Updated on 2020年7月31日. Posted on 2020年7月25日

    エンタメ業界は苦しい。でも… 「新型コロナ以前の世界が戻ってくることはない」エイベックスが見据える未来

    「これまでのようにリアルの世界でやっていたことと同じものを打ち出していくだけでは、限界がある」。エイベックス・エンタテインメント株式会社の取締役を務める猪野丈也さんは断言する。

    新型コロナウイルスは日本のエンターテインメント業界にも大きな影響を及ぼした。

    相次ぐライブやイベントの中止、緊急事態宣言下でスタジオを使うこともできない時期もあり、日々の制作活動すら難航した。

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    エイベックス・エンタテインメント株式会社の取締役を務める猪野丈也さんは、新型コロナによる影響でビジネスを行うことは「やっぱり苦しい」と明かす。しかし、同時に「ポジティブな面もある」と言う。

    エイベックスは7月8日、所属アーティスト倖田來未さんの20周年アリーナツアーを、新型コロナ対策を行った上でリアルで開催することを発表している

    これからのエンタメはどこへ向かうのか。現状と今後の展望を猪野さんに聞いた。

    【関連記事】劇場での集団感染も。本当の感染リスクはどこ? イベントの感染防止、表面的な「換気の徹底」だけでは不十分

    チケットの価格は大体3分の1。それでも面白いものをどう作るか

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    オンラインでのライブ配信など、様々な取り組みが始まっている。しかし、どこまで作り込んだとしても、現場で見るライブに勝ることはできるのだろうか。

    猪野さんは、「これまでのようにリアルの世界でやっていたことと同じものを打ち出していくだけでは、限界がある」と断言する。

    「僕らは新型コロナの影響が広がる中で、『新型コロナ以前の世界が戻ってくることはない』とまずは覚悟した上で、アイディアを考えることを始めました」

    アーティストが家から発信をする。スタジオをブースに分け、音楽を配信する。オンラインでのフェスを企画する…

    試行錯誤を続けた。「何がどう成功するのか、何がどう喜ばれるのかわからない中で、まずはトライアルをしてみる」ことに注力したと振り返る。

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    「様々なアーティストにご協力いただいた初のオンラインフェスである『LIVE HUMAN』や、各アーティストがそれぞれ知恵を出し、様々な発信を行っていただきました」

    「やっぱりビジネスとしてはしんどいというのが正直なところです。オンライン上で収入を得ることのできる限界も見えてきた。リアルでできる演出とオンラインでできる演出には、差もあります。そのままオンラインで放送するだけではダメだと、気づかされました」

    「通常のライブであれば、チケット1枚が7000円から1万円くらいであることが多い。それを元手に制作陣も制作を行います。でも、オンラインでのライブのチケットはだいたい1枚2000円から3000円。3分の1ですからね、リアルと同じものを作ろうとしても、そもそもそれすら難しい。そんな中で、もっと面白いものをオンラインでどう作るのか。考えていかなくてはいけません」

    「これがなくなると本当に生きていけない」という声も

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    新型コロナがエンタメ業界に直接の影響を与え始めたのは2月のことだった。

    「最初はインフルエンザのようなものかと思っていたのですが、だんだんと状況が切迫し、クラスターが出ることへの懸念から人が集まるイベントへの注意喚起が行われました。カラオケボックスやライブハウスでのリスクが指摘され始め、ライブにもフォーカスが当たった」

    「ライブが中止になり、販促イベントができなくなり。スケジュールが崩れていったのが2月半ばくらいでした。他社さんの動向も注視して、ライブチームが足並みを揃えながら対応を決めていきました」

    「あの東京ドーム公演はやるのか」、そんな情報が業界では飛び交っていたという。ライブの関係者からは「これがなくなると本当に生きていけない」という声も聞こえてきていた。

