被害女性の手紙。スタンフォード大レイプ事件が世界を揺るがす理由

    魂の叫びが、心を揺さぶる。

    2015年1月18日未明、スタンフォード大。それがすべての始まりだった。

    キャンパスのゴミ箱の裏で、22歳の女性が何者かに暴行された。女性は意識を失い、半裸だった。犯行を目撃した2人の大学院生が犯人にタックルして確保。女性は病院に運ばれた。

    逮捕されたのは同大1年生だったブロック・ターナー(20)。今年3月、陪審員は3件の性的暴行について有罪と判断した。そのため、州刑務所で最長14年の刑期を受ける可能性があった。

    女性の陳述書に1700万人が涙

    裁判で、被害女性(23)は、暴行による苦しみと法廷闘争がどれだけ辛いものだったのかをしたためた陳述書を読み上げた。心をえぐられるその内容。陳述書を提供されたBuzzFeed Newsが3日に載せた全文は、1700万回以上も読まれている。(日本語訳の全文はこちら

    大学を卒業して以来、お酒があまり飲めなくなっていたことを忘れて、勢いよく飲みました。次に覚えていることは、廊下の担架に横たわっていたことです。両手の裏側と肘に乾燥した血がつき、包帯が巻かれていました。

    ある日、職場で、携帯電話でニュースをスクロールしていました。そして、ある記事を見つけました。その記事を見て、初めて知りました。私が意識を失って発見されたこと。髪は乱れ、ロングネックレスは首に巻き付けられ、ブラジャーは服から引っ張り出され、服は肩から引きおろされ、腰の上に引き上げられ、お尻からブーツまで体が露わになり、両足は広げられ、見知らぬ誰かによって、異物を挿入されていたことを。

    あなたは「酔っていたから、私も彼女も最善の決断ができなかった」と言いました。アルコールは言い訳にはできない。要因ではありました。でも私を脱がしたのはアルコールではありません。指を挿入したのはアルコールではありません。

    あの夜の前まで、私が送っていた人生に私を戻すことなど、あなたには決してできません。あなたが粉々になった自分の評判を心配する間ずっと、毎晩、私は冷蔵庫にスプーンを入れて寝ていました。寝て起きると、泣きすぎていつも目が腫れていたから。冷たいスプーンを目に当てて、目の腫れが治るようにして、ものがよく見えるようにしていたのです。

    あなたは、意図的に、強制的に、悪意を持って、私を性的に暴行した。そのことで有罪判決を受けています。あなたが唯一できるのは、アルコールのせいにすることだけでした。アルコールのせいであなたの人生がおかしな方向にひっくりかえったなんて、言わないでください。どうやったら自身の行為の責任をとれるのか、考えてください。

    彼は、裁判をするリスクをとることを選びました。結果、私はすでに負った傷にさらに侮辱を加えられ、私の個人的な生活を公衆の面前にさらし、性的暴行についての詳細などの傷みを追体験することを、余儀なくされました。

    保護観察官の、郡刑務所で1年以下の刑を受ければよい、という提案は、彼の攻撃の深刻さを見せかけのものにすることであり、私とすべての女性への侮辱とも思える、甘い処分です。

    保護観察官は、取得するのが難しい水泳の奨学金を放棄したことを考慮しました。ブロックが水泳選手としてとても速く泳ぐことは、私に起きたことのひどさを軽くはしてくれません。だから、罪は軽くするべきではありません。

    ブロックが私立大学のアスリートだったという事実が、寛大な処置の理由になってはならない。そうではなく、性的暴行は社会的な立場に関係なく法律に反しているのだというメッセージを発する機会としてみるべきです。

    私が今日話したのは、次のような希望があるからです。少しだけでも、灯火をともせたなら。少しだけでも、黙らなくてもいいと知ってもらえたら。少しだけでも、正義がなされたと満足してもらえたら。少しだけでも、前進していると安心してもらえたら。そして、もっと、もっと大きなことは、あなたは重要であること、間違いなく誰にもあなたに勝手に触れる権利はないこと、あなたは美しいということ、価値があり、尊敬に値し、間違いなく力を蓄えていて、それは誰にも奪うことはできないということ。そのことを知って欲しいのです。すべての女の子たちへ。私はあなたと共にいます。

    法廷で聞いたある検事は「検事としての20年間に聞いた中で、最も説得力があり、力強く、心を動かされる主張」と話した。

    CNNのアナウンサーはこれを6日の番組で23分かけて朗読。さらに大きな反響を呼んだ。フランス、スペイン、ポルトガル、ドイツの4ヶ国語にも訳された。

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    責任逃れと軽い量刑に非難

    ターナーは事件前、キャンパスにある男子学生寮(フラタニティー)のパーティーで大量に飲酒。同意の上での性行為だったと主張して、レイプを否認した。事件の原因は、自身ではなく、アメリカの大学に特有の、酒を飲んで男女で馬鹿騒ぎする文化にあると主張し続けた

