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遺伝子組換えを巡る9つの誤解【前編】 自然でないものは危険なのか?

遺伝子組換え食品ってなんだか怖いと思っていませんか? 世界中の最新の研究成果をもとに、前編はその安全性について徹底検証します。

遺伝子が操作される、組換えられる……。そう言われてドキッとする気持ち。だれにでもあるでしょう。遺伝子組換え食品を食べるか食べないか、決めるのはあなた。その気持ちによいも悪いもありません。

でも、間違った情報に基づいて決めてしまうのはまずいのでは。

残念なことに、子宮頸がんワクチンやアトピー性皮膚炎のステロイド治療と同じように、遺伝子組換えについても科学的とは言えない情報が氾濫しています。

Nature Human Behaviourという学術誌に1月14日、とても面白い報告が掲載されました。アメリカ、フランス、ドイツの2500人あまりを調査した結果、遺伝子組換えに反対している人ほど、科学や遺伝学に対する知識が乏しく、にもかかわらず、自分はもっともよく知っている、と思い込んでいる、というのです。

今、日本では遺伝子組換えについて大きな制度変革が行われようとしています。食品パッケージへの表示方法を変えようと、消費者庁、消費者委員会で検討中なのです。すでに、国民に意見を聞く「パブリックコメント」も行われました。しかし、寄せられた意見の中にも誤解に基づくものがありました。

どうして誤解が消えないのか。新制度はどのようなものなのか。2回に分けて、9つの誤解を解き明かしましょう。前編は安全性について、後編は、世界の現状、そして日本の表示制度について、です。

※私は、消費者委員会食品表示部会に所属し、遺伝子組換え表示制度の変更審議に加わっています。

【9つの誤解】

  1. 遺伝子組換えは自然には起こりえないから、危ない
  2. 遺伝子組換えは長期の安全性が確認されておらす、がんやアレルギーを引き起こす
  3. 遺伝子組換えは、ヨーロッパでは安全性への懸念から禁止されている
  4. 遺伝子組換え作物には、発がん性のある農薬が用いられる
  5. 遺伝子組換えは、環境を破壊している
  6. 小麦などあらゆる作物に、遺伝子組換えが混じっている
  7. 私は「遺伝子組換えでない」という表示のものを買っているから、遺伝子組換えを食べていない
  8. 新制度で、遺伝子組換え表示はなくなる
  9. 消費者は遺伝子組換えを気にしている


1.遺伝子組換えは自然ではないから危ない?

○:品種改良は自然なものではなく、「自然=安全」でもない

遺伝子組換えは、品種改良に用いられている技術です。

昔から行われてきた植物の品種改良は、生えているものから性質のよいものを選び種子を取り増やしてゆくものでした。これを「選抜育種」と呼びます。100年ほど前からは、良いもの同士を選び授粉させ遺伝子を組換える「交配育種」が行われるようになりました。これらは、多くの人たちから自然なやり方、と思われているようです。

これに対して、遺伝子組換えは、生物に外から遺伝子を導入して、新しいタンパク質を作らせる技術です。それにより、良い性質が付け足されたり、悪い性質が抑制されたりします。金のごく小さな粒に遺伝子をくっつけて細胞中に無理やり撃ち込んだりするのですから、不自然ですねえ。

でも、自然と受け止められる交配育種も実は、人為的なものです。たとえば、地理的に離れていて自然には掛け合わせが起きないような植物を集め授粉させるようなことが普通に行われ、新しい品種が続々と作られています。

そもそも、自然だから安全、というわけではないのは、フグ毒やキノコ毒のことを考えれば明らかです。自然に逆らい、相当に荒っぽいことをして遺伝子を改変し品種改良を進めてきたのが人の歴史です。

1950年代からは、種子を化学物質にさらしたり強い放射線をかけたりして遺伝子に突然変異を起こさせ、品種改良する研究が始まりました。遺伝子をランダムに傷つけて違う性質にしようというのですから、今だと大騒ぎかも。でも、まったく騒がれず新技術として受け入れられました。今でも普通に行われ、新品種が生まれ、消費者は知らないまま食べています。

これに対して、遺伝子組換え技術が開発されていた1970年代から80年代にかけては、DNAの科学が一気に進み、「この技術を悪用してはならない」という科学者の自戒も強くなった時代でした。それ故に、遺伝子組換えの商用化にあたって、厳しい安全性審査が行われる仕組みができました。

開発企業が、遺伝子を組換えてできる何万もの株の中から、一番よいものを選び出して品種にし、政府機関が安全性や環境影響について問題がないか審査し、認可する仕組みがどの国でも動いています。

2.遺伝子組み換えを食べるとがんやアレルギーになるの?