    そんな中で、エイベックスは3月5日から4月末までライブ映像を無料で公開した。新型コロナの感染が広がりつつある中で、最初に打ち出した取り組みの1つだ。

    無料でのライブ映像の公開は「とにかく多くの方に元気を与えよう」と何よりもスピード感を重視した取り組みだったという。

    「まずはエンタメ業界として何ができるのかを考えた。無料での公開は普通であればできません。でも、今までの商品化した映像を流すことで、勇気を与えようというアイディアが出てきた時に、すぐにやろうと決めて、各所ご了解を得て、公開に踏み切りました」

    その後も日本では新型コロナウイルスの感染は拡大の一途を辿った。4月7日には緊急事態宣言が発出された。

    3月の段階から、エイベックスではオンライン上で出来る限りのコンテンツを出す方針を示していたという。

    「家から映像をアップしたり、CDパッケージでない形のものをYouTubeにアップしたり。今まで通りの作り方で完璧な良いものを作るというよりは、何かしら発信できるものを作っていこうと呼びかけていました」

    「でも、それすら緊急事態宣言が出て以降は縮小を余儀なくされました。スタジオにすらなかなか入れなくなり、その環境でのクリエイションはどうすべきか非常に悩みましたね。何を作っていくべきなんだろう、と」

    無料コンテンツだけで勇気を与えることに限界も

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    コロナ禍では、様々なコンテンツが無料で続々と公開された。だが、それはその後の有料課金などをより難しくしてしまうのではないか?

    いち早くライブ映像を公開したエイベックスは、どのように考えているのか。

    大前提として「コンテンツを有料で届けることは必然」と猪野さんは強調する。

    「エンタメを楽しんでいただくためにも、お金をいただき、それを作った方達へとお渡しして、また作ってもらう。その循環が重要です」

    「エイベックスとしては、まずは多くの方に勇気を与えるためにも無料での公開に踏み切りました。でも、今までのコンテンツだけで勇気を与え続けることには限界がある。新しいものを生み出す必要があります。だからこそ、いち早く無料で提供させていただいた立場ではありますが、早めにもう一度有料へと戻して行こうという考え方へと変わっていきました」

    背景にはライブができなくなることで苦しむ人々の声があった。ライブ会社、ライブハウス、そこで演奏する人々、楽曲や映像をつくるクリエイター。その多くが、仕事の大部分を失った。

    「経済が回らなければ、新しいエンタメは生まれない」。しかし、「お客さんに価値を伝えることは難しい」。偽らざる本音だ。

    「ライブにお金を払って来場してくださる方たちは、果たして同じことをやるからということでオンラインでの生放送を見てくれるのか?そんなに簡単なことではないと実感しています。スケジュールを立てて、『この日にライブに行くぞ』という気持ちで見てくださる場合と、『今日これやってるから見ようか』という場合では、やはり違う」

    「リアルでは8000円くらい払うことへの抵抗感がなかったとしても、オンラインで見る場合に3000円を払うことに抵抗感がある方もいるかと思います。映画はレンタルであれば300円から500円で見れるわけですから。しかも、YouTubeであればミュージックビデオが無料で見れる。そんな中で、生放送だからというだけで、3000円を払うのか」

    「通常のライブであれば3人がライブを見る場合は8000円のチケットを3枚買って、24000円で参加していた。でも、今であれば3000円を払えば1つの画面で3人一緒に見れる。お客さんにとっては良いけど、アーティストにとっては苦しい面もあります」

    有料チケットを購入し、視聴する方法。視聴すること自体は無料だが、ギフトや投げ銭のシステムで支援を募ることができる方法。コンテンツの届け方は様々だ。

    「どれも今はまだ、正解がない」と猪野さんはつぶやく。

    「何をやっても勝つ、既に固定のファンを持つジャニーズさんやサザンオールスターズさんのような成功事例はありますが、オンライン上でビジネスとして成立させるために、もうひと工夫、ふた工夫必要です」

