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「ワクチン・検査パッケージ」 無症状の人への検査に意味はあるのか?

新型コロナの流行が落ち着き、ワクチン接種が進んできたことで提案されている「ワクチン・検査パッケージ」。しかし、無症状の人への検査はこれまで推奨されてこなかったはずでは? 専門家に聞きました。

新型コロナウイルスの流行も落ち着き、ワクチン接種が進んできたことで提案されている「ワクチン・検査パッケージ」。

ワクチンの接種証明書や検査の陰性結果を示すことで、出入国の緩和やイベントの入場など、できることを増やしていく政策だ。

しかし、無症状の人への検査はこれまで推奨されていなかったはずだ。

BuzzFeed Japan Medicalは大東文化大学で感染症の危機管理を専門とする中島一敏教授に疑問をぶつけてみた。

※インタビューは9月22日午後に行われ、その時点での情報に基づいている。

どの検査を使うのか?

ーー「ワクチン・検査パッケージ」で想定されている検査はどんな検査なのですか? PCR検査ですか? 抗原検査でしょうか?

今、広く使われているのはPCR検査と、迅速抗原検査です。

「ワクチン・検査パッケージ」では症状がない人への検査になります。疑問に思うのは、症状がない人に抗原検査が使えるかということです。日本ではそのような使い方は認められていません。

抗原検査の中でもウイルス量を測る「定量抗原検査」は空港検疫などで使われています。一方で、陰性か陽性かだけを判定する「定性抗原検査」と呼ばれる迅速抗原検査は、症状がない人で検査の精度を十分保てるかは合意が得られていません。

簡便さや使いやすさで迅速抗原検査を使うなら、こうした問題を解決していく必要があると思います。PCRも普及していて民間での検査もできるようになっていますので、現場で何を使うか考えてもらうことが大事です。

ーーそれぞれ結果が出るまでどれぐらいかかりますか?

PCRは数時間かかります。迅速抗原検査は15分ぐらい、定量検査は30分ぐらいで出ます。

どのタイミングで検査する?

ーー検査のタイミングですが、例えば居酒屋なら入る直前に行うのか、あらかじめ検査しておいて結果をスマホのアプリなどに入れておいて示すのか、どう想定していますか?

具体的なやり方についてはもう少し議論が必要です。直前にやればやるほど検査の意味は大きい。検査結果が出た後でウイルスが増えることもありますから。

検査結果を活用する期限は短ければ短いほどいいのですが、あまり短すぎると現場で活用しにくくなる。一定の期間を設け、1日にするのか、3日にするのか考えることになると思います。

ーーデンマークのコロナパスだと3日ぐらいの期限を設けていますが、どれだけ意味があるのでしょう。

その整理は必要だと思います。直前の検査だと1日の期限で実現可能かもしれませんが、PCR検査の活用を考えると、時間がかかるので、直前の検査は無理です。3日ぐらいは期間をおかないと運用は難しいのかなと思いますね。

無症状者への検査、意味がある?

ーー「ワクチン・検査パッケージ」では、無症状の人に検査して陰性証明を出させるのだと思います。以前、無症状へのPCR検査について取材した時、(1)感染力のない期間も陽性と出る可能性がある、(2)誤りが出る可能性が高い、(3)陰性の検査結果は検査時点での陰性に過ぎないーーと、3点の問題が挙げられていました。この問題は「ワクチン・検査パッケージ」でも残りませんか?

以前、お話ししたのは、感染者を見つけて流行をコントロールするという文脈でしたが、その時と検査の考え方は変わりないと思います。

感染者を効率よく見つけるには、まず症状のある人を対象とします。この人たちは事前確率(その集団に感染者がいる確率)が高いので、検査の間違いも少なくなります。

また感染者の周辺の人や感染のリスクの高い人は症状がなくても感染している可能性が高いので、検査の意味はありました。

問題は、全く症状がなく、濃厚接触もない人です。

「ワクチン・検査パッケージ」は別の文脈から考える必要があります。この時に認識しておくべき大事なことは次の3つです。

  1. ワクチンは効果がある
  2. 規制が解除されると感染者は増える
  3. マスクなどの感染予防策は有効


まずワクチンは効くということです。ワクチンだけで流行を抑えるのは難しいと世界中の事例が示していますが、ワクチンは重症化をしっかり予防するし、発病予防効果は時間がたつと少しずつ下がるとしても効果は残ります。