○:長期影響研究も行われており、危ないと訴えた研究は世界の評価機関から否定されている

肉や魚、野菜など、どの食品も生き物の細胞からできていて、遺伝子やタンパク質等を持っています。それをバラバラにして栄養分を吸収するのが消化です。食べた遺伝子があなたの遺伝子に組み込まれる、なんてことはありません。

このことは、どのような品種改良でできた食品についても共通して言えることです。さらに、遺伝子組換えは当初、科学者の懸念が強かったこともあり、さまざまな角度から安全性にかんする検証が行われています。数世代にわたって動物に食べさせるような試験も実施されました。

遺伝子組換え品種は既存の作物と同等に安全だと見なされるものでないと各国の政府機関に承認されません。商用栽培が始まって20年以上がたちましたが、食用としての安全性に疑問が出て承認を取り消されたものもありません。

でも、がんになるっていう写真を見たけど? そんな人も少なくないでしょう。「遺伝子組換えが危険だ」とする科学者がいて2012年、ラットに遺伝子組換えトウモロコシを食べさせてがんができた、と称する写真を論文に掲載するなどしました。“Seralini”“GMO”で検索してみてください。がんがボコボコにできたラットの写真が出てくるはずです。当時、海外でも国内でもマスメディアが報道しました。

しかし、この研究は試験設計が適切ではなく、EUで食品の安全性を評価管理している「欧州食品安全機関」(EFSA)をはじめとする諸外国の公的機関や日本の内閣府食品安全委員会が、「遺伝子組換え食品を危険とする根拠とはならない」と判断しています。

学術的には受け入れられていません。しかし、市民運動的にはOK。いまだに、この研究を引用して「危ない」という人が後を絶ちません。この科学者、「Tous cobayes?」(邦題:世界が食べられなくなる日)というタイトルの映画も制作し、遺伝子組換えの反対運動に余念がありません。

昨年12月10日には、もっと厳密なラット試験を行って、なんの影響も出なかったという論文が学術誌に掲載されました。フランスの科学者たちが、政府機関の資金提供を受けて実施した試験結果です。しかし、こちらは、日本ではまったく紹介されておらす、海外でも報道はわずかです。

遺伝子組換えは、あまたの試験で確認されている「安全」は伝えられず、「危ない」を主張するわずかな研究が、どれほど試験がずさんでも話題になる、という構造になっています。

3.遺伝子組換えは、ヨーロッパでは安全性への懸念から禁止されている?

○:食用や飼料用として承認されている品種は多数あり輸入されているが、栽培はわずかしかない

ヨーロッパでも、遺伝子組換えは禁止されているわけではありません。安全性の審査は欧州食品安全機関(EFSA)が担っており、食品や飼料として承認され輸入されている品種が多数あります。

とくに、飼料としては重要で、たとえば大豆1350万トンと大豆ミール(大豆粕)1850万トンをブラジルやアルゼンチン、アメリカなどから輸入しており (2013年)、約9割は遺伝子組換えとみられています。

食品の原料としては用いられていません。EUのルールでは、遺伝子組換え作物を食品の原材料として使う際には表示しなければなりませんが、飼料として家畜に与えている場合、その肉や牛乳などには表示する必要がありません。EUの消費者は、知らないまま肉や牛乳などをとっています。

一方、栽培はまた別。グリーンピースなどの市民団体が強く反対していることもあり栽培試験すらできず、今のところトウモロコシ1品種しか栽培を許されていません。実際に商用栽培しているのは、スペインとポルトガルのみです。

