水不足が深刻化するメキシコシティ:「デイ・ゼロ」に立ち向かう女性たち

    世界中の多くの人々が恐れるディストピアな未来「デイ・ゼロ」は、すでにメキシコシティに到来している。1年以上も蛇口から水が出ない地域もあり、子どものからだを洗うのにミネラルウォーターを使う母親もいる。そんななかで、水を配分する権限を当局から奪い取った、ある女性たちのグループが活躍している。

    丘と谷が果てしなく続くイスタパラパ区は、メキシコシティでもっとも人口が多く、もっとも危険な場所だ。25時間ごとに1人が殺害されており、犯罪や貧困、過密化などの問題が広がっている。

    しかし、一部の住民にとって、何よりも恐ろしいのは「枯渇」だ。

    彼らの話によると、一部の地域では何カ月間も蛇口から水が出ないことがあるという。怒った住民たちは、幹線道路を封鎖して機動隊とにらみ合い、給水管理の権限を当局から奪い取ってきた。

    「犯罪も深刻な問題ですが、水がなければ何もできません」と語るのは、マリソル・フィエロ。近隣住民への水の配達を管理する女性グループの一員だ。

    海の向こうでは、南アフリカ共和国の関係当局が「デイ・ゼロ」について協議している。つまり、ケープタウンが渇水に見舞われ、水道の停止を余儀なくされる非常事態のことだ。このニュースは世界各地で大きく報道され、人々の関心を集めてきた。しかしイスタパラパ区には、すでにデイ・ゼロが到来している。200万人近くの住民を抱えてスプロール化が進む、くすんだ色合いのこの街は、蛇口から水が出なくなった未来の世界の姿を私たちに見せている。

    イスタパラパ区では、警官が給水車を護衛しなければならないこともある。これらのタンクローリーは、水を強奪して法外な値段で販売する犯罪者たちの格好のターゲットだからだ。

    ほかの都市であれば、政治家たちは選挙に勝つための公約として、ブロードバンドの普及やヘルスケアの改善、賃金の値上げを掲げるかもしれない。しかしメキシコシティでは、市長候補者たちは「水が簡単に手に入るようにすること」をキャンペーンの中心に据えてきた。

    控えめでもの静かなエマ・パンタレオン(41歳)は、こうした日々の闘いの最前線に立つ中心人物のひとりにはとうてい見えない。

    パンタレオンは、子育てやら家事やらパートの仕事やらを同時にこなすフィエロらほかの主婦たちとともに、水の「リクエスト」を近所から集め、地元当局と配達ルートを調整し、円滑に事が運ぶよう、給水車に同乗している。

    先日のある朝も、彼女は給水車の助手席に座っていた。エンジンの回転数をあげて丘をのぼる給水車は大型で、道ぞいにあるシングルルームの家々が小さく見えた。運転手が左に寄って停車させると、パンタレオンが給水車から飛び出してきた。

    それはまるで、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の一場面のようだった。

    パンタレオンはすぐに、近くにあった軽量コンクリートブロックづくりの家へ向かい、家の人に声をかけた。カタリーナ・コルテスがドアを開けると、運転手と助手が内部へ入り、給水車のホースをプラスティック製の貯水タンクまで引っぱっていった。パティオ(中庭)の3分の1を占めるほどの大きさがあるタンクだ。

    こうした給水車は毎日、イスタパラパ区の町なかを縫うようにして走り、何百もの世帯にライフラインを提供している。給水車が入れない場所で暮らしている住民や、配達が予定されていない日であっても急遽、水が必要になった住民は、何時間も待って井戸水を手に入れたり、ミネラルウォーターで子どものからだを洗ったり、なんとか手に入れた水を再利用するための、厄介で独創的な方法を見つけたりするしかない。

