• mediaandjournalism badge
  • historyjp badge

欠けていた「加害の視点」 NHKが釈明に追われた原爆企画「ひろしまタイムライン」に見る日本の平和報道の問題点

終戦直後の混乱を巡るツイートで批判が相次いだ「ひろしまタイムライン」。NHKが再び釈明し「配慮が不十分だった」と謝罪した。問題点を解説する。

NHK広島放送局が2020年の企画として続けているTwitterと番組連動の企画「1945ひろしまタイムライン」。

「もし75年前にSNSがあったら」というコンセプトで、実在する3人の広島市民の日記などをもとに、広島に原爆が投下される1945年の動きと市民の思いを日々ツイートしてきた。

しかし、原爆投下と終戦直後の混乱の中で、当時の少年が目撃した汽車での出来事を巡る8月20日のツイートに対し、SNS上で批判が続いている。NHKは8月24日、「十分な説明なしに発信することで、現代の視聴者のみなさまがどのように受け止めるかについての配慮が不十分だった」とする文書を、改めてアップした。

NHKは8月21日にも釈明文をアップしている。改めて文書を出した理由についてNHKの広報担当者は「みなさまの意見を元に、より詳細なNHKとしての説明をすることにした」とBuzzFeed Newsに語った。

批判を呼んだのは

批判を呼んだのは、8月20日に「シュン」のアカウントが投稿したツイートだ。

終戦直後の混乱のなかで両親や弟とともに、激しく混雑する汽車を乗り継いで広島を離れ、埼玉・秩父に向かう途中で見た光景として、朝鮮人が列車に乗り込み、「俺たちは戦勝国民だ」と窓ガラスを割っていった、とツイートした。

一連のツイートは、モデルとなった男性の当時の日記とその後の手記、本人へのインタビューをもとにNHK側でつくったものだ。

これらのツイートに対し、「ここだけを切り取られて差別を誘発している」といった批判が相次ぎ、抗議のスタンディングも広島や東京で行われた。

「配慮不十分だった」「必要な注釈を付けていく」

8月24日にNHKが改めて発表した文書は以下の通り。

6月16日、および8月20日にシュンが発信したツイートについて、多くの方々から、さまざまなご意見をいただきました。一連のツイートは、被爆された方々の手記やインタビュー取材に基づいて掲載しましたが、「差別を助長しているのではないか」というご批判も多数いただきました。戦争の時代に中学1年生が見聞きしたことを、十分な説明なしに発信することで、現代の視聴者のみなさまがどのように受け止めるかについての配慮が不十分だったと考えています。

また、手記を提供してくれた方が、1945年当時に抱いた思いを、現在も持っているかのような誤解を生み、プロジェクトに参加している高校生など関係者のみなさんにも、ご迷惑をおかけしたことをおわびいたします。

「1945ひろしまタイムライン」は、戦後75年がたち、戦争や原爆の記憶が薄れつつあるなか、若い世代に関心を持ってもらうため、身近なメディアであるSNSと放送を連動させた企画として発足したプロジェクトです。被爆された広島の人々の日記や手記を元にし、SNSで発信することによって、当時の混乱した状況を追体験し、戦争や原爆について、リアリティをもって考えていただく取り組みです。

「1945ひろしまタイムライン」のツイートはすべて、NHK広島放送局の責任で行っています。今後は、被爆体験の継承というプロジェクト本来の目的を的確に果たしていくため、必要に応じて注釈をつける、出典を明らかにするなどの対応を取り、配慮に欠けたり、誤解が生じたりすることがないように努めます。

【解説】

この「ひろしまタイムライン」は、1945年の市民の暮らしを綴ったツイートを追うことで当時を追体験し、原爆投下から敗戦、さらにその後に至る人々の思いを知る企画として、三つのアカウントにそれぞれ10万以上のフォロワーを集めるという成果をあげている。

筆者(貫洞)は、SNS上で1945年の日々をツイートし、フォロワーが当時を擬似的に追体験できるという「ひろしまタイムライン」の新しい手法と、それによって実際に多くの人が原爆への関心を深めたことを高く評価している。

一方で今回の問題は、二つの点をあぶり出したと思う。

一つは、戦争で原爆投下や空襲などの被害を受けた「被害者」としての面に注目しても、日本の植民地支配や各地での加害の歴史への視点が薄いという、戦後の平和運動やジャーナリズムにつきまとってきた問題だ。

