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ハーバード大の研究グループ、日本のHPVワクチンの接種率低下を分析 6つの提言を公表

ハーバード大学の研究グループは日本でHPVワクチンの接種率が低下した原因を分析し、信頼回復のための6つの提言をまとめた論文を公表しました。 間もなく始まる積極的勧奨再開の審議にも活用することを求めています。

ハーバード公衆衛生大学院のヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン研究グループが、日本でHPVワクチンの接種率が低下した理由と信頼回復のための6つの提言を論文にまとめて発表した。

厚生労働省の「副反応検討部会」に産婦人科医や疫学者を入れてリスクとメリットを公正に評価すること、マスメディアは、科学的根拠に基づいた報道を行い国民が科学的研究理解できるよう助けることなどを提言している。

9月28日に日本のメディア向けにオンラインで会見した同大学マイケル・ライシュ国際保健学教授は挨拶で以下のように話し、論文の活用を呼びかけた。

「日本社会の色んな利害関係者が積極的に反省すべきところがたくさんある。8年間なぜこの状況が続いたのか。結局日本の女性がコストを受けた。これがなぜ起きたのか、どうやってこれを解決するのか。政治家も厚労省もマスメディアも考えるべきところだと思う。そのために私たちの論文がいくらかでも役に立つことができたら嬉しい」

日本では子宮頸がんに毎年約1万人がかかり、約3000人が死亡している。HPVワクチンは、この子宮頸がんを引き起こすヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を防ぐワクチンだ。

日本では2010年から公費補助が始まり、2013年4月から小学6年生〜高校1年生の女子を対象に公費でうてる定期接種となった。

しかし、マスメディアが接種後に訴えられた症状が薬害であるかのように不安を煽る報道をし、厚労省は積極的勧奨を同年6月に差し控えるよう自治体に通知した。

その結果、自治体は対象者に個別にお知らせを送らなくなり、接種率は70%から1%未満に激減した。

研究グループは、社会構造とそれを構成するワクチンの入手可能性(物理的、金銭的)、社会のワクチンの受容度(国家レベル、専門家レベル、接種対象者レベル)から問題を分析した。

その結果、以下の6点を接種率低下の原因と分析している。

  1. 厚労省の審議会「副反応検討部会」の組織構造の問題
  2. 自治体からの公的な情報提供の不足
  3. 医療政策の決定プロセスにおけるエビデンスの軽視
  4. 接種を担当する医療従事者自身の知識とワクチンに対する信頼の不足
  5. 接種対象者およびその保護者への性教育を含む情報提供の欠如
  6. 接種対象者と医療従事者のコミュニケーションの機会の不足


「国家レベルでの構造的な問題は政府がHPVワクチンの推進に失敗したこと」

論文ではまず、「日本の国家レベルでの主な構造的な問題は、ワクチンに関する意思決定機関が2013年に当初の勧告(積極的勧奨)を一時停止して以来、政府がHPVワクチンの推進に失敗したことである」と強く批判している。

そして、積極的勧奨を差し控える決定に影響した審議会「副反応検討部会」について、子宮頸がん患者を診る産婦人科医や患者団体が入っていなかったことを挙げ、「臨床的な観点からのワクチンの重要性はほとんど議論されなかった」と指摘。

副反応検討部会では接種していない女子にも接種した女子と同様の症状が見られたことを報告した祖父江班の全国疫学調査も研究デザインの不備から評価できないと結論づけ、やはりHPVワクチンと症状の因果関係を否定した「名古屋スタディ」については検討もしていないなどと示し、最新の科学的根拠を網羅的に検討しない審議会の議論のあり方自体に問題があるとした。

ただし、国が積極的勧奨の差し控えを自治体に通知した結果、対象者にほとんどお知らせが送られなくなったことから、「思春期の女子が情報を手に入れにくい問題が生じた可能性がある」とした。

また、世界保健機関(WHO)や米国疾病予防管理センター(CDC)などはHPVワクチン接種を推奨し、WHOは日本のHPVワクチンの政策を繰り返し批判したにもかかわらず、政府や政治家が積極的勧奨を再開しなかったことに触れ、こう述べている。

「厚労省はHPVワクチンを定期接種にしているにもかかわらず、積極的勧奨を再開していない。この明らかな矛盾は医療提供者と一般市民を混乱させ、HPVワクチンの受け入れることをためらわせる一因となっている」

