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ゲイの私が40歳を目前に転職した理由(下)ーーだれもが「しょうがない」と言う町を出て

不要な壁を作って、いろんな機会損失をしてきた。ゲイであることをオープンにして自分らしくいることができる今の職場では、仕事にも人間関係にもいい影響が出てきている。

50代社員からの執拗な“セクハラ事件”

40歳を目前に、ゲイとしての今後の生き方を悩んでいた2017年、役員に随行したヨーロッパ出張でUさんが「決定的だった」と振り返る“事件”が起こります。

「よく女性がセクハラをきっかけに会社を辞めると聞きますが、男性のぼくは正直、その理由がよくわかってなかった。でもこのときは、なるほど、そりゃそうだ、と思いましたね」

Kieferpix / Getty Images

セクハラに対する会社の対応がにぶいのを見て、辞める心が固まった

ヨーロッパ出張中、日本人社員10名ほどが集まった昼食の場で、一番若かったUさんに話題の焦点があたりました。話はプライベートの話におよび、「同棲して10年になる人はいますが、結婚はしていません」と性別を明らかにせずに答えたところ、そのあと、二人の50代社員から執拗な「セクハラ」にあいます。

以下は、その昼食の場、および、夕食の場でも執拗に続いたセクハラ発言録です(出張後に労働組合の窓口に相談したUさんのメールから抜粋)。

「なぜ結婚しないんだ? 失敗したっていいから一度結婚してみろ」

「子どもはほしくないのか? おれは子どもをもって初めて人生の意味がわかった(だからお前も子どもを作れ)。彼女が子どもをほしくないのなら、子どもがほしいので別れたい、と言えばいい。もしくは子どもだけは他の女と作ればいい」

「(コンドームを)付けて、やっているのか? 性欲はあるのか? どのくらいの頻度でやっているんだ?」

「親はどう思っているんだ? 娘をもつ父親として許せない」

「うちの事業体に○○という独身女性がいるから、会っていけ」

「帰ったらすぐに結婚しろ」「次に会うときにまで結婚しておけ」

会食の席上、Uさんは苦笑いでスルーする“日本的対応”で、それが二人の発言を助長させたのかもと言いますが、目上にはやはり「プライベートなことなので答えたくありません」と拒否的態度を示すことは困難です。

強いストレスを感じ、その後の出張中は、寝るまえに思い出しては強い不快感と苦痛を感じ、日中の仕事中にも二人からは距離を置きたいと思うようになりました。

【上はこちら】ゲイの私が40歳を目前に転職した理由(上)ーー海外駐在で起きたこと、帰国して起きたこと

スルーされた会社への訴え

帰国後、Uさんはこのことを社員の名前はあげず、自身も匿名で、労働組合の相談窓口へ個人メールから投げかけます。恋人やパートナーの有無、結婚や子どもについての考えなど、人の多様性や多様なライフスタイルへの想像力を広げ、会社のカルチャー改善や社員啓発等につなげられないか、という問題提起でした。

また、同性間でもセクハラがありうることへの注意喚起にも触れていました。

しかし、組合から届いた返信には、つらい思いをしたことへのいたわりの言葉と、(告発や処分を求めているわけではないので個人名を伏せたためか)「職場で起きている一事例として報告させていただきます」とあるのみでした。

「やはり、こういうことにあまりピンとこない会社なのかなと失望しましたね。自分がゲイだということをカミングアウトして、ここでこれ以上頑張ってもしかたないな、と。自分はまだ40代で、ああいう50代社員と一緒に、この先10年以上も一緒に仕事していくことを考えると、ああ、もういいや、と」

Uさんの気持ちは固まりました。

「多様性を重視する企業」を求めて

2018年正月に転職サイトに登録すると、すぐに反応が来て、いろいろな会社を紹介されました。3月ごろから複数の会社との面接を同時進行で進め、第一志望だった現在の企業から内定が出たのがゴールデンウィーク。

6月に前社を退職して東京へ移動し、7月からは新しい会社で働いています。今年のお正月は東京の新居で迎えました。

「転職サイトのエージェントと面談したとき、自分はゲイなので多様性を重視した企業がいいということはハッキリ言いました。向こうも了解して会社を紹介してくれたけれど、LGBTブームとは言いつつも、エージェント側もLGBT対応に前向きな会社をあまり把握してなくて」

「むしろ私のほうから教えてあげるぐらいでした(笑)。あの会社が人事制度を見直してニュースになってましたよ、この会社がパレードにも協賛してましたよ、って」

「転職先を選ぶ基準は、LGBTも含めて、女性や外国人などの多様な人材が実際に働いている会社であること。あと、なじみやすさから、前職同様にメーカー(でも鉄・機械・自動車とかの重厚長大なマッチョな会社は避けて)と考えました」

