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子どもが感染する危なさと、感染対策による一生の危なさと

音楽家と感染症のスペシャリストが、新型コロナ対策について語り合う「のんちゃんとコロナ2022年バージョン」。後半は子どもの感染対策の弊害やコロナをポジティブに捉えられるかどうかに議論を深めていきます。

音楽家と感染症のスペシャリストが、新型コロナ対策について語り合う「のんちゃんとコロナ2022年バージョン」。

幼馴染の縁で2年ぶりに対談した指揮者の井上道義さんと岡部信彦さんは後半、専門家の間でも意見が分かれる子どもの感染対策の弊害や、コロナをポジティブに捉えられるかどうかに踏み込んでいきます。

子どもへのマスク 表情を読めない弊害も

岡部:「顔色を読む」とか「人の表情を伺う」というのは何か悪い表現に捉えられるけれども、子どもは、お母さんやお父さんが怒る顔や笑う顔を見るうちに言葉以外の細やかなコミュニケーションを理解していくものです。

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今、保育園や幼稚園に子どもたちは行くようになっていますが、マスクをしていると目しか表情が見えなくなります。コロナ禍のこの2年間で、子ども同士や大人の表情全体を見ることが子どもたちに欠けてくるのではないかと思います

井上:大丈夫なのかな?

岡部:いや、それは良くない。

井上:ノン、元は小児科医だものね。

岡部:いつも言っているのだけれども、子どもにコロナがうつる危なさと、子どもがうつらないための対策による一生にかかわる危なさと、どちらを取るか。かかるかもしれないリスクはやはりあるのだけれども、それをどう捉えるかです。

また、感染対策をする時に、子どもに一生懸命防がせるのではなくて、周りが防いであげなければならないのだよね。周りがやらずに子どもにやらせるのは、ちょっと違うんじゃないか、というのは小児科医の集まりでよく話すことです。

井上:それは強く言ってほしいですね。子どもは自分で決められないのだから。

岡部:国会でも問題になったけれども、「2歳以下でもマスクをつけさせるべきだ。かかると危ないのだから」という声に対し、「いやいや感染することはよくないけれど、子どもはかかってもそれほど重症にはならない。それよりも、つけることの方が目に見えて危ない」と言ったのが小児科医の意見でした。

結局、その意見は聞き入れられた。

「子どもがかわいそうだ。危ない」ということは、もう一歩、踏み込んで考えなくてはいけないところなんだよね。

リスクだけを避けて生きるのでは意味がない

岡部:どんな人でも最高の医療を受けられる、というのが日本の医療の目指しているところです。

でも最高の医療がその人にとって最良の医療なのかどうか。そこで考え方の違いが出てきます。そこを尊重しようと言いつつも、「いや問題が起きた時の責任はどうするのか?」とか、そういう問題が表に出てきてしまう。

井上:ぜひ自分で自分のことを判断する自由が欲しいね。

岡部:人に迷惑をかけたらいけないけれども、自分の人生だからね。

井上:世の中、なんでもリスクはある。

岡部:リスクという言葉は正確には、目の前にある危なさではない。その先にあるかもしれない危なさなんだよね。事前に避けることもあるし、知らないとぶつかってしまうこともある。

そのぶち当たる寸前にどう判断するか。やはり考える力が大事だよね。

この2年間、もちろんすべてがうまくいっているわけではないけれども、つけるべきところでマスクをつけるといった注意は忘れないようにしながら、楽しめるところは楽しむ。やはり人は元々楽しむために生きているわけだから、それは忘れたくない。

美味しいものを食べたいし、珍しいものを見たいし、それをやらないで単にリスクだけを避けて生きても、それでは意味がないよね。

井上:究極を言えば、人はお国のために生きるんじゃないからね。

岡部:でも国全体がうまく感染対策をしてくれないと、自分達の生活もうまくいかなくなる可能性があるからね。そこも大切にしなくちゃいけないけれど。

コロナは悪いことばかりもたらしたわけではない

井上:外国人の指揮者がコロナでたくさん入国できなくなったでしょ?その影響で実はすごく忙しい2年間だったんだよ。

最初の6ヶ月は音楽会自体止めようという動きだったでしょう?

