「書類審査で、性別による差別を助長することに」「トランスジェンダーが面接でカミングアウトせざるを得ない状況になる」ーーー。
就職活動で使われる履歴書から「性別欄をなくして」と求めていた声が、政府や日本規格協会に届いた。
1万人以上が賛同したオンライン署名が6月末、経済産業省に提出された。経産省も「個人属性を問うことは適切ではない」との認識で、日本規格協会に指導をし、同協会は7月9日、性別欄や写真欄などがある履歴書の「様式例」を削除した。
この「様式例」は、履歴書を販売するメーカーらが参考にしているもので、今回の削除により、今後、各メーカーの履歴書にも変化が出てくることが期待される。
今回の動きで、これから日本の履歴書は変わる?
日本で就職活動の際などに一般的に使われているのは、「JIS規格(日本産業規格)対応」などと書かれた市販の履歴書。
これは、日本規格協会が履歴書の規格の内容を説明するための「解説」に掲載していた、「様式例」を参考にしたものだ。
同協会はBuzzFeed Newsの取材に対し、「JISは国家規格ですが任意のものです。しかし、これが『規定』されているとの誤解を招く恐れがあることから、解説から履歴書の様式例を削除しました」と回答している。
様式例が削除されたことにより、文具メーカーなどが参考にしていた「例」がなくなった形だ。
今後は、各文具メーカーなどが、どのような欄を入れた履歴書を作っていくかを判断していくことになる。
同協会は7月17日、ウェブサイトにこの変更についてのお知らせを掲載したほか、各方面にも周知をしていくという。
同協会広報担当者は「各メーカーさんも社会の流れなどを考慮されると思いますが、解説の改訂(様式例の削除)はその動きを加速していくのではないかと思います」と話した。
同協会は7月9日、様式例を削除したことに対し、このようにウェブサイト上で説明している。
「その中の4(履歴書)には、履歴書の様式例があり、性別欄が設けられている。公務員試験、高校入試などでは、性別欄をなくす動きが全国的に広がりつつある中、引き続き掲載することによって、JISで規定されている、何らかの方向付けをしているなどの誤解を招きかねない。このことから、削除することにした」
同協会は今回の様式例削除などの動きに関して、オンライン署名の提出や、署名が経産省へ提出されたことにより、経産省が同協会に行った指導が、直接的に影響したと説明している。
「社会的な差別なくす取り組みの一歩」
オンライン署名サイトChange. orgで署名「履歴書から性別欄をなくそう」を立ち上げ、働きかけをしてきたのは、労働問題に取り組むNPO法人「POSSE」。
POSSEの担当者とトランスジェンダー男性の当事者らは7月17日、日本規格協会に、集まった1万筆以上の署名を手渡した。その際、履歴書の様式例を削除したことなどの説明を受けた。
POSSEの佐藤学さんは様式例の削除に対して、歓迎の意を表す。
「オーソドックスなものだと社会的に周知されてきた様式例が消えるというのは、そういうこと(性別など)を問うこと自体が『おかしい』というメッセージになる。社会的な差別をなくす取り組みの一歩であったと思います」
この署名に賛同し、共に活動してきたトランスジェンダー男性の佐藤悠祐さんは、今回の対応や今後についてこう話す。
「6月30日に経産省に署名を提出し、これだけ早く対応してくれたのはありがたいことだと思います」
「今回、JIS規格の様式例から削除されたことで、文具会社さんなど各社がどう動かれるかというのはまだこれからだと思うんですけど、一つ大きな動きがあったということで、色々なことを考えるきっかけになればいいかなと思います」
佐藤さんは、実際に就職活動の際、履歴書の性別欄への記入で戸惑ったり、面接で追及されたりした経験があり、今回の署名に賛同し、共に活動してきた。
佐藤さんは女性として生まれたが、性自認は男性で、2020年3月に戸籍上での性別も男性に変更している。しかし、戸籍上の性別の変更前の転職活動では、服装と履歴書に記載した性別の違いなどを面接官に問い詰められるなどの経験もした。
「当事者の1人として、履歴書の性別欄に疑問を持ってきました」とし、就職活動中の経験や思いをこのように振り返る。
「性別欄に記載をしないで面接に行ったら、面接官の前で『記入してください』と言われたり、(当時の戸籍上の性別である)女性に○をつけたら、男性用スーツの服装との違いを根掘り葉掘り聞かれたりしました」
「面接の時間のほとんどが性別に関する質問で、自分が伝えたかったことがほとんど言えない経験もありました。面接官がたくさんいたり、他の応募者もいる中で、性別欄がなければ聞かれなくて済むことも聞かれます」
「体はどうなっているの?」などセクシュアル・ハラスメントに当たるようなことも聞かれたという。
署名サイトの説明欄ではPOSSEは、このように問いかけている。
「男だから採用する、女は採用しない、などと性別を採用の判断に用いることは男女雇用機会均等法で禁じられています。性別を尋ねる合理的理由がないのに、日本中の履歴書にはどうして性別欄があるんでしょう」
署名に賛同した人たちからも、このような声が寄せられていた。
履歴書の性別欄と面接時の服装に悩みすぎて疲れ果て、就活を諦めてしまいました。 働くことに性別は関係ないはず。 性別以外のことでも、仕事上関係ないことを問うのはホントやめてほしい。
戸籍の性別が女性とされているトランス男性です。これまで自分で作成した履歴書を出せば良いのではと高をくくっていましたが、このほど転職しようと応募した際、会社側からJIS規格の履歴書の提出をうながされ、はじめて、このことが問題であるとわかりました。(中略)必要ないと思われる欄はなくすこと、あるいは、出したくない情報は書かなくてもよい、そしてそのことが採用の判断材料にならないようになることを、強く願います。
企業単位で性別欄や写真、なくす動きも
実際に日本でも、企業単位で、採用の応募フォームから、性別欄や写真、ファーストネームの欄をなくす動きも出てきている。
日用品・食品大手のユニリーバ・ジャパン(東京都目黒区)は2020年3月6日から、応募フォームを一新し、選考の過程で性別に関する質問をなくしていた。
同社のウェブ上の応募フォームにも、これまで「Female(女性)・Male(男性)・Prefer not to say(答えたくない)」という性別欄があったが、今回それをなくし、紙の履歴書の場合も、性別欄などが無いものをダウンロードできるようにした。
応募フォームからの性別欄や写真の削除に関して、同社の取締役人事総務本部長の島田由香さんは「女だから、男だから、その他(のジェンダー)だから、ということではなく、その人がどんな人かを知りたいんです」と話していた。
企業では、女性職員の育休からの復帰や管理職になる人数など多くの課題があるが、「最初の採用のところで固定概念を取り除いていくことが必要」と、この取り組みに至ったという。
「一社でも多くの企業が同じことをすることを目指しています」とし、民間企業に同様の取り組みが広がればとしている。
POSSEの佐藤さんは、今回の様式例の削除などの動きに対し、こう語る。
「(様式例に)問題があったから消したということであり、差別につながるような個人の特性を問うこと自体が、やはりおかしいんだということを印象付けるものでした」
今回、様式例そのものがなくなったことで、履歴書には「どのような項目が必要なのか」ということや、性別や外見、年齢などにとらわれない、本質的な採用が問い直される機会になった。