「そして、転職活動においては、面接のときからカミングアウトしました。セクシュアリティをオープンにして働くことは新天地で自分が実現したい姿でしたし、カミングアウトに対して面接者がどういう反応をするか、というのも、転職先の雰囲気を知るために探っておきたいと思っていました」

面接でカミングアウトしたときの反応はどうだったのでしょう。

「『ああ、そうですか。うち、多いですよ』って。逆に『女性や外国人も多いですが、そういう環境は大丈夫ですか』って聞かれて、『多様性のある環境はむしろウェルカムです!』と答えました。役員面接では、この役員もまさに50代なんですが、『いろんなバックグラウンドをもった人たちが、自分らしく仕事ができる環境を整えていくのが、私の仕事です』と言ってくれました」

そして、無事、第一志望どおり、ダイバーシティ経営を重視した、だれもが知る現在の会社(消費財メーカー)へ入社します。

Dorian2013 / Getty Images

ダイバーシティを重視する今の会社では、自分らしくいることができる

採用になって、思わぬうれしいこともありました。転職先の会社は、Uさんの入社1年半前に、同性カップルや事実婚カップルにも法律婚の夫婦と同様の対応をするよう、人事制度を改定していました。

会社からは住宅補助が支給されるのですが、会社はUさんと一緒に上京して東京で暮らすパートナーのことも考慮し、二人分の住宅補助金を支給してくれました。

一人分の支給額に比べて、月3万円の増額です。「永易さんに作ってもらった公正証書が役に立ちましたよ。年36万円の経済効果です(笑)」という報告メールをもらったのが、今回の転職に関する一連の話をインタビューすることになるきっかけでした。

※この会社では公正証書でなくとも、同一住所の住民票や郵便物などで同居を証明すれば認定されるとのこと。

不要な壁のせいでみんなが機会損失をしてきた

新しい会社で自分がゲイであることを隠さないでいいのは、どんな感じなのでしょうか。

「本当に楽になりました。言っても言わなくてもどっちでもいい、という自由を手に入れた、というか。積極的に言うわけではないですが、飲み会とかで聞かれたときにはカミングアウトして正直に答えています。なので、飲み会に誘われたら躊躇なく行くようになりましたね。家庭の話や休日の過ごし方の話になったときも、自分らしく話せるようになった」

「部署の半数以上は認知済みです。正月に、会社の同僚たちをホームパーティに招待したんです。もちろんパートナーも紹介して、一緒に新年会をしました。会社の人とこんな付き合い方ができるなんて、以前の職場だと考えられないですね。仕事のパフォーマンスにもいい影響が出てきていると思います」

「ぼく、ホントは前の職場でも飲み会とか行きたかったんですよね。不要なストレスだったなって本当思いますね。不要な壁を作って、いっぱいいっぱい、いろんな機会損失をしてきたんだろうなって。ぼくも、会社も、ぼくといっしょに仕事をしていた人も、その背後にいる人も、みんなこの壁のせいで繋がることができなかったんですよ」

職場でのLGBT対応を求める声や動きには、いつもネットで、「ゲイだとオープンにしなくてもいい、会社は働きに行く場所であってカミングアウトしにいくところじゃない」などの「批判」が、当事者からも聞かれます。

「基本、そうだと思います。でも、だれが好きか、だれと一緒に暮らしているかって、根本的なこと。それをオープンにしなくてもいいと言われると、あなたとはホント上辺だけの付き合いしかできませんね、となるじゃないですか。ぼくは本音のところでは通じあえてないという感触をもつ。それでいいならいいけど、その結果、いろんな機会損失がお互い生じてしまうんじゃないかと思うんです」

退職の理由を理解してもらう一方で、「しょうがないよね」

 転職においては、退職の仕方も肝心です。退職を切り出したときはどうだったのでしょう。

「前職での直属の上司は、入社配属時の先輩で付き合いも長く、ぼくのことも期待してくれていたと思います。転職することを伝えるにあたって、40になるタイミングで環境を変えてより成長したいから、とか表面的なことを言ったのですが、納得できないと言われました。お世話になってきた先輩ですし、やはり本音で話すしかないな、と覚悟を決め、その晩、飲みに誘いました」

「自分はゲイでパートナーと同居していて、でもいまの会社やこの町では自分らしく生活できてないと正直に話しました。彼は『ああ、そうかー。自分も窮屈さを感じる。その気持ちはわかる』と。つまりノンケの皆さんも、町中が社宅のような狭いコミュニティのなかで、ときに窮屈さを感じながら生きているんです」

