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弁護士を志していたある学生の死。あなたは6年前に一橋大学で起きた事件を覚えていますか?

ゲイであることを暴露された学生が転落死した「一橋大学アウティング事件」から6年。在学生が事件を振り返るドキュメンタリー作品を制作した。

ゲイであることを同級生に暴露された学生が、キャンパス内の建物から転落死した「一橋大学アウティング事件」から、8月24日で6年の月日が経った。

学生の死は、大学に、そして社会に、何を突きつけたのか。在学生が、事件やその後の裁判について改めて振り返るドキュメンタリーを制作した。

「一橋大学アウティング事件」とは

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動画を制作したのは、一橋大学で性的マイノリティの学生を支援しているサークル「LGBTQ+ Bridge Network」だ。

サークル代表で、同大学大学院博士課程の本田恒平さん(26)が中心となって企画し、事件や裁判の争点となった問題などを紹介。

事件後、性的マイノリティの学生が安心して学生生活を送れるようにと、任意団体「プライドブリッジ」を立ち上げた卒業生3人のインタビューも収録した。

事件が起きたのは、2015年8月24日。亡くなった学生は生前、好意を告白した同級生によって、友人ら約10人が参加するLINEグループで、ゲイであることをアウティング(暴露)された。

その後、体調を崩すようになり、大学のハラスメント相談室や教授にも「同級生を見ると吐き気がしたりパニックになったりする」などと被害を相談していた。だが、事件は起きた。

遺族はアウティングをした同級生と大学を提訴し、同級生とは一審で和解が成立。

一方、一橋大学とは、大学側が被害を把握していたにもかかわらず、適切な対応を怠ったと言えるか否かで争い、昨年11月に東京高裁で遺族側の請求が棄却された。

しかし、判決の中で、アウティング行為が「人格権ないしプライバシー権などを著しく侵害するものであって許されない行為」であると認められ、その危険性や被害の重大性が広く知られる契機となった。

「そんな事件あったんですね」

ドキュメンタリーを企画した本田さんは、亡くなった学生の妹と友人で、2019年の命日にはキャンパス内に献花台を設けるなど、事件の記憶を語り継ぐ活動を続けてきた。

事件から6年が経ったいま、学内には当時のことを知る学生は、もうほとんどいない。

「6年という歳月は大学に在籍する学生を丸々入れ替えるものです。事件当時の2015年に学部1年生だった学生も、4年で卒業すれば社会人2年目になります」

「SOGIE(性的指向・性自認・性表現)に関する問題に興味を持つ学生は増えましたが、事件を知る学生は減りました。『そんな事件あったんですね』と言われることもあります」

事件はなぜ起きたのか。どうすれば同じような事件の再発を防ぐことができるのか。大学の持つ責任とはーー。

ドキュメンタリーでは、自身もゲイで、プライドブリッジ代表を務める松中権さんや、LGBT法連合会事務局長の神谷悠一さん、社会学者の川口遼さんが、卒業生として事件に対する思いをそれぞれ語っている。

松中さんは一橋大学で過ごした4年間、ゲイであることを周囲に明かすことができず、異性愛者を装うことで、自分を守っていたと振り返る。

だからこそ、2015年に事件が起きた時は、亡くなった学生と自分を重ねた。「もしかしたら、自分が死んでいたかもしれない」と感じたという。

「忘れられることが一番悲しい」

LGBTQ+ Bridge Networkではドキュメンタリーの公開とともに、遺族へのメッセージも募集している

2019年の命日に、事件後、初めてキャンパスを訪れた学生の母親は、献花台を前に泣き崩れ、「忘れられることが一番悲しい」と語っていた。本田さんはその言葉をずっと、胸に抱えている。

過去にメッセージを募集した際には「私自身もアウティングに近いことを大学で経験し、今後このような事件は二度と起こしたくないと心から思っています」「一人の人が命を自ら断つ、そのような悲劇は繰り返されてはならないと思います」などの声が寄せられた。

さらに、「LGBTQ当事者としては、彼(亡くなった学生)=自分だと思っています。あの事件を最初にニュースで聞いたとき、自分も命を絶たれたように感じたのを今でも覚えています」と、自身の痛みを明かす当事者の声もあったという。

本田さんは「(学生が)『亡くなったことの意味』というものが、もしあるのであれば、それが失われてしまうのは、やはり社会から忘れられた時なのだと思います」と語る。

「ゲイの学生がいた、アウティングを通じて大学内で亡くなった、その学生は法科大学院生で、弁護士になることを志していた」

「そんな学生がいたんだ、ということを風化させずに語り継ぐことは、SOGIE問題においても、大学という環境のあり方を考える上でも重要だと思います」

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ドキュメンタリーと卒業生3人のインタビュー動画は、LGBTQ Bridge NetworkのYouTubeで8月27日まで4日に渡って公開される。

遺族へのメッセージはこちらのフォームで募集している。