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メディア、政治、行政、医療者の責任は? 日本でなぜHPVワクチンはうたれなくなったのか

HPVワクチンに関する最新情報を吟味する峰宗太郎さんの連載、最終回は、日本でHPVワクチンがほとんどうたれなくなってしまった原因と、その解決策を考えます。

子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を防ぐHPVワクチンは、安全で効果があることを、これまでの3回の記事で検証してきました。

それではなぜ、日本ではこの重要なワクチンがうたれなくなっているのでしょうか?

これまでの経過をたどって検証し、その解決策も考えてみたいと思います。

症状を訴える声、マスコミの加熱報道で実質中止状態に

HPVワクチンは世界で、のべ数億回接種されており、有効性、安全性ともしっかりと示されたワクチンです。日本でも2013年4月から、小学校6年生から高校1年生の女子が公費でうてる「定期接種」となりました。

しかし、日本では、定期接種となった前後から、「このワクチンをうった後に、麻痺などが起こった」など、様々な「有害事象」の訴えがありました。

念の為にもう一度おさらいすると、「有害事象」とは、ワクチンとの因果関係は問わずに、接種後に報告された全ての好ましくない医療上の出来事のことを言います。

その「被害」を取材し、薬害事件のように伝えたマスコミによる報道も過熱して、社会問題化しました。その結果、厚生労働省の局長通知(「ヒトパピローマウイルス感染症の定期接種の対応について(勧告)」)により「積極的な勧奨」が「国民に適切な情報提供ができるまでの間」、中止されました。

「積極的な勧奨」とは、これまでの連載でも述べたように、自治体が対象者にはがきや封書で個別にお知らせを送って、接種を促すことです。

「有害事象」とワクチンの因果関係が判明するまでの中止とされ、その後も、ワクチンと症状は無関係とする数多くの研究成果が出ていますが、未だにこの「積極的勧奨の中止」は続いたままになっています。

この「積極的勧奨の中止」の影響は大きく、開始時には70%程度あった接種率は、1%未満となり、そのままほとんど上昇しない状況が続いています。国際比較でも、特に先進国のなかで日本は極めて接種率が低い異様な状況が続いているのです。

自分が対象者であることも知らず、公費でうてるチャンスを逃している女性が大勢いるということです。

一部の医師が「薬害」を主張するも、科学的な議論さえできない

一部の医師たちが、HPVワクチンをうつと起こる有害な事象をまとめて「HANS(HPVワクチン関連神経免疫異常症候群)」と名付けたり、「自己免疫性脳炎が生じているに違いない」と主張したりしています。

しかし、彼らの「仮説」はなぜかしっかりと報告・検証されていません。複数の専門家の科学的な視点からのチェックである「査読」付きのまっとうな学術雑誌に投稿し、それを土台としての議論はほとんど行われていません。

むしろ、商業誌や、医学的な吟味が十分にはなされない、問題のある学術雑誌などで自説を開陳するばかりとも捉えられます。

こういった仮説は、科学的な討論の俎上にすらのせない状況が続いたままなのです。

安全性に関する知見は十分、積み上がっている

そのような状況は続いていますが、積極的な勧奨が中止されているこの6年半の間にも、HPVワクチンの安全性に関する科学的な知見は、国内・国外ともに積み上げられてきました。

日本においても名古屋市で7万人の女子を対象に、接種者と非接種者の症状を比較し、3万人の回答を解析した大掛かりな研究(名古屋スタディ)が実施されました。

この調査については、名古屋市は、最終報告を圧力によって公開しませんでした。

また、刊行された論文に反対する内容の論文が出されたものの、その論文は科学的に不適切な部分がみられ撤回要求が出されているなど、波紋もひろがっったままです。

HPVワクチンの「副反応と思われる症状」は、必ずしもワクチンの副反応だけではなく、この年代に起こりやすい転換性障害(いわゆるヒステリー症状)など、他の原因の紛れ込みがかなりあるのではないかと考えられるようにもなっています。

日本においては法的には、HPVワクチンは依然として定期接種ワクチンで、その中でも最高推奨レベルに位置付けられており、対象年齢の女性は無料で接種することができるようになっています。

また、国会(第200回国会)に提出された井出庸生衆議院議員の質問主意書に対する内閣の回答として、積極的勧奨を差し控えるよう自治体に告げた局長通知は、法的拘束力を持つものではないと確認されました。

ここでは、自治体には接種義務があることもはっきりと回答されています。

HPVワクチン、自治体は国の勧告に従って積極的に勧奨してはいけない? 政府見解は...

