12枚の写真でたどる平成の災害 本当に崩れたものは何か

    平成の30年間は、巨大災害が繰り返された日々でもあった。

    平成の30年間、大規模な災害が相次いだ。写真で振り返る。

    1991(平成3)年 雲仙普賢岳火砕流

    時事通信

    1990年11月に噴火がはじまり、土石流や火砕流が相次いだ。91年6月3日の大規模な火砕流では、地元消防団員や警察官、報道関係者ら43人の死者・行方不明者が出る惨事となった。

    避難勧告地域で取材を続けていた報道陣と、その警戒などに当たっていた警官や消防団関係者が犠牲となったことから、火砕流の恐ろしさが広く知られるとともに、報道のあり方を巡る議論となった。

    1993(平成5)年 北海道南西沖地震

    時事通信

    7月12日発生。マグニチュード7.8。死者・行方不明者226人。

    地震による揺れだけでなく、奥尻島青苗地区などが、津波とその後の火災で壊滅的な被害を受けた。

    1995(平成7)年 阪神・淡路大震災

    時事通信

    1月17日発生。M7.3。そして初の震度7。

    高度成長後で初の大都市直下型の震災となった。

    神戸の各地で大規模な火災が相次いだが、ビルの倒壊などで道路が寸断されて断水も起き、消火活動は困難を極めた。高速道路や新幹線の高架橋などが倒壊。死者・行方不明者約6400人の大惨事に、日本全体が震えた。

    震災発生当初、自衛隊の災害派遣など政府の動きは鈍かった。

    一方、被災者支援などでボランティアの力に大きく注目が集まり、「ボランティア元年」と呼ばれた。兵庫県の推計では、被災地に駆けつけたボランティアの総数は、震災発生からの1年間で約160万人にのぼった。

    これ以降、災害ボランティアが日本社会に根付いてゆくことになる。

    2000(平成12)年 三宅島噴火

    時事通信

    三宅島の雄山が繰り返し噴火し、火山性ガスの噴出が続いたことから、9月2日に全島民が避難することとなった。

    本州や伊豆諸島の他の島での不自由な避難生活は、約4年半にわたった。

    2004(平成16)年 中越地震

    JR東日本/時事通信

    10月23日発生。M6.8、死者68人。上越新幹線が脱線した。営業運転中の新幹線が脱線するのは、史上初めてだった。

    しかし、車両の横転や高架からの脱落を免れることができ、死傷者は出なかった。

    山古志村など中山間部で激しい被害をもたらし、こうした地域の救援や復興支援が大きな課題となった。

    2007(平成19)年 中越沖地震

    第9管区海上保安本部/時事通信

    7月16日発生。M6.8。中越地震の記憶も新しい新潟県を、また地震が襲った。

    東京電力の柏崎刈羽原発は全炉が緊急停止したが、変圧器から火災が発生。初期消火に手間取ったこともあり、原発の耐震性がクローズアップされることとなった。

    そして4年後に、日本は深刻な原発事故に襲われることになる。

    2011(平成23)年 東日本大震災

    AFP=時事€“

    3月11日午後2時46分、観測史上最大のM9.0の激しい地震が、東北の太平洋岸を中心に東日本を幅広く襲った。

    そして間もなく、次の災害が襲う。明治、昭和の惨事でその恐ろしさが言い伝えられていた、大津波だった。死者・行方不明者は2万人を超え、これまで各国の災害支援をしてきた日本が、逆に大きな支援を受ける立場となった。

    被災者の苦難と余震は、今も続いている

    東京電力福島第一原発事故

    東京電力/時事通信

    大津波は福島第一原発の電源喪失という事態を引き起こし、原子炉がメルトダウンした。

    日本は地震と津波に加え、原発事故という災厄にも襲われることとなった。長く喧伝されてきた原発の「安全神話」は、完全に崩壊した。

    この事故の予見性を巡り、元東京電力幹部らが業務上過失致死傷の罪で強制起訴された。

    検察官役を務める指定弁護士は2018年12月26日、「津波襲来の可能性を知りながら対策をしなかった」として、元東電会長の勝俣恒久被告(78)ら3人に禁錮5年を求刑した。

    2014(平成26)年 御嶽山噴火

    時事通信

    火山性微動はあったものの、それ以上の大きな兆候がなく噴火警戒レベルが1のままだった御嶽山が、9月26日午前11時52分ごろに噴火した。

    秋の登山シーズンで、多くの登山者が山頂付近にいたため、死者・行方不明者63人の惨事となった。

    2016(平成28)年 熊本地震

    Takumi Harimaya/BuzzFeed

    4月14日午後9時26分ごろ、熊本県益城町で震度7を記録したM6.5の地震が発生した。大規模な地震により熊本県を中心に大きな被害を受け、当時は「本震」と考えられていた。

    しかし4月16日午前1時25分、さらに規模の大きいM7.3の地震が発生。これが「本震」となった。一連の揺れで阿蘇大橋が崩落するなど、激しい被害が出て、熊本県と大分県での死者は計267人にのぼった。

    「動物園からライオンが逃げた」といったデマがSNSで出回り、熊本市の大西一史市長が自らTwitterでデマを信じないように呼びかけ、情報発信を続けた

    2018(平成30)年 西日本豪雨

    時事通信

    気象庁は数十年に一度の重大な災害が予想される場合に出す「大雨特別警報」を7月6-8日にかけて九州から中四国、近畿の計11府県で発表した。

    しかし、各地で洪水や土砂崩れが相次ぎ、15府県で220人を超える死者が出る災害となった。被害は特に広島、岡山、愛媛の各県で深刻で、JR山陽本線や山陽自動車道など、日本を東西に結ぶ交通の中枢ルートすらも寸断された。

    2018年 北海道胆振東部地震

    時事通信

    6月の大阪北部地震に続き、9月6日にM6.7の地震が北海道を襲った。

    震度7を記録した厚真町を中心に激しい土砂崩れが起き、41人が死亡したほか、苫東厚真火力発電所の緊急停止などで、北海道のほぼ全土が停電するブラックアウトが起きた。

    また、2度の大きな地震があった熊本地震などから「近く本震が来る」といった、科学的根拠に欠ける話がSNSで出回った

    平成で崩壊したのは、日本の「安全神話」そのものだった。

    平成の30年間、日本で長く「安全」と信じられていたものが、災害によって次々と倒壊した。

    高速道路。高架の線路。新幹線の橋脚。そして原発もメルトダウンした。

    そのたびに「想定外」という言葉が出た。平成は、さまざまな安全神話が崩壊を続けた時代だった。

    30年以内の70−80%の確率で起きると想定される南海トラフ地震。そして首都圏直下型地震。さらに相次ぐ異常気象ーー。

    次の時代、平成の日々を教訓に、私たちはどこまで備えを固めることができるだろうか。