なぜ中国はタリバンに接近するのか? 米国、ロシア、イラン…アフガンめぐる各国の思惑

    中国外務省が王毅外相がタリバンと会談したと発表した。バイデン氏がテレビ演説で、アフガン撤退の決断は間違ってなかったと語った。ロシアやイランはどうする? それぞれの狙いは。

    (8月18日の配信時、一部でエラーが起きていたことが判明したため、URLを変えて再配信します)

    米軍が撤退作業を終える前に、地元政府が崩壊してしまったアフガニスタン。それが分かっていても撤退を命じたバイデン大統領がテレビ演説し、「自分の決断を、断固支持する」と断言した。その真意は。

    この事態を受けて、中国外務省は王毅外相がタリバン幹部と会談していたことを明かした。狙いはどこにあるのか。

    アフガン情勢の解説連載、第3弾です。

    バイデン氏は何を語ったのか

    8月16日(現地時間)、テレビ演説したアメリカのバイデン大統領は、米軍のアフガン撤退について、こう語った。

    「約20年前にアフガニスタンでの私たちの目標は、2001年9月11日にアメリカを攻撃した者たちを捕まえること、そしてアルカイダがアフガンを拠点として再び攻撃できないようにすることだった」

    「私たちは、アフガンのアルカイダを徹底的に弱体化させた。オサマ・ビンラディンを追い続け、捕まえた。 10年前のことだ」

    「私たちのアフガニスタンでの任務は、国家建設ではなかった。 統一された中央集権的な民主主義を構築するためにアフガンに行ったわけではない」

    2001年の米同時多発テロを起こした国際テロ組織アルカイダを壊滅させるためにアフガンに米軍を送ったが、その主任務は既に終わった。だから撤退させる。

    アフガンでの国家建設は、米軍の任務ではないし米国政府の責務でもない。そういうメッセージだった。

    アメリカに付き合ってアフガン復興に協力してきた、この20年の日本をはじめとする関係各国の存在は、どこに行ったのだろうか。

    トランプ路線に乗り撤退

    そして、このタイミングの撤退となったことを、タリバンと2020年に合意を結んだトランプ前大統領を引き合いに出して説明した。

    「私は大統領となった時、トランプ氏がタリバンと結んだ合意を受け継いだ」

    「合意では2021年5月1日までに米軍が撤退することになっていた。トランプ政権下で米軍は1万5500人から2500人に減り、タリバンは2001年以来、軍事的に最も強い状態にあった」

    「軍を撤退させる合意に従うか、数千人の米軍を再びアフガニスタンに送り込んで紛争を長引かせるかを選ぶという、冷たい現実だけがあった」

    そもそも合意を結んだのは前任のトランプ氏であり、自分はそのレールに乗り、撤退を決行していると述べ、トランプ氏の責任も持ち出した。

    「自分の決断を、断固として支持する。 この20年間で私は、米軍を撤退させるのに適した時期などないことを痛感してきた」

    米国内では撤退論とともに時期尚早論もあり、撤退を実行してもしなくても、必ず批判を受ける運命にある。

    バイデン氏は遅くともオバマ政権での副大統領就任前の2009年には、アフガンからの早期撤退を考えるようになっていた

    それだけに、自分が大統領となったこの時期に、トランプ氏の敷いたレールを利用して米軍を撤退させたのだ。

    バイデン氏はさらに、アフガン側を痛烈に批判した。

    「何が起きたのか。政治指導者たちはあきらめて国を逃れた。軍は、時には戦おうとせずに崩壊した。この展開は、アフガニスタンへの米軍の関与を終わらせることが正しい決断であったことを、裏付けている」

    「米軍は、アフガニスタン軍が自分たちのために戦おうとしない戦争で戦い、死んでいくことはできないし、そうすべきではない。 アフガンの政治指導者たちは、米軍が留まって戦う限り、国民のために団結できず、いざというときに国の将来のため交渉することができなかっただろう」

