新型コロナウイルスのワクチン接種がアメリカやイギリスをはじめとする世界各国で進められている。
日本でも、2月末からまずは医療従事者に対し接種を開始し、3月末からは高齢者に対する接種が始まる予定だ。
一部報道ではワクチン接種のリスクばかりが強調されるが、そもそもワクチンとはどのような仕組みで、どのように効果を発揮するのだろうか。
インフルエンザワクチンとは何が違うのか。また、現在先行する2つのワクチン以外の開発状況はどのようなものか。
「メディカルジャーナリズム勉強会」が主催し、メディア関係者向けに開催されたワクチンに関する勉強会から、米国国立研究機関博士研究員でウイルス学や免疫学を専門とする峰宗太郎医師の発表内容を伝える。
※発表内容は峰医師に許可を得た上で追加取材をし、まとめたものを掲載している。
(1)ワクチンって何?
ワクチンをうつと、体の中に抗体が作られることをはじめとする様々な(免疫)反応が起きます。これをやっておくと、本物の病原体がやってきたときに、体が素早く反応して防ぐことができる。ワクチンとはそのようなことを目的とした医薬品となっています。
ワクチンで起こる免疫反応(獲得免疫の反応)には、主に2つのものがあります。1つが「細胞性免疫」というT細胞などが担う反応と、もう1つが「液性免疫」という主にB細胞が担う反応です。
抗体というものが大事ですが、この抗体はB細胞がつくり、検査で測定することができます。これを測定することで、免疫がどれくらいついたのかということがわかります(それを抗体価といいます)。
この抗体価は免疫の中でも液性免疫の部分だけを測る指標になっていますが、研究でも臨床でも広く使われているものです。
今回の新型コロナウイルスの場合、ワクチンで誘導されてくる抗体の量は自然に感染する抗体の量よりも、多いことがわかっています。ですから、これは感染した方であってもワクチンを接種することが推奨される根拠にもなってきます。
ワクチンを接種することによって、免疫反応に強く誘導されるということもわかっています。
抗体には、IgM、IgG、IgAなど色々な種類(クラス)のものがありますけれども、ワクチンをうったり、感染したりした直後にはIgMという抗体がまず上がってきます。しかし、時間がたつとこれが少しずつIgGというものに置き換わっていきます。
このIgGというものが十分に体の中をめぐっていると、病原体から防御することができます。
(2)新型コロナワクチン、なぜ効くの?
今回の新型コロナウイルスの構造はこのような構造になっています。
実際には脂質二重膜(エンベロープ)という脂の膜の中に、RNAなどの成分を含んでいます。そして、表面にはスパイクタンパク質という突起やエンベロープタンパク質という突起が突き出しています。
特にこのスパイクタンパク質というものが、今回のワクチン開発においては大切なターゲットとなっています。
なぜなら、このスパイクタンパク質というのはウイルスの表面にあるものですが、これがヒトの細胞の表面にあるACE2という分子とくっつくことによって、はじめてウイルスが細胞の中に入っていって「感染」を起こすからです。
このスパイクタンパク質を使って細胞に付着し、さらに侵入するため、スパイクタンパク質はウイルスが感染を起こす際に非常に重要なパーツになります。
新型コロナワクチンでは、このスパイクタンパク質を狙って、その機能を邪魔するということが目的となってきます。
スパイクタンパク質には、RBD(レセプター・バインディング・ドメイン)と名付けられた部分があります。実際にこの部分がスパイクタンパク質のACE2という受容体(レセプター)とくっつきます。
そのため、このRBDにくっつき、その機能を邪魔をする抗体ができれば、このウイルスが細胞の中に入っていくことを防ぐことができると考えて良いわけです。
そこで、このようなスパイクタンパク質に対して免疫反応を引き起こさせることがワクチンの目的となります。
一般的に、ウイルスが細胞に入り込む能力をなくすことを抗体による「中和」といい、その能力のことを「中和能」と言います。ワクチンによって引き起こされた抗体がこのRBDに対応することができれば、特にウイルスの機能を「中和」する能力があるということがわかっています。
(3)新型コロナワクチンはどんなワクチン?
