トランプ氏が自分が勝利した2016年大統領選でも「不正」を主張した理由 憲政の常道とアメリカンドリーム

    「選挙に不正があった」という主張を続けるトランプ氏。実は2016年大統領選でも同様に「不正があった」と叫んでいた。なぜなのか。

    民主党のジョー・バイデン氏の勝利確実が伝えられ、日本をはじめ各国もバイデン氏を「次期大統領」として電話会談を始めている2020年アメリカ大統領選挙。現職のドナルド・トランプ氏とその陣営は、選挙で不正があったという主張を繰り返している。

    実はトランプ氏は、自分が勝った2016年の前回大統領選でも、不正があったと主張していた。

    (関連記事:大々的に不正選挙ができるほど、アメリカは脆弱な国なのか? トランプ氏の危険な賭け

    不正調査委を立ち上げ

    トランプ氏は2016年大統領選挙で当選した直後から、「選挙に不正があった」と主張してきた。そして2017年5月、ペンス副大統領を長とする「選挙の整合性に関する大統領諮問委員会」を立ち上げ、不正に関する調査を命じた。

    In addition to winning the Electoral College in a landslide, I won the popular vote if you deduct the millions of people who voted illegally

    Twitter: @realDonaldTrump

    私は選挙人を大量に獲得して勝ったが、もし数百万人の不正を差し引けば、一般有権者の投票でも勝っていた」とする2016年11月28日のツイート

    トランプ氏はなぜ、勝ったのに不正があると主張したのか。

    その背景には、有権者の直接投票ではなく、「選挙人」による間接投票で最終的な結果が決まるという、アメリカ大統領選特有の仕組みがある。

    今回の大統領選の日程は、次の通りだ。

    【2020年】

    11月3日 各州での一般有権者の投票

    12月14日 選挙結果に基づいた選挙人による投票

    【2021年】

    1月6日 連邦議会で選挙人投票の結果発表=最終的な選挙結果の確定

    1月20日 次期大統領の就任宣誓式

    11月3日、有権者が各州で、自分が大統領になって欲しい候補に投票した。これにより、各州ごとに勝敗が決まる。

    各州には、3人から55人の「選挙人」が割り当てられている。選挙人は全国に538人。比例配分の2州を除き、各州の選挙人は全員が、有権者の投票で決まった勝者に投票する。それは今回選挙では、12月14日に行われる。

    ただし、バイデン氏は各州の一般有権者の投票で、過半数(270)を超える300人以上の選挙人を確保したことがすでに確実となっている。それが「当選確実」と各メディアが判定している理由だ。

    前回選挙で得票総数で劣ったトランプ氏

    2016年大統領選ではトランプ氏が勝った。しかし、一般有権者からの全国の得票総数では、ヒラリー・クリントン氏の方がトランプ氏よりも多かった。

    全国での有権者からの得票を合計しても、各州ごとの選挙人の獲得総数との間でずれが出ることがある。各州に配置された選挙人の数は、州の有権者数と完全には比例していないからだ。

    このため、有権者からの得票総数で劣っても獲得選挙人数で上回り、最終的に勝利を収める例は、過去にもあった。そのひとりが、2016年選挙でのトランプ氏だということだ。

    しかしトランプ氏には、有権者からの得票総数で劣ったという点が不服だったようだ。「300−500万票が不正だった」「得票総数でも自分が勝っていたはずだ」と、根拠を示さずに主張した。

    結局、見つけられなかった「不正」

    大統領令で立ち上げられた諮問委員会は、各州に有権者データなどの提出を求めた。

    しかし各州は強い自治意識を持っているうえ、政治色の強い委員会の透明性などを危惧する声が相次ぎ、共和党内からも反発が出た。ホワイトハウスと委員会の行動を不当と考える有権者などからの訴訟も相次いだ。

    2016年選挙で不正があったというトランプ氏の主張自体も、主要メディアや研究者、政治家など多くの人から「根拠がない」と批判を受けていた。実際にトランプ氏は、前回選挙でも今回の選挙でも、具体的な証拠を提示できていない。

    委員会は成果のないまま、2018年1月に「今後は国土安全保障省が調査を続ける」として、解散した。結果として、不正を見つけることはできなかった

    ホワイトハウスのIT局長は連邦裁判所に出した陳述書で、「委員会は予備的な成果を上げることはできなかった」としている。

    事前のシナリオ通りに動くトランプ氏

    今回の選挙で激戦州となったペンシルバニア、ミシガン、ウィスコンシンでは、州議会の多数派は共和党だ。ジョージアとアリゾナでは議会だけでなく知事も共和党だ。

    つまり、民主党側が密かに各地の選管を巻き込んで大規模な工作ができるような政治風土ではない。

    RIGGED 2020 ELECTION: MILLIONS OF MAIL-IN BALLOTS WILL BE PRINTED BY FOREIGN COUNTRIES, AND OTHERS. IT WILL BE THE SCANDAL OF OUR TIMES!

