レイプ被害女性の手記全文「あなたも、闘うのをやめないでください」

    スタンフォード大レイプ事件。被害女性の手紙全文を日本語訳で掲載します。

    2015年1月のある夜。スタンフォード大学キャンパス。自転車に乗った大学院生2人が、ごみ箱の後ろで、意識を失い、半裸になっている女性の上に乗り、体を押し付けている大学1年生の男を見つけた。

    2人は犯人にタックルして、確保。女性は病院に運ばれた。

    今年3月、カリフォルニア州の陪審員は、性的暴行3件について、元大学生ブロック・ターナー(20)に有罪判決を言い渡した。最長で14年の刑期となる犯罪だった。

    ところが、6月2日に下された判決は、郡刑務所での6ヶ月の刑期と保護観察処分だった。

    裁判では、ターナーは有望な水泳選手であり、かつてオリンピック出場を熱望した人物だという点が繰り返し取り上げられた。自身もスタンフォード大を卒業した白人の裁判官は、より長い刑期はターナーに「深刻な影響」を与えるかもしれないと恐れた、と述べた。加害者であるターナーに対して、だ。

    6月2日、被害者の女性(23)はターナーに直接向き合って、事件がどれだけむごく、その後の人生を変えられたのか、長文の陳述書を読み上げた。

    BuzzFeed Newsは被害者の女性から提供された英文の陳述書を全文掲載した。陳述書はその後、フランス語、スペイン語、ポルトガル、ドイツ語に翻訳された。BuzzFeed各エディションの担当者によると、フランスでは主要メディアがこの陳述書について相次いで報道し、大きな反響を呼んでいるという。また、スペイン語版が読まれた南米でも、不正義をなくすため団結しよう、という声が多くあがっているという。

    陳述書の全文の日本語訳は以下になる。

    ============

    裁判官、許可してもらえるならば、この陳述書の大半を、直接被告に向かって述べさせていただきたく思います。

    あなたは私を知らないでしょう。でも、あなたはわたしの中に入り込みました。だからこそ、わたしはいまここにいるのです。

    2015年1月17日。私は自宅で静かな土曜日の夜を過ごしていました。父が夕食を作り、週末に訪れていた妹と一緒に、私はテーブルに座っていました。私はフルタイムで働いていたし、もう寝る時間にさしかかっていました。私は自宅でひとり、テレビを見たり、本を読んだりして、過ごすことにしました。妹は友人たちとパーティーに出かけました。でも、妹と過ごせる唯一の夜だったと思い、別にほかにやることもなかったので、じゃあいいや、家から10分の距離でくだらないパーティーがあるので、行こうと思いました。ばかみたいに踊って、妹を困らせようと思いました。パーティーに向かう途中、歯の矯正器具をつけた大学生の男の子たちがいるんじゃない?って冗談をとばしました。大学生のパーティーに行くのに、図書館司書みたいなベージュのカーディガンを着ていた私を、妹がからかいました。パーティーでは私が一番年上だろうから、自分を「ビッグママ」って呼びました。私はおかしな顔を作って、警戒心を解きました。大学を卒業して以来、お酒があまり飲めなくなっていたことを忘れて、勢いよく飲みました。

    次に覚えていることは、廊下の担架に横たわっていたことです。両手の裏側と肘に乾燥した血がつき、包帯が巻かれていました。たぶん倒れて、キャンパスの管理事務所にでもいるんだと思いました。私はとても落ち着いていて、妹はどこだろうと思っていました。保安官代理が、私は暴行された、と説明しました。私はまだ落ち着いていました。彼の話は、何かの間違いだと思いました。出かけて行ったパーティーに、知ってる人は誰もいませんでした。ようやくトイレを使うことが許可され、もらった病院のズボンを下ろし、下着をおろそうとしました。でも何も触れなかったのです。両手が肌に触れたのに、両手が何もつかめない感覚をいまも覚えています。下をみると、何もありませんでした。膣と他のものの間にある唯一の、薄い生地がなくなっていました。私の中のすべてが静まり返りました。いまだに、そのときの気持ちを表す言葉がわかりません。たぶん警察官たちが証拠にするため、はさみを使って切ったんだろう、と思うようにしました。自分の正気を保つために、です。

    その後、首の後ろに松葉を感じました。髪の毛から松葉を引っ張り出し始めました。木から松葉が頭の上に落ちてきたんだろうと思いました。私の脳みそは、とにかく自分を保とうと必死でした。私の心は、助けて、助けてって、言っていたからです。

    私は毛布にくるまったまま、部屋から部屋へと足を引きずって移動しました。動くと松葉が次々落ち、私は、すべての部屋に小さな松葉の山を残していきました。書類に署名するように言われました。「レイプ被害者」と書かれていました。そして、何かが、本当に、起こったんだ、と思いました。服は取り上げられ、私は裸で立っていました。看護師たちが体中の擦り傷に定規を当て、撮影しました。3人がかりで6本の手を使って、髪の毛の松葉を落としました。紙袋がいっぱいになりました。私を落ち着かせるため、彼らは植物にすぎないと言いました。植物だと。綿棒が何本も、私の膣と肛門に挿入されました。注射針、薬、ニコンのカメラが、私の開いた足の間に向かって狙いを定めていました。長くとがった突起が内部に入れられ、私の膣には、擦傷をチェックするために使われた、冷たく、青い塗料が付着しました。

    数時間後、シャワーを使わせてもらえました​​。そこに立ち、水の流れ落ちていく自分の体を見ながら思いました。もう自分の体は嫌だ、と。恐怖を覚えました。何が私の体に入ったのか。もし汚れてしまったのなら、誰が触れたのか。何もわからなかったのです。自分の体をジャケットのように脱いで、他のすべてのものと一緒に、病院に置いていきたいと思いました。