「正直に思いを伝えた結果、上司は『そういうことか。わかった。残念だけど、しょうがないよね。Uくんの今後を考えたら、転職したほうがいいね』と。理解してもらってうれしかったんですが、一方で違和感も残りました。これは『しょうがない』で終わることなのか……という」

「つまり、マイノリティのぼくだけが生きにくさを感じているんじゃない、じつはノンケの皆さんも生きにくさを感じているのに、しょうがないで終わってしまうんだ……と」

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マイノリティが生きにくさを感じる組織では、マジョリティも閉塞感を感じている

「たしかにぼくは変革を起こせないまま、ここを出ていきます。でも、同じ窮屈さを少なかれ感じるみんなは、なぜ出ていかないのか、出ていかないならなぜこの状況を変えられないのか。『しょうがないよね』で終わってしまう『気持ち悪さ』だけが残って、その町を出てきました。もう過去の話になったからいいんですけどね……」

みんなが不自由さと気持ち悪さを抱えてしまった状態

Uさんの話は以上です。ここで私がヘタなまとめをつけ加えるより、インタビュー後、彼から来たメールを紹介させていただきます。インタビュー中、彼は「前社には本当に感謝している」と何度も言い、社会人としての仕事力を叩き込んでくれたことを強調していました。メールがそのまま充実した振り返りレポートになっていたのも、そのたまものでしょう。

メールは、「あまり人に話したことのない内容だっただけに、口にすることで自分のなかでも整理できた」と感謝を伝えてくれたあと、こう続きます。

とくに自分のなかでようやく納得できたのが、よく言われる「LGBTが生きやすい社会は、みんなが生きやすい社会」という言葉です。これ、ただのきれいごとにしか聞こえなくてピンときてなかったんですが、上司たちに退職理由を話したときを思い出して、このことがストンと腑に落ちました。

ゲイである自分だけでなく、上司たちも狭い企業城下町での暮らしや画一的な会社の文化が嫌なんです。そうは言っても、その状況に適応して生きていかなければならないため、彼ら自身も自分の中から「違い」や「多様性」を排除して、その結果、みんながなんとなく不自由さと気持ち悪さを抱えてしまった状態になってしまっているんではないだろうか……。

だから、違いや多様性が認められて受け入れられた社会(=LGBTが生きやすい社会)は、マジョリティにとっても自由で生きやすい社会(=みんなが生きやすい社会)ということなんだな、と気付きました。

また、カミングアウトをして退職理由を理解してもらった一方で感じた「気持ちの悪さ」。あれは、みんな多様性の欠如がよくないと感じつつも、「しょうがない」という考えが深く根付いてしまっているため、それが自分自身を縛ってしまっていることにすら気づかず、変革しようという考えに及ばない、というあきらめからくる「気持ちの悪さ」だったんだな、と改めて思いました。そして、それは例外なく、私自身も含めてのことだったんだな、と。

思えば、ゲイもノンケもかかわりなく、多くの人が、「しょうがない」という言葉を呑み込みながら、気持ち悪ささえ気づかないふりをして暮らしているのかもしれません。

それでもUさんが、画一的な会社や町をつねに相対化し、違和感をもちながら向き合うことができたのは、自分のなかにゲイというもう一つの前向きな価値観を持てたからかな、と私は思いました。

その契機が会社が与えた駐在経験で、それが結果として離職につながったのは皮肉ですが、だれもがもつそれぞれのマイノリティ性ーーLGBTはそのひとつにすぎませんーーを生かすことが組織としての「強み」になることを、企業も国も、もっと知っていいのかもしれません。

同時にもう一つ、Uさんには、パートナーというつねに帰る場所があったことも、見逃せないでしょう。Uさんのメールの最後には、こうありました。

話の流れで言い落としたのですが、いろいろな出来事を乗り越えてこれたのは、いつもそばで安心感と希望を与えてくれているパートナーのおかげだなぁと思います。彼の存在なしではいまの私もありませんでした。なんか、そこらへんの感謝の気持ちも、よかったら記事に織り込んでいただけると嬉しいです。

Uさん提供

新しい会社に無事転職し、2018年の夏に二人で一緒に九州へ帰省したときに

(おわり)

【上はこちら】ゲイの私が40歳を目前に転職した理由(上)ーー海外駐在で起きたこと、帰国して起きたこと

【永易至文(ながやす・しぶん)】NPO法人事務局長、ライター、行政書士

1966年愛媛生まれ。進学・上京を機にゲイコミュニティを知り、90年代に府中青年の家裁判などゲイリベレーションに参加する。出版社勤務をへて2001年にフリー。暮らし・老後をキーワードに季刊『にじ』を創刊。2010年よりライフプランニング研究会、13年NPO法人パープル・ハンズ設立、同年行政書士事務所開設。同性カップルやおひとりさまの法・制度活用による支援に注力。