    Twitter: @realDonaldTrump / Via Twitter: @realDonaldTrump

    「数百万の郵便投票用紙は外国などで印刷される。これは大きなスキャンダルになる」とするトランプ氏の2020年6月22日のツイート

    また、行政府の長である現職大統領のトランプ氏は、本当に不正が起きうると思えば、捜査機関を含めた連邦政府の各部門に徹底した対策を取るよう事前に指示し、さらに各州政府にも対策の強化を要請するのが、政治の常道だろう。

    この点を考えただけで、トランプ氏が叫び続けた「選挙不正」が、いかに現実性の薄いものかが分かる。

    バイデン陣営は、新型コロナ対策の強化や、多数が集まる投票所での感染防止のため、期日前投票の活用を訴えてきた。

    このためトランプ陣営は、郵便投票など期日前投票ではバイデン票が多いだろうという読みのもと、

    1)有権者に郵便投票等への不信感を抱かせる

    2)郵便投票が開く前の段階ではトランプ票の方が強く出るため、そこで勝利宣言を行う

    3)法廷闘争などで開票を阻止する

    というシナリオを練っているのではないか、とアメリカの多くのメディアやアナリストは予想していた。

    そしてトランプ陣営は、このシナリオ通りに動いてきたようだ。

    アメリカで11月9日に発表された世論調査では、共和党支持層の7割が、選挙で不正があったと回答しており、国論の分裂は深刻だ。

    しかし、トランプ陣営が各地で起こしている訴訟は「証拠がない」といったことを理由に次々と却下されており、いまのところ勝ち目は薄い。

    なおトランプ氏は最近、ドミニオン社が開発した開票情報システムに不正があった、という主張を強めている。日本のSNS上でも、この名前が広まっている。

    What does GSA being allowed to preliminarily work with the Dems have to do with continuing to pursue our various cases on what will go down as the most corrupt election in American political history? We are moving full speed ahead. Will never concede to fake ballots & “Dominion”.

    Twitter: @realDonaldTrump

    ドミニオン社の実名を挙げて不正を主張するトランプ氏のツイート。Twitter社は「この主張には異論がある」との注意書きを付けて、この主張を否定する各種の関連記事に誘導し、有権者にそのまま受け入れないよう求めている。

    アメリカ政府機関が不正を全面否定

    トランプ氏が立ち上げた不正調査委員会の任務を受け継ぐことになった国土安全保障省。その傘下のサイバー・インフラ安全局は11月12日、2020年大統領選の選挙での不正の存在を否定する声明を出した。

    声明の要点は次の通りだ。

    ・11月3日の選挙は、米国史上最も安全な方法で行われた。各地の選管担当者が、検証やダブルチェックを続けている。もしもミスがあれば修正される。

    ・投票システムで票がすり替えられるといった、いかなる変更も行われた証拠は存在しない。

    ・さまざまな根拠のない主張が行われていることは承知しているが、選挙の安全性と整合性は、全面的な確信を持って我々が保証する。国民のみなさんも、結果を信頼すべきだ。

    人間のやることである以上、ミスは起きうる。それは検証の過程で必ず修正される。一方で組織的な不正が存在する証拠はない。そういう内容だ。

    ドミニオン社を巡るトランプ氏の主張は、すでに自らの部下によって否定されていることになる。

    そして声明にもある通り、開票作業でのミスは実際に起きている。

    例えば選挙のカギを握る州の一つミシガンで、選管担当者がデータ入力時に打ち間違えるミスがあり、バイデン票が一時、過大に表示された。それがSNS上では「不正の証拠」とされた。

    しかし、ミスはすぐに修正され、同州の開票結果の大勢に影響を与えていない。

    トランプ氏は11月17日、「CISAの声明は不正確」と批判。クリス・クレブス局長を更迭した。しかし局長の更迭後も、CISAは声明を取り下げていない。政府機関がトランプ氏の主張を否定している、ということになる。