    苦戦続く日本の音楽市場は、コロナで変わるのか

    Yuto Chiba / BuzzFeed

    しかし、猪野さんは現場を悲観してはいないと言う。

    「今まで通りの収入が入ってこないし、アーティストへの収入も確保しなくてはいけない。苦しいのは事実です。でも、反面でワクワクもしている」

    「こうして、世界が変わる中では、間違いなく新しい価値やクリエイション、新しいビジネスが生まれますから。これまで、リアルなライブでは東京ドームに5万人という世界でしたが、もしかしたらオンラインでは1000万人を集めることができるかもしれない。みんな必死に、アーティストに潤沢な資金が今まで通り集まるような新しいスキームを考えています」

    期待を寄せるのは、リアルな場では体験できないコンテンツを届けることで、これまで以上に多くの人へ届けることができる可能性だ。

    日本では少子高齢化に加え、これまでCDを中心に収益を上げてきたモデルからシフトできていないという業界構造の問題から、音楽産業の市場は減衰傾向にあるとされてる。

    「パッケージビジネスが主軸だった日本では、サブスクリプションや配信がメインになることで生じるマイナスを飲み込むことができていない」(猪野さん)と予測されている状態だ。

    だが、世界的には音楽市場は右肩上がりを続けている。

    新型コロナはCDなどパッケージ中心のモデルから配信やサブスクリプションを中心としたモデルへの移行を後押しするのではないか。猪野さんは言う。

    「僕らのビジネスはこれまでは新譜を出して、それが売れることでビジネスをするモデルでした。でも、サブスクリプションでは昔の音源であっても再生されることで収入が入るわけですよね」

    「皆さんが新しいものを望んでいるとは限らない。どちらかと言えば、自分にフィットした音楽が欲しいし、そんな音楽と出会えた時に満足感を得る。サブスクでは『今日出会った音楽が新譜』という感覚ですから、すごく良いシステムだと思います」

    オンラインでの体験がコロナで一般化

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    倖田來未さんの20周年アリーナツアーは、9月12日に始まる予定だ。

    政府機関、開催都市におけるガイドラインを遵守し、マスクの着用、検温、手洗い、入退場の分散はもちろんこと、座席を1つあけ、出演者・スタッフの人数縮小なども行うという。

    なお、今後の感染状況や自治体からの発表に応じて、来場者数の再検討や公演の開催自体を再検討することもあるとしている。

    「クリエイターのためにも、ライブの価値を保つことも重要な要素の1つです。こうしてエイベックスが先陣を切って、リアルなライブを開催することは非常に意味のあることです」

    「新型コロナの時代に、直接ライブに参加することはプレミアムな体験にもなります。もちろん、ライブ会場で感染が広がったら…というリスクはある。でも、リスクがある中で、様々な模索を続けていかなくてはいけないのだと思います。そういう判断をした、アーティストも、ライブチームにも敬意を表したいです」

    オンラインでの取り組みも、オフラインでの取り組み、試行錯誤がこれからも続く。

    そんな中で、「オンラインとオフラインが共存するエンタメが生まれるはずだ」と猪野さんはこれからの展望を語った。

    「ライブを放送することを超えた何かが生まれると思います。インタラクティブなコミュニケーションはまさに、オンラインならではの強みです。もしかしたら、今まで以上に観客の声をアーティストに伝えることができるようになると思います。そうした、オンラインとオフラインがかけ合わさることによって生まれる何かやオンラインならではの新しいエンタメを仕掛けたいと思っています」

    「新型コロナによって、一部のコアな人しか体験したことがなかったテクノロジーを使ったエンタメコンテンツに接することへの違和感もなくなりつつあると感じます。これからは、あらゆるものがデジタル化していく。オンラインでそうしたものに触れることは自然な価値になっていくはずです。そんな体験が良い意味で、一般化された数ヶ月だったと思いますし、これからもっともっと新しいクリエイションも生まれますし、世界が近くなっていくと思います」

    Contact Yuto Chiba at yuto.chiba@buzzfeed.com.

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