でもそんなことを続けていたらみなさん食べられない、ということで、入場制限して、練習の時も距離を置いて、歌い手は唾が飛ぶから入れてはいけない、第九などはできないとしてしまった。

そうやって音楽会は進んだわけだよ。そうすると、若い指揮者、経験のない指揮者でもNHK交響楽団で振ったり、読売日本交響楽団で振ったりできるようになった。

岡部:若い人が育つんだ。

井上:彼らにとっては大チャンスだよね。僕のところにも、そういう仕事が山ほど来て本当に忙しい2年間だった。

僕自身は、タイミングよくいい仕事ができた。2024年の12月に引退するつもりなんだけど、それまでに本当に良い演奏が続けられているんだよ。でもこれって酷くない? コロナのために僕は得しているんだよ。だから大手を振って歩けないかも。

岡部:コロナによって僕ら医学や科学に携わる者たちもすごく学んでいるわけです。進歩もものすごい。例えばワクチンでも薬でも、あっという間に実際に使えるようになった。未知のものに対してどういう検査をするかとかいうことでも、この2年間の進歩はものすごい。


その成果を未来に残していかなければいけないし、あまり過去について悪かったことばかり見ていないで、この先に何かいいものを残していくようにしないといけないと思うね。

コロナを新しいものを生み出すチャンスにできないか?

岡部:ところで、オーケストラで第九ができないなら、半分の人数でコーラスをやってみたらどうかと提案すると、芸術家からは大ブーイングが起きるわけです。「それは本格的ではない」などと言いますよね。

でもそれなら、100人編成でやる音楽を50人編成でやったらどうなるか、新しい音楽を作ってみたらいいんじゃないの?

井上:それはみんなコロナと関係なく前からやってます。合唱も含めて100人でやる第九も小さいホールで演奏する分には全然構わない。

でもNHKホールや東京文化会館の大きさで、コーラスが40人、50人規模で第九をやってもね...。ちょっと変だよ。塩が足りないスープみたい。それを好む人はいるよ。第九は誰でも歌えるのがいいんですよ。もちろんプロがバシッとやるのもいいのですけれども。

だけど、素人が少ない数でそこそこのオーケストラとやっても、おつきあいコンサートになっちゃうね。大阪フィルハーモニーでマスクをしながら小さい規模のコーラスで第九を演奏してくださいと言われた時、僕はお断りした。それをやると見せ物になるんですよ。やっている人は楽しいでしょう。歌いたいんだから。聞きたい人もいるでしょう。

でも本当にベートーヴェンの理想主義や人類協調への希望を表す音楽が、そういう形でできるとは僕は思えないです。僕はやらない。やりたい人はやったらいい。

岡部:そこで新しいものができてきてもいいんじゃない?

井上:それは昔からあります!君が知らないだけ。戦争中、音楽家がたくさん集まらなかったから、スイスのオーケストラではヨーロッパ中のオーケストラがダメになった時に、小さい編成の作品をたくさん作った時代がある。それは戦争によって作られたものです。コロナも一種のそういう状態を作っている。

そういうことを、ポジティブに捉える考えもあり得ます。

岡部:今回のコロナもネガティブなことは当然ながらたくさんある。でもポジティブなものを見つけて、それを活かしていくことも考えられる。希望だよね。人は希望が先にないと、生きていけない。

井上:それに相応しいやり方ならいいと思います。

この先、できることを増やしつつ、ウイルスの変化に注意を払う

井上:皆さんはこの2年間をどう思っているのかな。このことをプラスに考えられる人は強い人で、この2年間を忘れてしまいたいと考える人は弱い人だと思うのかな?

岡部:そのことがずっと傷になるとか、頭の中にずっと残ってマイナスが強く出てくるのは良くないけれど、そういう繊細な人は結構多くいる。なんとかその傷口は小さくしなければいけない。


とすればやはり、この先にいいことがなくてはいけない。これもだめ、あれもだめではなくて、これならできる、あれもできるのでは、ということを増やしていかなければならないよね。

ただし、とんでもない変異ウイルスがまた現れた時は、ちょっと待てよ、と引き締めることも忘れないようにしないといけないね。

井上:この経験が将来、宇宙から強力な病原体が落ちてきた時に役に立つかもしれないね。

岡部:役に立つかもしれない。10年前のこういう病気が出てきた時と今ではやり方が全然違うんだよ。ただし、対策は医学的な要素だけでは決まらないから、その時の社会や政治によってやり方は変わってくるかもしれない。そこはその場で考えなければいけないね。