    ここ最近の激しい地震も、メキシコシティにおける水へのアクセスの難しさを激化させている。メキシコシティには毎年、約600ミリ程度の雨が降るが、水へのアクセスは、何十年も前から多くの市民に悪夢をもたしてきた。当局は長期的な成功戦略を欠いたまま、さらに深く井戸を掘りつづけてきた。その結果、各地で地盤が沈下し、通りや建物が次々に崩れてきている。

    解決策を見つけられない状態が長くなればなるほど、水はどんどん減っていく。メキシコシティは、地盤沈下と、老朽化が進んだ結果緊急に交換が必要な水道管という、2つの問題を抱えている。何百万もの人々が水を使えなくなるという事態がいつ起きてもおかしくない、と大勢が心配している。

    イスタパラパ区の都市サービス課で課長をつとめるフアン=ホセ・サラスは、状況は「危機的な」レベルに近づきつつあると話す。「この問題を解決するための予算が確保されなければ、状況は手に負えないものになるでしょう」

    リリアナ・エスピンドラの堪忍袋の緒が切れたのは、10年ほど前のことだった。

    イスタパラパ区で暮らすエスピンドラと隣人たちは、4カ月前から、蛇口から一滴の水も出ない生活を強いられていた。ほかに方法がなくなったエスピンドラたちは、給水車のルートにヒューマンチェーン(人間の鎖)をつくり、停止させた給水車の上によじ登って、水が無料で公平に配達されるよう実力行使に訴えた。ところが、その水は茶色がかっており、それを飲んだ人たちはすぐに体調を崩し始めた。

    エスピンドラには、こんなことをしていてもラチがあかないことがわかっていた。天性のリーダー気質を持つ彼女は、2009年1月に集会を開き、その後、大規模な抗議行動を起こした。数百人が近くの幹線道路に押し寄せ、何時間にもわたってそこを封鎖し、機動隊と対峙した。その後、彼らは地元当局の庁舎へと押しかけ、解決策を要求した。

    驚いたことに、イスタパラパ区当局は、生活に欠かせない基本である水を供給できない自分たちの無能ぶりを認め、給水の実権を彼ら市民に譲ることに同意した。エスピンドラと有志一同は、自分たちの居住区の水の配分をまかされることになった。

    給水日の午前10時、イスタパラパ区のミックスコアテル地区にある、ある家の前の歩道に、彼女たちは椅子とテーブルを設置した。そのころには、すでに何人かが、ガレージドアの上にテープで貼られた紙に、自分の名前を鉛筆で記入している。終日、水を求めて立ち寄る何十人のなかの、最初の人たちだ。

    近所の住民からかかってくる電話と、水道局へかける電話の間に生じるわずかな隙間を、おしゃべりとパンドゥルセ(メキシコ名物の菓子パン)が埋める。午前中を通して、給水車はひっきりなしに到着する。彼女たちは順番にクルマに飛び乗り、申込者の家までの道順を運転手に教える。

    イスタパラパ区には、エスピンドラが組織した「United Women Working for Mixcoatl and You」(ミックスコアテルとあなたのために働く女性連合)のようなグループがいくつかできている。こうした水をめぐる問題は、メキシコシティのほかの地域にも広がっている。メキシコシティでは、人口が増えるにしたがって、住民が利用できる水の量は減ってきた。この傾向は今後も続くと見られている。メキシコの「国家水委員会(National Water Commission)」が2016年に発表した報告書によれば、メキシコシティでは2030年までに、再生可能な水を年間1人当たり136立方メートルしか利用できないようになる見込みだという(2015年は148立方メートルだった)。国連食糧農業機関(FAO)は、生活、農業、工業分野も合わせて、1人あたり年間利用水量が500立方メートルを下回ると「絶対的水不足」と規定している

    当局は、さらに深く井戸を掘りつづけてきた。エンリケ・ペーニャ・ニエト大統領は2017年10月、イスタパラパ区の近くに開設された、深さ約1.9kmにおよぶ4つの新しい井戸のうちのひとつの落成式に出席した。同大統領の執務室はプレスリリースのなかで、この井戸を誇らしげに「世界でも類を見ないもの」と呼んでいる。