ワクチンと一言に言っても、様々な種類があります。
ワクチンとは、体に対して、病原体侵入に対する準備(予行演習のようなもの)をさせるものです。ですから、ウイルスそのもの、もしくはウイルスを模倣するものを「異物」(本来は体にないもの)と認識させて、免疫系を反応(誤認)させることを目的としています。主に以下のようなワクチンの種類があります。
(1)生ワクチン:ウイルスそのものを弱毒化させ、「生きた」ままうち込む
(2)不活化ワクチン:ウイルスを「殺し」(不活化させ)うち込む
(3)組換えワクチン / 成分ワクチン:ウイルスの一部、新型コロナの場合はタンパク質の成分のみをうち込む
(4)ベクターワクチン:設計図を別のウイルスに入れて、体でスパイクタンパク質の一部を作らせる(5)DNAワクチン:設計図をDNAの形で体に入れて、体でスパイクタンパク質の一部を作らせる
(6) mRNA(メッセンジャーRNA)ワクチン / レプリコンワクチン:設計図をRNAに入れて、体でスパイクタンパク質の一部を作らせる
これら6つのワクチンのうち、生ワクチン、不活化ワクチン、組換えワクチン / 成分ワクチンの3つが今までのワクチンで使われてきた技術になります。
一方で、ベクターワクチン、DNAワクチン、mRNAワクチン / レプリコンワクチンは新しい技術です。
つまり、経験が浅い部分があるとも言えますが、技術的には非常にメリットも大きいと言えます。
大事なこととしては、生ワクチン以外は原理的に、感染することはありえないということです。
よく流布される話には、「インフルエンザワクチンからインフルエンザに感染した」というものがありますが、インフルエンザワクチンは不活化ワクチンですので、ワクチン接種で感染することは起こりません。
新型コロナに関しては、新テクノロジーを用いたmRNAワクチン、レプリコンワクチン、ベクターワクチンが話題となっています。
RNAベースのワクチンとしては、ファイザー・ビオンテックとモデルナの2つのワクチンが先行しています。
また、ベクターワクチンとしては、アストラゼネカ・オックスフォードのチンパンジーのアデノウイルスというものを使ったワクチンがあります。
それ以外にも、こうした技術を用いてワクチンを開発している企業はあり、今後も異なる種類のワクチンが出てくることが予想されます。
(4)鍵はタンパク質を作る仕組み
こうした核酸ワクチン(DNAワクチン、mRNAワクチン、レプリコンワクチン)は設計図を体にうち込み、体の中でタンパク質を作るものです。
タンパク質ができる過程は以下の流れです。
ヒトの体において、細胞内ではDNAという形で「設計図」が保持されています。その設計図がmRNAというものに書き写されることで、「指令書」となります。
細胞では、その指令書をもとにタンパク質を作り、そのタンパク質が体の中で働くことで様々な機能が担われています。
今回の新型コロナワクチンについて説明すると、ベクターワクチンやDNAワクチンの場合には体にDNAをうち込む仕組みです。一方で、mRNAワクチンやレプリコンワクチンはRNAをうち込む仕組みとなっています。
そして、従来型のワクチンは結果的には「タンパク質」を「異物」としてうち込む仕組みでした。
つまり、今まではタンパク質を製薬会社の工場で生成していました。しかし、今回はその設計図を体の中にうち込んで、体(細胞)を工場の代わりに使って、体の中でタンパク質という「異物」を作らせようという試みになっています。
なお、核酸ワクチンは厳密には「遺伝子組換え技術」を用いているものではありません。また、mRNAワクチンは設計図をうち込んだからといって、体の中で遺伝子が変化するといったことはないような形になっています。
mRNAワクチンの場合
このmRNAワクチンというものの原理はどのようなものなのでしょうか。
mRNAは油でできた担体というものと混ぜて体の中にうち込みますと細胞の中に入っていきます。そして、細胞の中でこのmRNAをもとにタンパク質ができます。もしくは、タンパク質の一部が切り取られて、細胞の表面に示されます。
今回の新型コロナワクチンの場合、mRNAをうち込むと細胞でスパイクタンパク質が作られることになります。すると、免疫細胞がやってきて、このスパイクタンパク質を認識し、免疫反応が起こっていきます。
このmRNAワクチンのRNAという物質自体は体内で数日から1週間程度残るのみで、速やかに分解されていきます。ですから、これは非常に安全であると言えるでしょう。
