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リスクがあるのは「夜の街」「劇場」という場所ではない。感染対策、表面的な「換気を徹底」だけでは不十分

業界団体が感染防止のガイドラインを策定し、感染防止に努める中で発生した劇場での集団感染。感染リスクを最大限下げるためには、どのような努力が必要なのか。

東京都新宿区の劇場で開かれた舞台公演で、新型コロナウイルスの集団感染が発生した。

これまでに観客、出演者など59名の感染が明らかとなっている。

現在、東京都はガイドラインに沿った対策が取られていたのかなど調査中だ。

倖田來未さんは、9月12日から始まる20周年アリーナツアーをリアルで開催することを発表。感染拡大防止と社会経済活動の両立へ向けて、エンターテインメント業界では試行錯誤が続く。

集団感染を防ぎ、安全な興行を可能にするためにはどのような工夫が必要なのだろうか。専門家に話を聞いた。

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関係団体はガイドラインを設定

コンサートプロモーターズ、日本音楽事業者協会、日本音楽制作者連盟らは「音楽コンサートにおける新型コロナウイルス感染予防対策ガイドライン」を策定している。

【1】来場する観客、公演関係者で共有すべき「基本行動ルール」
◎基本的感染対策・接触感染・飛沫感染・マイクロ飛沫感染への対策
・物理的身体的距離の確保(最低1メートル)、接触機会を減らす
・マスク着用、大声を出さない(公演中の歓声、声援も含む)、咳エチケットの徹底
・手洗い、手指消毒の励行
・「三つの密」の回避
・日常健康管理(体温測定、健康状態チェック)
・電子決済の導入、活用による接触機会の削減

【2】公演会場における基本的対応
・原則、マスク着用を義務化
・会場内(周辺含む)では、出演者を含む、公演関係者、観客、施設管理者を問わず、人と人との確保すべき間隔は最低1メートルを原則とする
・会場内では「基本行動ルール」および「新しい生活様式」の実践例に基づき、場内外アナウンスやボードの掲出でその周知徹底を図る
・来場する観客には上記基本事項とともに「主催者の指示に従わない場合には他場していただく等の措置をとる」ことにつき事前に周知


また、全国公立文化施設協会も「劇場、音楽堂等における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」を策定し、場所ごとのリスク評価を行い、公演前 / 公演中 / 公演後の対策を明文化している。

そのような中で、発生した今回の集団感染。そのリスクを最大限下げるためには、どのような努力が必要なのだろうか。

飛沫、接触、空気…それぞれの感染経路別に対策を

聖路加国際大学QIセンター感染管理室マネジャーで感染症対策の専門家・坂本史衣さんは人が多く集まる場所での感染対策を考える上でのポイントをそれぞれの感染経路別に以下のように説明する。

「感染対策は感染経路を考えるというところから始まります。新型コロナウイルス感染症の場合、まずは飛沫による感染が主要な感染経路です」

「では、どういった場面でその飛沫が問題となるのか、それは人と人との距離が近く、発声がある場面です。その距離が近いほど、そして時間が長いほどリスクは高い。だから、この状況を回避する方法を考える必要があります」

「接触感染の可能性はありますが、その可能性は飛沫感染よりも低いと考えられています。なるべく人と人とが物を共有することを避ける工夫が必要でしょう。また、最近話題となった空気感染は換気が悪く、人が多くいて、発声がある空間。いわゆる3密の環境で起こりうると言われています。換気が重要です」

演劇などの場合、演じる側はマスクを着用することは難しい。そのため、「観客と演じている人との間に距離を持たせることが望ましい」と言う。

「呼吸をしているだけで、ウイルスは多少は排出されます。観客についても、隣の人との間に1m以上の距離があるのは望ましいでしょう。お隣同士のお話もなるべく少ない方が良い。例えば1m以上離れるということが難しい場合にはマスクをつけておいた方が良いということになります」

接触感染のリスクについてはどのように対策するべきなのか。

「どうしても不特定多数の人が触れる場所はあります。お手洗い、自動販売機、手すりなどです。そうした場所を常に無菌化することは難しいですが、手指消毒が可能なアルコール消毒液などを所々に配置することや1日に数回会場のスタッフがそうした場所をしっかりと拭くといった対策を行うことでリスクを減らすことは可能です」