マスクやオンライン越しでないコミュニケーションの大切さ

岡部:しかしまだやることがたくさんあるんだよね。

井上:子どもたちがマスクをしなくていいようにしてあげたいな。

岡部:それはそう。

井上:マスク時代は、人と人とのコミュニケーションの大きな壁になっている。

岡部:オンラインもそう。オンラインはすごく便利で、今日の対談もオンラインでやろうと思えばできるじゃない。だけどやっぱりこういうところでやると、雰囲気とか表情を見て「ヤバそうなことを言ってるな」とかわかるわけじゃない。

授業でもそうだし、いろんな人の話を聞いてもそう。

井上:学校の先生たちが、オンラインはやっぱりだめだと言ってますね。

岡部:便利な道具なんだけど、使いこなして初めて便利で、それが全てではないよね。

井上:今、カラスや鳥が鳴いているけど、この上を便利だからと言ってもドローンがガーガー飛び出したら世も末だよ。そういう未来は見たくないな。

岡部:でも今の日本は平和だよ。こういうところで周りをゆっくり見ながらこんな話ができるなんて。

前編

【井上道義(いのうえ・みちよし)】指揮者

1946年東京生まれ。桐朋学園大学にて齋藤秀雄氏に師事。1971年ミラノ・スカラ座主催グィド・カンテルリ指揮者コンクールに優勝。1976年日本フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会で日本デビュー。1977年から1982年までニュージーランド国立交響楽団の首席客演指揮者、1983年から1988年まで新日本フィルハーモニー交響楽団の音楽監督、1990年から1998年まで京都市交響楽団の音楽監督、常任指揮者、2014年から2017年まで大阪フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者、2007年から2018年まではオーケストラ・アンサンブル金沢音楽監督を務めた。

これまでにシカゴ響、ハンブルク響、ミュンヘン・フィル、スカラ・フィル、レニングラード響、フランス国立管、ブタペスト祝祭管、KBS響、およびベネズエラ・シモンボリバルなど世界一流のオーケストラへ登壇。

1999年から2000年にかけて新日本フィルハーモニー交響楽団と共にマーラー交響曲全曲演奏会を取り組み「日本におけるマーラー演奏の最高水準」と高く評価された。2007年日露5つのオーケストラとともに「日露友好ショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏プロジェクト」を実施し、同プロジェクトを収録した「ショスタコーヴィチ交響曲全集 at日比谷公会堂」BOXを2017年2月にリリース。2014年4月に病に倒れるが、同年10月に復帰。2015年全国共同制作オペラ「フィガロの結婚」(野田秀樹演出)を総監督として、10都市14公演の巡回公演を成功させた。

1990年ザ・シンフォニーホール「国際音楽賞・クリスタル賞」、1991年「第9回中島健蔵音楽賞」、1998年「フランス政府芸術文芸勲章(シュヴァリエ賞)」、2009年「第6回三菱UFJ信託音楽賞奨励賞(歌劇イリス)」、2010年「平成22年京都市文化功労者」、社団法人企業メセナ協議会「音もてなし賞(京都ブライトンホテル・リレー音楽祭)」、2016年「渡邊暁雄基金特別賞」、「東燃ゼネラル音楽賞」、2018年「大阪文化賞」、「音楽クリティック・クラブ賞」を受賞。自宅にアヒルを飼っている。オフィシャルサイトはこちら。 

【岡部信彦(おかべ・のぶひこ)】川崎市健康安全研究所所長

1971年、東京慈恵会医科大学卒業。同大小児科助手などを経て、1978〜80年、米国テネシー州バンダービルト大学小児科感染症研究室研究員。帰国後、国立小児病院感染科、神奈川県衛生看護専門学校付属病院小児科部長として勤務後、1991〜95年にWHO(世界保健機関)西太平洋地域事務局伝染性疾患予防対策課長を務める。1995年、慈恵医大小児科助教授、97年に国立感染症研究所感染症情報センター室長、2000年、同研究所感染症情報センター長を経て、2012年、現職(当時は川崎市衛生研究所長)。

WHOでは、予防接種の安全性に関する国際諮問委員会(GACVS)委員、西太平洋地域事務局ポリオ根絶認定委員会議長などを務める。日本ワクチン学会名誉会員、日本ウイルス学会理事、アジア小児感染症学会会長など。