また、染色体に組み込まれることもありません。
まれにDNAの中にDNAが入ると、二重らせんが「合体」(組込み)してしまうことがありますが、mRNAをDNAに変換する酵素はヒトの細胞にはほとんどありません。なので、そのような現象が起こることもまずないであろうと言えます。
このmRNAワクチンは生ワクチンと異なり、mRNAが体内に残って何かを引き起こす、mRNAそのものの毒性が引き起こされる、といった長期的な安全性への懸念についても動物実験等では特に問題は確認されていない状況です。
ベクターワクチンの場合
ベクターワクチンの場合はどうでしょうか。
ベクターワクチンの場合はアデノウイルスなどを使うのですが、そのウイルスの中に遺伝子情報を載せて、それを体に感染させます。
感染すると、この遺伝情報をのせた物質であるDNAが体の中に持ち込まれ、それをもとにmRNAができ、さらにそれをもとにタンパク質が作られ、異物として認識されることで免疫が活性化するという仕組みです。
大事なことは、ベクター自体は増殖して感染を繰り返すようなものではなく、1度感染すれば、そこで分解されるということです。
(5)それぞれのメリット・デメリット
種類別のワクチンを比較してみると、核酸ワクチン(DNAワクチン、mRNAワクチン、レプリコンワクチン)のメリットは、開発スピードの速さ、変異ウイルスなどにもすぐに対応できるカスタムメイド性、低コストであること、アジュバントという加える薬が不要であることです。
※アジュバント:免疫反応を起こさせるために付加する薬
一方で、新しい技術であることもあり投与実績は少なく、また保存条件がマイナス80度やマイナス20度と厳しいというデメリットもあります。
ベクターワクチンのメリットは比較的低コストであること、細胞性免疫を強く刺激できること、冷凍ではなく冷温保存でよく、アジュバントが不要なことです。
一方で、やはりこのベクターワクチンも投与実績が多くないということ、副反応について未知の部分が若干残っていることがデメリットです。
成分ワクチン、不活化ワクチンの場合、多くの投与実績があること、冷温保存ができることはメリットです。
しかし、デメリットとしては製造に非常に手間がかかること、コストが高いこと、開発スピードも遅く、カスタムメイド性が乏しく作り替える場合は時間がかかるといった点が挙げられます。
また、アジュバントを必要としますが、これがもとで起きる副反応もあるため、時折問題となります。
(6)インフルエンザワクチンとの違いは?
インフルエンザワクチンと新型コロナウイルスのワクチンはどのように違うのかという点について説明します。
今回の新型コロナはターゲットがスパイクタンパク質という突起ですが、対象となるウイルスは1種類です。これまで複数の変異ウイルスが確認されていますが、確認されているウイルスそのもののタイプは1種類となっています。
一方で、インフルエンザウイルスはタイプが非常に多く、100種類以上が存在しえます。またターゲットとなる「HA」という突起は、その一部が頻繁に変異を起こします。
なので、インフルエンザウイルスは、そもそも種類が多い上に変異が起こりやすく、抗体がくっつかなくなることがよく起きます。
このようなことを踏まれると、新型コロナウイルスはインフルエンザウイルスに比べれば、単純であるということが言えます。
(7)新型コロナワクチン、その効果は?
今回の新型コロナワクチンにはどういった効果があるのでしょうか。
感染を防ぐ感染予防効果はあるのか、感染しても発症することを防ぐ発症予防効果はあるのか、感染して発症しても重症化することを防ぐ重症化予防効果はあるのかといったことに注目が集まっています。
臨床試験の結果、95%程度の発症予防効果があることが確認されています。また、いずれにワクチンにも重症化予防効果もあると言えます。
メカニズム的には細胞性免疫を刺激し、IgAという粘膜に出てくる抗体をある程度誘導することもわかっています。動物実験のデータや、ワクチン接種が進むイスラエルの現状の検討、そして小規模ではあるものの治験のデータを踏まえると、感染予防効果もあるであろうということがわかっています。
感染予防効果、発症予防効果、重症化予防効果、これら全てが少なくともmRNAワクチンでは確認されているということが重要です。
(8)副反応のADEは起きるのか?
