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HPVワクチンの教訓を胸に 今、見直すべき空白の思春期医療

8年半の時を経て、やっと積極的勧奨再開が決まったHPVワクチン。大きな犠牲を出すであろうこの問題から、私たちは何を教訓として学ぶべきなのでしょうか? 小児感染症が専門の小児科医、森内浩幸さんに聞きました。

厚生労働省の副反応検討部会で、積極的勧奨の再開が了承されたHPVワクチン(※)。

日本では毎年1万人が子宮頸がんになって多くが子宮を失い、約3000人が亡くなる中、8年以上もの長い間、中止状態になっていたこのワクチンへの信頼をどう回復していったらいいのでしょうか? 

そして、この教訓を今後の医療にどう活かすべきなのでしょうか?

BuzzFeed Japan Medicalは、小児感染症が専門の長崎大学小児科学教室主任教授、森内浩幸さんに再開後の課題についてお話を聞きました。

※日本では2013年4月から小学校6年から高校1年の女子が無料でうてる定期接種となっている。接種後に訴えられた様々な症状をメディアがセンセーショナルに報じたことなどから、同年6月に国は積極的勧奨を差し控える通知を発出。対象者にお知らせが届かなくなり、接種率は一時、70%から1%未満に激減した。

コロナワクチンに活かされたHPVワクチンの教訓

ーーようやく積極的勧奨の再開が決まりました。どう感じましたか?

長かったですね。相当な時間が経ちました。いろいろな方が動いてくれたおかげで、アカデミアだけではうまくいかなかった問題です。

新型コロナワクチンへの対応も、HPVワクチンの教訓が活かされたと思います。今は明らかにワクチンに対する捉え方が、政府のレベルでも、マスメディアのレベルでも、その影響を受けた国民全体のレベルでも変わってきています。

コロナワクチンは確かに出遅れましたが、その後の勢いは欧米諸国よりは良い。政府もわかりやすい発信をして、有害事象(※)を集めて議論する姿勢を示しています。

※ワクチンとの因果関係の有無を問わず、接種後に起きたあらゆる望ましくない出来事。このうちワクチンとの因果関係が否定できない症状を「副反応」と呼ぶ。

マスメディアも何かワクチン接種後に起こった症状が報告されても、ワクチンとは関係ない紛れ込みがあり得ることを前提として報じています。隔世の感があります。何か起きればワクチンのせいだと決めつけて取り上げる姿勢から変わったのは、HPVワクチンに関して「しまったな」という反省があったのでしょう。

積極的勧奨再開につながる流れはHPVワクチンの復権という意味でも重要ですが、新型コロナワクチンに対して日本国民がこれだけしっかり対応できたことにもつながったと思います。

ーーHPVワクチンの教訓がコロナワクチンに活かされたという前向きな評価をしていただきましたが、とはいえ、8年以上、この異常な状態が放置され、無料接種の機会を逃した女性ががんになる可能性が積み重なりました。

政府だけではなくアカデミアも大きな責任があると思います。例えば他のワクチンギャップについても、小児科医の中には「細菌性感染症なら抗菌薬があるじゃないか」と考える有力者もいました。Hibワクチンの定期接種化もそれで20年以上遅れた可能性がないとは言えません。


もちろん政府が積極的勧奨をすることは必要条件ですが、十分条件ではありません。再開を引き出すためにもアカデミアがもっと強く動くべきでした。


厚労省の役人も自分たちが正しいことをやっていると思っていない人が少なからずいましたが、正す背中を押してくれる力がないと、反対する人たちの勢いに逆らって前に進むことはできません。私たちアカデミアは真摯に反省すべきです。

接種を逃した女子への救済措置「キャッチアップ接種」も

ーー8年以上の間に無料接種の機会を逃した女性にも再チャンスを与える救済措置(キャッチアップ接種)も今後検討されるようです。しかしこの間に20代になった女性も多く、既に性交渉を始めて感染した人がいるかもしれません(※)。

※ヒトパピローマウイルスは性的な接触で感染し、性交渉の経験のある8割が感染すると言われている。

キャッチアップ接種ができれば問題が解決するわけではありません。このワクチンは、セクシュアルデビューの前により早く接種した方が有効です。

先日出されたイギリスのデータを見ても、早い段階での接種は相当高い有効性を示していますのに、年齢が重なれば重なるほど効果が目減りします。

ワクチンの効果は、接種した個人への予防効果だけでなく、接種した人の割合が増えることで接種していない人まで守られる「集団免疫効果」も加味して考えられています。より早い段階でうつ方が、両方の効果が高まります。