また、行動の規制が解除されると、必然的に社会と経済は活性化して感染者は増えます。

最後に、マスクなど基本的な感染予防策は有効であり、今後もしばらくは続けていく必要があることです。

この3つは前提として大事です。

これまでは、感染者が減ってきた時に、より安全な形で行動制限を緩める仕組みが不十分でした。

ガイドラインを作ったり、飲食店の認証制度を作ったりはしてきましたが、結果的に感染が再び増加するスピードがあまりにも早く、流行のピークにはかなり苦しい状態になっていました。

そこで、安全性を高めながら行動制限を緩和するため、「ワクチン・検査パッケージ」が提案されています。よりウイルスを持っている可能性が少ない人を活動できるようにする。リスクを下げるのが大事だという考え方です。

みんながワクチン接種を進めることが前提ですが、ワクチン接種ができない人もワクチンが届かない人もいる。その時に、直前にウイルスを持っているか検査をすることで、ウイルス持ち込みのリスクを減らします。

活動の中に安全性を高めるような仕組みを加えていくということです。

検査もワクチンもすり抜けがある その時に防護するには?

症状がない人への検査で私たちが既に広く受け入れているのは空港検疫です。

海外から来る人に関しては、どの程度のリスクをもっているかがわからない。国内への持ち込みを減らすために来る人に検査をしてほしいと思っています。

今回の「ワクチン・検査パッケージ」もイベントやお店にウイルスの持ち込みを減らしたい狙いがあります。

ワクチンを接種している人たちが来てほしいけれど、ワクチンは100%ではない。接種していない人に対しては検査をしてもらうことでより持ち込みのリスクを減らします。

ーーこれまでにこの方法が導入されてこなかったのは、ワクチンという一番防御効果のありそうな武器が手に入っていなかったからですね。検査だけで抑えようとすると、混乱をきたす可能性があるから無理だったのでしょうか。

僕が一番心配するのは、検査でもワクチンでもすり抜けがあることです。

ワクチンがなければ、仮にすり抜けがあってウイルスが持ち込まれた集団は無防備です。中で広がりにくくするためにワクチンの接種は大事です。

ワクチン接種が進んでいるのと同時に大事なのは、地域の流行が抑えられていることです。地域で流行していれば、すり抜けの確率は高くなり感染は広がります。

ーー今はワクチンの接種率がある程度高まってきて、11月までに希望する人に接種できる見通しが見えてきたから、このタイミングで提案されているのですね。

そういう整理もできますね。「ワクチン・検査パッケージ」は流行を抑えるツールではありません。活動のリスクを減らすためのツールです。流行を抑えるためには、ワクチン接種を進めつつ、緊急時には行動を抑制したり、自粛したりすることがどうしても必要になります。

これまでも検査を活用する場面はありました。プロスポーツで直前に検査をすることで、安全性を高めることは既に行われてきました。

ワクチン・検査パッケージができても基本的な感染対策は大事

ーー「ワクチン・検査パッケージ」は地域での流行が抑えられ、ワクチン接種が進んでいるという二重の社会防衛があることで成り立つようですが、接種率がどれぐらいならば、このパッケージは有効でしょう?

とても重要で、とても難しい質問です。

世界を見ると、接種率がかなり高くて70〜80%近くあっても、制限の解除が大きく進むと流行が大きくなっています。

ワクチンだけで流行を抑えるのは難しい。もっと接種率が高まっても、他の基本的な感染予防策とセットにならないといけません。

基本的な感染予防を私たちがどの程度続けられるのかが、もう一つの課題です。

マスクにしても換気にしてもどの程度、継続できるのか。それによって感染の広がりやすさは変わってきます。

その上で、感染リスクがある行動をとる時にも、「ワクチン・検査パッケージ」を使うことによってそのバランスが保たれるかどうかはバランスの問題です。

段階的に活用することで、「これぐらいなら大丈夫」と確かめていく必要があります。

ーーそういう意味で「『ワクチン・検査パッケージ』ができら、あとは何も考えずに暮らして大丈夫」という誤解が広がるのは怖いですね。

その通りだと思います。パッケージによって安全や安心を保証するものではなくて、私たちはこれまでの規制を少しずつ解除していかなければいけません。完全に元に戻るわけではなく、これまでの我慢を少しずつ小さくしていく。

その時に、より活動のレベルを上げるための道具、一つひとつのリスクを下げるための道具が「ワクチン・検査パッケージ」です。

海外での同じ試みは?

ーー海外ではどうでしょうか?

イスラエル、イギリス、アメリカの一部の州では、ワクチンを接種することによってマスクもいらないという政策を打ち出して、再び感染が爆発しました。

イスラエルは最初、ワクチン証明書の提示も、マスクも義務化していたのに両方撤廃しました。そうすると感染が爆発しましたが、こんなことがないようにしたい。私たちは各国の経験から学ばないといけません。

ーー海外で成功している事例はあるのですか?

