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うがい薬でコロナ対策、根拠とされる研究には欠陥も。専門家「ズルをしてはダメなんです」

吉村府知事の発表の根拠となっている研究に対する問題点の指摘も少なくない。大阪府立病院機構大阪はびきの医療センターの研究には一体どのような問題があるのだろうか。

大阪府の吉村洋文知事が、殺菌効果のあるポビドンヨードが含まれたうがい薬で新型コロナウイルスへの感染が少しでも抑えることが期待できると使用を呼びかける記者会見を行い、批判が相次いでいる。

世界保健機関(WHO)の直轄機関「WHO神戸センター」が8月5日、「科学的根拠はない」との見解をTwitterに投稿。

薬剤師の児島悠史さんはBuzzFeed Japan Medicalの取材に対し、「会見で発表されたのは、療養者が『ポビドンヨード』でうがいをすると唾液PCR検査の陽性頻度が下がる、というものでした。ただ、これだけではうがい薬に色々な効果があるとは、まだ言えないと思います」と語る。

そんな中、吉村府知事の発表の根拠となっている研究に対する問題点の指摘も少なくない。

ホテル宿泊療養におけるポビドンヨード含嗽の重症化抑制にかかる観察研究について」という大阪府立病院機構大阪はびきの医療センターの研究には一体どのような問題があるのだろうか。

臨床研究に詳しいがん治療の専門家、日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授・勝俣範之医師に話を聞いた。

「この結果をもとにイソジンを買いなさいということは絶対に言ってはいけない」

勝俣医師は新型コロナウイルス感染症の感染予防の方法や治療法を探るために、こうした研究をやること自体は問題ないとした上で、この研究は「今後の研究を進めるための取っかかり。パイロット研究レベルだ」と言う。

「ここでなされている研究は、我々の領域で言えば、『ちょっと検証してみよう』という程度の内容です。研究の概要を見る限りでは、すでに様々な人が指摘をしていますが、もともとイソジンうがいで新型コロナを確実に予防できる、治療できるということを証明しようとするものではないのだと思います」

参加した患者数は41人。ホテルで宿泊療養を行う新型コロナウイルス感染症の軽症者が対象だ。

41人に、ポビドンヨード入りのうがい薬で、1日4回、うがいをしてもらったところ、その他の患者よりも唾液の中のウイルスが減少したと大阪府は発表している。

だが、結果の検証方法が唾液 PCR検査の陽性頻度であることを疑問を呈す。

「PCR検査の結果がネガティブだからといって、はっきりと言うことができるのはその部分のウイルス量が減ったということだけです。体内のコロナウイルスが全体的に減ったかどうかはわかりません。この結果だけでは、予防効果も治療効果もわからない」

「それに対象者の人数も41人では少なすぎてお話になりません。比較対象の設定も様々な方法があると思いますが、水うがいでさえ新型コロナを予防するかはわかりませんので、何もやらない人、水うがいをする人、イソジンうがいをする人で比較をするのが良いのではないでしょうか」

厳密に効果を検証するためには、それぞれの方法を行う人をランダムに分ける必要がある。イソジンうがいを希望する人を募るような形では、健康意識が高い人が集まってしまったり、不安が強い人が集まってしまったり、治療群と非治療群のバックグラウンドに偏りができてしまう可能性があるためだ。

「この研究は観察研究という位置付けですので、ランダム化しない。バックグラウンドを揃えることもない。後付けでイソジンうがいをした人、していない人で分けるような形では、結果は実際よりも良いものになる可能性(もしくは悪いものになる可能性もある)があります。だから、観察研究は研究の中ではレベルの低いものという位置付けがされています」

「本当の効果はランダム化比較試験までやらないとわからない。この結果だけでは何もわかりません。良いとも、悪いとも言えない。この結果をもとにイソジンを買いなさいということは絶対に言ってはいけない」

都合の良い結果だけを伝えた?評価に疑問も

そもそもこの研究を「観察研究」とすることは妥当なのか。医療関係者からはそのような声も上がっている。

イソジンで4回うがいをすることを指示している時点で、それは観察研究ではなく、介入研究なのではないかというのが、その理由だ。

こうした指摘について、「今回の研究がどのように行われたのか次第です」と勝俣医師は言う。

「イソジンうがいは市販されているので、特に医療者からイソジンうがいをやる/やらないという点については指示がなく、アンケート調査のように後から調査したのだとすれば観察研究です」