EU各国の姿勢は一枚岩ではありません。私は昨夏、スペインで取材しましたが、同国で作られているトウモロコシの約4割が遺伝子組換えでした。トウモロコシ生産者協会の会長は、遺伝子組換え品種の栽培により、従来よりも生産量が上がり殺虫剤の使用量が減った、と利点を強調していました。

スペイン農業省の幹部が、EUの状況について踏み込んだ意見を述べてくれました。

「スペイン政府は、遺伝子組換え作物については、推薦も否定もしない。期待も不安もない。使うかどうか決めるのは生産者であり、農業ツールの一つとして提供している」

「フランスはトウモロコシの輸出国であり、非組換えトウモロコシの方が売りやすい。イタリアは、生産している食品のブランド化を図っており、遺伝子組換えを導入しない方が有利だろう。ハンガリーやオーストリアなどは、エコ政策を取っており国民の支持を得やすい、という政治的な目的がある」

各国の思惑が乱れ飛び、輸入や栽培が行われているのがEUです。

4.遺伝子組み換え作物には発がん性のある農薬が使われている?

○:発がん性があるという主張には、疑問が出されている。この農薬は、EUや日本でも、遺伝子組換えと関係なく大量に用いられている。

遺伝子組換え品種にはさまざまな種類がありますが、もっとも栽培面積が多いのは、除草剤グリホサートに耐性を持つ作物です。グリホサート はどの植物も枯らす作用がありますが、遺伝子組換えによりグリホサート を散布されても枯れない性質になっています。

組換え品種の種子をまき発芽し、雑草も芽生えて少し伸びた段階で、グリホサートを散布します。すると、遺伝子組換えされている作物はダメージを受けませんが、雑草は枯れます。作物はそのまま大きく育ち葉を茂らせ、収穫に至る、という仕組みです。

すべての植物を枯らす農薬と聞くと、どんなに毒性が高いのだろう、と思われるでしょうが、植物や微生物にはあるけれど動物にはない生合成経路に効く農薬なので、動物には安全性が非常に高い、とみなされていました。

ところが、そのグリホサートについて、WHO(世界保健機関)の外部機関である国際がん研究機関(IARC)が2015年、「ヒトに対しておそらく発がん性がある」と発表し、世界中が大騒ぎとなったのです。

しかし、IARCの見解に対してたくさんの科学者から批判の声が上がりました。FAO(国連食糧農業機関)とWHO で作っている合同残留農薬専門家会議(JMPR)が翌年、「発がんリスクは考えにくい」と公表。欧州のEFSA、日本の内閣府食品安全委員会、アメリカの環境保護庁(EPA)等も否定しています。

そのため、多くの国はグリホサートを使用禁止とはしていません。

グリホサートは、遺伝子組換え品種のみに使われる農薬ではなく、農地や公園で頻繁に用いられ世界でもっとも売れている除草剤です。日本でも、ホームセンターで大量に販売されています。

ちなみに、「モンサントの除草剤ラウンドアップに発がん性が……」と活動家は言いますが、ランドアップは、モンサント社(バイエル社に買収され、モンサントという社名は今後、使われなくなる予定)がグリホサートを製品化した時のブランド名。

特許が切れたため現在では、モンサントだけでなく多数の農薬企業がグリホサートをさまざまなブランド名で製造販売しています。

一方、禁止に向けて強硬姿勢を示したのは、IARCの本部があるフランス政府で、家庭の庭などでの使用を禁じました。ただし、農家などが禁止措置に強く反対し、産業利用は続いています。

アメリカでは、訴訟が起こされています。サンフランシスコで、学校の用務員がラウンドアップを使っていたのが原因で非ホジキンリンパ腫になったとして裁判を起こし、地方裁判所は2018年8月、2億8900万ドルの支払いを命じました(後に7860万ドルに減額)。

訴えられていたモンサント社は控訴し、今後は連邦裁判所で審理が行われる見込みです。地裁での勝訴後、全米各地でがん患者が同様の訴訟を起こしています。

また、フランス・リヨンの行政裁判所が1月15日、「ラウンドアッププロ360」という製品の販売許可を取り消しました。バイエル社は「承服できない」とする声明を公表しています。

つまり、グリホサートの問題は、科学だけでなく政治や市民運動、訴訟等、さまざまの思惑をはらんで動いているのです。「グリホサート=遺伝子組換え」でないことは、知っておく必要があるように思います。

5.遺伝子組換えは、環境を破壊している?