    2日に下された判決は、郡刑務所での6ヶ月の刑期と保護観察処分。量刑は「異例の軽さ」と非難が集まった。(ターナーは上訴)

    アーロン・パースキー裁判官(54)は事件をこう見ていた

    ターナー氏は自責の念を示していて、私の主観では、偽りではないと思います。(被害者が)偽りのない自責の念だと思わないのは、彼が「わたしはこれをしました。あなたがどれだけ飲んでいたかを知っています。どれだけ泥酔していたかを知っていて、それでもやりました」と決して言わないからでしょう。

    決定的だったのは、パースキー裁判官の判決での発言だった。

    「より長い刑期はターナーに深刻な影響があるかもしれない。彼は他人に危害を加えないと思う」

    加害者への「影響」を考慮する裁判官。この発言の裏側にあるものはなにか。

    白人のエリート男性

    「普通は、保護観察処分や2年以下の刑期とはされない重罪です。裁判官は非常に軽い判決を下すために、ありとあらゆることをしている」

    こう非難するのは被害者家族と付き合いがあり、スタンフォード大で法律を教えるミシェル・ドーバー教授。判決を下したパースキー裁判官の罷免運動を起こした。

    ドーバー教授は「エリート競技選手であるということを、大きく考慮したのではないか」と指摘し、2人が同じような経歴を持っているために軽い判決を下したのではないかと話す

    加害者ターナーはオリンピック出場も狙う優秀な水泳選手だという点が繰り返し取り上げられた。パースキー裁判官も白人男性で、スタンフォード大の卒業生。ラクロス部の主将だった。

    Judge #AaronPersky believes you can't be too harsh on rapist. Up for reelection 6/7. Send him to his retirement.

    「アーロン・パースキー裁判官は、レイプ犯に厳しすぎることはできないと信じるようです。再選は6月7日。退職させましょう」

    カリフォルニア州の司法長官も「被害者の声が聞かれず、リスペクトされず、尊厳が与えられなかったことを懸念しています」と述べた。(パースキー裁判官は別の事件の予審から外された

    罷免の手続き開始を求めるChange.orgのキャンペーンはこう呼びかけた。

    「パースキー裁判官は、権威ある大学の白人の男性スター選手だからといって、ブロック・ターナーは寛大な判決を得られるわけではない、という事実を認めなかった。社会階級、人種、性別に関係なく性的暴行は違法であるというメッセージを送ることもしなかった。法を歪曲した茶番を正しましょう」

    この訴えに、120万人以上の署名が集まっている。

    加害者の息子を擁護する父親

    加害者の父親ダン・ターナーがパースキー裁判官に宛てた手紙が明らかになったことも、事件への怒りを広げる要因となった。

    被害女性の生活を一変させた卑劣な犯罪行為。それにもかかわらず父親は「成績が良く、誰からも好かれる」息子が「とてつもなく高い対価」を支払ったと書いた。

    「彼は、気楽な性格と笑顔をもった楽天的な人間に戻ることはありません。起きている時間は、心配、不安、恐れと憂鬱でいっぱいです。(中略)いまやほとんど食事をしませんし、生きるためだけに食べています。こうした判決は、色々な面で彼と私たちの家族を粉々に壊しました。彼の生活は、かつて夢見て、達成するために一生懸命努力したものからは一変しました。二十数年の人生のうちの20分間の行動に支払うにはとんでもなく高い対価です」

    「彼に犯歴はありませんし、2015年1月17日の夜の行動も含め、誰に対しても暴力的になることはありませんでした。ブロックは社会に貢献する人物として、たくさんのポジティブなことができますし、飲酒や乱交の危険性について大学生たちに教育するつもりです。大学のキャンパスで学生を教育するブロックのような人間がいることで、社会は大量飲酒とその不幸な結果の循環を断ち切ることができるようになります。この状況で保護観察処分はブロックに最良の答えとなり、全体として社会にポジティブに還元することができるでしょう」

    非難の嵐に対して、父親は6日、ハフィントンポストに弁護士を通じてこう釈明した。

    「わたしの言葉は、多くの人に誤解されました」

    「あのコメントで意味したのは、20分という時間です。『行動』という言葉は性行為を指したわけではありません。不幸な言葉の選択で、誰かを冒とくしたり不快にさせたりするつもりはありませんでした」