この8年間という長い間に接種し損ねた人たちは、今からキャッチアップ接種の機会を与えられたとしても、本来接種すべき年齢にうった場合と比べると有効性が落ちてしまうのは間違いない。

将来、その遅れのために子宮頸がんになって子宮を失ったり、場合によっては命を失ったりする人たちが出てくることも間違いない事実だろうと思います。

そういう人たちにどう責任を取っていくか、政府もアカデミアも一緒に考えていかなければいけません。

それでも、遅れても無料でうつ機会を提供しなければなりません。うつ際に、メリットとデメリットを提示した上で本人に決めていただくことが大事です。

「データを示しても不安」 どう対応すべき?

ーー安全性や有効性の知見は十分積み上がったと評価されていますか?

10月1日の副反応検討部会でもきちんとこれまでのエビデンスが紹介されました。接種した女子と接種していない女子で出てくる症状に変わりがないことを示した名古屋スタディ「祖父江班」の全国疫学調査も出しました。

安全性についてはさらに心配しなければいけないような問題は増えていないことが示され、接種後に訴えられている症状は「機能性身体症状(※)」として捉えるべきだとわかっています。

※繰り返し診察や各種検査を行っても身体の器官に明らかな異常や病変が見つからないのに起きる身体症状。HPVワクチン接種後に訴えられた症状の多くは、機能性身体症状だと言われている。

それはいろいろな原因で起きることで、きっかけがHPVワクチン接種だったとしても根本的なことではないし、それにこだわっているうちは元の状態に回復させることが難しいという総括は十分できたのではないかと思います。

子宮頸がんに対する現時点でのワクチンの効果も含めて総括されていました。あの後に子宮頸がんを予防する効果を示したイギリスの論文も出ましたので、それを追加するにしても、だいたいまとまりました。

ーー積極的勧奨を再開しただけでは接種率は元どおりにはならないし、キャッチアップ接種を導入しても既に性交渉の経験があって感染した人もいるでしょうし、みんなはうたないかもしれません。みんパピ!の調査でも安全性や有効性の情報を示されても接種しようと思わない人もいることが示されました。今後どうしていくべきでしょう?

不安を抱えている人たちにただ「心配ないですよ」と言って効果があるわけではありません。飛行機が怖いという人に、「高速道路を平気で運転しているけど、データ上はその方が桁違いに危険だよ」と言っても、高速道路は怖くないけど飛行機が怖いという気持ちは変わらないのと一緒です。

どれだけ有効性や安全性のデータを示して「これだけエビデンスのレベルが高いのですよ」と言っても、怖いものは怖い。

それが怖くなくなるのは、特に日本人の場合では、自分の周りの人たちがうって「大丈夫だったよ」「うって良かった」という声を聞くことでしょう。

どうしても怖くてうたないという人に真っ直ぐぶつかるよりも、説明すれば安心してうてる人たちに接種を進めていくことが、怖いと思っている人の不安感を取り除くためには一番有効なのではないかと思います。

接種後に訴えられる症状にどう対応する?

ーー再開した後も、副反応や有害事象は必ず出てくると思います。ワクチンの痛みや不安が引き起こす症状もあるでしょう。同じ失敗を繰り返さないために、今後は何ができるでしょうか。

まずワクチンを接種する医師や一般の人も含めて、WHO(世界保健機関)が提唱したImmunization stress related responses(予防接種によるストレスに関する反応を知ってもらいたいです。ワクチンに対する不安感や恐怖感によってもたらされる症状もあるということです。

急性的な、血管迷走神経反射(※)のような症状は有名になってきましたね。

強い緊張やストレスなどで、血圧の低下、脈拍の減少が生じ、ふらつきや失神などを起こす反応。

そのほかに慢性的な「機能性身体症状」のようなものがあるのだとわかってくると、受け止め方が変わってきます。

しっかりと受け止めることができると、だんだんその症状から抜け出すこともできるし、医師の方も患者から訴えがあった時に、「HPVワクチンと関係ないのにイチャモンつけやがって」と最初から跳ね除けてしまうこともないと思います。

間違った対応によって負のスパイラルにはまってしまい、いつまで経っても症状が改善することがない状況を避けることもできます。

数が増えると、前より確率は減るにしても、絶対数としてはそういう訴えは相当出てくるはずです。

日本医師会などで「HPVワクチン接種後に生じた症状に対する診療の手引き」(2015年)を作ったことがあります。しかしずいぶん前のことなので、最近では「そんなのあったっけ?」という声があちこちで上がっています。