    しかしメキシコシティでは、水を求めて掘削を行うことにより、命取りになりかねない危険をともなう連鎖反応が次々と起きている。地下水の採取によって地盤沈下が起こり(地域によっては毎年約38cm以上)、そのせいで地面に亀裂が生じている。そして、これらの亀裂が水道管を傷つけて水漏れを引き起こし、さらに水が必要な状況を作り出している。まさに悪循環だ。

    メキシコ国立自治大学で地質工学を研究するガブリエル・アウヴィネット=ギシャールは「こうした状況が生み出す結果には、大きな費用と不快感がともなっています」と話す。地面が受けたダメージのせいで、何百という建物が破壊されてきたという。

    メキシコシティの各所が沈下を続ける一方で、2100万人の住民が暮らすこの都市の地下を縫うように走る水道管は、老朽化が進んでもろくなっている。2017年9月に複数回起きた大地震により、イスタパラパ区の水道管も深刻な被害をこうむり、約800本が水漏れを起こした。水のない状態が何週間もつづき、町は大混乱に見舞われた。

    地震後、何週間かにわたって、町の狭い通りを慌ただしく走る給水車が「盗賊」に襲われ、運転手を誘拐して進行方向を変える事件が起きた。パンタレオンが乗っていた給水車も、ある日、赤信号で停止しているところを拳銃を持った男に襲われた。彼女は、驚いた様子も抵抗する素振りも見せずに、降ろしてくれと頼み、用が済んだら給水車をこの同じ場所に戻すよう、男に言った。

    こうした事件の頻発を受けて当局は、警察に対して、配達作業中の給水車のあとについて護衛するよう指示した。

    イスタパラパ区の広報担当者ホルヘ・ロドリゲスは、こうした事件の多くでは、月収わずか160ドルという運転手と誘拐犯がグルになっており、彼らは、困窮する家族のもとに届けられるはずの無料の水を売り、その金を山分けしていると述べた。

    イスタパラパ区のサラス課長は、市の職員は、配達の任務を負っている水の少なくとも一部を売り払っているが、こうした行為をやめさせるのは不可能に近い、と語る。いちばん暑い季節になると、人々は死にもの狂いになり、手をふって給水車を止め、運転手にワイロを渡して自分の家に立ち寄ってもらう。こうした「回り道」は、記録には残らない。

    水は、お金になるだけではない。イスタパラパ区では、水は政治的な交渉の切り札にもなっている。サラス課長によれば、地元当局が水を必要とする人々のもとに給水車を送ると、しばしば特定政党の支持者が、票と引き換えに、近所の住民のあいだで水を再配分するのだという。

    何年ものあいだ果たされない約束に嫌気が差している現地の人々は、ほとんど誰も、政治家が約束を果たすとは思っていない。あるいは、水の問題が単なる自然現象だとも思っていない。

    イスタパラパ区で暮らすミカエラ・フアレスは、とりわけ大きな懐疑心を抱いている。「選挙が近づいてくると、どうして突然、水がきれいに透き通るのでしょう?」

    水道から水が流れ出てきても、たいていはとても汚く、とても使えたものではない。二児の母であるロサ・マリア・ロペス(35歳)は先日、当局に頼んで、無料の浄水器を届けてもらった。ただし、壊れる恐れがあるので、浄水器を蛇口には取り付けないようにと言われた。ミネラルウォーターや給水車が運んでくる水をろ過するのに使うよう、指示されたのだ。

    ロペスは以前、子どもたちのからだを洗うのにミネラルウォーターを使っていた。しかしこのやり方では、一家の苦しい家計にはあまりにも大きな負担がかかるようになった。水道水と混ぜる方法も試してはみたが、いまは、義理の母の家に子どもたちを連れていって、シャワーを浴びさせてもらっている。そこの水のほうが、「タマリンド・ウォーター」(メキシコの伝統的飲料である、タマリンドの実のエキス)のような茶色が、少しだけ薄いように見えるからだ。

