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日本は法律でいつまで同性パートナーへの差別を固定化しつづけるのか

40年ぶりの民法改正、「親族に限定」の意味とは

「マイノリティ特権」はいらない、「普通の家族」を守れ

杉田水脈議員の雑誌寄稿への批判がなお波紋を広げています。自民党が「注意」し、杉田氏は「真摯に受け止める」にとどまった、そんな撤回も謝罪もない対応も批判を呼んでいます。

一方、ネット上では、杉田氏の寄稿にはなんら問題ない、「生産性うんぬん」も一部を曲解したタメにする批判だ、全文を読め、との声も根強くあります(全文を読むともっとヒドいのですが)。

私事ですが、私がしたツイッターへの関連の投稿にも、「(杉田氏や自民党には)なんら問題ない」というレスポンスがあり、それへ多くの「リツイート」や「いいね」がつく状況に、若干驚きました。

その人たちのプロフィールや過去のツイートを見ると、「日本会議」とか「夫婦別姓反対」などの文言も散見され、杉田議員を支持する人びとの一端が垣間見えます。

性的マイノリティに「支援」などいらない、新たなマイノリティ特権などいらない、「普通の家族」を守れーー杉田論考の行間に埋め込まれたそんなメッセージに強く共振する人びとに押し上げられて、彼女はいま国会議員の地位にいます。

杉田騒動が勃発する直前、その国会を通過していった法律があります。40年ぶりに大きく改正された民法・相続編がそれです。

改正に至る議論や国会審議のなかで、じつは同性カップル・性的マイノリティの姿が一度は水面に浮上しながら、また水底の深きへ沈められてゆきました。きょうはその過程を振り返ります。

民法に新設された「特別寄与」という制度

7月6日、参議院で可決され成立した改正民法では、相続制度にかんして「特別寄与」という制度が新設されました。

これは法律上、相続権はないものの故人の療養や介護に尽力した人(たとえば、いわゆる「長男の嫁」など)が、実際に相続をした人に対し金銭を請求できる権利を認め、これによって関係者間の実質的な公平を図るというものです。

その他にも、相続にかんしていくつかの制度が新設されました。

今回の民法見直しは、婚外子の相続分を嫡出子の2分の1とする規定が憲法違反とされた最高裁判決(2013年)がきっかけでした。

「これでは婚姻家族の保護が薄くなる」「民法を見直すべきだ」ーー保守系議員から反発の声があがり、政府は法律のたたき台をつくる法制審議会(法務省に設置)に、相続法制の見直しについて諮問しました(法制審議会・相続部会の委員名簿)。

2015年4月に開かれた第1回会議では、まさに「長男の嫁」など相続人以外の者であっても、一定の貢献をした場合には、遺産の分配を求めることができるようにすべきことが検討課題であると示されました。

そこで案出されたのが、従来は相続人にしか認められていなかった「寄与分」を、相続人以外のものにも認める「特別寄与」という制度でした。

寄与分とは、故人(被相続人)の遺産の形成や維持に貢献した人が、「その部分は私のはたらきがあったればこそ。法律通りの均分相続では納得できない、考慮してほしい」というものですが、これは相続人にしか認められていません(相続分への上乗せなので)。

それを、相続人以外の人にも拡大しようというのが、特別寄与の制度です。

介護や世話をする人にはさまざまな場合がある

特別寄与を認める相手は、どんな人でしょう。まず、この「長男の嫁」など、親族ではあるが相続人にあたらない人がいます。

一方、故人の世話をする人には、法律上の親族ですらない場合もあります。届けを出さない内縁の配偶者、つまり事実婚のパートナーがそうでしょう。そして、事実婚といえば異性に限らない、同性パートナーはどうなのか?

もちろん長年の友人、ご近所の人……いろんないきさつで故人を世話し、見送る人はいるでしょう。

ということで、2016年6月の第13回会議で示された「中間試案」では、この特別の寄与を認める対象として、2親等以内の親族に限る【甲案】と、無償の労務を提供した人であれば親族に限らない【乙案】の両論が併記されました。

  • 【甲案】2親等以内の親族に限る
  • 【乙案】無償の労務を提供した人であれば親族に限らない


遺産分割はとかく長期化・複雑化するので、なんらかの縛りをかける必要がある。請求できる人を限定するか、対象となる行為を限定するか、で整理がされたというわけです。

また、このあと7月にとられたパブリックコメントでは、「乙案に賛成する意見が比較的多かったが、甲案に賛成する意見も相当数あった」という報告がされています。

その後の審議は甲乙案の両論並記のまま進み、日弁連、労働組合の連合、女性団体の主婦連から出ている委員は、同性カップルの保護も考えるべきという意見も述べています。一時は、法務省の事務局側も乙案でまとめるのでは、という観測があったともいいます。

突然の「親族限定案」の採用と保守論客の影

ところが、今年1月に開かれた第26回会議では、政府が民法改正案をまとめるための最終答申にあたる要綱案が検討され、なぜか請求権者を「特別の寄与をした被相続人の親族」とする甲案が採用されており、それが全会一致で決定されます。

なぜそうなったかは、議事録上からはわかりません。蓋を開けてみたら、甲案にもとづく要綱案が法務省の事務局側から出され、委員が全員賛成した、というわけです。

ここであらためて委員の顔ぶれを見てみると、八木秀次氏(麗沢大学教授)の名前のあることに気づきます。八木氏は、2000年代前半の「ジェンダーフリー批判」のなかで論客として注目され、夫婦別姓や家族の絆、皇室にかんする保守的主張で知られ、従来から性的少数者への「行き過ぎた」保護や同性婚には批判的見解を表明してきました。