    その朝、私が聞かされたのは、ごみ箱の後ろで発見されたこと。見知らぬ人間に犯された可能性があること。HIVの再検査を受けるべきだということ。検査結果が出るまで、時間がかかるから、ということ。そして、とりあえず帰宅し、普段の生活に戻るべきだと。これだけでした。こうした情報だけ聞かされて、元の生活に戻らなくてはならないときの心境を、想像してみてください。病院のスタッフは私を抱きしてくれました。その後、病院から出て、駐車場に歩いて行きました。もらった新しいトレーナーとスウェットパンツを着ていました。ネックレスと靴だけはそのまま身に着けていることを許されました。

    妹が迎えに着てくれました。表情は苦悩でゆがみ、涙で濡れていました。すぐ本能的に、妹の痛みを取り去らなきゃ、と思いました。妹に微笑みかけ、話しかけました。私を見て、私はここにいる、私は大丈夫、すべてが大丈夫、私はここにいるから、と言いました。すごく変なシャンプーを使ったけど、髪は洗って清潔だと伝えました。落ち着いて、私を見て、と言いました。変なスウェットパンツやトレーナーを見て。体育の先生みたいでしょ。家に帰って、何かを食べよう、と言いました。妹は、私のトレーナーの下の肌に傷があり、包帯が巻かれていることを知りませんでした。膣は痛み、突かれたことで、奇妙な暗い色になっていました。下着はなくなっていました。あまりにも空っぽに感じ、話し続けることはできませんでした。恐怖に襲われ、絶望していました。その日、私たちは家に車で帰り、数時間黙りこくったまま、妹は私を抱きしめてくれました。

    彼氏は何が起こったのか知りませんでした。でも、その日、電話をかけてきて言ったんです。「昨夜、本当に心配したよ。危ない目にあったんじゃないかと怖くなったよ。ちゃんと家に戻れたよね?」とても怖くなりました。そのとき、知ったんです。あの夜、意識のないまま彼に電話をしていたこと。わけのわからない留守電を残していたこと。私たちは電話で話したけど、ろれつが回っておらず、彼はとても心配したこと。そして彼が何度も私に(妹を)見つけなさい、と言ったこと。もう一度、彼に聞かれました。「昨夜何が起こったの?ちゃんと家に帰れた?」私はそうよ、と返事をして、電話を切り、泣きました。

    ごみ箱の後ろでレイプされた可能性があるとは、彼氏にも両親にも伝える心の準備ができていませんでした。でも、誰に、いつ、どうやって、伝えるべきなのかわかりません。彼らに告げたとしたら、表情が恐怖で曇り、私の表情はその10倍曇るだろうと思いました。その結果、現実に起きていることではないのだと思い込もうとしました。

    すべてを頭と心の中から追い出そうとしました。でも、重たすぎて、話さず、食べず、眠らず、誰とも関わらないようにしました。仕事の後、運転して、人がいない場所に行き、悲鳴を上げました。話さず、食べず、眠らず、誰とも関わりませんでした。そして、最も愛していた人たちから遠ざかりました。事件から1週間以上、あの夜や私に起きたことについて、電話も新たな情報ももらえませんでした。あの夜の出来事が、ただの悪い夢ではなかったことを唯一証明するのは、引き出しの中にある病院でもらったトレーナーでした。

    ある日、職場で、携帯電話でニュースをスクロールしていました。そして、ある記事を見つけました。その記事を見て、初めて知りました。私が意識を失って発見されたこと。髪は乱れ、ロングネックレスは首に巻き付けられ、ブラジャーは服から引っ張り出され、服は肩から引きおろされ、腰の上に引き上げられ、お尻からブーツまで体が露わになり、両足は広げられ、見知らぬ誰かによって、異物を挿入されていたことを。私は自分の身に起きたことを、このように知ったのです。職場のデスクで、座ってニュースを読みながら。私は自分の身に起きたことを、世界中の他の人たちが知ったのと同じタイミングで、知ったのです。そのとき、髪についていた松葉の意味がわかりました。私は木から落ちたんじゃなかったんです。彼が下着をとり、指を私の中に入れていたんです。私はこの人物を知りもしません。いまもこの人物を知りません。これは、私のことじゃない。私のことじゃない。自分のニュースを読んだとき、こうつぶやきました。この情報を消化することも、受け入れたりすることも、できませんでした。自分の家族がこのことを、インターネット上で読むところを、想像できませんでした。私は読み進めました。次の段落で、私は決して許すことはできないことを目にしました。彼は、私は行為を喜んでいたと言っていると、書いてあったのです。喜んでいた。繰り返しになりますが、どうやって、この感情を表現したらいいのか、わかりません。

    車で衝突事故に遭い、車体に傷がつき、溝に落ちているのを発見された。そんな記事を読むようなものです。車はぶつけられるのを楽しんだのかもしれないとまで、書いてあるのです。たぶん、他の車は衝突するつもりはなかったと。ちょっとだけぶつかったと。車が事故にあうなんてしょっちゅうあるし、人々が常に注意を払うようなものでもない。だれに責任があるのかなんて言えないと。

    性的暴行の生々しい詳細の後、記事の最後には、彼の水泳のタイムが書かれていました。女性は発見されたとき、呼吸はしていたものの、胎児のように丸まっていた。裸のお腹から15センチ離れたところに下着があり、応答しなかった。ちなみに、彼は水泳に本当に長けていた。そこに、私が1マイルを何秒で泳げるのかが書いてあった場合を、想像すればいい。私は料理が得意です。得意なことを列挙して、やってはいけない不快なことを相殺する。そういうことがなされていると思いました。