    「アメリカンドリーム」の男、トランプ氏

    移民が市民権を取得してアメリカ国民となる時、必ず「忠誠の誓い」を読み上げ、宣誓する。アメリカ合衆国憲法を遵守し、「国内外の全ての敵から憲法と法律を守る」と宣言するのだ。

    アメリカ憲法は、成文憲法としては今も使われている世界最古。アメリカをアメリカたらしめる中核は憲法であり、そこで謳われている理念は、自由と自治、そして民主主義だ。

    そして1800年の大統領選で確立した、選挙を通じた平和的な政権交代は、憲法の理念を実現するための具体的な手法といえる。

    トランプ氏が不正を主張して選挙への信頼感を揺さぶることに対し、アメリカのメディアや政治学者が強い拒否感を抱く背景は、そこにある。

    一方でトランプ氏を、民主主義と並ぶもうひとつのアメリカの理想「アメリカンドリーム」をつかんだ人物と捉えるアメリカ人も多い。それがトランプ氏への支持にも繋がっている。

    トランプ氏は、実際には豊かな不動産業者の家庭に生まれ、家業を継いで浮沈を繰り返しながら事業を拡大し、裸一貫で一代でのし上がったわけではない。それでも「成功者」と認識されてきた。

    トランプ氏はまた、政治歴、行政経験歴、軍歴のいずれもない、アメリカ史上初の大統領だ。

    二度の大統領選で「ワシントンの既得権益層とのしがらみがない」というイメージを利用してきた。特に前回選挙では、元大統領の妻であり国務長官も務めた「政治のプロ」というイメージがあるヒラリー・クリントン氏への対抗策として有効に機能した。

    トランプ氏が急速にアメリカ社会で知名度を高めたきっかけは、テレビのリアリティ番組「アプレンティス」だった。

    日本語版を放送したWOWOWの番組HPでは、概要をこう紹介している。

    アメリカきっての不動産王で、オフィスビルの開発やホテル・カジノの経営でビジネス・セレブの頂点に立った超大富豪、ドナルド・トランプ。大胆にも彼がホストをつとめ、2004年から全米NBCネットワークで放送されているロングランヒット・リアリティ・ショー“The Apprentice”(日本未放送)。番組に参加した一般人はトランプの会社の“見習い社員(アプレンティス)”となり、毎回ハードな課題にチャレンジ。

    そしてトランプはその豊富な経験に基づき、彼らの一流ビジネスマンとしての適性をチェック。毎回脱落者を出しながら(トランプが脱落者に浴びせる“君がクビだ!”という罵倒は全米の流行語に)、最後に生き残った1人はトランプの会社に役員として迎えられ、最初の1年に25万ドルの年俸を受け取れるという超豪華な特典が全米の話題を独占。

    アメリカンドリームをつかむために知恵と努力、あらゆる手段を重ねる挑戦者ら。ドリームを体現する男としてそれを裁定し、「クビだ」という強烈な言葉を突きつけるトランプ氏。

    あらゆる困難に打ち勝ってのし上がった勝者がつかんだ富と力を讃える風土が、アメリカにはある。

    そしてトランプ氏は、勝利のため最後まであきらめないという態度を、今回の選挙にも持ち込んでいる。

    憲政の常道か、アメリカンドリームの体現か

    しかし、政治家とビジネスマンでは、持つべき職業倫理も、その行動原理も異なる。

    政治や行政は「市場原理」で動く世界ではない。「勝者総取り」「弱肉強食」で成り立つべきものでもない。だから、「共助」「公助」を基盤とする各種の社会保障制度などが、各国で発達してきた。

    権力者の持つ権限の枠は憲法で定められ、それを踏み越えることは許されない。さらに、野党や有権者、メディアなど、さまざまな角度からの検証も受けることになる。権力の座にある人物には、社会の統合を保つためにも、その権力を抑制的に行使することが期待される。

    選挙は、勝者に全権委任して「任期付きの独裁者」を生み出すための仕組みではないからだ。

    一方、200年以上の伝統を誇り、世界の民主主義の根幹の一つとなったアメリカ大統領選挙制度への信頼を揺るがせても、あきらめず勝利を主張する。

    憲政の常道か。不屈のアメリカンドリームか。

    トランプ氏に対する評価の分極化は、社会観のどちらを優先するかという争いでもある。

    (続く)