100年前の英国で、女性参政権を求め身体を張って闘った人々の写真

    イギリスで国民代表法が制定され、初めて一部の女性に選挙権が与えられたのが1918年2月6日(まだ条件があり、すべての成人女性が対象ではなかった)。それから100年が経った今、女性が投票する権利を求め、文字どおり身体を張って闘った人々の姿を写真で振り返る。

    1. 1900年ごろ。ロンドン市内で抗議デモを行い、女性参政権運動を展開する男女

    2. 1908年。エメリン・パンクハーストが投獄されていたロンドンのホロウェイ刑務所前でピケを張るサフラジェット

    3. 1908年。釈放され、友人や支持者に迎えられるエメリン・パンクハースト(1858-1928、中央)と娘クリスタベル・ハリエット(1880-1958、左から3人目)

    4. 1908年、ロンドンのトラファルガー広場。サフラジェットの集会で呼びかけるジェニー・ベインズ

    5. 1909年4月。ホロウェイ刑務所から釈放された後、ロンドンの国会議事堂前を行くサフラジェット

    6. 1910年。サフラジェットの集会でハイドパークに集まった人々

    7. 1911年。ニューヨークで群衆からヤジを浴びるエメリン・パンクハースト

    8. 1912年。警官と話す二人のサフラジェット

    9. 1912年、ロンドン東部ボウ・ロード。台に乗って女性社会防衛連盟の建物にスローガンを書くエステル・シルビア・パンクハースト(1882-1960)

    10. 1912年。女性参政権運動を支持する男性が、バッキンガム宮殿を襲撃したとして逮捕され、セントジェームズパークの橋の上を連行される

    11. 1912年。ロンドン、ウェストエンド地区の百貨店でショーウインドウが割られた

    12. 1913年。デモ中に逮捕された英国人サフラジェット、アニー・ケニー(1879-1953)

    13. 1913年。エミリー・デービソン(1872-1913)がダービーでレースを走る国王の馬を止めようと身を投げて負傷、死去。女性参政権運動に世間の注目を集めるための行動だった

    14. 1913年。エミリー・デービソンの葬儀

    15. 1913年。ピカデリー・サーカスのエロスの像前を行くエミリー・デービソンの葬列

    16. 1913年。サフラジェットがホロウェイ刑務所を焼き払おうと火を放った。爆発が起きて割れた窓から女性が外を見ている

    17. 1913年。ウェールズのクリクキエスで開かれたデーヴィッド・ロイド・ジョージ財務大臣の集会で、一人のサフラジェットが襲われ、警官に群衆から引き離される

    18. 1913年。クリクキエスの集会で集まった人々に攻撃されるサフラジェットを警官が避難させる

    19. 1913年。警察が警戒する中、ロンドン市内で抗議デモをする女性たち

    20. 1914年。バッキンガム宮殿を襲撃後、逮捕され警官に連行されるサフラジェット

    21. 1914年。バッキンガム宮殿前でデモ行為を行い逮捕されるエメリン・パンクハースト

    22. 1914年。連行されるエメリン・パンクハースト

    23. 1914年。バッキンガム宮殿の柵にみずからの身体をしばりつけたとして警察がサフラジェットを逮捕

    24. 1914年。バッキンガム宮殿の柵からサフラジェットを引き離そうとする警官

    25. 英国の主導的なサフラジェットの一人、フローラ・ドラマンド(1869-1949)がハイドパークで行われたデモで逮捕される

    26. 1914年。バッキンガム宮殿の襲撃後、警察に拘束され気を失っていたサフラジェットが意識を回復する

    27. 1914年。バッキンガム宮殿での抗議行動で逮捕され、セントジェームズパークを連行されるサフラジェットたち

    28. 1914年。バッキンガム宮殿の外でデモ行為をしていたサフラジェットが警官に逮捕される

    この記事は英語から翻訳されました。翻訳:石垣賀子 / 編集:BuzzFeed Japan

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