    そのニュースが出た夜、私は両親を座らせて、私が暴行されたことを伝えました。動揺するからニュースを見ないでいいと言いました。私は大丈夫だということだけ知っていればいいから。私はここにいるから、私は大丈夫だからと、伝えました。しかし、途中まで伝えたとき、母は私を抱きしめなければならなかったんです。私は立っていることができなくなったから。

    あのことが起きた後の夜、彼は、私の名前を知らないと述べました。私の顔を識別することはできないだろうと話し、私たちの会話について触れませんでした。ただダンスしてキスしただけで、言葉はなかったと。ダンスっていうのは、ずいぶん、かわいい言葉だと思いました。それは指を鳴らし、くるくるとダンスすることですか、それともたんに、混み合った部屋でお互いに体をくねらして踊ることですか?キスはただ、だらしなく、お互いに顔を押し付け合うだけだったのでしょうか?私を自分の住んでいる寮に連れていくつもりだったのかと刑事が尋ねたとき、彼は否定しました。刑事がどうしてごみ箱の後ろにいることになったのかと尋ねたとき、わからないと述べました。パーティーで他の女の子たちにもキスをしたことを認めました。その中のひとりは妹でしたが、妹は彼を押しのけました。彼は、誰かとセックスしたかったと認めました。私は群れの中の傷ついたカモシカでした。完全に独りで、脆弱だった。自力で自身を守れなかった。そして彼は私を選びました。時々こう思います。私が出かけさえしなければ、こんなことは決して起きなかったと。でも思い直しました。同じようなことは、他の誰かに、起きていただろうと。彼は、酔いつぶれた女の子たちやパーティーへの4年間のアクセスを得ようとしていました。これが、彼がそのスタートを切る足がかりだとしたら、良かったことは、彼がそれを続けなかったということです。あのことが起きた後、彼はそれを私が喜んでいたと思ったと述べました。私が彼の背中をさすったから。背中を、さすった。

    私が同意したとは、彼は決して言わなかった。話したとすら言わなかった。背中をさすった、と言った。こういうことも、公共のニュースで知りました。私の尻と膣が露わになっていたこと。胸はまさぐられ、松葉や破片と一緒に指が私の中に入れられ、ごみ箱の後ろで私の素肌と頭は、地面にこすりつけられていた。その間、勃起した1年生が私の半裸で意識を失った身体と性行為をしていた。でも、私は覚えていません。だから、嫌だったということを、どうやって証明したらいいのでしょう?

    裁判になるなんて思いもしませんでした。目撃者たちがいて、私の体の中に汚れがありました。彼は逃げましたが、逮捕されました。彼は示談を望み、正式に謝罪し、私たちは双方とも前に進むのだと思っていました。そうではなく、彼は力のある弁護士や、法廷で証言できる専門家、私立探偵を雇ったのだ、と聞かされました。この性的暴行は実際には誤解だったと証明するために、私の私生活に関する詳細な情報を集め、私に対抗し、私と妹の主張を無効にするため、私の話のアラを見つけ出そうとしていると。彼が単に混乱していただけだと、世間を説得するためには、何でもしようとしていると。

    私は、暴行された、と聞かされただけではありませんでした。記憶がないため、私が同意していなかったことを、厳密には証明することはできない、と聞かされました。私はこれを知って、苦しみ、傷つけられ、壊れそうになりました。屋外であからさまに暴行され、レイプされそうになっていたけれど、それが暴行として認められるかわからない、と言われました。経験したことのないぐらい悲しい困惑でした。この状況がおかしいということをはっきりさせるために、丸一年、戦い続けなければなりませんでした。

    勝訴できなかった場合の心づもりをするように言われたとき、こう言いました。そんなことは無理だと。私が目を覚ました瞬間から、彼は有罪なのです。彼が私を痛めつけたことを、なかったことになんてさせません。警告もされました。最悪なことに、彼はいま、私に記憶がないから、話を書き換えようとしていると。彼は望むことは何でも言える。誰もそれに異議を申し立てることはできない。私は無力でした。何も発することができませんでした。無防備でした。記憶の喪失は、私への攻撃に使われるかもしれない。私の証言は弱く、不完全でした。おそらく勝訴するには不十分だと思わざるをえませんでした。彼の弁護士は常に、彼女は記憶がないのでブロックしか信じることはできないんだ、と陪審員に何度も伝えました。無力感にさいなまれ、トラウマになりました。

    癒すことに時間をかける代わりに、あの夜を耐え難いほど詳細に思い出すことに時間をかけました。弁護士の質問に備えるためです。侵略的で、攻撃的で、話を脱線させ、自己矛盾させようとする質問をされます。妹の話とも矛盾させようと誘導し、返答を操作するような言い回しをしてきます。擦り傷に気づきましたか?と彼の弁護士は尋ねません。擦り傷に気付かなかったんですよね?と聞いてきました。戦略に基づいたゲームだと思いました。思ってもないことを言わせようとされていました。性的暴行は明らかに起きましたが、その代わり裁判では、私はこのような質問に答え続けなければなりませんでした。