政治や行政も動き出している

子宮頸がんは、重大な病気であることはもちろん、HPVワクチンの有効性と安全性が時間を経て証明されてきたこともあり、厚生労働省の検討会でも複数の委員から「積極的な勧奨を再開しよう」という発言が出てきています。

産婦人科医のHPVワクチンに対する姿勢も積極的に変わってきているという調査がありますし(HumVaccin Immunother, 1-6 2020 Jan 16)、各学術団体からの様々な要望(日本産科婦人科学会の最新の要望書など)もなされています。

また、積極的勧奨の再開を目指す、自民党の議員連盟の発足がなされたりもしています。

自治体もただ座しているわけではありません。個別の勧奨の開始などにも見られるようになっているところです(「国の動きを待っていられない」 HPVワクチンの情報を自治体が独自に周知 日本産科婦人科学会が支持する声明 )。

一方、政治家や一部の医療従事者、公党がHPVワクチンに反対し続ける

その一方で、SNS上を中心に、複数の公人を含む情報発信者によって、HPVワクチンについて、効果を疑問視したり、危ないワクチンであると主張しワクチン自体を否定したりする言説があります。

ここのところの積極的勧奨の再開を求める声が大きくなってきた動きにあわせるかのように、反対の声が目立ってきてもいます。

記憶に新しいところでは、れいわ新選組の山本太郎氏の、HPVワクチンは「全く必要ない」とし、「人体実験してんじゃねーよ」などとコメントした街頭演説がありました。

YouTubeでこの動画を見る

youtube.com

その演説のもととなった、薬剤師でもある元参議院議員で立憲パートナーズのはたともこ氏のTwitterやブログでの発信(独自の解釈による資料も公開しています)も続いています。

HPVワクチンのファクト ●がん予防の有効可能性0.01% ●重篤な副反応疑いは有効可能性の5倍 ●子宮頸がん検診は、「がん発見」検診ではなく、「がん予防」検診。子宮頸がんは定期併用検診で予防できる。 #HPVワクチン #子宮頸がんワクチン #子宮頸がん予防ワクチン #細胞診 #HPV検査 #併用検診

Twitter: @hatatomoko

小児科医でもある衆議院議員、阿部知子氏によるHPVワクチンはがん抑制効果は証明されていないということを印象付ける発信もありました。

132名の少女達が自ら原告となった裁判がこれまであっただろうか?一方では彼女らの訴えたを無視するかのように、子宮頸がんワクチンの接種を再度積極的に勧めようという人達もいる。ワクチンは感染予防になるとしても、子宮頸がん発症予防になるかは確証がない。癌への進行を早期に見つけるのは検診

Twitter: @abe_tomoko

群馬県伊勢崎市の市議会議員・伊藤純子氏はHPVワクチンには効果がなくワクチンのリスクは許容できないものであるとし、簡単な定期検診で子宮頸がんは対処できる等の発信を続けています。

@KobaKobauro がん患者を前に言うのは気の毒だと思いますが、がんにならないよう日頃から自身の健康に関心を払わなければならないと考えます。結局、自分の体は自分で守る、これに尽きます。冷たい女かもしれませんが考え方次第で幸せを掴むことができます。ワクチンに頼らず、心身を鍛えること。そう思いませんか?

Twitter: @110junkoito

HPVワクチンの薬害訴訟を支える「薬害オンブズパースン会議」はブログを開設したり要望書を各所に提出したりして、子宮頸がんが若年者に多いというのは数字のトリックや印象操作であって、大げさに騒がれすぎているのだというような発信をしています。

全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会事務局長も務める東京都日野市の市議池田利恵氏は「子供に打っても死亡率に変化はありません」などとツイートしています。

さらに、子宮頸がんにかかる方がHPVワクチンをうつよりましであると取れる発信をしたり、ワクチンに反対する意見をリツイートなどで拡散したりしています。

今朝の読売新聞一面トップの記事です。HPVワクチン裁判の前には何かと記事がでるようです。今月5日大阪地裁、6日名古屋地裁、12日九州でも開催されます。年間3000人が死亡すると言っても他の癌同様にほとんど高齢者です。10歳の子供に打っても死亡率に変化はありません。効果も証明されてません。

