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「2歳以上にマスク推奨」論争  小児科医が真っ向から反対した理由

新型コロナウイルス「オミクロン」が猛威を振るう第6波では子どもの感染者も増え、「2歳以上の園児にマスク推奨」の提案に論争が巻き起こりました。大反対したという岡部信彦さんにその理由を聞きました。

新型コロナウイルス「オミクロン」が猛威を振るう第6波。

子どもの感染者も増え、幼稚園や保育園でもクラスターが起きる中、全国知事会が国に「2歳以上の園児にマスク着用推奨」を要望し、論争が巻き起こりました。

小児科医や保護者の反対の声が強く、最終的に政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会は、「児童の発育状況に応じ可能な範囲で」と推奨度合いを和らげました。

小児科医はなぜ反対したのでしょうか?

BuzzFeed Japan Medicalは、分科会の一員として反対の声をあげた小児科医でワクチンの専門家でもある、川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦さんに聞きました。

※インタビューは2月11日夕方に行い、その時点の情報に基づいている。

小児科医は大反対 「2歳以上なら安全」ではない

——保育園に対するマスクの推奨が一時期、論争になりました。全国知事会が後藤茂之厚労相に「2歳以上の園児のマスク推奨」を要望し、これを受けた厚労大臣は「前向きに進めていく」と発言しましたが、小児科医らから反対の声が上がりました。

あれには僕も大反対しました。

以前より日本小児科学会の議論では基本的に幼児はマスクをつけるのは難しいだろうという話になっていました。かつ2歳未満は危険ですよ、と言っているのであって、2歳以上は安全であるとは言っていません。

参考:日本小児科学会「乳幼児のマスク着用の考え方」

あの時、知事会から出てきたのは、保育所などでは2歳以上はマスクを推奨すべきであるという提言でした。つまり2歳以上の全員につけるべきと言っているわけです。

僕は分科会で「それは子どもを知らない人の考えではないか」と語気を強めて意見を言いました。

——尾身茂先生が会見で、「小児科で診ている先生から反対意見があった」と話すのを聞いて、岡部先生だろうと思っていました。

分科会のメンバーの日本医師会の釜萢敏先生も小児科の開業の先生です。僕と釜萢先生で、「小児科医としてこれは絶対反対」、と意見を言いました。

議論の中で僕は、「大人の病気のうちはいいけれど、子どもの病気にもなりつつあるのなら、子どもの病気・発育をよく見ている者に必ず相談をするべきだ」と伝えました。

教育面なら文部科学省であり、保育所なら厚労省になりますが、僕の意見というよりも子供たちの病気や健康の話であれば小児科医や小児科学会の意見を必ず聞いて決めてくださいと言ったのです。

そもそも幼児がマスクをきちんとつけるのは無理です。

いかにも大人の発想ですが、「2歳未満がダメなら、それより上はいいでしょう?」という提案なのですね。

「2歳がだめなら3歳ではどうか?」と質問が出たりしますが、この年頃は一人ひとりが発育が違い、大人の20代前半とか20代後半を一括りにするのとは訳が違います。2歳で線を引いてそれ以上なら安全ということは全く言えません。ですから、せめて「発育の状況に応じ、可能な範囲で」としたのです。

国が方針を決めたら保育所は順守する

また、こういう方針が国から出されたら、保育所はそれをルールとして守ろうとします。

保育所は真面目です。一度国から方針が示されたら、責任問題や「どうして徹底しないのか」という声を恐れて、一生懸命、園児に守らせようとするでしょう。

常に園児がしっかりマスクをつけているかどうかを確認する仕事が一つ加わるだけでも、そのためのエネルギーと神経がものすごく割かれます。

ただでさえ、消毒を一生懸命やったり、園児や保育児同士がちょっとくっついているだけで「危ないですよ。離れてね」と気を使ったりしています。そこにマスクの監視が加わります。

マスクが少し外れている園児に「○○ちゃんきちんとつけましょう」と声をかけても、自分ですぐにつけるはずがないのです。手間がかかります。

もし3歳のお孫さんがマスクをきちんとつけていないとして、そばにいるおじいちゃんである方々はいちいち付け直させるでしょうか? そう提案者に問いたいぐらい、おかしな提案だと思いました。

窒息や苦しさを訴えられないリスクがある乳幼児

——確認したいのですが、2歳未満のマスクは危険と小児科学会が言っているのは、医学的に窒息の危険があるからでしょうか?