    年齢は? 体重は? あの日は何を食べた? じゃあ夕食は? 夕食を作ったのは? 酒は飲んだ? 水さえも飲まなかった? いつ酒を飲んだ?どれくらい飲んだ? 何に入れて飲んだ?誰にもらった? 普段飲む量は? 誰にパーティーまで連れて行ってもらった? それは何時だった? 正確にどこで? 着ていた服は? パーティーへ行った理由は? 着いてから何をした? 本当に? それは何時だった?このメッセージの意味は? 誰とメッセージしていた? いつ小便をした? 小便中すぐ外にいたのは誰? 妹が電話をかけてきたときはマナーモードだった?マナーモードに切り替えた記憶は? いや 53ページ目によると君は消音していなかったと供述している。大学時代に飲酒経験は?パーティー狂いだったというのは? 記憶が飛んだ回数は? 男子学生寮のパーティーで飲んだ経験は? 彼氏とは真剣に付き合っている? 彼と日常的な性的行為は? いつ付き合い始めた? 浮気を考えたことは? 過去に浮気をしたことは? 「彼にご褒美をあげたい」の意味は? 目が覚めた時間は? カーディガンはまだ着ていた? 何色だった? 事件当夜から他に覚えていることは? ない? では、ブロックに補足にしてもらおう。

    私生活を細かく切り分けるかのような質問を次々とされました。恋愛や過去、家族のことなど、細かな詳細を、私から取り出そうとしていたのです。すべては、私の名前さえ聞く前に、私を半裸にした人への有利な証拠を引き出すためです。肉体的な暴行を受けた後に、さらに攻撃的な質問という暴行を受けました。ほら、やっぱり彼女の証言はつじつまが合わない。彼女は狂っている。彼女はアルコール中毒だ。彼女はどうせ誰かとイチャつきたかったんでしょ。彼ってなんかスポーツ選手なんでしょ、二人とも酔っていたんだから。はいはい、病院での記憶はその後のことだし、それを考慮する必要はないんじゃないの? ブロックは危機に瀕していて、今とても大変なんだよ。

    彼が証言するときになって、私は改めて被害者にされるとはどういうことなのかを知りました。思い出してほしいんです。彼が、あの夜の後、寮に私を連れていくつもりなんてなかったと話していたことを。なぜ私たちがゴミ箱の裏にいたのかわからなかったと言っていたことを。体調が悪いからと会場を出たのに、急に追いかけられて攻撃されたということを。そして、そのときに私が記憶を失っていたということを知ったことを。

    予想通り、1年後に新しい話が明らかになりました。ブロックは変なストーリーを作り上げたのです。下手なヤングアダルト小説みたいに、キスして、ダンス。手を握り合いながら地面に転がって。そしてこの新しいストーリーには重要な変化がありました。合意があったことになっていたのです。事件が起きてから1年後、彼は思い出したそうです。そうそう、そういえば彼女は全てに「はい」と言ったんだよね、と。

    彼によると、私に踊りたいかと彼が聞き、私は「はい」と答えた。彼によると、寮に行くか聞かれたとき、私は「はい」と言った。そして彼によると、私は指であそこをさわっていいか聞かれて、「はい」と答えた。たいていの男性は「指入れてもいい?」なんて聞かない。普通だと、合意点がどこかを探り合いながら自然に物事が進むはずです。でも、彼によると、私は全てに許可を与えたようなのです。そうすると、彼は疑いが晴れたみたいになります。彼の物語の中でさえ、私は地べたで下半身が裸になるまで、三つの言葉しか言っていないことになっていました。「はい、はい、はい」。あなたの今後のために言いますが、もし女性が合意できるかどうかわからないときは、彼女がまともに話せるか、確認してみてください。筋の通った、たった一つの文章さえ話せなかったのに。困惑しなかったのでしょうか。常識で考えてみてください。人としての品位はどこにいったのでしょうか?

    彼によると、私たちが地べたにいたのは、私が転んだかららしいのです。でも、覚えておいてください。もし女性が転んだら、起こすのを手伝ってあげてください。もし歩けないほど酔って転んでしまったら、彼女の上に覆いかぶさらないでください。性交しないで、下着をおろさないで、膣に手を入れないで。もし彼女がドレスの上にカーディガンを羽織っていたら、胸を触りたいがために脱がさないで。もしかしたら、寒くてカーディガンを着ていたのかもしれないから。

    ストーリーを進めましょう。自転車に乗った2人のスウェーデン人男性が近づいてきたら、あなたは逃げようとした。この2人があなたを押さえつけようとしたとき、なんで「やめろ!大丈夫だから。彼女に聞いてみろ、あそこにいるから。彼女が教えてくれる」と言わなかったのでしょうか。私の合意を聞いたばかりでしょ、そうですよね? 私は起きていたらしいじゃないですか。警察が来て、あなたにタックルした「悪いスウェーデン人」に事情聴取したときに、彼は目撃したことのために、激しく泣いていたから、話すことすらできなかったのです。

    あなたの弁護士はひたすら言い続けていました。まあ、彼女が具体的にいつ意識を失ったかわからないと。そうかもしれない、もしかしたら私は瞬きができていて、完全に歩けない状態ではなかったかもしれない。でも、重要なのはそこではありません。私はまともに話せないほど酔っていた。地べたに寝そべるずいぶん前から、同意などできないほど酔っていた。そもそも、触られるべきではなかった。ブロックは「もし彼女が無反応だと思ったら、その瞬間に止めていた」と述べていました。つまり、無反応になってから止める予定でいたのなら、あなたはまだ、理解できていない。私が意識を失っていても、あなたは止めなかった! あなたを止めたのは他の人だった。自転車に乗った二人の男性が、暗闇の中で動いていない私に気づいて、あなたにタックルしなければならなかった。私の上にいたあなたがなぜそれに気づかなかったのでしょう。

    あなたは途中で止めて助けを求めていただろう、と言いました。あなたはそう言ったけど、どうやって助けてくれたのか、初めから説明してほしい。知りたいから。もし「悪いスウェーデン人」が私を見つけていなかったら、あの夜がどうなっていたかを。質問させてください。下着をまた履かせてくれた? 首の周りに巻きつけてあったネックレスを解いてくれた? 開ききった足を閉じてくれた? 髪についていた松葉を取ってくれた? 首や下半身にできたアザが痛むか聞いてくれた? そして、友人を探して、温かくて安全な場所に連れて行くのを手伝ってくれ、と言ってくれた? あの二人の男性が来なかったらどうなっていたかを考えると眠れなくなります。私の身に何が起きていたんだろう。この問いに正しい答えなんて絶対出てこないし、1年経った今でも説明できません。

    これらに加えて、指が突っ込まれてから1分でオーガズムに達したと彼は主張しました。でも看護師は性器にアザ、裂傷や泥の付着があったと話していたのです。それって私がイク前? イッタ後?

