トランプ氏が根拠なく「勝利宣言」をしたわけ 着々と打ってきた布石の回収に動くか

    トランプ氏が一方的な勝利宣言と取れる発言をした。その背後には、トランプ氏は何ヶ月もかけて打ってきた「布石」を活用しようとする狙いがある。

    11月3日(現地時間)に投票されたアメリカ大統領選で、現職のドナルド・トランプ氏が日本時間4日午後、根拠を示さないまま「率直に言ってもう私たちは勝利した」と、勝利宣言とも取れる発言をした。そのうえで、開票の差し止めを求めて連邦最高裁に訴訟を起こす考えを示した。

    主要な報道機関でトランプ氏に「当選確実」を出した社はなく、ロイターForbesは「開票が続く中、トランプ氏がウソの勝利宣言」などの見出しで報じている。

    発言の背景には、大統領選の仕組みそのものへの信頼を疑わせて訴訟合戦に持ち込むため、自らが数ヶ月にわたり打ち続けてきた布石を活かそうとする戦略があるとみられる。

    トランプ氏陣営が実際に訴訟戦術に出れば、米大統領選の開票と最終結果の確定が、大幅にずれ込む可能性が出てくる。

    焦点は郵便投票

    今回の選挙で注目されるのは、アメリカで猛威を振るう新型コロナウイルス対策のため、多くの有権者が期日前投票や郵便投票を選んだことだ。

    フロリダ大学のマイケル・マクドナルド教授(政治学)らが運営する「アメリカ選挙プロジェクト」の集計では11月3日現在、投票所で期日前投票をした有権者と郵便投票の用紙を請求した有権者を合わせると1億人を超えた。

    アメリカの有権者は推定で2億3900万人。単純計算で、郵便投票と期日前投票だけで投票率は40%を超えることになる。

    さらにマクドナルド教授らの集計では、期日前や郵便で投票した有権者のうち、45%が民主党=バイデン氏支持、30%が共和党=トランプ氏支持。残りは無党派か弱小候補支持だったという。

    投票所で投じられた票の開票が終わり、郵便投票の開票が行われるようになると、そこにはバイデン氏票の方が多く入っている可能性があり、トランプ氏にとっては不利になる。

    「郵便投票は不正」と叫びつつけたトランプ氏

    トランプ氏は2020年の早い段階から、「郵便投票で不正が起きる」と根拠を示さず主張し続けてきた。

    各州の選管当局や郵便公社は、不正の存在を否定し続け、2020年5月には、郵便投票での不正を主張するトランプ氏のツイートに、Twitter社が注意書きを付ける事態となった。

    一般的に国政選挙での不正は、独裁的、強権的な政権が、国政選挙を行うことで「民主的」な装いを繕い、裏で自らの勝利を確実にするため権力を使って結果をゆがめるために行うものだ。

    民主主義国家のアメリカで、現職大統領の座にある人物が選挙前から不正が起きると叫ぶのは、極めて異例だ。

    もしも本当に現場で不正が懸念されるというならば、大統領自ら、行政府の長としての権限をフルに使って不正対策を徹底させればいい。

    しかし、そういう行動に出ないまま一方的な主張を続ける理由は、自らの再選が危うくなった場合に備え、何らかの布石を打っているからではないかとみられてきた。

    郵便投票では確かに、所定の場所への署名を忘れる、署名が選管に登録されている書体と異なるといったことで票が無効になる可能性もある。

    州によっては投票日当日消印の票も有効としており、カリフォルニア州は当日消印であれば11月20日までに届いた票を受け付ける。有効性に疑問がある票や、遅れて届く票の集計などで、もともと開票には時間が掛かることが想定されていた。

    今回の選挙でまだ勝利確実の報が出ていないのは、ペンシルバニアやミシガン、ノースカロライナなど約10州だ。

    日本時間4日午後6時現在、このうち少なくとも6州で、トランプ氏が「優勢」となっている。しかしその後、郵便投票などが加われば、そのまま勝ち抜けるかどうかは分からない。

    トランプ氏はかねて、11月3日以降に選管に到着した郵便投票を開票しないように求めてきた

    「赤い蜃気楼」でこれから起きること

    アメリカのメディアやアナリストの間では、

    1)開票の早い段階では、トランプ氏が優勢の情勢となる

    2)郵便投票などが開く前に、トランプ氏が一方的に勝利を宣言する

    3)訴訟戦術などで事態を長期化させる。司法の決定で郵便投票の開票などを阻止して勝ち逃げを図る

    というシナリオがあるのではないか、とささやかれてきた。

    トランプ氏が初期段階で優勢に見える現象のことは、共和党のシンボルカラーから「赤い蜃気楼」と呼ばれている。

    どうやら、トランプ氏は、このシナリオ通りに行動し、第2段階まで来たようだ。残りは第3段階の法廷闘争となる。

    トランプ氏は、第3段階に向けた布石も、すでに打っている。

    リベラル派の連邦最高裁判事の死去に伴い、保守派の判事を最高裁に急いで送り込んだのだ。

    これで連邦最高裁は保守派が多数を占める状況となり、共和党には有利となった。

    すでに10を超える訴訟

    トランプ陣営はすでに、全米各地の州裁判所などで、郵便投票の開票差し止めなどを求める訴訟を起こしている。

    米国のBuzzFeed Newsの集計では、陣営は9月中旬段階ですでに11の訴訟を起こしていた。さらに10月中旬、ネバダ州で「署名の同一性が確認できない」などとして開票の差し止めを求める訴訟を起こしたが、同州最高裁は11月3日、陣営の要求を認めない決定を出した

    トランプ氏は実際に、シナリオ第3段階の法廷闘争に進む可能性が高い。

    11月4日以降に選管に届く郵便投票の開票の差し止めや、郵便投票での有権者の署名の有効性を問い全体の開票を無効にすることを求めるといった内容の訴訟が考えられる。

    場合によっては開票作業差し止めの仮処分申請などもからめ、作業が中断するかもしれない。

    バイデン陣営は牽制

    もちろんバイデン氏側も、トランプ陣営がこうした行動に出る可能性は計算に入れていた。

    トランプ氏が発言する前に、デラウエア州で支持者らを前にバイデン氏は「期日前投票や郵便投票の影響で、選挙結果は11月4日の朝(現地時間)かそれ以降まで、出ないだろう」「自分もドナルド・トランプも勝利宣言をする立場にない。選挙の結果を決めるのはアメリカの人々だ」と語り、トランプ陣営を牽制した。

    バイデン陣営もまた、対抗する訴訟戦術も検討している可能性が高い。

    2000年の大統領選では、フロリダ州でパンチカード形式の投票が機械で自動集計されたが、これに欠陥があるのではないかという疑惑が持ち上がった。

    民主党のゴア陣営と共和党のブッシュ陣営で、手集計による開票のやり直しを巡る訴訟合戦となり、選挙結果の確定が大幅に遅れた。

    こうした事態が、再現されることになるのかもしれない。