主な訴えが痛みの場合はペインクリニックが有用な場合があるし、必要な人には精神神経科などで認知行動療法などをやらなければいけません。


まずは接種した先生やかかりつけの先生でしっかり受け止め、そこだけで難しい時には、大学の産婦人科や小児科、必要であればペインクリニックや精神神経科などの医療機関に紹介していく診療体制をもう一度復習しておいた方がいい。

時間が経ってしまったので、対応にも”ブースター(効果を強める追加接種)”が必要な頃ですね。

HPVワクチンに限らず必要な診療体制

ーー接種後の症状に専門的に対応する各都道府県ごとの拠点病院である「協力医療機関」もあまり知られていませんし、治療の内容も質もバラバラです。どうしていくべきでしょう?

おっしゃる通りです。ただ、HPVワクチンで注目されましたが、昔からある症状なので、対応すべき医療機関や診療システムはHPVワクチン以前に整えておくべきものでした。再開の動きで急に慌てるというのはある意味、間違っています。

確かにHPVワクチンの場合はまた別のややこしい問題があるかもしれず、治療の拠点病院となる協力医療機関が意識して対応することが必要でしょう。

しかし、かかりつけの先生や接種医がちゃんと訴えを受け止めて、専門の医療機関に紹介するシステムはHPVワクチンの問題がなくても持っていなくてはいけません。今慌てるのはその診療体制が空白だったことの証明にもなっています。

今までうまくいかなかったのは、複数の診療科が連携する集学的な診療体制が必要だったこともあるかもしれません。機能性身体症状に対応できる先生も昔からいますので、そういう先生と連携した診療体制を作るいい機会だと思います。

ーーコロナワクチンも今、5〜11歳の接種をどうするかが検討され始めていますから、コロナワクチンへの対応でも役立つかもしれませんね。

新しいワクチンは不安をかき立てますが、ワクチンに限らず、全く別のことで起きた機能性身体症状であってもきちんと対応すれば、日常生活に戻るチャンスはある。対応を間違えると長く苦しむわけですから大事なことだと思います。

症状を訴えられた時にどう対応すべきか?

ーー接種した医師やかかりつけ医が、「HPVワクチンの接種後にこんな症状が出ました」と訴えられたら、具体的にはどんな対応をするべきですか?

機能性身体症状については、まず患者の訴えをしっかり受け止めて、相手の言うことを信じていると示すべきです。普通に診察し、一通りの検査をしても何の異常もみられなくても、訴えている症状はつらいものなのだと信じていると伝える。

私も頭痛持ちですが、「頭は別にへこんでないですよ」「脳波やMRIも異常がないですよ」と言われても、頭が痛いのは事実です。

診察や検査で原因がわからない困った症状があるのは当たり前だと、しっかりと受け止める。

ただし、それが別の深刻な病気ではないということも同時に伝える。くも膜下出血とか脳腫瘍とかではないですよとも伝えることが必要です。

そしてこういうことは自分だけに起きたとんでもないことなのかと心配する人がいます。だから「こういうことはよく起きることで珍しいことではない。時々診療しますよ」と伝えるべきだとも思います。

こうして十分な信頼関係を確立した上で、「ピアノの音はちゃんと鳴るのだけれど、調律がうまくいっていないだけだ」とかわかりやすい比喩も使って伝える。

「一つ一つの部分はうまくいっているけれど、互いを結ぶ伝言がうまくいかないところがある。全てが悪くなっているわけではないから、必ず元に戻すことができる」などと伝えた上で、「お薬を飲めばすぐ治るものではなくて、時間はかかるけどちょっとずつ治る。私も頑張るし、あなたも頑張って」などと、染み通るまでしっかり説明することが大事です。

1回や2回ですぐに理解できることではありません。「ワクチンのせいだ」と考えてきた人たちに対し、ちゃんと染み通るまで話すには十分時間をかけなければいけない。

ワクチンの成分とは関係なくても、ワクチンを受けたというストレスによって症状が起きることもあると提唱するWHOのImmunization stress related responses(予防接種によるストレスに関する反応は今、日本語訳が作られています。

このわかりやすいパンフレットなどが作られたらそれも使って、予防接種は間接的に色々な症状を引き起こすことがあることを説明しましょう。世界中でいろいろな人に起きていて、元の生活に戻すための努力が世界中でやられていると理解してもらう。