    あなたは「彼女は欲しがっていた。彼女が許可したんだ」と私たちの前で証言しました。宣誓をした上で、そうしました。あなたが「真の被害者」で、スウェーデン人に攻撃された、と話すのは、恐ろしく、狂っていて、自分勝手で、有害な行為だと思います。今ある事実で苦しむのだけで十分なのに、誰かにこの重い苦しみをもみ消されそうになるのは、さらに苦しさが増します。

    私の家族は、見たくないものを見なければいけなかったのです。ストレッチャーに固定され、松葉がたくさん付いた私の頭。泥がついた体。目を閉じたままで、髪の毛はぐしゃぐしゃの状態。曲がった手足。めくり上げられたドレス。そしてその後も、あなたの弁護士から「事後の写真だから無視していい」との発言を聞かなければいけなかった。「看護師は、彼女の内側には赤みと擦り傷があって、性器に多くの傷跡があることを確認しました。でも、指を挿入されたらそうなるものです。ブロックもそれを認めています」とも。あなたの弁護士が、私をはっちゃけた女子として作り上げようとするのを聞かなければいけない。まるで、彼女がこうなったのも当然、と言いたいかのように。電話では酔っているように聞こえた、とあなたの弁護士が言うことを聞かなければいけない。だって私はバカで間抜けな話し方をするから。そしてボイスメールで、私が彼氏にご褒美をしてあげる、と話していたという指摘もありました。断言できるのは、ご褒美は彼氏以外にはしません。私に近づいてくる名前も知らない男性には、絶対にしません。

    彼は公判中、私と家族に元に戻せないほどのダメージを与えてきました。彼があの夜の出来事を作り上げていくのを、座りながら黙って聞いていました。でも最終的に、証拠もない証言と弁護士のねじ曲げた論理に誰もだまされなかった。真実が勝ったのです。真実は明らかだったから。

    あなたは有罪です。陪審員12人が、疑いの余地なく3つの重罪についての判決を下しました。12の票、36回の有罪を認める同意、そして100%の満場一致の有罪判決。そこで、私はやっと終わった、やっと彼は自分がしたことに責任を取り、心から謝罪することでお互いが前に進めると思っていました。そしてあなたの供述書を読みました。

    もし、あなたが、私の臓器が怒りで爆発して死ぬのを望んでいるならば、もう少しだからご心配なく。これは、よくある酔った学生同士が乏しい判断でイチャついた話ではありません。性暴力はアクシデントではない。どうしてなのか、あなたはまだ理解できていないようですね。不思議なことに、いまだに困惑しているように聞こえる。今から被告の証言を一部読み上げて、それらに答えます。

    あなたは「酔っていたから、私も彼女も最善の決断ができなかった」と言いました。

    アルコールは言い訳にはできない。要因ではありました。でも私を脱がしたのはアルコールではありません。指を挿入したのはアルコールではありません。丸裸に近い状態になっている私を、地面の上で頭から引きずっていたのはアルコールではありません。飲み過ぎてしまったのは初歩的な過ちだと認めます。でも犯罪ではありません。この部屋にいる皆さんも飲み過ぎて後悔したことがあるでしょう。もしくは、知人からそのようなことを聞かされたことがあったでしょう。飲み過ぎて後悔するのと、性暴力されて後悔するのとでは違います。二人とも酔っていました。違いは、私はあなたのズボンと下着を脱がさなかった。不適切にあなたを触らなかった。そして、逃げなかった。それが違いです。

    あなたは「もし彼女と知り合いになりたかったら、部屋に連れて行こうとするのではなく、電話番号を聞けばよかった」と言いました。

    電話番号を聞かなかったから、怒っているわけではない。もし知り合いだったとしても、あの状況にはいたくありません。私が付き合っている彼氏がもしゴミ箱の裏で下半身を触ろうとしても、彼をひっぱたいています。女子は誰もそんな状況にいたくない。誰も。電話番号を知っているかどうかなんて、どうでもいい。

    あなたは「周りのみんなと同じことをしていいんだなんて、バカなことを考えなければよかった。飲むのは間違っていた」と言いました。

    もう一度言いますが、飲むのが間違っていたわけではないのです。あなたの周りのみんなは、性暴力を犯さなかった。ズボンの中にある勃起したペニスを丸裸で無防備な体に押し付ける、という周りのみんなと違うことをしたから、間違っているのです。それも、パーティーにいた人たちから見えなくて守れない、暗くてひっそりとした場所で。私の妹が探せないところで。ウィスキーを飲んだのが、あなたの罪ではない。私の下着をあめ玉の包み紙みたいにはがして、指を私の体に突っ込んだ。これが間違っています。なんで私はこれをいまだに説明しているんでしょうか。

    あなたは「裁判中には、彼女を不当に扱いたくなかった。弁護士のせいであり、弁護士のアプローチの仕方だった」と言いました。

    あなたの弁護士は、あなたに責任を負わせたのではありません。彼はあなたを代表しているだけ。あなたの弁護士は、不愉快に見下したことを言いましたか? もちろん。彼は、あなたは寒かったから勃起していたと言いましたよね。