    説明になっていない説明に、人々の怒りは収まらない。この父親を諭す牧師の投稿メディアに取り上げられ、1日で200万人が読んだ。

    「ブロックは被害者ではない。彼の被害者が被害者なのだ。彼女が傷つけられた者なのだ。彼は加害者なのだ」

    だが、ターナーを擁護するのは父親だけでなかった。

    友人も擁護

    地元の友人レスリー・ラスムッセン(20)が裁判官に宛てたターナーを擁護する手紙も集中砲火を浴びた。

    「飲んだ量しか覚えていないような女性の判断に、彼の今後十数年の人生を左右させるのは公平だとは思いません。このことについて、彼女を責めているわけではありません。それは正しくないからです」

    「でも、どこで線引きをし、毎日ポリティカル・コレクトネス(政治的公正)ばかりを気にすることをやめるのでしょう。キャンパスでレイプが起きるのは、必ずしもレイプ魔がいるからではないということを理解するべきです」

    被害者を責めているわけではないといいながら、責める文面。非難を浴び、ラスムッセンのバンド「グッド・イングリッシュ」は複数の音楽フェスへの出演を拒まれた。(本人はFacebookページで謝罪した

    なぜ、このような擁護が許されると考える人間がいるのか。

    「外面」重視のアメリカ文化

    ターナーが在籍した名門スタンフォード大は、優秀な学業成績に加え、秀でた特技や課外活動、高価な学費をまかなえる資力がなければ進学できない。

    ターナーは、オハイオ州デイトン市のオークウッドという地域の出身だった。裕福で高学歴の家族が住む、安全な地域社会。だがこうした外面とは裏腹に、深い闇を抱えている。

    外面のよさが最優先され、倫理観は後回しにされる。「合意だった」とレイプを認めず、謝罪しない。

    こう説明するのは、子どもたちがターナーと一緒に高校へ通った、大学教授のケイト・ガイゼルマンだ。

    ワシントンポスト紙に寄稿した要旨はこうだ。

    私はブロック・ターナーを育てたコミュニティーに住んでいる。だから、こうした現実はわかっていた。

    彼はゴミ箱の裏で起きたことはレイプではないと否定する。泥酔と合意が違うとは理解しない。飲酒のせいにし、責任から逃れ、被害者に謝罪しない。

    ここは牧歌的な中西部のコミュニティーだ。街路樹が植わり、可愛らしい家々が並ぶ。学校は全国的に知られている。ニックネームは「ドーム」。その名が表すように、暴力、貧困、不都合な真実からは隔離されている。

    だが、このようなコミュニティーは暗い面を持っている。そこに育つ子供達は、「いい子」であることの積み重ねの合成物だ。成功することへのプレッシャーにさらされ続ける。

    だから、自宅で開いたパーティーで子どもたちが酔っ払って騒いでも、とんでもないことになっても、親たちは肩をすくめるだけ。暗黙の了解はこうだ。ルールが必ずしも適用されるわけではない。警察もこない。鉄槌は落とされない。

    ただ、今回は落とされた。

    こういうコミュニティーは全国どこにでもある。そして、ブロック・ターナーのような子どもも、どこにでもいる。「親切」で「こざっぱり」して「楽天的」で、何をしても優秀な子ども。

    でも、今まで「NO」と言われたことがない。欲しいと思ったら、手に入らないものはない。なりたいと思ったら、なれないものはない。なぜなら、自分は特別だから。幸運なことに、ほとんどのこういう子どもたちは、誰も傷つけることなく明るい未来に歩みを進める。世界によいことをもたらすだろう。

    しかし、こうした郊外のコミュニティーと、あのスタンフォードのゴミ箱の境目はあいまいだ。「NO」と言われたことのない子ども。世の中のなんでも手に入れられるなら、意識を失った女性の体に手を出せないはずがあろうか? 走って逃げ、言い訳を続けることもたやすく想像できる。ウイスキーのせいにし、女性のせいにし、大学の飲酒文化のせいにする。これは権利、指摘されたことのない特権なのだ。

    父親は、酒と乱交のせいだとした。友人は「キャンパスでレイプが起きるのは、レイプ魔がいるからではない」と擁護した。こうした主張が裁判官の判断に影響を与えたということは、社会のシステムが崩壊している証左だ。

    被害者の勇気ある陳述書によって、レイプカルチャーに焦点が当たったことに安堵を覚えた。これまでどんな起訴や判決すらもできなかったことなのだ。

    軽い量刑、女性蔑視、破綻した倫理観。だが、事件が注目を集める理由は、これだけではない。

    顔写真と人種差別

    日本と違ってアメリカは、逮捕時に撮影した容疑者の写真を報道機関に提供する。どの容疑者も同様に扱われるべきという理由だ。

    だが、ターナーの場合、警察は当初、逮捕時の顔写真を提供しなかった。そこで報道機関は、卒業アルバムの笑顔の写真を掲載した

    ワシントン・ポスト紙には笑顔のターナー。

    This is how a convicted rapist was portrayed by @washingtonpost. Include his swimming creds, avoid the word "rape"

    これは、人種差別が根強いアメリカを象徴していると非難されている。対照的に、有色人種はこんな表情の逮捕時の写真が記事に載るからだとの指摘もある。

    For contrast, here's @washingtonpost coverage of other rapes. All three headlines use the word, use mugshots.

