新型コロナウイルス感染症の感染拡大が続き、緊急事態宣言が発出されている中で東京オリンピック・パラリンピック開催に向けた準備が進められている。
選手村では握手やハグなどを避けるよう方針が示されている一方、15万個のコンドームが配布される点などについて、感染対策との矛盾を指摘する声も上がる。
開催するとしても感染リスクの低減が求められる今夏の五輪。こうした問題をどのように捉えるべきか。BuzzFeed Newsは組織委員会や専門家に取材した。
五輪の感染対策に「不十分」と指摘も
東京五輪における感染対策については、関係者の行動指針を示す「プレイブック」に詳しく記載されている。
プレイブックの「原則・方針」は以下の通りだ。
本プレイブックに記載の強化された新型コロナウィルス感染症対策は、すべての参加者にとって安全な大会の環境を作り出すことができるように計画されています。また、これらの対策は、私たちのホストである日本の居住者にさらなる保護をもたらします。大会参加者の皆様は、一般の方とのやり取りを最小限に抑えながら、日本にいる間は常にプレイブックを遵守する必要があります。
(アスリート・チーム役員 公式プレイブック 第2版)
このプレイブックにはマスクの着用、ハグや握手などを避けて物理的な接触は最小限とすること、接触確認アプリや健康観察アプリを利用すること、検査を定期的に受けることなどが必要であると明記されている。
プレイブックの内容については、アメリカの権威ある医学誌・The NEW ENGLAND JOURNALl of MEDICINE(NEJM)に 「オリンピック参加者をCovid-19から守るために - リスクマネジメントのアプローチが急務」と題した論文が掲載され、話題となっている。
この論文は、東京五輪のプレイブックは「科学的リスク評価に基づいて作成されていない」と評価。
マスクを選手が持参しなければならない点や、大会への参加はアスリートの自己責任とされているといった点など、プレイブックの問題点を列挙し、安心・安全な大会運営の鍵とも言える指針が不十分であると指摘している。
また、2016年のリオデジャネイロ五輪の開催に向けてジカウイルスに関する検討を行った前例を紹介し、WHOが感染症の専門家やアスリートの代表などを含む委員会を早急に招集し、東京五輪のリスク管理に関して助言すべきであると提言した。
組織委員会「著者にどの程度大会準備をご理解いただいているか不明な部分もある」
こうした指摘を受けていることについて、大会組織委員会はどのように受け止めているのか。
組織委員会はBuzzFeed Newsの取材に文書で回答。この論文については「承知している」と語る。
「プレイブックに記載している対策は、コロナの状況が変化する中で、知見を得ながら科学的に内容の更新を行ってきたもの。 スクリーニング検査、マスク着用、個人の衛生管理、フィジカルディスタンスなど広く一般に浸透している衛生対策に加え、この1年の間、コロナ禍においても参加者と地元住民のリスクを最小限に抑えつつ、世界中で安全に開催されてきた数多くのスポーツイベントの経験が盛り込まれた」
その上で、論文の指摘は一部プレイブックに記載されている事実と異なる点があるとした。
「テスト(検査)頻度に関する詳細が不十分とされている点は、プレイブック第2版で明記されており、事実と異なっている」
また、論文では「治療やリハビリの詳細が不十分で、アスリートのメンタルヘルスや福利厚生のサポートについても言及されていない」と指摘されているが、「アスリートのメンタルヘルス・健康サポートについても、選手村には精神科を含むポリクリニック(診療所)を設置することにもなっている」と説明。
「保険の適用に関する記述についても、基本的にアスリートの医療費は組織委がカバーすることになっているため、(論文の)著者にどの程度大会準備をご理解いただいているか不明な部分もある」としている。
IOCや大会組織委員会は6月にプレイブックの最終版を発表予定だ。最終版では、指摘された課題が改善される予定はあるのだろうか?
「プレイブックは、4月28日に第2版を公表後、その後も各方面からのフィードバックなどを踏まえながら、IOCとも緊密に連携し、最終の第3版公表に向けて改訂作業を行っている」
「改訂にあたっては、感染症対策に万全を期すべく、WHOや感染症の専門家の意見を今まで以上に積極的に取り入れていく所存。なお、本論文の最後には、現在のように人々が隔絶された時代において大会がもたらす価値を述べており、引き続き組織委としては、第3版のプレイブック発行に向けて関係機関とともに尽力し、コロナ対策に万全を期して安全で安心な大会開催に努めてまいりたい」
なぜコンドームを配布?組織委員会の回答は…
また、接触を最大限避けるようプレイブックに記されているにも関わらず、選手村では15万個のコンドームが配布されることについて一部では疑問の声も上がっている。
組織委員会は取材に対し、「東京2020大会では、選手に向けた性感染症予防の啓発を目的に、選手村(分村含む)の数か所でコンドームの提供を行う予定です」と回答。
無償提供の協力の申し出があった複数の社から、2012年のロンドン五輪と同程度の数(約15万個)のコンドームの提供を受ける予定であることを明かした。
しかし、選手村におけるコンドーム配布はあくまで使用するためではないという。
「選手村におけるコンドームの配布は、HIV/AIDSがアスリートをはじめ若者の未来を奪う病気であり、差別や貧困も生んでいることから、IOCがその撲滅のための啓発活動の一環として、1988年ソウル大会から行われており、2004年からは国連とも連携した取組になっています」
「コンドームの配布は、選手村で使うというものではなく、母国に持ち帰っていただき啓発にご協力いただくという趣旨・目的のものです。また、IOCからも東京大会においても引き続き実施するよう求められているところです」
専門家「コンドームが必要となったときに、そこにないということが一番の問題」
ハグや握手を禁じる中でコンドームを15万個配布することに専門家はどのような見解を持っているのか。
感染症対策コンサルタントで東京オリンピック・パラリンピックの感染対策にも関わる堀成美さんは、そもそも過去の五輪でもこうしたコンドームの配布が行われてきたことに言及し、コンドームを配布すること自体を批判する報道が一部でなされていることに驚きを隠せないと明かす。
人々の不安を必要以上に煽る報道も少なくない。現場の取り組みを妨げかねない側面もあると苦言を呈した。
「不特定多数の人とする可能性のある握手やハグと、より親密レベルの高いセックスを同列で扱うことは適切でしょうか?」
「もともと、こうしたコンドームの配布はエイズ対策のために始まりました。配布されたコンドームを使うか、使わないかは個人の問題です。その上で前提条件として理解しておく必要があるのは、選手村に滞在する人は基本的にワクチンを接種し、毎日検査を受ける人々であるということです。つまり、この選手村における新型コロナの流行レベルは日本国内の他の地域と比べても非常に低いことが想定されます」
堀さんは、コンドームを配ることが問題ではないと強調する。五輪の選手村で取り組むべきなのは、新型コロナ対策だけではないからだ。
「このトピックに関して、何が問題なのか?と聞かれれば、コンドームが必要となったときに、そこにないということが一番の問題だと考えています。コンドームを配布することで、誰かを危険にさらすのでしょうか?むしろ、配布することで性感染症のリスクに対する安全レベルを上げることが可能となります」
「五輪開催にあたっては、新型コロナへの対策だけをすれば良いというわけではありません。地震やテロなどへの対策も必要ですし、選手村内での性感染症対策も必要です。議論のバランスが、コロナ対策ばかりに偏っていることを危惧しています」