    あなたは「『大学キャンパスでの飲酒文化が引き起こす乱交に対して声をあげる』ため、経験者として高校や大学の学生に話すプログラムを設置しようとしている」と言いました。

    キャンパス内での飲酒の仕方。これが私たちが声をあげて反対しているものなのでしょうか? そのために私がここ1年闘ってきたと思っているのでしょうか? キャンパスの性暴力やレイプ、もしくは同意とはどういうものかの認識を広めるためではないと。キャンパスの飲酒文化だと。ジャック・ダニエル反対だと。スカイウォッカ反対だと。もし飲み方について語りたいのであれば、アルコール中毒者更生会に行ってください。アルコールの問題を持っていることが、飲んでから強制的に誰かとセックスすることと違うことに気づくでしょうか。どうやったら飲む回数を減らすのかではなく、男性がどうやって女性を敬うべきか、見せてあげてください。

    飲酒文化と乱交はセットだと。まるで副作用みたいにセットだと。サイドメニューとして付いてくるフライドポテトみたいに。乱交がいったいどこで登場するのでしょう。「ブロック・ターナー 過度の飲酒がもたらした乱交で有罪」という見出しなんて、どこにも出ていない。大学キャンパス内の性暴力。あなたのプレゼンのスライドの1枚目はそれでしょう。でもご心配なく。もしあなたが議論のトピックを誤っても、私は必ず、あなたが行った学校に、プレゼンをしに行きますから。

    最後に、「一晩飲みに出かけただけで、人生が台無しになることもあるということを、知ってほしいのです」と言いましたね。

    あなたには、あなたの人生があります。でも、私の人生のことは忘れていたみたいですね。私は、一晩飲みに出かけただけで、二人の人間の人生が台無しになることがあるってことを、世の中の人たちに知ってほしいと思っています。あなたと私。あなたが原因で、私がその結果。この地獄みたいな状況の中で私を引きずり回し、あの夜のことを繰り返し思い出させる。あなたは自分自身も、私のことも崩壊させました。私が平気で、無傷で出てきたと、あなたは思っているのでしょうか。あなたがダメージを受ける一方で、私は夕日に向かって去っていく。そんな風に思うなら、あなたは間違っています。この戦いには勝者はいません。全員が絶望しました。経験している苦しみのすべてに、何らかの意味を見つけようとしてきました。あなたの無くしたものは具体的でした。肩書き、単位、学籍。私の負った傷は目に見えないもので、自分の中に抱えなくてはならないものです。私の価値、プライバシー、エネルギー、時間、安全、親密さ、自信、そして、声を、あなたは奪っていきました。

    私たちに共通しているたった一つのこと。それは、朝、私たちが眠りから目覚めることができなかったということです。私はこれまでも苦しんだことがあります。でも、あなたは私を、被害者にしました。新聞に掲載された私の名前は「泥酔して意識を無くした女性」でした。たった10音節、それ以上のなにものでもありませんでした。しばらくの間、私はその10音節の言葉が自分自身を表す、すべてのような気がしていました。私の本来の名前と、アイデンティティを再び学び直さなくてはなりませんでした。被害者となった自分が、自分のすべてではないのだと、学び直さなくてはならなかったのです。私がただのゴミ箱の裏側でレイプされた酔っ払った被害者ではないのだと、自分に言い聞かせなければいけないと思いました。あなたはトップレベルの大学のトップレベルの水泳選手で、判決がでるまでは何の罪もない人間。でも、失いうるものは、たくさんある。私は間違いなく傷つけられた人間で、1年間も人生を保留にされた。その間ずっと、自分の人生にはそもそも何か価値があったのか、考え続けていました。

    私が当たり前に享受していた主体性、自然な喜び、優しさ、そして安定した生活は、想像以上に損なわれました。私は引きこもりがちになり、怒りっぽくなり、自分を卑下し、疲れ切って、過敏になり、空っぽになりました。そのときの孤独感は、本当に耐えがたいものでした。あの夜の前まで、私が送っていた人生に私を戻すことなど、あなたには決してできません。あなたが粉々になった自分の評判を心配する間ずっと、毎晩、私は冷蔵庫にスプーンを入れて寝ていました。寝て起きると、泣きすぎていつも目が腫れていたから。冷たいスプーンを目に当てて、目の腫れが治るようにして、ものがよく見えるようにしていたのです。私は毎日職場に1時間遅れて出社しました。階段で毎日泣きました。職場のある建物の中で、鳴き声が他の人に聞こえないような場所を知っています。あまりにつらくて、上司になぜ私がいつも姿を消さなくてはいけないのか、説明もしました。毎日を過ごすのが辛すぎて、時間が必要でした。貯金を使って、できる限り遠くに出かけました。フルタイムの仕事には戻りませんでした。裁判の予定が何度も変更されるからです。丸一年間、私の生活はこのことに振り回され、生活のリズムは完全に崩壊しました。

    5歳児のように、電気がついていないと眠れません。レイプされたときのことが悪夢で再現されて、起き上がることができなくなるからです。日が昇って、明るくなって安全だと感じられてから眠りにつくこともありました。3か月の間、朝6時に寝る日々が続きました。

    かつて私は、自分の独立心を誇りに思っていました。でも今では、夜歩いて友達が集まるイベントにでかけて、飲みに行くのも怖いと感じます。本来ならリラックスすべき状況なのに。いつも誰かにそばにいてもらわないとダメになりました。彼氏に横についていてもらったり、隣に寝てもらって、守ってもらわないとダメになりました。人生を恐る恐る生きて、いつも守られながら、自分でも自分を守ろうとし、怒る準備をしている自分。そんな弱々しい自分が恥ずかしいです。