    しかし、アフガンの一般市民から見れば、米軍は20年前、突然やってきてあっという間にタリバンを倒し、新しい政府を据え付けたとうつる。

    アフガン政府が腐敗していたとはいえ、そんな政府をつくり、巨額の資金を投じて支えてきた米国と国際社会に重大な責任があると考えるのは、アフガン人だけではないだろう。

    バイデン氏の演説は、そこには触れなかった。演説をこう結んだ。

    「これは正しい決断だ。私たち国民にとって、国のために命をかけてきた兵士たちにとって、アメリカにとって、正しいことだ」

    撤退理由の説明は、米軍の犠牲や経費の浪費を抑えるという「内向き」の内容に終始した。

    アメリカの戦略に否応なしに巻き込まれて人生を変えられたアフガン市民、さらに米軍の誤爆や誤射で命を落とした人々への視線は、なかった。

    テロ対策は

    タリバンが本格的な政権掌握を進めると、これまでのアフガン政府が米軍などの協力下で刑務所などに拘束してきたアルカイダやイスラム国(IS)などの構成員の管理が緩んで自由の身となる可能性がある。アフガニスタンが再び、「国際テロの震源地」となる危険性は、否定できない。

    テロ対策についてバイデン氏は16日の演説で、「米軍基地のない国でも、我々は効果的なテロ対策作戦を行っている。必要であれば、アフガニスタンでも同様の活動を行う」と語った。

    しかし、米情報機関が20年の間に作り上げたアフガン国内の情報網は、タリバンの復権で大きく損なわれている可能性は否定できない。

    もしアフガンでイスラム過激派が再び勢力を強めたとすれば、世界全体にとって脅威となりかねない。

    アフガン政府が崩壊した今、米軍の代わりに手を下す組織はない。タリバンがテロ組織に協力したり黙認したりした場合、米国が採る手段は再びの空爆か。特殊部隊の投入なのか。国内での水際対策なのか。

    タリバン幹部と外相が会談。中国の思惑は

    バイデン氏は16日の演説で次のように語り、もう一つの本音を示した。

    「真の戦略的競争相手である中国とロシアは、米国が何十億ドルもの資源と関心を、いつまでもアフガニスタンの安定化に注ぎ続けることを、何よりも望んでいる」

    アフガンにカネと人命を延々と費やしたことは無駄に終わった。もうやめる。その資源は今後、中国とロシア対策に振り向けるという宣言だった。

    中国は表向き、タリバンの復権を支持している。

    まず米国への対抗上、米軍がアフガンで成果を得られないまま撤退する「失態」は、歓迎すべき事態だ。

    中国外務省の華春瑩報道官は8月16日、「アフガニスタンの主権と国内の各派閥の意思を全面的に尊重することを前提に、中国はタリバンとの接触を維持し、政治的解決を促進するために建設的な役割を果たしてきた」と述べた。

    そして、アブドゥルガニ・バラダル団長率いるタリバン訪問団と王毅外相が7月28日、天津で会談したことを明かした。

    バラダル団長はタリバン政治部門のトップで、米国との交渉を担当した。全体ではナンバー2と目される大幹部。タリバン政権樹立の際には首長(大統領)の有力候補と言われている。

    タリバンの復権を見越し、接近していたのだ。

    中国外務省の華報道官は16日の会見で語った。

    「タリバンが、アフガニスタンのすべての派閥や民族と連帯し、国家の現実に適した広範で包括的な政治構造を構築し、同国の永続的な平和を達成するための基礎を築くことを、私たちは望んでいる」

    「タリバンは中国と健全な関係を築くことを望み、中国に不利益な行為を行うためにアフガニスタンの領土を使用するいかなる勢力も決して許さないと述べている。私たちは、これを歓迎する」

    なぜこの時期に、「テロ勢力」と呼ばれたタリバンの幹部を天津に招いたことを、中国はわざわざ公表したのか。

    タリバンに接近する背景には、パキスタンで近年相次いでいる、中国人や中国権益に対するテロ攻撃があるとみるのが自然だ。

    中国はインドへの対抗戦略上、そして「一帯一路」構想のルートとして、パキスタンを重視。道路や港湾の開発など、パキスタンへの経済・軍事支援を強化してきた。

    しかし、中国の経済援助には、中国人スタッフを多く連れて行くため地元の雇用に繋がりにくい問題もあり、反感がある。また、イスラム勢力はそもそも、無神論の中国共産党政権に対して強い不信感がある。