○:環境への悪影響があるとする見方と、環境に良いとする見方の両方がある

遺伝子組換え作物と除草剤がセットで売られ農薬の大量使用を招いている、という説があります。これは一部正しく、一部間違っています。

たしかに、除草剤耐性作物の栽培面積は多く、除草剤の使用量は増えています。一方で、遺伝子組換えにより害虫抵抗性を持つようになった作物は、農薬の使用量を減らしています。

また、除草剤耐性作物の栽培は土壌浸食を抑えています。アメリカでは雑草を抑えるために土を耕すと土が空気を含み軽くなり、雨や風により表土が失われてしまいます。そのため、不耕起栽培が推奨されており、耕さずに栽培しても雑草を抑えられる除草剤耐性作物は、農家に歓迎されています。

トラクターで耕したり機械除草をしたりしなくてもよいため、石油エネルギーの使用量が減り二酸化炭素排出量が減っている、という見方もあります。

日本では、土をよく耕す農家が良い、とされていますが、同じ尺度で海外の農業を判断するのは禁物です。

遺伝子組換え品種が野生種と交雑し生態系に悪影響をもたらすのでは、という懸念はたしかにありますが、現在のところ、現実に起きているとはみなされていません。

また、同一の除草剤を大量に使うために雑草に除草剤耐性がつくという農業上の問題は発生していますが、別の除草剤を使える遺伝子組換え作物が新たに登場し、懸念は薄れています。

こうした環境面での貢献と問題については多くの研究が行われています。全米科学アカデミーは2016年、多数の論文を集めて検証し、遺伝子組換えにかんする広範なリポートをまとめているのですが、環境への影響については「今のところ、根拠は見出せない」と結論づけています。食品としての安全性、人への健康影響についても否定しています。

こうしたことを受け、ノーベル賞学者の約3分の1にあたる107人が2016年、遺伝子組換え反対派の急先鋒、グリーンピースに対して、反対キャンペーンを止めるようにレターを送りました。昨年も、化学賞を受賞した米英の科学者が、遺伝子組換えに対して過度な恐れを抱かないように、と記者会見で述べています。

【後編】遺伝子組換えを巡る9つの誤解 世界の状況と日本の新しい制度は?

<参考文献>

Wisconsin-Madison 大学遺伝学科 John Doebley 研究室トップページ

Food and Chemical Toxicology・RETRACTED: Long term toxicity of a Roundup herbicide and a Roundup-tolerant genetically modified maize

食品安全委員会・「遺伝子組換えに発がん性あり」とした論文に対する各国安全評価機関の対応まとめ

食品安全委員会の「遺伝子組換えに発がん性あり」とした論文に対する見解

Toxicological Sciences・The GMO90+ project: absence of evidence for biologically meaningful effects of genetically modified maize based-diets on Wistar rats after 6-months feeding comparative trial

EUの遺伝子組換えに関する説明ページ

EUで承認されている遺伝子組換え品種のデータベース

IARCによる除草剤グリホサート や報道についての見解

食品安全委員会・グリホサート に対する評価

欧州食品安全機関のグリホサート 説明

BBCによる解説記事・Weedkiller cancer ruling: What do we know about glyphosate?

フランス24による解説記事・Glyphosate: 'The most toxic product ever invented by man'

フランス24が、リヨンの行政裁判所による販売禁止を伝えた記事

フランス国立食品環境労働衛生安全庁による「ラウンドアッププロ360」にかんするプレスリリース

全米科学アカデミー報告書・The National Academies of Sciences, Engineering, and Medicine・Genetically Engineered Crops: Experiences and Prospects

ワシントンポストの、ノーベル賞受賞者に関する記事

ガーディアンの、18年ノーベル賞受賞者に関する記事

【松永和紀(まつなが・わき)】 科学ジャーナリスト

京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち独立。食品の安全性や生産技術、環境影響等を主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。「メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学」(光文社新書)で科学ジャーナリスト賞2008を受賞。新刊は「効かない健康食品 危ない天然・自然」(同)