    あなたは、私がどれほど努力して、弱ってしまった私の部分を持ち直そうとしてきたか知らないでしょう。あの夜起きたことを人に話すのに8か月かかりました。私は友人や自分の周りのすべての人たちとつながることができなくなりました。私は彼氏や家族があの夜のことを話題にするたびに、叫んでいました。私は何一つ忘れることができませんでした。公聴会や裁判の後、私はもうしゃべることに疲れ果てていました。私はすべてを出し切って、黙って帰りました。家に帰って、携帯電話を切り、何日も話をしませんでした。あなたは私を孤独な星へと導いてくれました。自分に起きたことについての新しい記事が出るたび、疑心暗鬼になりました。あの子がレイプされた女の子だって、みんなに言われる気がしました。誰の同情もいらなかったし、レイプ被害にあったことを自分の人生の一部として受け止める努力を今もしています。あなたは私の住む街を、居心地の悪い場所にしてくれました。

    眠れなかった夜を返して欲しいといっても、無理でしょう。女性が傷つけられるシーンのある映画を観ると、泣き崩れてどうにもならなくなりました。その結果、他の被害にあった女性たちへの思いが募るようになりました。ストレスで体重が減りました。でも人からは、最近はジョギングしているの?と聞かれます。とにかく、体に触れてほしくないと思うときがあります。私は自分が単に怒りっぽく弱い人間ではなく、十分に強く、能力があり、健康であることを学び直さねばなりません。

    妹は傷ついています。学校生活を続けられない。素直に喜びを感じられない。眠れない。息ができないほど電話口で激しく泣きながら、あの夜、私を一人にしたことを、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいと、なんども私に言うことがあります。あなたよりも後悔の気持ちを感じている。私は絶対にあなたを許さしません。あの夜、私は妹に電話をして、見つけようとしました。でも、あなたのほうが先に私を見つけてしまった。あなたの弁護士は、こう言いました。「(妹は)姉は大丈夫だったし、妹よりも姉のことをわかる人間が他にいるだろうか?』と話している」。あなたは私の妹を使って自分を弁護しようとするの?と思いました。あなたの行動を擁護する理由づけは、本当に弱かった。本当にレベルが低くて、恥ずかしいくらいだった。妹を利用しないでください。

    あなたは最初から、こんなことを私にするべきではありませんでした。さらに、あなたのしたことを、こんなことを私にするべきではなかったと、私にこんなにも長い時間を使って闘わせて、言わせるべきではないのです。でも、今、私たちはここにいます。私は被害に遭いました。その事実は消すことができません。今、私たち2人には選択肢があります。2人で自滅する。私は怒り、傷ついたままの状態を続け、あなたは否認を続ける。もしくは私が傷を受け入れ、あなたが罰を受け入れ、私たちは前に進む、ということです。

    あなたの人生は終わりではありません。何十年もかけて、人生の物語を書き直す時間があります。パロ・アルトとスタンフォードの外には、広い世界があります。あなたが必要とされて、幸せになれる場所を見つければいいと思います。しかし、今、あなたは、肩をすくめて、よく理解していないふりをすることはできません。あなたの行為は許されないというサインが出ていなかったふりはできない。あなたは、意図的に、強制的に、悪意を持って、私を性的に暴行した。そのことで有罪判決を受けています。あなたが唯一できるのは、アルコールのせいにすることだけでした。アルコールのせいであなたの人生がおかしな方向にひっくりかえったなんて、言わないでください。どうやったら自身の行為の責任をとれるのか、考えてください。

    量刑について話します。私は保護観察官の報告書を読んだとき、不信が募り、怒りでいっぱいになり、最終的には深い悲しみに至りました。私の話したことは、矮小化され、捻じ曲げられ、文脈から切り離されていました。私はこの裁判を全力で闘いました。たった15分の会話で、私の現在の状況や私の願いを評価しようとする保護観察官によって、この判決が軽くなることは受け入れられません。15分間は、ほとんどの時間が、私が法制度について持っていた質問に答えるために費やされました。文脈は重要です。ブロックの供述書はまだ出ておらず、かれの主張を私は読んでいません。

    私の人生の時間は1年間止まってしまいました。怒り、苦悩し、不確実な1年でした。陪審員の1人が、 判断を検証し、私が耐えていた不正義を無効にするまでは。もし、ブロックが罪を認めて自責の念を持ち、早期に解決しようと行動していたなら、彼の正直さと、私たちの人生を前に進める後押しをしてくれることを尊重し、私はもっと軽い刑でよかったと考えたかもしれません。しかし彼は、裁判をするリスクをとることを選びました。結果、私はすでに負った傷にさらに侮辱を加えられ、私の個人的な生活を公衆の面前にさらし、性的暴行についての詳細などの傷みを追体験することを、余儀なくされました。彼は、私と家族に、不可解で不必要な苦しみを経験することを強いました。彼の罪を問うためには、私の痛みをさらさなければならず、私たちはこれほどまで長く、正義のために待たなければいけなくなりました。

    私は、保護観察官に、ブロックに刑務所で腐ってほしくないと語りました。私は彼が刑務所で過ごさなくても良いと思っているとは言いませんでした。保護観察官の、郡刑務所で1年以下の刑を受ければよい、という提案は、彼の攻撃の深刻さを見せかけのものにすることであり、私とすべての女性への侮辱とも思える、甘い処分です。それは、見知らぬ人が適切な同意を得ずに他人をレイプし、最小限の刑以下の刑で、放免になることができる、というメッセージを発することになるからです。保護観察処分は却下されるべきです。また、私は保護観察官にこう伝えました。私が本当にブロックにしてほしいことは、理解すること、彼の行為があってはならないことだったことを理解し、認めることだと。