そして専門家の学会もワクチンの安全性に対する発信に消極的で、政策にも影響を与えられなかったとも言及している。

またワクチン接種を担当する医師たちが、このワクチンへの信頼が落ちていたことも問題だと指摘している。

ただし、国が積極的勧奨を再開したらHPVワクチン接種を再開すると接種医の9割が回答していることから、「積極的勧奨を再開することは、医師にHPVワクチンを適切な対象者に接種させるための最後のハードルになっている可能性がある」とした。

メディアの報道の問題も指摘している。

「ワクチンの安全性に関する国民の懸念を増幅させ、そのネガティブなメディア報道が副反応検討部会の判断に影響を与えたようだ」とし、「証明されていないリスクに関する否定的な情報を目立つように報道し、対象者の女子と親の認識に深く影響を与えた」と強く批判している。

接種の対象者レベルでも現在と将来のリスクと利益をバランスよく考えられない問題があると指摘。さらに日本の学校での性教育が不十分であることが、「日本の女子と両親の子宮頸がんについての知識が不足している一因となっている」とした。

6つの提言 副反応検討部会の再編、個別通知を送付、科学的根拠に基づいた報道......

以上の分析から、研究グループは、以下の6つを提言している。


1.厚生労働省は子宮頸がんを専門とする産婦人科医を副反応検討部会の委員として招き、子宮頸がんのリスクを正しく評価できる体制を作る必要がある。また、参考人として疫学研究者を招き、積極的勧奨中止の影響を数値で評価することを提案する。


2.地方自治体は、HPVワクチンの存在を知らずに接種機会を逃す女性をなくすため、接種対象者に個別通知を送付する。


3.学会は引き続き厚労省に積極的勧奨の再開を働きかける必要がある。関連学会の見解をまとめた要望書を提出することを提案する。関連学会はHPVワクチン接種に関わる全ての医療従事者を教育し、医療従事者は積極的に接種対象者へ教育することが望まれる。


4.政治家は、幅広く市民の意見と専門家の助言を踏まえた上で政策立案を行う必要がある。積極的に政府への働きかけを行うことが肝要。


5.市民社会は、HPVワクチン問題がより広く認知されるよう、重要な役割を果たすことができる。例えば、子宮頸がん患者自身が経験を共有することやHPVワクチンの接種体験を共有することは接種対象者の理解を得るのに有効。


6.マスメディアは、科学的根拠に基づきバランスの取れた報道を行い、国民が科学的研究を理解できるよう助ける役割がある。公衆衛生の専門家と協力して病気のリスクと接種のリスクをわかりやすく伝え、接種対象者の意思決定を助けることが必要。


その上で、「全ての利害関係者は、この問題に対処するために多様で協調的な行動を取る必要がある」と協力して行動を起こすよう提案。

「互いに影響を及ぼし、ワクチンに対する一般の認識を変え、国の積極的な勧奨を再開させ、日本のHPVワクチンへのためらいを解決するのに助けになる」と促し、「利害関係者間の協力は、HPVワクチンについての理解を深め、社会的信頼を高め、それによって女性と日本全体の公衆衛生を改善するために重要だ」と結んでいる。


積極的勧奨を再開する審議に求めることは?

日本では、8年3ヶ月もの間、HPVワクチンがほとんどうたれない状態が放置されてきたが、田村憲久厚労相は10月から積極的勧奨の再開を審議する副反応検討部会を開くことを明らかにしている

研究グループの主任研究者、國時景子さんは、積極的勧奨の差し控え自体が間違った判断だったと考えているのかというBuzzFeed Japan Medicalからの問いに対して、「報道が出た時点でいったんブレーキをかけることが100%悪いとは思っていない。リスクを考えると急場の対応として短い期間、いったん様子をみることは妥当だったかもしれない」とした上で、こうも指摘した。

「ただその後、再開がきちんと検討されないまま何年も時間が過ぎていったことに対しては、間違いであったと言えると思います」

また、「この研究を議論の中に入る人にまず届けること、私たちがどういうことを分析して、どういうことが(解決の)近道として望まれているかを知ってもらうことが必要だと思っている」と今後の議論への研究の活用に期待を寄せた。

追記

質疑の部分を一部追記しました。