    2021年4月、パキスタン西部クエッタの高級ホテルで爆破テロが起きた。クエッタ訪問中の駐パキスタン中国大使を狙った可能性があるが、大使は事件当時、ホテルにおらず無事だった。

    7月にはパキスタン北西部カイバル・パクトゥンクワ州で中国人技術者らを乗せたバスで自爆テロが起き、中国人9人を含む13人が死亡した。

    パキスタンのクレシ外相は、バスでのテロについて「パキスタン・タリバン運動(TTP)」が関与したと発表した。

    TTPは、アフガンのタリバンを支持しているが、パキスタン国内を基盤とする別組織だ。その攻撃対象はパキスタン政府やパキスタンでの外国権益で、掲げるのはパキスタン政府の打倒。一方、タリバンの目標はアフガン政府や駐留米軍の打倒であり、パキスタン政府ではない。そしてタリバンはパキスタン情報機関の支援を受けてきた。

    アメリカが近年、新疆ウイグル自治区でのウイグル人弾圧問題を持ち出す以前から、中東などイスラム圏各地で、中国批判が吹き荒れていた。また、新疆を脱出したウイグル人勢力の一部は、シリアの反体制地域で根拠地を作っている。こうした勢力が国内に逆流するのを、中国は恐れている。

    中国はパキスタンでの中国権益や自国民を守るため、パキスタン情報当局との連携を強めている。さらにTTPなどパキスタン内のイスラム過激派に影響力があるタリバンとも、一定の距離を置きつつ対話している。それが現状であり、今回のタリバンの復権に、中国やロシアが与えた影響は大きくはなさそうだ。

    中国はタリバン側から「アフガニスタンを中国攻撃の基地にはさせない」という言質を取り付けた。これは、パキスタンやウイグル自治区などでのテロ攻撃に、タリバンは協力しないことを意味する。

    その見返りに、米軍の失敗を批判してタリバンの復権を歓迎したというのが、華報道官が会見で述べた言葉から読み取れるメッセージだ。中国は恐らく、何らかの援助を約束しているだろう。

    さらに将来的には中国の「一帯一路」構想にアフガンを組み込み、例えばトルクメニスタンからパキスタンに向かうガスパイプライン建設を行うといったことも想定できる。

    一方で中国人民解放軍には、外国で長期駐留し治安維持にあたった経験がほとんどない。アフガニスタンへの軍事的な直接関与を行うことは考えにくい。

    ロシアやイランは

    バイデン大統領が口にしたもう一つの国、ロシアはどうか。

    旧ソ連時代にアフガンを侵攻した歴史があるために、アフガン国内で「親ロシア派」は少ない。

    イスラム過激派はロシア国内でもたびたびテロなどの攻撃を繰り返している。旧ソ連軍と同じく、成果を残せないまま撤退に至った米軍を冷笑しつつ、アフガンをロシアに向けたテロの発信地にさせない方向での方策を検討しているとみられる。

    旧ソ連圏のウスベキスタン、タジキスタンなど周辺国はタリバンの動向を強く警戒し、自国のイスラム勢力が活性化することを恐れている。

    これら周辺国によるタリバン封じ込めや、アフガン内反タリバン勢力の支援が地下で活発化しそうだ。これらの国々は、アフガン内のタジク人、ウズベク人などの反タリバン勢力とつながりを持っている。

    また、アフガンと国境を接するイランは、タリバンとは極めて折り合いが悪い。イスラム教スンニ派のタリバンは、イランが国教とするシーア派を「背教徒」とみなし、アフガン国内のシーア派を弾圧してきた。

    今後イランへの流入の増加が見込まれるアフガン難民に対処しつつ、反タリバン勢力を密かに支援し、タリバン封じ込め策を検討している可能性が高い。

    続きます

    アップデート

    冒頭にあるとおり、この記事の配信時に一部、エラーが起きていることが判明したため、URLを変更して再配信いたしました。