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デンマークでコロナの規制を全て撤廃 それでも国民の表情が落ち着いているわけ

デンマークは感染者数が高い水準にある中、2月1日にコロナの規制を全て撤廃しました。しかし、国民は落ち着いた様子で日常生活を送っています。なぜなのでしょうか? デンマーク在住のジャーナリスト、井上陽子さんがレポートします。

北欧・デンマークでは2月1日、新型コロナウイルスが「社会的に重大な病気ではない」という位置づけに変わり、マスクの着用や、レストランや映画館などに入る際などに必要だった「コロナパス()」提示の義務付けといった規制がすべて撤廃された。

※ワクチン接種済みか、PCRか抗原検査で陰性であることを示す証明。

この決断が、世界的にも注目を集めている。というのも、デンマーク政府が、コロナの感染者数が相当高い水準にあるさなかで、規制撤廃の決断をしたためだ。

さらに、デンマーク国内の急速な感染拡大が、オミクロンの中でもより感染力の強い「BA.2」という亜種の広がりによって起きているためである。

日本では、検知が難しい”ステルスオミクロン”とも呼ばれる「BA.2」について、デンマークでわかってきたこととや、感染爆発が起きるさなかに規制が撤廃された背景についてお伝えしたい。

指数関数的に増加した「BA.2

デンマークで最初にオミクロンが確認されたのは昨年12月3日。この時は1日の新規感染者数は18件だったのだが、2日後には183件となり、そこからは指数関数的に増加していった。

今年1月には、ロックダウンをした昨年の冬の10倍以上の水準に達し、この原稿を書いている2月1日の段階でも、1日の新規感染者数が4万5000人超となっている。これは、日本の人口に換算すると、1日の新規感染者数が100万人近い感覚である。

デンマークでは昨年の春から、「コロナパス」というデジタルのツールを使い、検査で陰性の人とワクチン接種済みの人とで社会活動を再開する、という方針を取ってきた。

大量の検査をさばくための大規模な検査態勢を敷いているのだが、デンマークは検査数の多さとともに、ゲノム解析にも優れていることで知られる。

このため、オミクロンの中でも、従来主流だったBA.1とBA.2がいつ、どのような割合で入れ替わったのか、その実態がデータによって詳細に示されている。

この図を見ると、12月半ばから検知されはじめたBA.2が、1月の第2週目にはBA.1の数を逆転し、さらにその翌週には65.37%に達したことがわかる。BA.1とBA.2を合わせて、デンマークではいま、コロナ感染の99%以上がオミクロンである。

ゲノム解析を行っているデンマーク国立血清学研究所(SSI)は、BA.2の特徴として、BA.1よりも約33%感染しやすいという研究結果(未査読)を示しており、デンマーク国内のBA.2の勢いを裏付けている。また、ワクチン接種済みの人に対する感染リスクも、BA.1よりも高いことがわかったとしている。

一方でBA.2は、ワクチン接種をしている人に対しては、BA.1と同じように症状がマイルドで済むということもわかってきた。この特性が、規制の全撤廃につながった理由の1つである。

笑顔の記者会見 コロナの規制を全面撤廃

デンマークのメッテ・フレデリクセン首相が、規制撤廃を発表する記者会見を行ったのは1月26日。この段階では、1日の新規感染者が過去最多の5万3000人超という水準だったので、笑顔で記者会見を始めた時には驚いた。

この会見で、政府が規制を撤廃できる理由として、専門家が図を示しながら説明したのが「デカップリング」という状況である。

折れ線グラフが示しているのは、集中治療室に入る人の昨年との比較。同時期で比較した場合、昨年の数(オレンジ)よりも今年(青)の方が少なく、さらに減少に転じたことがわかる。

つまり、新規感染者数は昨年の10倍以上であるにもかかわらず、重症化する人は減少しており、この2つの数字には相関がなくなった(デカップリング)という説明だ。

65歳以上の94%が3回目接種済み

なぜこうした状態になったのか。会見で専門家が強調していたのが、コロナワクチンの3回目(ブースター)接種を進めたことによる「高い免疫」。

デンマーク政府は、12月にオミクロンを初めて検知して以来、3回目のブースター接種を加速させてきた。2回目の接種から4ヶ月半後に接種の案内が届く仕組みになっているが、それ以外でも薬局などで予約なしで打てるようになり、「1にも2にもワクチン接種」という雰囲気だった。

その結果、現在では65歳以上の94%がワクチンの3回目接種済みとなり、人口全体でも6割以上が3回目接種を終えている。ワクチン接種を積極的に進めたことに加えて、これまでの感染で免疫がついた人も増えており、社会全般として高い免疫を獲得したーーというわけだ。

コロナを「社会的に重大な病気ではない」という位置づけに変えたのは、今後さらに感染者が増えたとしても、医療を逼迫するような社会的な脅威にはならない、とデータで裏付けられた上での判断だった。