戦争、そして歴史一般は、さまざまな視点から見て、考える必要がある。私自身も原爆をはじめ戦争に関連する記事をこれまで書いてきたが、その視点は「被害者」としてのものに寄りがちだったことは否定できない。

「加害」視点の欠如

広島は戦前、軍用地が広島城周辺の一等地を占め、市内に軍需産業の工場や大規模な倉庫などが並ぶ「軍都」として知られていた。

当時、日本軍には朝鮮半島出身の兵士がいた。さらに周辺の軍需工場やさまざまな建設現場などで、朝鮮人が徴用工や労務者として動員され、数万人が被爆した。

救護所などで朝鮮人は後回しにされたという証言は少なくない。さらに戦後、韓国や北朝鮮に戻った被爆者は長い間、援護を受けられなかった。こうした側面への報道は、多いとは言えない。そもそも、どれだけの朝鮮半島出身者が被爆したのか、その総数はいまだに分かっていない。

この企画は、実在する新聞記者の男性、妊娠中の女性、当時13歳の少年がモデルだ。この3人に加え、「数万人」の思いを代表するかたちで、朝鮮半島出身者が登場してもよかったかもしれない。

NHKの制作チームは、当時の思いと動きを伝える一連のツイートが、現在の価値観からみた上での「共感」だけで消費されることを懸念し、75年の時間という「縦軸」を越えて伝わる方法を時間をかけて模索していた。

一方、原爆と戦争に苦しんだのは「日本人」だけでなく、むしろ日本が各地の人々を苦しめた事実があるという地理的な「横軸」に展開する意識は、薄かったのではないだろうか。

私自身を含めこれまでの多くの日本の平和報道が、そうであったように。

説明不足

勤労動員に出たシュンが、労務者とみられる朝鮮人に「日本は負けるよ」と言われカッとなったという6月16日のツイートと、問題となった8月20日の一連のツイートはいずれも、シュンの視点から何が見え、何を感じたかを再現している。

一方、朝鮮半島出身者が当時なぜそこで働いていたのか、どのような待遇だったのか。なぜそのような言動を取ったのか(あるいは、シュンのモデルとなった人に、なぜそのような記憶が残ったのか)。こうしたことへの説明はない。

在日コリアン三世で韓国在住のジャーナリスト徐台教さんは、Yahoo!ニュースで以下のようにコメントしている。

「一連のツイートによって想起される太平洋戦争での一方的な被害者のような視点が、戦後75年間ついに日本に根付かなかった加害者としての視点を完全に覆い隠している。該当ツイートを読んで『朝鮮人め』と思った人がたくさんいるでしょう。すでにそうした反応はあちこちで見られています」

現代を生きるTwitterユーザーが軍国少年のシュンに心を寄せ、その状態でこのツイートだけを見た時、どうなるか。やはりここは、時代背景などに対する説明や注釈が、所々で必要だったのではないだろうか。

実際に、一郎のアカウントがツイートする当時の新聞紙面では「現在では適切でない表現を含む場合がありますが、歴史的資料としてそのまま掲載します」という注釈がついている。

【1945年8月13日】今日の二面から ※他地域の新聞社による代行編集/印刷 ◆新型爆弾  蛸壺壕に蓋をすれば完全  情報局・防空総本部が対策発表 「新型爆弾は現地報告によると落下傘のようなものをつけて投下するもので、次の諸点に留意すれば被害を最小限に食い止められる」 #ひろしまタイムライン

当時の新聞紙面を紹介する際は「現在では適切でない表現を含む場合がありますが、歴史的資料としてそのまま掲載します」という注釈がついている

現在進行形の差別

もう一つの問題は、一連のツイートを、一定の意図を持った人々がそこだけ切り取ることで、現在進行形の新たな差別を生んだ、という点だ。

日本社会は敗戦から75年過ぎても、当時と同じような差別の意識構造を内包していたことを、図らずも改めて表面化させたともいえる。

Twitter上やYahoo!ニュースのコメント欄は「朝鮮人が狼藉を働いたのは事実じゃないか」「何が問題なのか」といったコメントが並んでいる。これがスタッフらの意図とは正反対の結果であることは明らかだ。私の知人の在日コリアンは「(NHKは)ヘイトを向けられる側のことを考えていない」と嘆息した。

こうした点も、公共放送として見解を示すべきだ。