まさに今、チャレンジしているところだと思います。

欧米を見ていると、ワクチンが普及した今年の頭から、感染者が減るのにしたがって「ワクチン・検査パッケージ」のようなものを導入していきました。

フランスも衛生パスを使っていました。

ヨーロッパの中でフランスはかなり最近まで流行に苦しみましたが、それでもワクチン接種とロックダウンで感染者が減っていたのです。

そのタイミングで導入したのですが、一時減ったウイルスがデルタ株に置き換わったことで、ワクチン証明を使ったにもかかわらず、感染がむしろ増えていきました。そして今、苦しんでいる状況です。

欧米ではこれまで解除した規制をもう一度かけないといけない状況です。マスクなしは無理だし、ワクチンは大事だということで、ワクチン義務化の流れもあります。

イギリスはワクチン義務化を最終的に断念しました。国民の強い反対があったのだと思います。アメリカも最近バイデン大統領が連邦政府の職員にワクチン接種を義務化しました。

連邦政府としてはワクチン接種を義務化したいが、各州、特に共和党が強い州では制限に反対しています。各州で合意が得られていない状況だと思います。

出口戦略はその国の価値観を反映しています。

共通しているのはマスクとワクチンは大事だということです。感染予防なしに制限を解除すると流行は抑えられません。その経験を踏まえて、それぞれの価値観の中でどう受け入れられる制度にするのか、知恵を絞っているのだと思います。

ワクチンや検査でパスしても、中で制限はかかる

ーーまずどういう場面で使うことが、お試しとしては適当でしょう?

そこはまだ議論が定まっていません。専門家として考える部分と、果たして感染症の専門家だけで考えていいのかと考える部分があります。

感染症の専門家は、どうしても感染のリスクを第一に考えてしまうので、より感染リスクの高い場面を考えます。

一方で、多くの人はまず取り戻したい生活、取り戻したい楽しみを思い浮かべると思います。そのあたりのバランスも考えなければいけません。

具体的にはスポーツやイベント、お店の利用、飲食店をどうするかは大きなテーマです。パッケージを使うのか使わないかと同時に、現実にその場面で使えるのかも議論しなくてはなりません。

ーー飲食店でパスして入ったとしても、すり抜けの可能性を考えると、20人の宴会ができるわけではなさそうですね。

それは非常に大事な視点だと思います。人数制限を残すのか、残さないのかは大事な論点です。私自身はある程度の人数制限とセットにしながら、段階的に行うことが必要だと思います。

一気に元通りにすると、一気に流行も戻ってしまいます。宴会の時にはマスクはできないし、声も大きくなるでしょう。

一方で、「せめてこれぐらいの人数は可能にしてほしい」という声もあるでしょう。そこは合意を作ることが必要です。

ーー居酒屋で使うとすると、最初は人数制限もして、換気もしっかりした上で、入り口でアルコール消毒もして、その上でパッケージを使うイメージですね。ロックコンサートで活用するにしても、今は叫ぶのは待ってくれという制限もかけながらになるということですね。

そうですね。

ーー入り口でパスしても、中で好きなことができるわけじゃないよというのは注意が必要ですね。

その通りだと思います。

社会の分断を生む可能性

ーーワクチンを病気でうてない人、ワクチンが嫌でうたない人が一定数いて、「ワクチン・検査パッケージ」は社会の分断を深めるのではないかという懸念が出ています。これを防ぐ方法はありますか?

これは本当に難しい議論です。まず大事なのは、専門家だけでは決めきれないということです。感染予防の視点だけだと「ワクチンをうってステイホーム」だけが安全です。でも、それだと社会は成り立たない。

人権の問題や教育の問題、社会、経済の問題が絡んできます。まずその中で落とし所を見つける議論が必要です。

みんなが納得する答えにはならないかもしれませんが、ある程度の合意を得られれば、うまくいくかどうかは、実現可能性と、それによって感染者が増えないかにかかっています。検証しながら進めていくしかないです。

ーールールを作ると、ルールから外れたケースをどうするかという議論にもなります。判断に迷う事例が必ず出てくると思いますが、どの程度厳しくするのか、また、守らない人に罰則なども設けるのかという論点も出てきそうです。

最初から罰則を考えるのはあまりに厳しいです。社会の受け入れがないと、罰則がうまくいかないのはイギリスやアメリカの例を見ても思います。

ただ、正直者がバカを見ないようにしないといけません。ズルはしない。みんなでより安全な社会を作っていくのが大事です。申告や記憶だけに頼るのは、制度としては甘いです。