「嘘をついている」とか「大袈裟だ」とか、本人たちにはそんな意図もないのにそう見られて追い詰められていって、医療機関への信頼をなくす。負のスパイラルに巻き込まれることを食い止めるために、最初の診療はすごく重要です。

診療の手引きを見直すにも、全国一律のものを使うだけではなく、地域ごとにアレンジした方がいいと思います。それぞれの地域で医療体制の違いはあります。専門家がいっぱいいる地域もあれば、一人しかいない地域もある。対応の仕方は違ってくるでしょう。

心身医療が必要とされる子どもは絶対数も多く、診療にも時間がかかります。どこも診療してもらえるまでの待ち時間がものすごく長いです。半年も先じゃないと初診の予約が取れないところがあります。

全て専門家にかかるのは無理なのです。待ち時間の間に問題がこじれてしまうこともある。だから接種医やかかりつけ医が、しっかり受け止めることができるようにして、本当に必要とされる一部の方々を専門家に紹介する体制にしたいです。

メディアが避けるべき2つの報じ方

ーー副反応への不安を駆り立てたメディアの報道問題も反省されなければいけません。再開に向けて、メディアに今度はどう報じるべきでしょうか。

両面からの問題があると思います。

一つは、接種する数が増えれば当然のことながら、「ワクチンのせいでこんな症状が出た」と訴える人が増えることは間違いない。それについては、新型コロナで対応していただいているように冷静に受け止めていただく。ワクチンの成分とは関係なく起きていることもあると受け止める。

世界中でも安全性は確認されながらも、不安感や恐怖感がある中での接種だと、特に若い女性は様々な症状を起こしやすく、その人たちにはきちんと対応しなくてはいけないというスタンスで報じていただきたい。

一部でセンセーショナルに不安を掻き立てるような報道が出たとしても、そういう基本姿勢をマスメディアが持っていただけるだけで違ってくると思います。

逆に、「ワクチンのせいでこんな目にあった」と訴える人が出た時に、「またこいつらがこんなこと言ってるぞ」と批判し、攻撃する動きが出るのも絶対に避けなくてはいけません。

その症状を訴えている人たちにとっては真実なんです。ワクチンを接種した後に出てきた症状であって、他には思い当たることがない。それなのに接種医がそれを受け止めてくれないと、SNSなどを使って訴えることになるでしょう。

そんな声に対して、マスメディアに限りませんが、流れがいったん接種を推奨する方に傾くと、ワクチンに不安を抱く人を叩く方向に一気に傾きます。

その人たちはワクチンを貶めようとして言っているのではなく、本当にワクチン接種後に起きた困った出来事を経験しているのです。

その人たちもなんとか助けないといけないのだ、という姿勢を健全なマスメディアは打ち出していただきたい。それも大事なことだと思います。

空白の思春期医療を見直すきっかけに

ーーHPVワクチン問題は、大き過ぎる犠牲を払った問題となりました。この経験を今後の医療にどう活かしていけばいいと思いますか?

私たち小児科医は0歳から1歳に20数本のワクチンをうつのですが、確かに私たちもHPVワクチンの年代(小6〜高1)へのワクチン接種はそれほどしていません。

小児科に行くにも内科に行くにも中途半端な年代です。子宮頸がんを防ぐワクチンだから産婦人科へといっても、この年代の女性には敷居の高い診療科です。

これまで思春期医療は、ワクチンなどの予防医療も含めて、特に女性の医学という分野では、かなり空白地帯でした。どこも十分に対応していなかった分野だと、この問題ではっきりしたと思います。

欧米のいろいろな国では成人するまでは小児科医がきちんと診ていくことになっていて、その中には予防接種も入っています。10代になってくると心の問題や薬物問題まで含めて、きちんと診ていくのが医療のあるべき姿です。

そういう診療体制の問題を考え直す上でも、いいチャンスなのではないかと思います。

【森内浩幸(もりうち・ひろゆき)】長崎大学小児科学教室主任教授(感染症学)

1984年、長崎大学医学部卒業。1990年以降米国National Institute of Healthにおいてウイルス研究と感染症臨床に従事し、1999年から長崎大学小児科学教室主任教授。

日本小児科学会理事、日本小児感染症学会理事、日本ウイルス学会理事、日本ワクチン学会理事、日本臨床ウイルス学会幹事、日本小児保健協会理事、日本感染症学会評議員。