「100%防ぎ切ることは難しい。でも、なるべくウイルスに触れる機会を減らす努力が求められています」

「換気を徹底」という表現だけでは不十分

飛沫感染、接触感染、換気が悪い環境でウイルスがしばらくの間、漂うことによる空気感染。様々な感染経路が考えられる中で、最もわかりづらいことの1つが換気の方法とその程度だと坂本さんは言う。

「ワンルームマンションなどであれば、窓を開けて、ドアを開ければ空気が通るからわかりやすいですよね。でも、劇場はどうするのか、コンサートホールはどうするのか、控室はどうするのか。感染対策に初めて取り組む方からすればわかりにくいポイントだと思います」

空気調和・衛生工学規格では、1人あたり30立方メートル(毎時)の換気量を確保することが定められており、大型の商業施設などではこの基準を満たすことが設計の段階で求められている。

厚労省は「換気の悪い密閉空間」とは、一般的な建築物の空気環境の基準を満たしていないことを指すもの、とした上で、一人あたりの換気量約30立方メートル(毎時)を満たせば、「『換気の悪い密閉空間』には当てはまらない」との見解を示している。

しかし、坂本さんはこのような換気量になるよう空調設備が設計されていたとしても、「実際には基準が満たされていないケースがあることがわかっている」と問題提起する。

「似たようなケースは病院でも起こりうるものです。結核の患者さんなどを隔離するための陰圧室はマイナス2.5パスカルよりも大きな圧力が出るよう設計されていますが、フィルターの目詰まりなどで、その基準を下回る圧力差しか得られない場合もあります。メンテナンスや測定などを定期的に行う必要があります」

「あくまで飛沫感染の対策を行うことが第一のポイントですが、締め切った空間で、大勢による発声が一定時間以上あった場合などに、非常に小さな飛沫が空気中に滞留する可能性はある。空気中にウイルスが漂うことのリスクも考慮し、換気を徹底することの重要性を認識する必要があるでしょう」

ガイドラインなどでは換気を徹底する、とだけ定められており、その具体的な方法やどれだけの換気を行えば感染対策として十分なのかが示されていないケースが少なくない。

「窓を開ければいいという簡単な話ではないんです。窓のない空間ではどうすべきでしょうか?リスクを減らすためには、それぞれの環境に合った対策を行う必要があります」

坂本さんが提案するのは、空調がしっかりと機能しているかどうかを確認し、十分な換気量が確保されている空間には認証のステッカーを貼るなど、施設管理者、施設を利用する事業者、そして利用者に広く安全性を周知する方法だ。

「東京都では飲食店などに対してステッカーを貼ることでその店で、感染防止対策が徹底されていることを示すという取り組みが始まりました。同じことを換気に関しても行えば良いと私は思います。そうした取り組みがあることで、少しでも安心して施設を利用することができるようになるのではないでしょうか」

「正直、今の状況では100%大丈夫ですと言えることはない」

Jリーグでは政府の制限に従いながら、観客を動員した状態での公式戦を再開した。しかし、声を出しての応援や手拍子などは禁止されている。

音楽のライブなどもリアルな会場で開催される予定などが発表されている中で、コール&レスポンスのような行為はやはり当面の間は控えるべきなのだろうか。

「密閉された屋内の空間で大勢の人が声を出すことにはリスクがあると思います。屋内で同じことをやったとしても、人数や滞在時間、発生の頻度や程度、その環境の換気の条件などによってもリスクは変化します。屋外で人がまばらな状態でマスクをしながら声を出す場合は問題が少ないかもしれない。このリスクを定量化して示すことは非常に難しいです」

「一概には言えませんが、多くの場合、コール&レスポンスのような行為は何かしらのリスクを抱えていると理解した方が良いでしょう」

坂本さんは「人が集まるイベントに関してはリスクは常にある、ゼロではないということを前提として考えないといけない」と強調する。

「もちろん前提となるリスクは東京で開催するのか、岩手で開催するのかで変化します。そこにはどの地域に住む人が集まるのか。その人々は普段どのような行動をとっているのか。様々な要因の結果としてその場での感染リスクは決まりますが、現在の状況ではゼロになることはありません」