よく話題となる副反応に、抗体依存性増強(現象)(ADE)というものがあります。一部の「専門家」とされる方がメディアでADEへの懸念をよく指摘しています。
ワクチンを打つことや感染することによって、体の中に中和能のない抗体である「非中和抗体」というものができると、これも中和抗体同様にウイルスにくっつきます。しかし中和能はないので、ウイルスの感染を防ぐわけではない状態となります。
すると、この抗体を足掛かりにして、ウイルスが細胞の中に入って増える。または、くっついた抗体の複合体などが炎症性細胞など炎症性のある物質を集めて、より強い炎症を引き起こす、そういったことが起こり得ます。
つまり、ワクチンを接種すること(場合によっては感染すること)で、感染したり発症した場合により強い症状が出ることがあるという現象のことを、ADEというのです。
このような現象は、デングウイルスへのワクチンの治験段階と承認後に問題になりましたし、今回の新型コロナウイルスに非常に似ているSARSコロナウイルスに対するワクチンの動物実験段階でも観察されていました。
しかし、今回の新型コロナウイルスのワクチンでは動物実験や治験含め全ての過程で、今のところこのような現象は確認されていません。
1つの目安となるT細胞(リンパ球の一種)のサブセット(T細胞を構成するTh1とTh2という細胞の集まり)における比率も全く問題ないことがわかっていますので、新型コロナウイルスのワクチンについてはADEについて懸念する必要は現状ではほぼないと考えています。
(9)変異ウイルスには効くの?
変異ウイルスにワクチンは効くのか?という話題もあります。
新型コロナウイルスのスパイクタンパク質は1273個のアミノ酸が連なったものです。今回のイギリスでの変異ウイルスでは、そのうち8箇所が変化しています。
つまり、数個のアミノ酸が変化しているだけです。程度の問題ではありますが、比較的少数の変異では抗体の中和する能力が大きく失われることは考えにくいと言えます(ただし、場所によってはわずかの変異でも影響がでることもありえます)。
最新のプレプリント(査読前の論文原稿)によると、ワクチンによって得られた中和抗体の中和能がかなり下がるものも見受けられます(南アフリカでの変異ウイルスに対して中和能が1/6になったとの結果もあります)。しかし、極端に、たとえば100%あった中和能がゼロになるようなケースは確認されていません。
6分の1の中和能であっても、抗体価が高ければ十分に中和することはできると考えられます。ファイザーとモデルナのワクチンはともにイギリスの変異ウイルス、南アフリカの変異ウイルスへの中和能があることが確認されています。
基本的に大きな変異がおきなければ、問題ありません。変異が大きくなった場合、核酸ワクチンであればすぐにデザインし直すことができるので、変異ウイルス自体がワクチンに対してすぐに大きな脅威になることはあまり考えられないとは思います(実際、モデルナ社は南アフリカの変異ウイルスに対する新たなワクチンを作っています)。
(10)その他のワクチンの開発状況は?
アメリカでは現在2つ、モデルナ社とファイザー社のワクチンが承認されています。なお、この承認は「緊急使用許可(EUA)」です。
日本の国内のワクチン開発状況としては、第一三共がmRNAワクチンを、塩野義製薬が従来型の組換えワクチンを、そしてVLP Therapeutics Japan(実際の製造は富士フイルムなど)はレプリコンワクチンの開発を進めています。
なお、このレプリコンワクチンは今後話題になってくる可能性があります。
レプリコンワクチンはうち込まれると、RNA自体が体の細胞の中で増幅するように設計されています。そのため、ごく少量のRNAをうち込むだけで、体に作用させることができます。
実際、動物実験では、抗体を誘導する性能において非常に良好な結果が出ています。このワクチンは機序からしてもmRNAワクチンの次の世代のワクチンとも言えるものです。
日本では、VLP Therapeutics Japanが開発を進めていますし、イギリスではインぺリアルカレッジ・ロンドンが開発を進めています。
非常にわずかな量で使えるワクチンですので、国内生産をしても、国内全てのワクチン需要をまかなえるのではないかと期待されています。
秋以降、臨床試験の結果が出てくると思いますが、これが今後話題になってくる可能性があります。