一つは、乳幼児は自分でつけている状態が苦しいかどうかもわからないし、自分で苦しさを訴えられない可能性があるからです。

僕が小児科医として駆け出しの頃に先輩に言われたのは、例えば0歳児を周囲にわからないように殺すなら、ちり紙を1枚顔の上に置いておけばいい、ということでした。

つまり、乳児だとまだフッと吹き飛ばす力がないのです。それぐらい、子どもは自分で苦しくなっても取れません。しかもマスクのような形態のものは、苦しくなってもうまく外せない可能性もあります。

しかもマスクはしっかりつけないと意味がない。いい加減につけるぐらいなら、つけない方がいいじゃないかと考えるのです。

——2歳以上では安全だと言えないのはなぜでしょう?

発育には個人差がありますし、基本的に嫌がるものをつけることは良くないことです。方針が徹底されれば、そのうち外で遊んでいる時にもつけなさいということになるし、昼寝の時もつけなさいということになる。それはかなり危ないことです。

もう一つ言えば、幼児期の子どもは新型コロナに感染しても目下のところ重症化リスクは高くない。その年齢にマスクで予防するというのは、子どものためというよりも、感染を受ける大人が迷惑するから、そして社会が迷惑するから、という意図があるようにも思えます。

——そこは子どもの利益第一に考えるべきだということですか?

子どもを守るためには、子どもたちが自分で防衛する方法や力を教えるのは必要です。しかし、安易な方法で子ども自身に守らせようとするよりも、大人が防いであげることをまず考えるべきです。

子どもの視点を取り入れて、最終的に落としどころを探ったわけです。近く、厚労省の保育課から、判断に困った時はどうするかを示すガイドラインかQ&Aが出てくると思います。

まずは大人が3回目接種の徹底を

——今、保育園や幼稚園でも休園などが相次いでいますが、マスクが推奨できないとすると、どのような感染対策のアドバイスができますか?

マスクを重視することは無理、と考えた方がいいと思います。

また、子どもに罪があるわけではないのですから、大人が感染対策を徹底しなければいけません。

つまり、具合の悪い職員はきっちり休めるようにし、できるだけワクチンなどであらかじめ免疫をつけ、大人がかからないように気をつけるのが第一です。これは新型コロナだけの話ではなく、結核でもはしかでも水ぼうそうでも同じです。

コロナワクチンでいえば、3回目接種も受けられるようになったら、早めに受けてほしい。

以前、ワクチン接種の優先順位をつける時に、医療関係者とお年寄りに教育関係者も入れようとしたのですが、採用されませんでした。最近、ようやく「エッセンシャルワーカー(生活に必要不可欠な職種の人)」に教育関係者も含めるということが明記され、ワクチン接種が優先されることになりました。

迷っている人もいるかもしれませんが、受けようと思っている人にはこの方針は追い風になるのではないかと思います。国が早めの接種を推奨しているのですから、接種のために個人で休暇を取らなければいけない、ということにもならないはずです。

子どもを守るために、まずは大人が感染を予防することが大事です。

安易に一斉休校・休園の「劇薬」を使うべきではない

——子どもの教育の機会を守るために、休園、休校のあり方も問われていますね。

園や学校を休ませるかどうかについては、知事会も「一斉に休園・休校」とは途中から言わなくなり、地域で慎重に検討ということになりました。

自治体の様子は自治体が一番わかるのですから、知事や自治体、学校が方針を決めること自体はいいと思います。ただ、ある学校で感染者が出たからといって、その地域全体を休校にする、全地域で全学休校、のようなことは基本的にやるべきではないと思います。