Twitter: @toshi2133

つくば・市民ネットワークの小森谷さやか・つくば市議の「ワクチンは百害あって一利なし。子宮頸がんは検診で防げる」との一般質問がありました。

末吉美帆子所沢議会議員、は「ワクチンでガンを防げるというのが間違っている」とツイートしています。

ワクチンでガンを防げるというのが間違ってる。型式が違えば結局リスクは同じ。なぜ積極的勧奨が止まっているのかくれぐれも考えてほしい→若い女性に増える子宮頸がん 赤ちゃんと子宮を一緒に失う悲劇を防ぐために (バズフィード) https://t.co/8GvwZjbQHz #linenews

Twitter: @sueyoshimihoko

これらのように公人という立場でHPVワクチンに否定的な言説を出す人が目立っています。

また、公党である日本共産党は選挙公約で繰り返し「積極勧奨は再開せず」と掲げ、HPVワクチンに反対する姿勢を貫き続けています。

メディアも無責任な発信を繰り返している

こうした公人の発信などを受け、また「薬害」を訴える裁判が行われていることもあり、NHKを含む複数のメディア・新聞でも、HPVワクチンについては副反応が大きいという意見を大きくとりいれる形での「両論併記」を続けています。

判断を回避し、最新の科学的な知見の紹介を行わないなどの姿勢が目立ってもいます。

さらには、医療従事者の中にもワクチンを否定する言説をとる人もおり、メディアなどでの情報発信を繰り返し続けています。

メディアの問題としては、十分な知識のないままHPVワクチンを否定する「医療ジャーナリスト」などを起用していることが挙げられます。そうした人による発信も目立っています。

公人などの間違った発信を検討した言説が少ない

多くの発信は根拠がなかったり、誤った情報・デマに基づいていたり、理解不足や情報の解釈が大きくゆがんでいたり、感情的であったり、政治的な立場からのポジショントークなどだったりするものと思われます。

しかし、これらをひとつひとつ医学的観点を踏まえて検討して反論した記事はなかなか見当たりません。

日本産科婦人科学会、日本小児科学会や日本プライマリ・ケア連合学会などがホームページ上で情報を発信したり、医療者や研究者が個別に反論したりはしていますが、包括的に検証した記事は、日本語ではあまりみられないように思います。

海外でもHPVワクチンをターゲットにした反対運動は数多くみられますが、公的な情報源や医療情報サイトなどで、これらをしっかりと検証し反駁する論文や記事が多くみられます。

Hum Vaccin Immunother, 15 (7-8), 1628-1638 

KNOW HPV

HPV and cancer: 9 myths busted 

Six myths about the HPV vaccine debunked 

また、こういった検証記事だけでなく、基本的なHPVやワクチンの知識の普及を図るサイトや記事の充実度も、英文圏の方が非常に豊かであるというのも事実です。

今回、一般向けメディアであるBuzzFeed Japan MedicalにHPVワクチンを最新情報によって検証する連載記事を書いたのも、医師・研究者としてこうした状況が放置されていることを問題に思ったからです。

再度普及させるために 行政、メディア、医療者がなすべくことをする

これまで4回にわたって、HPVワクチンは安全であり、子宮頸がんを防ぐ可能性が高い効果的なワクチンであることを確認してきました。

それでは、がんに苦しむ人を減らすために、HPVワクチンを再び普及させるには、何が必要なのでしょうか?

まず、HPVワクチンに関する最新情報を、国・公共機関がしっかりと示すことが重要であると考えます。

よって、まずは「積極的勧奨の再開」は必須といえます。また、地方自治体による広報も、国の勧奨が再開される前から、なされなくてはなりません。

それと同時に、報道機関・マスメディアはHPVワクチンに関する新しく正しい情報を積極的にしっかりと流し、副反応疑いの報道によってつけられた印象を拭わなくてはなりません。

医療者はしっかりと現場で広報するとともに、接種やその後のフォローについて準備し、医学的に妥当で、患者の気持ちに寄り添った医療を提供することが大切でしょう。

また、HPVワクチンについては反対者からの圧力や、ときに嫌がらせがありますが、これらについても屈することなく怖気付かず、淡々と問題解決に努めていくことが大切であると考えています。

ワクチンには必ず副反応がある フォローアップも十分に

さらに、多くの人に接種すると、ワクチンでは必ずある程度は副反応や有害事象が生じてしまいます。

そのような場合でも、医学的に妥当で適切な診療を行い、必要な補償を行うことはもちろん、そのような可能性、補償の内容についても広く整備・準備し、周知しておくことが重要だと考えます。

国もHPVワクチン接種後に生じうる様々な症状に対応するため、相談窓口を設置(厚生労働省)したり、協力医療機関を選定したりしています(厚生労働省)。

また、日本医師会・日本医学会が主導して「HPVワクチン接種後に生じた症状に対する診療の手引き」 も発刊されています。こういった体制の整備もなされていますが、十分に周知されているとは言えないところがあるのが問題です。

さらなる整備の充実を図ると同時に、より一層の周知が望まれます。

大阪大学 HPVワクチンの積極的勧奨再開後の課題と対応策を提言

結局HPVワクチン問題はどのような問題なのか?