    残念ながら、彼の陳述書を読んだ後、私はひどく失望しました。彼は自分の行動についての、誠実な反省や責任を示すことができていないと感じています。私は、この裁判をする彼の権利を尊重します。しかし12人の陪審員が満場一致で3つの重罪で彼に有罪判決を言い渡した後でも、彼が認めているのは、アルコールを摂取した、ということだけです。自分の行動を完全に把握できないような人間は、刑を軽くされるに値しません。彼が、レイプを「乱交」として、刑を軽くしようとするのを限りなく不快に思います。レイプは、乱交ではなく、同意の欠如の結果です。彼に、その区別がついていないことが、私をとても不安にさせます。

    保護観察官は、被告が若く、前科がないという点を加味したといいます。でも、私からみたら、やってはいけないことをしたということは理解できる年齢のはずなのです。アメリカでは18歳は戦争にいけます。19歳であるなら、レイプをした代償を払えるくらい、大人です。彼は若いですが、十分歳をとっているのです。

    これが初犯なので、寛大な処分が検討されるのは理解できます。一方で、社会として、私たちは、誰かが初めて遭った性的暴行や指によるレイプの犯人を、許すことはできません。論理が破綻しています。レイプ被害の深刻さは、はっきりと認識されなければなりません。レイプがあってはならない行為であることは、試行錯誤の中で見極めていかなければならないことではありません。性的暴行への処罰は、酔っている場合でも、間違いなく正しい判断ができるよう、十分な恐怖を感じるくらい、厳しくなくてはなりません。

    保護観察官は、取得するのが難しい水泳の奨学金を放棄したことを考慮しました。ブロックが水泳選手としてとても速く泳ぐことは、私に起きたことのひどさを軽くはしてくれません。だから、罪は軽くするべきではありません。もし、社会的に恵まれない初犯の犯罪者が3つの重罪で起訴され、自分の行動に飲酒以外の何の責任感も示さなかった場合、どのような判決が下るのでしょうか?ブロックが私立大学のアスリートだったという事実が、寛大な処置の理由になってはならない。そうではなく、性的暴行は社会的な立場に関係なく法律に反しているのだというメッセージを発する機会としてみるべきです。

    保護観察官は、被告がかなり酔っていたので、同様の性質の他の犯罪と比較した場合、酌量の余地があると考えられると述べました。私は深刻だと感じました。これが、私が言わんとすることのすべてなんです。

    彼は自分には出直す機会を得る資格があるということを、どのようにして示したのでしょうか? 彼は酔っていたことについて謝っただけで、私を性的に暴行したと明確にせず、私は新たな被害を受け続けました。彼は3つの重罪で有罪とされています。彼はそろそろ自分の行動の結果を受け入れるべきです。いつのまにか、罪を免れるということはありえません。

    彼は生涯、性犯罪の前科者となります。そのことに有効期限はありません。私に対してやったことが年月が経ったからといって、なくなるものではないように。それは私のアイデンティティの一部として、私の中にとどまるのです。私の生き方も今後の生き方も永遠に変わってしまいました。

    最後に、感謝の言葉を述べたいと思います。私が病院で目覚めた朝に、オートミールを作ってくれたインターン生、私の横で待っていてくれた警察官、私を落ち着けようとしてくれた看護師さん、私の話をただ聞いてくれた刑事さん、私を断固として支援してくれた人たち、傷ついた状況下で勇気を出すことを教えてくれたセラピスト、私の状況を理解してくれた上司、痛みを強さに変える方法を教えてくれた両親、法廷でいつもチョコレートをくれたおばあちゃん、楽しい気分でいられるように励ましてくれた友人たち、寛大で愛情深い私の彼氏に、私の強くて、心の支えでもある妹、私を疑うことなく闘い続けてくれた、頼りになる(検察官の)アラーレー。この裁判を闘うのに時間を割き、心遣いくださったみなさまに、感謝します。検事を通じて私にメッセージをくれた全国の女の子たちや、私のことを気にかけてくださった見知らぬ皆さんにも感謝したいと思います。

    そして、まだ挨拶できていない、私を助けてくれた2人の男性に深く感謝します。私はベットの上に、自分で描いた2台の自転車の絵を張って、眠っています。この物語にはヒーローたちがいるということを忘れないように。私たちはお互いを思いやって生きていけるのだということ。こうした人たちと出会い、支援と思いやりを感じたことは、決して忘れません。

    そして、すべての女の子たちへ。私の心は、あなたたちとともにあります。孤独を感じるとき、私はあなたと共にいます。誰かがあなたを疑ったり、はねつけたりしたとき、私はあなたと共にいます。私はあなたたちのために毎日闘いました。あなたも、自分のために闘うのをやめないでください。私はあなたたちを信じています。作家のアン・ラモットは「灯台は、島を走り回って、救助しなくてはいけない船を見つけるのではない。ただそこに立っているだけだ」と書きました。私はすべての船を救うことはできないかもしれません。でも、私が今日話したのは、次のような希望があるからです。少しだけでも、灯火をともせたなら。少しだけでも、黙らなくてもいいと知ってもらえたら。少しだけでも、正義がなされたと満足してもらえたら。少しだけでも、前進していると安心してもらえたら。そして、もっと、もっと大きなことは、あなたは重要であること、間違いなく誰にもあなたに勝手に触れる権利はないこと、あなたは美しいということ、価値があり、尊敬に値し、間違いなく力を蓄えていて、それは誰にも奪うことはできないということ。そのことを知って欲しいのです。すべての女の子たちへ。私はあなたと共にいます。

    この記事は、溝呂木佐季、山光瑛美、坪池順、中野満美子が翻訳しました。


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