今後1年間の「3フェーズ」を提示

実は、デンマーク政府が新型コロナウイルスを「社会的に重大な病気ではない」という位置付けて規制を解除するのは、今回で2回目である。

1回目に規制解除となったのは昨年9月。ところが、気温が下がり始めてからコロナの感染者が増え始め、さらにはオミクロンが席巻したため、行動規制が次々と復活した。

なので、今後新たな変異株が登場し、重症者が増えるような事態になれば、マスク着用やコロナパスが再び復活する可能性もあり得る。

また、規制をすべて撤廃したといっても、特にコロナ感染により重症化しやすい人を守るため、病院や高齢者施設などでは引き続きマスクやコロナパスを使うことになっている。大人数で集まる場合には事前に抗原検査で陰性を確認することなど、感染を広げないための一般的な対策は、自主的に続けていくことになる。

規制撤廃を発表した記者会見では、フレデリクセン首相も新たな変異株が登場する可能性に触れ、この先1年の見通しを、次の3つのフェーズに分けて示した。

  • フェーズ1:現在。特に脆弱な層に対して、ワクチンの4回目のワクチン接種を進める
  • フェーズ2:春から秋の始まり。フェスティバルなどイベントを通常通り行う
  • フェーズ3:秋から冬。新たな変異株が登場する可能性があり、場合によっては全ての人がワクチンの4回目を接種する

これは新型コロナウイルスのパンデミックが始まって以来感じていたことだが、デンマーク政府は、これから先何が起きるかの見通しを伝え、それに対して対策を取っていることを国民に示すのがうまい。

これまで、必要な時にワクチンが不足したり、自宅用の抗原検査やマスクが不足するような事態にならずに済んでいるのも、政府が経済界などと連携しながら先手を打っているためと見られ、不安解消につながっている。

”1日100万人が新規感染の肌感覚

さて、規制撤廃の2月1日を迎えて、感染レベルが高いなかでデンマークの人たちは本当にマスクを外すだろうか、と思っていたのだが、結果からいうと、かなりの人が外していた。

コペンハーゲン中央駅では、前日までプラットフォームでは全員がマスクをしていたのに、2月1日からは10人に1〜2人程度。

地元メディアのアンケートによると、政府の規制撤廃に不安を感じている人が3割程度いたので、感染レベルが落ち着くまでは、自主的にマスクをつける人も一定程度は残るだろう。従業員の間で感染が広がりビジネスが立ち行かなくなることを懸念して、コロナパスを継続して使うことを決めた企業もある。

それでも逆に言えば、大半の人が政府の規制撤廃を受け入れているのは、オミクロンがどういうものか実感としてわかってきた、という点も大きい。

日本の人口規模に換算して「1日100万人が新規感染」の肌感覚がどんなものかというと、すでに自分や家族が感染したか、相当数の知り合いが感染している状況である。

現在、デンマークではコロナ検査で陽性になった人の隔離期間は4日間、濃厚接触者は陰性なら隔離なしとなっているが、そうでもしないと社会が機能しないような感染規模だ。

私も、オミクロンの急拡大中に感染した一人。私の場合は、3回目ワクチンの接種から10日ほどたった時、友人宅での夕食会に行く前に念のため抗原検査を受けておこう、とチェックした時に陽性が判明した。無症状だったので、あの夕食会がなかったら、たぶん感染に気づかないまま日常生活を送っていたと思う。

症状がなかったのは3回目のワクチンをうっておいたおかげなのかはわからないが、規制撤廃によって社会が通常化するのが不安、という感覚はない。3回のワクチン接種に加えて、感染による抗体ができたのかなという安心感がある。すでに感染した人は、私と同じような感想を持っていた。

まだ感染していない友人に、規制撤廃に不安を感じていないのか聞いてみたところ、「規制もなくなるし、たぶんみんな1回はかかるよね」「ワクチンは3回うってるから、感染した時に症状が重くないといいけど」という感じで、現実的な受け止め方をしている人が多い。

デンマークでは2月の第3週目が冬休みで、スキー旅行などを計画している人も多いので、「それまでは感染しないように気をつける」という声も。多くの客とやり取りするカフェの店員など、自主的にマスク着用を続けている人もちらほら見える。

科学的根拠を示すことで生まれた国民の納得

ただ共通しているのは、「去年の冬のような事態は避けたい」という声。昨年冬にロックダウンを行ったデンマークでは、レストランなど店は閉店となり、小学校以上は閉校、仕事もリモートに切り替わった。

それによる経済的な打撃ももちろんあるが、学校に行けなかった子供たちも含めた精神的な影響が特に問題視され、社会機能を維持していくことの重要性がより強く認識されている。

やみくもに社会を通常化するだけでは不安が募るところだが、ワクチンの3回目接種を相当進めて、社会全体としてオミクロンで重症化しにくい免疫を作った上で、規制撤廃が重症患者の増加にはつながらないという科学的な根拠を示していることが、国民の納得感につながっている。

それが、私の感じる今のデンマークである。

【井上 陽子(いのうえ・ようこ)】デンマーク在住ジャーナリスト

デンマーク在住のジャーナリスト、コミュニケーション・アドバイザー。noteでも発信している。ウェブサイトはこちら。Twitterは @yokoinoue2019

筑波大学国際関係学類卒、ハーバード大学ケネディ行政大学院修了。読売新聞で国土交通省、環境省などを担当したのち、ワシントン支局特派員。2015年、米国からコペンハーゲンに移住。デンマーク人の夫と子供2人の4人暮らし。