八木氏は、同性婚などを認めたら「なんでもありになる」と、しばしば主張しています。また、安倍首相のブレーンとして政府の審議会にも多数、名を連ね、八木氏の意見は総理のご意向であると受け止めるのが「霞ヶ関のお約束」とさえささやかれる人物です。

今回の特別寄与の議論でも、「(相続人以外の親族に)身分関係を限定しないとなると、場合によっては婚姻とは何か」「婚姻と内縁との違いは何か」「同性同士で住んで療養看護をしている場合をどう評価するのか」「議論に発展すればこの部会の任務から外れる」など、懐疑的な意見が議事録に見られ(第23回)、甲案にも強く支持を表明していました。

今次の民法改正の議論では、現実に存在する人と人との関係性(そのなかには同性のパートナーも含む)を、相続における特別の寄与というかたちで広く認め、保障しようとする流れの萌芽が見えつつも、最後の土壇場にきて「親族」という従来の線引きを維持することで押し戻されたかっこうになっています。

一度は見えかけた同性パートナーの姿は、「まだ早い」「度が過ぎる」とばかりに、法律の表面から摘み取られたのです。

国会では参考人がつぎつぎ疑問や批判を提示

この法制審議会の要綱にもとづく民法改正案がつくられ国会へ提出、6月、衆参の法務委員会で審議が始まります。民法・相続編は40年ぶりの大きな改正となり、注目が集まりました。衆参それぞれで参考人が招かれ、意見陳述も行なわれます。

6月13日に衆院法務委員会で行なわれた参考人招致には、鈴木賢・明治大学法学部教授の姿もありました。議事録はこちらです。

鈴木教授は「私はおよそ30年前から、同性愛の当事者として札幌・東京でLGBTの居場所作り、そして人間の尊厳を取り戻す活動を続けてきました」と切り出しました。

この改正案では事実婚パートナーや同性パートナーがはじめから排除されている、まだ法律に差別をさせ続けないでほしい、と15分の持ち時間いっぱいを使って訴えました。

国会で性的マイノリティ当事者がカミングアウトして陳述することは(レズビアンを公表の尾辻かな子議員がいますが)、希有の出来事だと言えます。

参議院の法務委員会でも、7月3日、3人の参考人招致が行なわれました。議事録はこちらです。

弁護士の横山佳枝さんは、本改正案では事実婚の同性/異性パートナーは、何年連れ添っても特別寄与料の請求権を有しない、同性パートナーの権利を保障する国際社会の動向に比べまったく立ち遅れている、と批判しました。

おなじく家族法や各国の同性パートナー制度にも詳しい二宮周平・立命館大学教授も、「基本法である民法には象徴的な意味がある。法律婚以外の家庭生活への法的保障を排除することは、21世紀に日本が目指すべきダイバーシティ・アンド・インクルージョン(多様性と包摂)に反している」と、批判しました。  

しかし、民法改正案には修正が加えられることなく、原案通り、まず6月20日に衆議院を通過、7月6日には参議院本会議で可決、成立しました。

今回見送られた同性パートナーなど性的マイノリティの権利については、付帯決議(衆院付帯決議参院付帯決議)を行うなかで、わずかに「性的マイノリティを含む様々な立場にある者」の文言で、その「痕跡」をとどめるに終わりました。

また、今回、親族の範囲内にとどめた制度を、いつ、実質的な家族である人びとへ開いていくのか、その見直し時期について年限を切ることも見送られました。 

「家族の価値」の裏にある「性的マイノリティへの反感」

今回の特別寄与の制度から、同性を含む事実婚パートナーははずされましたが、もちろん、それに対しては遺言をつくる、養子縁組するなど、事前にとれる方法はいくつかあり、実務上、多大な不都合がにわかに生じるとは断じがたいところです。

とはいえ、非親族への遺言は、ケースによっては相続人(親族)方からの遺留分減殺請求がされる場合もあります。

養子縁組も、親族方の理解がないと、同性パートナー間での縁組は親子関係創出のための制度の趣旨に反するなど、縁組無効の申立てをされ不安定にさらされる余地はあり、六法のひとつである民法によってあらかじめ保護される状況とは、雲泥の差があります。

なにより、鈴木参考人が述べたように、日本は法律でいつまで同性パートナーへの差別を固定化しつづけるのか。二宮参考人が言う「多様性と包摂」の課題に日本はいつまで抗い続けるのか。それこそが問われています。

歴史も浅い紙一枚の線引きではなく(現行の親族と相続制度は1947年から)、現に人と人とが紡いできた関係を尊重することが、「度が過ぎる」として斥けられる現状は、わたし的には、性的マイノリティへの支援を「度が過ぎる」「男女で何が悪い」と国会議員が叫び、それが一方で多くの支持を集める状況と、まさに地下の「水脈」で繋がっているように思われてなりません。

一見だれも反対できない「家族の価値」、その裏にある「性的マイノリティへの反感」、両者が渾然一体となって人びとをどこへ連れていこうとしているのか。目を凝らして見つめてゆきたいと思っています。

【永易 至文(ながやす・しぶん)】NPO法人事務局長、ライター、行政書士

1966年、愛媛県生まれ。1980年代後半よりゲイコミュニティの活動に参加。ライター/編集者。行政書士NPO法人パープル・ハンズ事務局長。当事者の生活実感に即したゲイ/性的マイノリティの暮らしや老後の法的・実践的サポートをライフワークとする。

訂正

二宮周平さんの所属大学を訂正しました。