「イソジンうがいは通常診療では勧めないが、効果を確認する臨床研究を行うということでインフォームドコンセントを取得して、やる人とやらない人とで比較をしたのならば、介入研究になります」

地方独立行政法人大阪府立病院機構大阪はびきの医療センターのホームページには、7月27日に開催された令和2年度第2回医学研究倫理委員会において、「COVID-19 患者におけるウイルス量低減の検討を目的としたポビドンヨード含嗽回数に関する臨床研究」が条件付き承認を受けている旨が発表されている。

こうした事実を踏まえ、勝俣医師は「今回は詳細が分からないので、観察研究と介入研究のどちらが適切かはわかりません」とした上で、「どちらにせよ、この研究のエビデンスレベルは低い。レベル3です」と断言する。

※エビデンスレベル:研究や臨床試験の信頼度の目安

この研究では、宿泊療養から医療機関への入院搬送を効果を判定する最終的な到達指標「エンドポイント」に設定している。

しかし、今回発表された資料では、その「エンドポイント」に関する評価がなされていないことも問題視されている。

「医学研究においてエンドポイントは基本的には1つです。いくつも設定する場合もありますが、その際にプライマリーエンドポイント(主要評価項目)、第1に検証する項目を必ず設定し、それ以外のものをセカンダリーエンドポイント(副次的評価項目)とします」と、勝俣医師は語る。

「医学研究においては、プライマリーエンドポイントが研究の主目的であり、主目的の結果を出すために、必要な症例数や、評価方法をあらかじめ設定します。セカンダリーエンドポイントとは、探索的に、副次的な目的に評価する指標であり、複数項目設定され、結果に関しては、確実なことは言えません。もしセカンダリーエンドポイントのデータが良くても、悪くても、あくまでも参考程度の結果ととらえるべきなんです」

「研究は全てにおいて上手くいくわけではない。プライマリーエンドポイントの検証はダメだったとしても、セカンダリーエンドポイントに設定した複数項目のうち、たまたま良いものが見つかることも少なくありません。臨床研究は基本的には、プライマリーエンドポイントの結果をもって、その研究成果を発表します。セカンダリーエンドポイントのみを発表してしまうというのはズルなんですよ。後付けで、いろいろなことを言うのはルール違反なんです」

「科学は患者さんの健康、命に関わるから、ズルをしてはダメなんです」、勝俣医師はこう強調する。

「きちんと、誰が見ても正しい結果を出さないといけない。間違っていることは間違っていると認め、ダメだったものはダメだったと結果を示すことが大事なんです。正確な結果を、隠さず、勝手な解釈もせず、正直に言うのが医学研究です」

過剰に、誇大に表現するメディアに課題

「この研究結果だけで公的機関の長がイソジンうがいは新型コロナに効果があると言ってはいけない。専門家はしっかりとレクをして、こうした発表をさせてはいけない」

勝俣医師は今回の発表について、このように受け止めているという。

「これはワイドショーにおける、納豆を食べれば〇〇が治るというレベルに近い話ですよ。それを知事が言ってはダメです」

同時にメディアの報道にも苦言を呈した。

「ワイドショーというものが、こうしたものを過剰に報道してしまうという問題があります。センセーショナリズムを煽ってしまう。ちょっとしか良くない程度なのに、過剰に、誇大に表現してしまう」

「医学的情報は患者さんの命にも関わります。正確な情報を伝えてほしい。新型コロナウイルスも、私の専門であるがんもその点では変わりません。怖い病気に対しては、皆さん不安になりますよね。不安になっていると、少しでも良いものであればと、飛びつきたくなる心理が働く。その心理を利用して、誇大な表現をして、視聴率を上げるという行為はやめた方が良い。何のためのメディアなんですか?と思ってしまいます」

BuzzFeed Newsは今回の研究の意図や詳細について、大阪府立病院機構大阪はびきの医療センターに取材を申し込んだが、「現時点では対応できるかどうか未定」との回答だった。