    だが、事件には希望もある。女性を助けた2人の大学院生だ。

    被害者を助けた院生は

    助けてくれた2人に向けて、被害女性は言葉をつづっている。

    私はベットの上に、自分で描いた2台の自転車の絵を張って、眠っています。この物語にはヒーローたちがいるということを忘れないように。私たちはお互いを思いやって生きていけるのだということ。こうした人たちと出会い、支援と思いやりを感じたことは、決して忘れません。

    救出した一人、カール=フレデリック・アーントさんは7日、スエーデンのメディアExpressenに、被害女性の陳述書を読んで、非常に心動かされたと語っている。

    もう一人ピーター・ジョンソンさんは8日、Facebookにこう書き込んで、被害者の陳述書の全文をシェアした。

    「いまは、裁判の過程や結果について、公にコメントするつもりはないです。でも、数分かけて、被害女性のこの手紙をぜひ読んでください。私にとって、他にない形で、言葉では描写できないような経験を言葉で描写し、迫ってくるものがあります」

    政治家も芸能人も声をあげる

    こうした社会問題に対し、芸能人が積極的に声をあげるのもアメリカ社会の底力だ。

    テレビの連続ドラマ「GIRLS/ガールズ」を製作・監督・脚本・主演するレナ・ダナム(30)は共演者らと性的暴行に反対する力強いメッセージを発信した。(レナ自身もかつてレイプ被害を告白している

    I dedicate this to the brave survivor in the Stanford case who has given so much to change the conversation. https://t.co/KMOJUxvPu0

    「これをスタンフォード事件の被害にあった勇敢な女性に捧げます。議論を変える大きなきっかけをつくってくれました」

    5人に1人の女性がレイプ被害を報告しています。8割は知人によるものです。4人に1人の女の子が18歳までに性的虐待に遭います。

    ではなぜ、信じようとしない態度が社会のデフォルトの反応なのでしょう? あなたは事態を改善する選択ができます。

    サポートし、耳を傾け、行動を起こしてください。被害にあった女性が誰かの娘だからじゃなく、誰かの彼女だからじゃなく、誰かの姉妹だからじゃなく、誰でもありうるのですから。

    ジョー・バイデン副大統領は9日、感情のこもった手紙で被害者の訴えに答えた

    私はあなたの名前を知りません。でも、あなたの言葉はわたしの魂に永遠に焼き付けられました。すべての年齢の男女が読むべきです。

    声をあげられたあなたの勇気に畏敬の念を抱いています。あなたに起きた間違ったことを明らかにし、人間の尊厳への公平な権利について感情を込めて主張されました。

    そして、わたしは激怒しています。こんなことがあなたに起きてしまったことに。文化がいまだに壊れていて、あなたが自身の価値を守る立場においてもらえなかったことにも。

    わたしたちはみな、女性に対する暴力の惨劇を決定的に止める責任があります。

    わたしも、あなたへの支援のグローバルな輪に加わります。被害を乗り越えた人たちに何度言っても十分ではないことがあるからです。あなたを信じます。あなたの責任ではありません。

    私はあなたの名前を知りません。ですが、あなたを決して忘れません。

    あなたのストーリーに心動かされた数百万の人たちも、あなたを決して忘れないでしょう。

    被害者がいま伝えたいこと

    励ましや応援が集まり、社会を変えようとする動きが高まる。これを受けて、被害女性は7日、匿名を貫く理由を、プライバシーを守るために加え、こう説明してくれた

    「多くの人たちが知らない誰かのために戦ってくれている。それこそが美しい。私にラベルやカテゴリーはいりません。それらがなくても、リスペクトしてもらえ、声に耳を傾けてもらえるんです」

    「声を聞いてもらいたい、ただの一人の女性としてだけ、立ち現れたいと思います。みなさんに、私について知ってもらいたいことはもちろんいっぱいあります」

    自分のことを知って欲しいと思いつつ、匿名である理由を綴った文章。最後を「 I am every woman」と結んでいる。

    被害はどの女性にも起こりうるし、どんな女性にも声を挙げてほしい、そんな意味が込められた「私はあらゆる女性です」という言葉だ。


    訂正

    パースキー裁判官に関するツイートの訳を「再選は7月6日」から「再選は6月7日」に直しました。

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