「今、これをして大丈夫ですか?という質問は多くいただくんです。YesかNoの二択で教えてください、と。でも、正直、今の状況では100%大丈夫ですと言えることはないと言わざるを得ません。人が集まり、少なからず接触する以上はリスクはあります。その中でリスクをいかに下げていくのかを考える必要があります」

どのような工夫をすることで感染リスクを低くすることができるのだろうか。

「一番安全なのは、参加する人が声を出さないで、距離を保って座ること。クラシックコンサートのスタイルが最もイメージしやすいかもしれません。もしくは基本的に会場の中で発声をするのが演じている側だけである可能性が高い演劇なども、観客とも距離を保ち、換気が良ければリスクは低いかもしれません。屋外のスポーツイベントなども、人が密集しないように座り、シャウトはしない。こうした工夫でリスクが低い形での開催が可能なものは少なくありません」

「音楽のライブでもコール&レスポンスをなくすことでリスクを下げることは可能だとは思います。ただ、『それで楽しいのか?』という感染リスクとは別の問題がありますよね」

「リスクを下げるということだけを目指せば、様々な対策が考えられます。ただ、それが楽しいのかどうかということは集客にも影響するでしょうから、また別の深刻な問題だと感じます。非常に厳しい時代ですよね。私も正解は持ち合わせてはいません」

新型コロナウイルスの感染拡大により、「人が近くに集まり、声を出し、一体感を持って参加することによって満足感が高まるイベントほど開催が難しい」。

「感染拡大防止策を徹底することなく拙速に進めることは、結果としてそのイベント全体へのネガティブなイメージを植え付けてしまうことにもなりかねません。慎重に、慎重に。良い前例を積み上げていってもらいたいです」

表面的な対策で終わらせない努力を

多くの業界からガイドラインが発表されているが、実効性のある対策となるかどうかは、その環境に合った感染経路別の対策をどれだけのきめ細やかさで設定できるかどうかに左右される。

感染拡大防止策の徹底には、「なぜ、それをやるのかという理由づけ、何を目的にその対策をしているのかを理解しなければ表面的なものになってしまう」と坂本さんは指摘する。

「例えば、なぜマスクをつけるのか。なぜフェイスシールドをつけるのか。感染経路別のリスクとそれを防ぐための方法への理解がなければ、この場合はどうするのかといった迷いが生じると思うんです」

「お客さん任せにしてしまっても、迷いが生じますよね。周りを見て、みんな使っているから使う、みんな使っていないから使わないと。そうした根拠に基づかない行動の結果として対策が過少となったとき、リスクは顕在化します。なぜ、この対策が必要なのかということをしっかり理解して、お客さんに協力を求めることが必要だと思います」

リスクがあるのは「夜の街」「劇場」という場所ではない

報道などでは「夜の街」や「劇場」といった特定の場所やエリアのリスクが大きく報道される。しかし、この状況に坂本さんは苦言を呈す。

「よく思うのですが、大事なことは特定の場所や特定の職業に問題があるということではない。その場所に集う人の行動です」

「『夜の街』という言葉で一括りにされた場所が悪いのか、そうではない。そこで仕事をしている人が悪いのか、そうではない。そこに集まる人が選択する行動にリスクがあるということです」

「そこへ行ったことが悪い、イベントを開いたことが悪い、人が集まったことが悪い、場所が悪いといった感想と感染リスクを紐づけてしまうことは良くない。大切なのは、その場に集まった人の行動で何が問題だったのか、もしくはその環境の何が問題だったのかという問題提起ではないでしょうか」

集団感染が発生したイベントでは、参加者や事業者への聞き取り調査からリスクとなっていた行動や環境要因が少しずつ明らかになりつつある。坂本さんはそうしたことで明らかとなったリスクへの対策を徹底することを報道が後押しすることを望む。

「集団感染が起きて怖いから劇場へは行かない、ライブへは行けないではなく、楽しむためにはどうしたらいいのかを参加する人、開催する人含めて考えていくことができれば良いのだろうなと思います」