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「障害者の戦力化」は「企業の戦力化」 親亡き後も幸せに生きられるように変える制度

知的障害がある長男が生き生きと働くために、さまざまな制度や支援事業を渡り歩いてきた厚労省障害者雇用対策課長の小野寺徳子さん。どんな制度があり、今後はどう変えようと思っているのか、聞きました。

知的障害がある長男、広也(こうや)さんが生き生きと働くために、さまざまな制度や支援事業を渡り歩いてきた厚生労働省、障害者雇用対策課長の小野寺徳子さん。

労働行政に詳しい公務員さえこんなに右往左往するならば、一般の障害者や保護者はどれだけ苦労しているのだろう。

振り返るとどんな課題が見えるのか。今、使える制度は何なのか。そして今後、障害者の就労をめぐる環境をどう改善していこうとしているのか。

BuzzFeed Japan Medicalは引き続き小野寺さんに取材した。

息子の就労から様々な反省点

広也さんの就労をめぐる様々な試行錯誤を経て、小野寺さんは様々な反省点がある。

「高等部を卒業してすぐ就職し、企業で働くことがベストだと思っていました。でもこの時点でもう少しきちんとしたアセスメント(評価)ができていれば、移行支援所での訓練を挟んでその後、企業に就職する手もあったはずです」

「その頃には20歳になっていて、降りかかってくる問題に対する受け止め方も違ったでしょう。もう少し辛い思いをせずに乗り越えられたかもしれません」

つくづく思うのは、働くための能力と、精神的な成長は若干ずれるということだ。

「母親として精神的に未熟な18歳で就職させて、挫折させた反省があります」

自身の反省も踏まえ 特別支援学校を出る時に適切なアセスメントを

その反省を踏まえ、特別支援学校を卒業する時点で、本人の能力を踏まえ、どんなサービスを受けるのか、またはダイレクトに就職するのか、適切に評価する仕組みが必要だと思う。

特別支援学校は年間2万人が卒業し、そのうち3分の1は広也さんのようにすぐに企業に就職する。それ以外の大多数は就労系の福祉サービスを受け始める。

就労系の福祉サービスとしては、移行支援事業所、就労継続支援のA型、B型事業がある。

「移行支援事業所」はすぐに就職するのは難しいが、将来は企業就職が可能と見込んで、原則2年訓練をし、企業への就職を目指す福祉サービスだ。北海道で今、広也さんが入所して訓練しているのもこの施設になる。

移行支援事業所は収入は得られないことが多いが、ここは企業で施設外訓練を行い、そこでの賃金が多少は得られる。

一方、就労継続支援のA型、B型事業所は、「企業での就労を目指す」とは明確にうたわれていない。いわば、企業の就職が難しい人に提供される福祉サービスだ。

A型は、労働契約に基づき、労働者として訓練を受け、福祉サービスでありながら賃金が支払われる。労働関係法が適用され、最低賃金も保証される。

B型は生産活動をして工賃が発生するが、全国での工賃の平均月額は1万5000円程度だ。かなり稼いでいる事業所もあるが、A型より収入は低い。

B型は現実的には、体力的に企業での就職が難しい人、年齢が高い人が入り、利用期限の制限はない。ずっとここにいる人もいる。

「就労系福祉サービスには30万人以上いて、ここからも年間2万人前後が就職します。でもB型に入ると大多数はその後も就職は望みにくくなるのが現状です」

「だから、特別支援学校からの卒業時点で社会に出る時にきちんとどういうサービスを選ぶのか、企業就職を選ぶのか。このあたりのアセスメントはとても大事なのです」

障害者が企業で働くにはどんな道筋がある?

一方、福祉的就労ではなく、小野寺さんが管轄する企業での就職はどうか。

当然、労働関係法令が適用され、最低賃金も保障される。

現在、企業で働く障害者は60万人ぐらいだ。ハローワークから年間10万人ぐらいが企業に就職し、辞める人もいる。

企業での障害者の就職には、「一般雇用枠」と「障害者雇用枠」がある。その違いは何か。

「障害者枠で入ると、障害に対する支援体制が手厚くなります。その代わり、企業側にコストが発生するため、賃金が低くなる傾向があります」

「障害者雇用を推進するために、広也が最初に就職したような『特例子会社』もあります。大企業が子会社を作って手厚い支援をして障害者を雇用し、親会社と一体的に法定雇用率を算定します。現在は従業員数の2. 3%、障害者を雇う義務があります。従業員100人なら2人の障害者を雇わなければならないのです」