HPVワクチンに限らず、ワクチンに反対する運動は、ワクチンが開発された当初からあり、世界的にどこでもみられます。

特に新しいワクチンが開発されるとそれに対する反対運動は強く起こることも毎回みられることです

▶ これは書籍『反ワクチン運動の真実: 死に至る選択』(地人書館) などに詳しい)。

HPVワクチンは比較的新しいワクチンであり、そもそも反対運動がおこりやすい状況であったと考えられます。

そこに、副反応疑いの症例が複数訴えられ、医学的な検証が十分に行われる前にそれが報道で拡大されたこともあり、より強く印象が世間に広がったことが問題の発端であったといえるでしょう。

さらに一部の医療者が十分な検討なく、そういった事象に飛びつき、状況をかき乱したこともよくなかったと考えられます。

医学・科学的な検討と冷静な評価を経てのまっとうな医療による救済ではなく、印象や感情を優先したり思い込みによる介入をしたりなどは、一見、「被害者」に寄り添っているようで誠実なものではないのです。

また、その後の言論空間や報道、「被害者」を支える人たちの活動などでは、社会を分断するような、強い感情を伴う応酬が繰り広げられてしまいました。

社会問題であり実際に苦しんでいる人がいるのは事実であり、それを無視しないこと、ないがしろにしないことは当然です。

さらに、科学的にしっかりと検討をし、冷静に問題に取り組めなかったすべての関係者に足りないものがあったようにも思うところではあります。

日本を世界から置いてけぼりにしたのは何か?

HPVワクチンについては、世界的に有効性と安全性が十分に確認されているという段階をすでに過ぎました。

進んでいる国では子宮頸がんを「撲滅」といえるような状況まで持っていけるツールとして、発展途上国でも子宮頸がんの抑圧に使えるツールとして認識されています。そして、日本を除く多くの国で積極的に推奨する状態になっています。

繰り返しになりますが、日本だけが6年半前から立ち止まったままで、どんどんと世界に遅れを取っている状況になってしまいました。

これは社会問題として以下の要素が重なったからだと考えられます。

  • 政治と行政が国民を守るという当然の仕事ができていないこと
  • 報道は一定の方向に印象づけて社会を乱し、その後それを訂正することさえできていないこと
  • 医療者の情報発信力・態度も非常に弱く、時に不安を抱く国民に十分に寄り添ってこられていなかったこと
  • 国民のリテラシー(情報を吟味する能力)も、海外の情報を十分にとれないなど弱いこと


そして、日本の社会構造は、大切なことであっても一度「臭いもの」が生じると、蓋をしたままにして塩漬けにし、動きがとれなくなってしまうような脆弱さがあることを示しているように思います。

今、ここに起こっている危機を見過ごすのか?

HPVワクチン問題は、今、ここに起こり続けている危機なのです。

毎年約1万人が新たに発症し、2800人余りが死亡する重大な病気をかなりの程度防ぐ手段を我々人類は持っていますが、日本では十分に使えていません。

少しでも医学的に正確な情報を広げましょう。HPVワクチンの積極的な勧奨を早急に再開し、9価ワクチンを承認しましょう。

男女ともに接種でき、そしてこの問題が生じており接種できなかった世代へのキャッチアップ補助がしっかりとできるように、働きかけていくことも必要です。そして同時に子宮頸がん検診の受診も勧奨をもっとつよくするのがよいと思われます。

このままこのHPVワクチンの問題を放置していれば、多くの命が失われる危機が続くことになります。

いつまでも黙って見過ごし、見なかったふりをし、多くの方が苦しみ続けるのを放置するのか。舵をきってこの危機を回避するために動き出すのか。私たち一人一人の命に対する誠実さが問われていると思います。

【峰 宗太郎(みね・そうたろう)】米国国立研究機関博士研究員

医師(病理専門医)、薬剤師、博士(医学)。京都大学薬学部、名古屋大学医学部、東京大学医学系研究科卒。国立国際医療研究センター病院、国立感染症研究所等を経て、米国国立研究機関博士研究員。専門は病理学・ウイルス学・免疫学。ワクチンの情報、医療リテラシー、トンデモ医学等の問題をまとめている。ツイッター@minesoh で情報発信中。