より簡便でより運用しやすくて、しかもズルが生じにくい。提示する方も確認する方も運用しやすいものにしたい。頑張った個人や企業やお店が報われていく制度にしないといけません。

ーー他人の接種証明書を出してもわからないですよね。免許証や保険証と一緒に出すとなると、確認作業は煩雑になりますね。

本人証明をどこまでするのかは難しい課題です。最初からガチガチにするのか、偽造しにくいカードにするのか、スマホのアプリにするのか。使いやすくて間違いが起こらない形にするのは大事なことだと思います。

接種の回数、時期は現時点では関係ない

ーー接種した時期はみんなバラバラです。抗体価は接種を終えてから徐々に下がることがわかっています。いつうったかという接種時期も勘案するのか、2回接種と3回接種で判断を分けるのか、判断のための方程式が複雑になりそうですが、どう整理したらいいのでしょうか?

まず今は、1回、2回、3回という回数や接種時期は考慮する段階ではないです。「2回接種完了から2週間経つ」というのが免疫が得られたタイミングです。それを過ぎていることが大事です。

今わかっているのは、接種した後の抗体価は徐々に下がるということです。半年経つと発病予防効果は少し下がる。でも重症化の予防効果は、かなり高いまま保たれます。

ワクチンの一番の目的は重症化を防ぐことです。その点を考えれば、今のところ3回接種が必ずしも必要とはならないと思います。

一方で、感染予防を強化しないとリスクが高い職種があります。医療従事者や高齢者施設の従事者です。感染が発生すると大規模な集団感染が起きたようなところです。その中に高齢者や免疫の低い重い病気を抱えている人たちがいると、深刻な状況になりがちです。

本人の重症化予防が達成されたとしても、万が一うつした時に深刻な集団感染が起きるところへの3回目接種は必要になってくると思います。一般に幅広く3回目接種をするかどうかは、もう少しデータを見なければなりません。

何より大事なのはより多くの人たちが2回接種を完了することです。

国民的議論、どう起こす? 時代の変わり目に立っている

ーー国民的議論を、と言われていますが、どう議論をしていけばいいと思いますか? こうやってメディアが取り上げることも議論のきっかけにはなるかなと思うのですが。

若い人たちの声が対策に結びついているのか、実感がないとよく言われます。自分たちの声は届いていないのではないか、誰も自分たちのことを心配していないのではないかという思いがあると、対策は進みません。

それを改善するために、当事者の声を聞く必要があると思います。

対話するような企画をメディアが提供することも一つですし、政府ができることもあると思います。

行政が「私たちはあなたたちの声に耳を傾けている」と見える形にする仕組みがあります。公聴会もその一つかもしれません。オブザーバーとして会議に呼ぶこともできるかもしれません。

色々なやり方がありますが、「私たちの声が届いていない」と考える人たちの声を反映する仕組みを見える形にしていくのは大事かなと思います。

ーー分科会の下にワーキンググループを作るのはどうでしょう。

一つの手だと思います。

ーー人文系の先生も若者も入ってもらい、議論する形は目に見えやすいですね。

そこにそれぞれの産業界からも入ってほしい。対話していないと不信感を持ったり、これがあるから大丈夫と葵の御門のように過剰な期待を持ったりしてしまいます。

私たちは今、次の時代への変わり目にいると思います。

私たちはワクチンという道具を得た。ウイルスは変異株というカードを切ってきた。1年半以上感染対策をやってきて、そろそろ我慢の限界に近づいている。

私たちの最大の武器であるワクチンを最大限活用し、検査も色々な種類が使えるようになってきています。

最も大事なのはワクチン接種が広がっていくことです。うちたくてもうてない人に早く届けるのはもちろん、ワクチンのことがよく分からなくてどうするか迷っている人にどう届けるかがとても大事です。3回接種より前に大事なことかと思います。

次のステップに進むためには、これらの武器をどう大事に使っていくのか。感染症の専門家だけでなくて、みんなで考えていきたいと思います。

【中島一敏(なかしま・かずとし)】大東文化大学スポーツ・健康科学部健康科学科教授

1984年、琉球大学医学部卒業。沖縄県立中部病院、琉球大学、大分医科大学(現大分大学医学部)を経て、2004年〜14年国立感染症研究所感染症情報センター主任研究官、2007年〜09年世界保健機関(WHO)本部感染症流行警報対策部、警報対策オペレーションメディカルオフィサー。その後、東北大学病院検査部講師兼副部長を経て、2016年4月から現職。

専門は実地疫学、予防医学、感染症学。特に感染症危機管理やアウトブレイク対策を得意とし、新型コロナウイルス対策でも専門家として行政に助言をしている。