その場合、法定雇用率を満たすためにちょっと働いてもらうだけでは済まされない。週20時間以上働いていることが、障害者雇用率としてカウントするために必要となる。

短時間の場合、重度でない障害者はハーフカウントとなるが、重度障害者なら短時間であっても1カウントになったり、30時間以上働けば2カウント分として計算されたりする。

つまり、週30時間以上働く重度の人を雇うと、1人雇っても2人雇った分として評価されるのだ。

このカウント制度をうまく活かして企業にアピールするために、「重度判定」という制度を利用する方法もある。

「息子も障害手帳上は重度ではないのですが、職業評価を行う『障害者職業センター』で『重度判定』を受け、就業上の重度という判定を受けました。就職に関しては2人分としてカウントされるため、雇用率を上げたい企業へのアピールになるのです」

企業で働くなら、まずはハローワークの活用を

企業で働くことを考える人にはどんな相談窓口があるのだろう。

小野寺さんはまず、ハローワークを活用してほしいと呼びかける。

「全国に500か所以上あり、身近なところに必ずあります。そのハローワークには障害者雇用を支援する専門部署があります。『障害者の職業紹介をお願いしたい』と窓口に申し込んでください」

「もし、どういう仕事に就きたい、どういう企業を目指したいという具体的な中身が定まっていなくても、一から相談に乗ってくれます。特別支援学校とハローワークは密接に連携していますので、そこから紹介もしてもらえます」

また2016年から障害者差別解消法が施行され、障害者がなんらかの助けを求めた時に、過度に負担にならない程度に配慮することが義務付けられた。

「仕事をする上でも『こういう配慮を求めたい』と企業に対して意思を示すことができます」

「息子の場合は、耳から入る刺激に弱いので、視覚的な情報で指示をしてくださいなどと、力を発揮するための配慮について求めることができます。合理的配慮は、ハローワークが間に入って事業主に伝えることもできます。何かあったら相談してみてください」

また「高齢・障害・求職者雇用支援機構」という支援機関もある。東京ならば、「東京障害者職業センター」という出先機関があり、「重度判定」もここで行う。その人はどういう能力が長けていて、どこが苦手なのか、就職するにあたって能力のアセスメントをしてほしい時もここでやる。

就職後の支援も行う。

「雇用されて、定着に向けて色々な課題が出てきた時、ジョブコーチを派遣して、本人と企業の間に入って課題の調整をすることもあります。支援機関や企業を通じて、うまく活用してほしいと思います」

この機構の出先機関である「都道府県障害者職業能力開発校」で、徹底的に職業能力を開発してから就職を目指す手もある。

福祉サービスと一体化した支援機関としては、「障害者就業・支援センター」がある。全国に338か所あり、就職の前段階から、就職中に生じた就業面、生活面の相談も受けている。

「障害者の戦力化」は「企業の戦力化」

こうした情報は、インターネットにすべて掲載されている。

厚労省のウェブサイトは必要な情報がどこにあるのか分かりにくいことで悪名が高いが、「障害者雇用対策」のページは「障害者の方への施策」というページが作られ、「どこに相談したらいいかわからないあなたへ」と情報を探すための道筋も示されている。比較的分かりやすいほうだ。

「まだ分かりにくいですが、この1、2年でかなり変えました。どこに何があるのかわからない状態だったので、若い職員の意見も聞きながら見直したのです。どういう立場で何を探しているのかを類型化して、整理しました」

2022年の国会で障害者雇用促進法の改正法案が可決成立し、そこには、小野寺さんが必要だと考えてきたアセスメントの新しい仕組みづくりをうたい込んでいる。福祉側の話ではあるが、2025年度以降に新しいサービスが誕生する予定だ。

「社会に出る時に、その人の能力や適性や希望など色々な情報を加味した上で、一番いい選択肢を選び取れているのか課題があります。雇用・福祉連携をここ数年強化してきましたが、それをさらに実効的にしていく予定です」

課長として過ごしたこの4年間で一番変えたかったのは、障害者自身が企業の「お荷物」ではなく、活躍する形で働けるように環境を整えることだ。

「『障害者の戦力化』という言葉を使ってきました。これまでは『困難がある人たちですがお願いします』と企業にお願いする姿勢でした。でも本来は、その人の強みを活かして、なくてはならない人材になることが理想のはずです」

「たとえば視覚障害があるからこそ、言葉でのコミュニケーションが丁寧に取れたりすることを活かして電話のオペレーターになったり、障害の特性を強みに変えることができれば戦力になる」

「そこを見つけることができたら、企業のメリットは大きくなります。なおかつ企業側もその人の強みを活かす組織づくりができれば、障害者に限らず、色々な社員が能力を発揮できる組織になります。障害者の戦力化は実は企業の戦力化でもあり、経営戦略の向上につながっていくのです」

職業能力の開発や向上の努力義務を法律で明記

課長となって2年目には障害者雇用のリーフレットを刷新した。

「障害者雇用をお願いします、という姿勢ではなく、企業にとってもメリットがあるよという作りにしたのです。経営改善にもつながったり、心理的安全性が高まるので生産性向上につながったりする、という打ち出し方にしました」

2022年の障害者雇用促進法の改正でも、重要な文言を新たに入れ込んだ。

「単に雇って、数としてそこにいればいい、というわけではなく、その人が能力を発揮して周りからも必要な人材になっていく。あなたがいないと困るよ、という世界を作っていくのが、本人にとっても働きがいになるし、より良い組織になっていくはずです」

「障害を持つ人がどういう成長をしていきたいか、どういう活躍をしていきたいか、キャリア形成の視点をもって必要な能力開発の機会を与えていく。それはその人の能力アップだけでなく、組織の成長にもつながります。それが『雇用の質』を向上させることなのだと思います」

そこで「雇用の質の向上」に向けた事業主の責務の明確化として入れたのが、この文言だ。

職業能力の開発及び向上に関する措置を行うことにより、その雇用の安定を図るように努めなければならないものとすること

「努力義務なのですが、この文言が入るだけで、我々としては『努力してくださいね』と言えます。理念的としてとても大事で、実効性を高めていきたいです」

福祉サイドの話ではあるが、重度障害がある人が長時間の見守り介護のために使う「重度訪問介護制度」が、通勤中や就労中に使えないことも、重度障害のある議員が訴えている働く上での不備の一つだ。

企業に介助費用を担わせることで、重度の身体障害のある人の雇用を敬遠させている。職場での介助に助成金を支給する『重度障害者等就労支援特別事業』もできたが、自治体によっては整備していないところもある。

「そこは確かに議論が足りていません。行政の立場ではなく、親としての立場で個人的な意見を言えば、学んだり、働いたりするスタートラインまでは国に面倒を見てほしいというのも分かります。家庭環境や経済環境によってできることとできないことの差がついてしまうのはどうかと思います。その先の結果は本人の努力だと思いますが」

自分の持てる力を一つでも二つでも発揮して

今、28歳になった広也さんは、身の回りの品物や洋服などは小野寺さんが買って送り、本人の施設外就労の賃金で寮費や食費を賄っている。障害年金は使わずに将来のために貯金している。

「今はまだ自立しているとは言えないかもしれません。でもこの後、企業に就職して、生活を回せるほどの費用を給料で賄えるようになればと願います」

ただ、これは広也さんが軽度の知的障害者だから望めることなのかもしれない。重い障害を持つ人は、障害年金や福祉サービスを組み合わせて生きていくはずだ。

そんな時、障害者が「働く」とはどういう意味を持つのか。

「なんらかの人のためになっているという実感はどんな方でも必要なのだろうと思います。家の中でお母さんのお手伝いをすることもそうですし、寝たきりで言葉を交わせない子であっても親にとってかけがえのない存在だと思います。その子がそこで息づいていることで周りを幸せにしているかもしません」

「生きているならば、自分の体力や力に応じて、できることは何かきっとあるはずです。そして、働くことに限らず、自分の持てる力を何か一つでも二つでも発揮できれば、それが周りの人の幸せに繋がるはずです」

振り返れば、自分は母親としてはできなかったことだらけだと後悔もある。親亡き後を考えると不安なこともいっぱいある。

「それでも少しでも本人が幸せに生きられるように、親としても行政としても後押ししたい。そんな仕組みや枠組みを作るために私も精一杯努力したいと思います」

(終わり)

【小野寺徳子(おのでら・のりこ)】厚生労働省 障害者雇用対策課課長

早稲田大学教育学部卒業後、障害者の親の会が運営する障害児の集団療育の現場で指導員として1年間勤務し、1990年、労働省(当時)に入省。

山梨労働局職業安定部長、埼玉労働局安定部長、ハローワークサービス推進室長、首席職業指導官を歴任し、2019年7月から現職。

2019年3月、明治大学ガバナンス研究科修了(公共政策修士)。