もちろん流行が燃え盛っている時はそれも必要になるかもしれません。

しかし、新型コロナウイルスについてはこれまでに学校が原因で社会に感染が広がった、ということはあまりありません。逆に地域社会の流行を受けて、学校や園で広がっているという流れです。

だから学校の先生になるべく早めにワクチンを受けてもらい、体調が悪ければ休めるようにすることが重要ですし、またそのような「無理しなくていい社会」にしていくことが必要だと思います。

とりあえず安易に全校休校にすることはやめてほしい。

知事会からはある県である時期一斉に休校にしたら、全体の感染者数が下がった例が挙げられていました。自治体が努力したいい例だと思いますし、学ぶことも多いと思います。

しかし、それが普遍的にできるかというと、そこはもっと検証や考察がいるところです。

一人の医者が、自分の患者に自分がいいと思った治療をやって効いたように見えたとしても、それが全体に有効かどうかはよく吟味しなければいけません。そのようなことにはまり込まないよう私たちは注意しています。

もちろんそのような工夫の積み重ねが、新たな良い方法に結び付いていくこともありますから、新たな試みを安易につぶすこともしてはいけません。良い試みだとしても、安易に全体に推奨するのはやめた方がいい、という意味です。

休園・休学は子どもを守るように見えますが、短い期間であっても、ことにこの重要な2月、3月の時期に、健康な子どもも含めて一斉に学びの場を取り上げるデメリットも考えた方がいい。子どもたちには将来があります。それを損なう可能性も考えて、慎重に決めなければいけません。

——教育の機会をなるべく奪わない方がいいということですか?

教育とは、勉強だけの話ではありません。友達との遊びやいろいろな体験を皆ですることも含めて、全て教育です。子どもの発育を見守るためには学校の集団生活は貴重な機会です。目の前のリスクだけを見て「劇薬」を安易に使うのは危険です。

子どもの集団生活を奪うことは社会機能の破綻にも結びつく

会社が潰れるのを心配するのと同様、子どもたちが潰れる可能性も大人はしっかり考えて対策をうたなければいけません。

病気の子どもを看護するのは親としては仕方ないかもしれません。

しかし病気でもない子どもが休んだ時に、親はどうしたらいいのでしょう。大きい子なら一人で家に置いておくことも可能でしょうけれど、小さい子どもなら、一人で置いておくべきではないでしょう。

結局、元気な子どもを休ませることは、社会機能の破綻に結びつきます。

いつか休校や休園をしなければいけない時は来るかもしれません。でも安易にそのカードは切るべきではありません。病気の重症度なども含め考える必要があります。

感染を広げることを止めるということだけに集中しすぎて、その方法を使うのは子どもたちの将来のためにも、社会の維持のためにもやめた方がいいと僕は強く思います。

(続く)

【岡部信彦(おかべ・のぶひこ)】川崎市健康安全研究所所長

1971年、東京慈恵会医科大学卒業。同大小児科助手などを経て、1978〜80年、米国テネシー州バンダービルト大学小児科感染症研究室研究員。帰国後、国立小児病院感染科、神奈川県衛生看護専門学校付属病院小児科部長として勤務後、1991〜95年にWHO(世界保健機関)西太平洋地域事務局伝染性疾患予防対策課長を務める。1995年、慈恵医大小児科助教授、97年に国立感染症研究所感染症情報センター室長、2000年、同研究所感染症情報センター長を経て、2012年、現職(当時は川崎市衛生研究所長)。

WHOでは、予防接種の安全性に関する国際諮問委員会(GACVS)委員、西太平洋地域事務局ポリオ根絶認定委員会議長などを務める。日本ワクチン学会名誉会員、日本ウイルス学会理事、アジア小児感染症学会会長など。