    ロペスと同様に、イスタパラパ区の住民の多くは、水を長もちさせるために、使った水を再利用する新しい方法を絶えず考え出している。シャワーの排水をバケツに取っておいて、トイレを流したり、ペットを洗ったり、家の前の歩道を掃除したりするのだ。

    パンタレオンが歩いて娘を学校まで送っていったり、当局がようやく設置に取りかかっている下水道の工事の進み具合をチェックしたりしていると、住民からしばしば呼び止められる。先日のある朝、彼女の小さなスリングバッグのなかには、折り畳まれた紙切れが入っていた。そこには「店。シーフードレストラン。アルマさん。エルネスティーナの向かい」と書かれていた。

    パンタレオンは自分のアパートに戻った。貯水タンクを満たすためにだ。彼女の家族はそのタンクを、ほかの10組の家族と共同で使っている。地下に埋め込まれた貯水タンクが満たされていく様子を写真におさめたパンタレオンは、記録のため、その画像をすぐにエスピンドラに送った。

    パンタレオンは、水配達の手伝いに関して、報酬を一切得ていない。そのことをめぐって、夜勤で働いている夫とのあいだには緊迫した空気が流れているという。最後の配達を終えて彼女が自宅に戻るころには、夫はすでに仕事に出かけている。顔を合わせる機会がほとんどないこと、そして彼女には家のことをする時間がないことに、夫は不満を募らせている。

    しかし、それでも彼女はこの仕事を愛している。「この町の歴史に足跡を残せることが、私に満足感を与えてくれるんです」とパンタレオンは語る。「私がいなくなっても、私が水を届けていたことは、みんなが覚えていてくれるでしょうから」

    ガウデンシア・マセドにとって、パンタレオンが届けてくれる水は生死に関わる問題だ。彼女は、パンタレオンの家から数ブロックほど離れたところで暮らしているが、その生活環境はパンタレオン一家と比べてはるかに不安定だ。マセドの家の貯水タンクは普通よりも小さく、おまけに、老朽化して破損している。彼女は水を、ゴミ箱4つと大きな水差し1つにためている。全部合わせても、一度にためられる量は1700リットル。彼女とタクシー運転手の夫、14歳の息子は、その水を細心の注意を払って使用・再利用しなければならない。

    場合によっては、パンタレオンは週に2回、マセドの家に立ち寄って水を供給している。井戸に何らかの問題が生じている場合は、給水に最長で2週間かかることもある。そうなると、マセド家の人々は1日におよそ113リットルの水しか使えなくなってしまう。

    メキシコシティ全体では、1人が1日に平均320リットルの水を使っている。それに対してイスタパラパ区では、その量は235リットルにまで下がる

    水関連のニュースを一日中見ていると語るマセドには、アメリカで暮らす親族が数人いて、DREAM法(移民制度改革法案)」が定める永住権申請の条件を満たしている人もいる。そんな彼女は、水問題をめぐる不平等を強く感じている。

    「富裕層はいつも水を手に入れています」と彼女は話す。メキシコシティの緑に覆われた一画で暮らす人たちの多くがプールを所有し、毎日のようにハウスキーパーを使って、家の前の植物が茂る歩道に水をまいていると彼女は訴える。「水が不足しているのは労働者階級のコミュニティーなんです」

    マセドには計画がある。彼女はいま住んでいる小さな家に、毎月54ドルの家賃を支払っているが、もしイスタパラパ区の水がなくなったら、そこからおよそ320km南西に位置する、出身地のゲレロ州に帰るつもりなのだ。

    「そして、ふるさとを流れる川の水で生活するんです」と彼女は微笑みながら話した。


    この記事は英語から翻訳されました。翻訳:阪本博希/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan