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数字のノルマがつらいあなたへ。仕事で「ほどよさ」を追求してみたら

「書けばバズる」とPVを期待されてきたウェブライターの塩谷舞さんと、地方の生産現場の取材を続けるジャーナリストの甲斐かおりさんが、仕事の「幸福度」について話しました。

大量生産大量消費の社会は終わったと言われますが、ビジネスをする限り、常に売上などの数字はつきまといます。

「いいものをつくったけど売れなくてもいい」「いずれ世の中のためになる仕事だから評価されなくてもいい」というのは現実的ではありません。いいものは売れてほしいし、意義のある仕事は長く続いてほしい。

これからのつくり手は、何を価値として売りにしていけばいいのでしょう。数ある矛盾をどう乗り越えていくのでしょう。

この問いを考えてくれたのは、著書『ほどよい量をつくる』で新しい価値観をもったつくり手を取材したジャーナリストの甲斐かおりさんと、エシカルな発信を続けているオピニオンメディア「milieu」編集長の塩谷舞さん。

前編では「ほどよい量の仕事」について話します。

インフルエンサーの「罪深さ」

ーーお二人とも、もともとエコやサステナブルな分野に関心があったというわけではないんですね。発信のきっかけは何だったんでしょうか?

塩谷 もともと私はどちらかというと距離を置いていたほうなんです。

子どものころ、母親が環境への意識がとても高くて、実家では石鹸シャンプーとリンス代わりの酢を使わされていて、髪がガシガシ(笑)。洗濯も石鹸だから体操服が私だけ黄ばんでいてからかわれたり、お菓子もポン菓子のようなものばかりで、「エコ=我慢」「エコ=ダサい」と思っていました。

それが、アイルランドに短期留学したときに、お店にはレジ袋がないし、ペットボトルを持っているとさりげなく注意されることも重なって。ニューヨークに住むようになると、エシカル(地球環境に配慮した行動)やエコなどを真面目に、でもスタイリッシュに訴求する人が多いことにも驚きました。

我慢しなくってもいいんだ、と気づいてエコに対するイメージがポジティブになり、さまざまな本や記事で学び始めたところ、次第に罪深さを感じるようになったんです。これまで、インフルエンサーとして大量生産、大量消費の促進の片棒を担いでいた側面があったので、では逆の片棒を担ごう、と。

南極のシロクマは遠かった

甲斐 私は、会社員だったときにウェブの企画・編集のプロデュースの仕事をしていて、環境系のプロジェクトに関わる機会があったことがきっかけです。

南極の氷河が溶けてシロクマの生態系に異変が起きていることを伝えるBBCの映画にちなんだプロジェクトでした。地球環境がとても危機的な状況であることはわかったのですが、話が大きすぎて、多くの人にはピンとこないのではないかと思ったんですね。CO2がどうとか言われても、明日の生活がすぐに変わるわけじゃないから。

では身近な入り口ってなんだろう、と考えたときに、食べるものや着るものなど生活にあるものではないかと。その生産現場、特に地方の産業に目が向くようになりました。

それからライターになって各地で取材をしていくと、これまでとはまったく違う発想で仕事をする人たちがいることに気づいたんです。必要なものを必要なだけ、数は少なくても自信のもてる品質のものを、従業員に負荷をかけずにつくり続けていく。そんなつくり手の創意工夫をまとめたのが『ほどよい量をつくる』です。

価値観を融合させたい

ーー消費の仕方について価値観が変わるとき、ジレンマはありましたか?

塩谷 私は、大量消費の促進をしてきたことを罪だと感じたとき、前に進めなくなってしまったんですね。ものを1つ買うにしても、この製品は動物を迫害していないか、森林を破壊していないか、と考えるようになると、何も動けなくなった。

そんなときに『ほどよい量をつくる』を読んで、我慢するのではなく、作りすぎるのでもない「ほどよい量」の正解を自分なりに探しながら歩んでいる仕事人がこんなにいるんだと知り、灯台のように照らされた気がしたんです。掲載されている地方のお店には、Google Mapで全部ピンつけてます(笑)。

甲斐 すごい!ぜひ訪ねてほしいです。

量産型の世界に比べると、価値観が急にひっくり返る感じはありますよね。地方でゆるくつながりをもって商いをしている人と、会社勤めをして目の前の数字を追いかけている人とでは、仕事のやり方が大きく違っている印象があります。

でも、そこに橋をかけたいと思ったんですよね。真逆ではなく、いい点はもっと融合させてもいいんじゃないの、と。

会社員であっても、組織の論理とは別に個人として、丁寧な仕事を届けたい、目指すところを自分で決めたい、仲間に負荷をかけたくない、と考えている人は増えていると思うんです。それぞれにとって「ほどよい量の仕事」ってなんだろう、と考えるヒントになればうれしいと思って、この本を書きました。

裕福度と幸福度が比例しない

塩谷 私にとっての「ほどよい量」の話になるのですが......私はいっとき、世間からバズライターと呼ばれていまして、書くたびに何万PVを飛ばせるぞ、という花火や爆弾みたいな期待をしてもらっていたんです。

その根本にあるのは、とにかくPV数などを右肩上がりに伸ばさなきゃいけない世界。先月より少しでも数字を上げるためだけに、私も、周囲の人たちも、長時間労働に苦しんだりしていましたから。

そうすると、体力勝負になりますし、前線では誹謗中傷も浴びます。数字を求めるあまりに本質を見失い、自分の信念と違う方向に行くこともあって、裕福度と幸福度が比例しないことに気づいたんです。

だから数字より幸福度を追求するために、いまは細々と有料noteで本当に好きなことだけを書いていて。そこで養った視点をもとに、ほかの活動にもつなげています。これがいまの私にとっての「ほどよい量」だな、と。

みんな屍になっていく

甲斐 消費される働き方から転換したわけですね。この本で取材した中にも、もともとは量産型の仕事をやっていた人もいます。

例えば、縫製工場のマーヤさん(東京都足立区)。親会社の倒産を機に、高級婦人服に路線転向することを決め、ものづくりの基準を「低単価・大量生産」から「高単価・少量生産」に転換したそうなんです。

その価格感をクライアントに納得してもらうのが大変で、どうしたかというと、作業にかかる時間を数字で表し、「1秒1円」という独自の換算基準をつくりました。

例えば、ボタンを1つ付けるのに100秒かかれば100円が必要だというように、仕事の価値が可視化されます。そうすると、ボタン付けを10秒で引き受けてしまうことのほうがおかしいということに気づくんです。

工場のホワイトボードに掲げる目標も、「目標生産数」から「目標生産額」に変え、数より質を大事にしていることが働き手にも伝わりやすくなりました。

塩谷 転換期をどう耐えるか、ですよね。事業を切り替えるタイミングでは作業効率も売り上げも落ちるし、周囲を説得するのも一筋縄ではいかなさそう。

特に、今日やったことが明日の収益になるような世界や、若者ばかりの組織で仕事をしていると、転換するハードルが高いですよね。スタートアップ業界なんかで、合意形成やサイクルの速いワークスタイルに慣れていると、「遅い〜」「結果が出ないぞ〜」ってなってしまいそう。

結局、志はあっても、その転換期の間に資金が尽きて、屍になってしまう。やっぱりプラスチックの袋は安いし衛生的だし......といった乗り越えづらい壁がある。志を持っている人が、あきらめる理由が山ほどあるんですよね。

土台のうえで実験する

甲斐 以前、星野リゾート社長の星野佳路さんが「家業」の可能性について話されていたのを聞いたことがあって。一企業の話として考えれば、新しいことをゼロから始めて継続するのは難しいけれど、先代から続いている事業を土台にして、新しいことを追加で始めるのは、ずっとやりやすいんじゃないかと。

例えば、福岡県みやま市に「筒井時正玩具花火製造所」という創業90年の花火会社があります。線香花火は中国産が1本2〜3円なのに対し、国産は1本60円以上で、価格の面では太刀打ちできません。

そこで三代目の筒井良太さん・今日子さん夫妻は、和紙や松脂などの材料すべて国産にこだわった40本入り1万円の高級線香花火を実験的に作ったんです。高級感があるパッケージにして贈答品にしました。

線香花火としては見たことないくらい火花が大きいんですが、生産には手間がかかってたくさんは作れない。そのとき先代の「花火は数をつくってなんぼ」だと信じているお父さんとぶつかりながらも、従来の量産品の売り上げがあってこそ、高級路線の新商品にトライできたというのです。

新しいことを始めるうえでの、家業の可能性を感じました。

あえてエコで売り出さない

ーー家業ではなく、会社員として「仕事のやり方を変えたい」と思ったらどうすればいいんでしょう。

塩谷 就職活動などではなかなか情報として入ってきづらい部分ですよね。

エシカルな価値観を好む大学生が、自分の就職する企業は社会悪なのではなかろうかという判断で小さな企業に関心をもつこともあるでしょうが、そういうところは従業員がたった2人だったりして、まず新卒で転がり込むことはできないといったジレンマもあります。

甲斐 しっかり取り組んでいる企業ほど、エコやエシカル、SDGsを売りにしたがらないという傾向も最近はありますよね。あえてそこを売りにせずに、同業他社と勝負すべき基本で勝負するような。

パンならパンの味で、チョコレートならチョコレートの味でしっかり勝負して、そのうえで実はフェアトレードでやっているとか、他の人がしないようなハードルを自らに課していて、その見えない努力が涙が出るほどすごいなと!

そこをちゃんとひもといて伝えていくのが、自分の仕事かもしれないなとも思いますね。

塩谷 そうした「隠す美徳」もかっこいいな、と思うのですが、そうすると後に続く人たちにナレッジがシェアされにくい。もっとみんなが入りやすくするのが次の理想ですね。

両方の世界を知ってつなぐ

甲斐 自分の中に将来こういうことをしたいというビジョンがあるなら、いきなり最初からやりたい形でやるというのでなくてもいいのかな、と私は思っています。

知るって必要なことじゃないですか。最初から適量生産の世界しか知らないというのではなくて、大企業で働いていた経験があるからこそ、一般市場のしくみややり方もわかる。

塩谷 それに、スピード感のある働きかたをしていた人は、やっぱり話が早いですよね。まずファクスで、などと言わずFacebookのメッセンジャーですぐにレスをくれますし。

甲斐 地方を取材していると壁にぶつかってしまう人もたくさん見るので、まずは競争の激しいところで力をつけるという意味で、何年か働いてみるのもよいのでは、と思うけれど、これって昭和な感覚でしょうか(笑)。

塩谷 いえ、私もとても大事だと思います。ただ、忘れてしまうんですよ3年で!

都会の競争社会ってアドレナリンが出る設計になっているので、3年くらい働くとやりがいも出てくるし、切磋琢磨する仲間もできるし、次の目標もできる。会社は優秀な社員を前に、辞めるという道をもちろん用意しない。だから、入社前から本当にやりたいことがある人は、いまの思いを絶対に日記に書いておいてほしい(笑)。

甲斐 確かに、長く組織で働いているとどうしても、個人の思っていることより組織の目標がすべてになってしまいがちですよね。

やりたいことを見失わないために

塩谷 理想を実現しているけど経済的に困っている企業もあれば、儲かっているけどやりがいを感じにくい企業もある。完璧なところはなかなかないなぁと思わされます。

大企業では分業が進んでいるので、しわ寄せがいっている部署もありますよね。明らかにお金を稼ぐ部署があり、一方でそのお金を使って華やかなことをやっている部署があり、という状態だと、不満や分断を生みやすいと思います。

甲斐 それはマネジメントの課題が大きいですね。

塩谷 家業にしても、新しいことに挑戦する人たちと、従来の仕事、しかもいずれは縮小する前提の仕事をやっている人たちが志を一つにするというのは、なかなか難しい。

甲斐 自分はなんのために働いているのかと問い続け、やりたいこととの接点をなんらかの形で持ち続けることも大事ですね。

塩谷 そうですよね。これまでは、やりたい仕事といえば「自己実現」として語られることが多かったかもしれませんが、これからは「社会貢献」の比重も増してくると思います。

就活や転職のサイトなどが、給料や待遇、会社の規模を示すだけでなく、社会にどれだけサステナブルに貢献しているかを示すなど、プラットフォーマーとして新たな価値を示していってほしい。

ジャーナリストやライターである私たちにできる役割としては、就職したい企業ランキングや年収の高い企業ランキングにだけスポットライトが当たらないよう、唯一無二の仕事をしている人を時代のスタープレイヤーにしていけるよう、発信していくことですよね。

ーー環境に関する新しい取り組みをどうすればより多くの人に伝えられるのか。こちらの記事で考えています。

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