあるのです。被害者がいる暴力事犯や性犯罪よりもダメだと思われているのです。

——人を傷つける方が悪いことだと思いますが。

再犯率が高いからでしょうね。自分のところで働いている時に、再犯するようだと困るということでしょう。

(続く)

【松本俊彦(まつもと・としひこ)】国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部長、薬物依存症センター センター長

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1993年、佐賀医科大学卒業。2004年に国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、自殺予防総合対策センター副センター長などを経て、2015年より現職。日本精神救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『よくわかるSMARPP——あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存症』(ちくま新書)、『誰がために医師はいる』(みすず書房)など著書多数。